#31 ホラー・ナイト・ラブ
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緑茶のペットボトルを手に、興味なさげ
な顔でテレビを見る神堂さんの隣へ腰を
下ろした。
「お疲れ。」
「あ、お疲れ様です。」
お互いのペットボトルを軽く合わせる。
いいな、こういうの。ほんのり胸の奥が
温かくなった。
歌って喉が渇いていたのと怖さで、半分
近く一気にジュースを飲み干す。
そして横にあったクッションを抱いて、
恐る恐るテレビに目を向けてみた。
見た感じそこはどうも海外のお家らしく、
解説では以前から夜中に物音がするので
監視カメラを設置したとの話だった。
すると…
画面の端から黒く透けた影がヒュッと
動くのが見えた。
わっ!
思わず目線をそらす。
「これも明らかに合成だなー。こういう
作りもんを、あたかも本物みたいに流す
なっての。か〜、テレビ局の質も落ちた
もんだなー。」
「デジタル加工技術が格段に進歩してる
せいで、素人でも映像が作れちまうから
な。」
なんだ、作り物の映像か…
それを聞いてホッとした。
「そう言えばよくホラー映画の撮影前に
関係者全員でお祓いしてもらうって言う
じゃん?美織ちゃんは経験あるの?」
「いえ、私はそういう系に出演した事が
ないので…」
って言うより、断ってもらってる。
「今はテレビ局も新社屋に変わったとこ
多いからいいけど、古いとこって…」
夏輝さんが話してる途中で、いきなり隣
にいる神堂さんが立ち上がった。
「なんやねん、春!いきなり立つなや!
ビビるやんけ!!」
ホント、びっくりした…
「美織、悪い。1曲どうしても変更したい
箇所があったのを言い忘れた。スタジオ
に戻ってもらっていいか?」
「あ、はい。時間はありますし…」
「おいおい、まだ美織ちゃんに仕事させ
んのかよー。かわいそーだろー。」
「鬼プロデューサー。」
「ブラック企業〜。」
「なんとでも言え。」
神堂さんは私を促すと、またスタジオの
中へ入った。照明の灯りにホッとする。
「そこ、座って。」
私は言われるままイスに座り、神堂さん
もピアノの前に座った。でも…ピアノの
蓋を開けようとはしない。
「あの…変更したい曲っていうのは…?」
「ウソだ。」
あっけらかんと言いのけた神堂さんに、
またまたビックリ!!
「えっと…どういう事でしょうか…」
神堂さんはイスにもたれて腕を組むと、
ジーッと私の顔を見た。
「だって…苦手なんだろう?」
「え?」
「ああいう話。」
「…バレてました?」
「クククッ、顔が引きつってた。」
「ホントですか!?」
うそ〜…
恥ずかしくて両手で頬を押さえる。
「まぁ、オカルトが好きだっていう人は
そんなにはいないんじゃないか?嫌なら
遠慮なく言えば良かったのに。」
「皆さん、楽しんでいたようなので…」
「ただの暇潰しだろう。」
「でも正直助かりました。あんなの見て
しまったら、怖くて眠れなくなるので。」
「それなら良かった。一晩中ついてて
やりたくてもできないからな。」
「え…?」
「…いや、なんでもない。」
神堂さんは不意に目を逸らした。
今のって…どういう意味?
なんだか気まずい空気が流れる。
なんか話題変えなきゃ!
「あ、あの、神堂さんは怖い話とか平気
なんですか?」
慌てて話しかけて墓穴を掘った事に気づ
いた私。せっかく神堂さんが怖い話から
逃げさせてくれたのに。バカだ…
「平気…と言うか、俺自身そういう体験
をした事がないからな。お化け屋敷にも
入った事がなければ、肝試しをした事も
ないし。」
「ふふふっ。確かにそういう場所にいる
神堂さんは想像がつかないです。」
「ただ、幽霊の話を悪用した事なら何度
もある。」
「悪用…ですか?」
「うちは早くに父が亡くなったから…
弟たちが小さい頃、悪い事をした時には
父を持ち出してた。父さんが墓から怒り
に出てくるぞって。」
「それ、怖いですよ…」
「だろうな。そのあと墓参りに行くのを
怖がっていたから。父には悪い事をした
と思ってる。」
亡くなったお父様に悪い事をしたなんて、
真面目な神堂さんらしいな。
「でも、実際にお父様が怒りそうな事で
あれば悪用とは言わないんじゃないです
か?いつも見守ってくれてるよっていう
意味で。」
「ククッ…美織は優しいな。」
神堂さんはたまに家族の話をしてくれる
けど、その時に見せる優しい表情が私は
大好きで…ついご家族を羨ましく思って
しまう。
「もし幽霊でも…お父様に会えたらって
思いますか?」
「…そうだな。俺がこうして音楽の道に
進んだのも父の影響が大きいし、何より
俺にとって一番の理解者だったから…。
会って話ができるのなら、会ってみたい
ものだな。」
普段の私ならこういう話は絶対に避ける
のに、不思議と怖さは感じなかった。
それもこれも神堂さんの顔が穏やかなの
と、幽霊が恐怖の対象ではなく『愛する
家族』だったからなのかも。
「私も家族や好きな人なら、怖さよりも
会いたいと思う気持ちが勝つかも知れま
せん。」
「じゃあ…俺が化けて出るのは?」
そう言って、悪戯っぽい笑みを浮かべる
神堂さんに…キュンッと胸が音を立てた。
「あ、あの…お願いします!ってあれ?
それもなんかヘンですね。って言うか、
私より先に死んじゃダメです!」
「クククッ…あははは…」
ウケてる…
…ん?
でもこれって、私が神堂さんのことを
好きだって自白させられたようなもの?
誘導尋問??考え過ぎ!?
頭の中がぐるぐるする。
うわぁ…なんかすごく恥ずかしい…
「あの…どうして私の前に出てきてくれ
るんですか?」
苦し紛れにやっと出た言葉に、神堂さん
は私を見るとフッと優しく微笑んだ。
「…さぁ?…キミが心配だから…かな?」
そんな、思わせ振りなこと…
つい期待して、今にも抑えている感情を
打ち明けたくなってしまう。
「お、あっちの照明も点いたな。番組が
終わったみたいだ。雨が止んだら家まで
送って行こう。」
「え…お仕事が残ってるって…」
「気が変わった。それに他の誰かにキミ
を送らせたくないから。」
その言葉、私はどう受け取ったらいいん
ですか?
なんて聞けないけど…
また少し神堂さんに近づけた気がして、
こんな夜ならちょっとくらい怖い思いを
してもいいかななんて
思っている自分がいたーー。
fin.