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塔矢夢短編

◇進藤君が、いっそ女の子だったら良かったのに。◇

 幻ばかり追いかけていた。
 そう思ったのは小学校6年生の頃だった。
 それまで私は塔矢アキラの幼馴染として、彼のことを努力家で慎ましい人物と思っていた。

 それが、進藤ヒカルと出会ってからあの慎ましさはどこへ行ったのやら。闘志を剥き出しにし、進藤ヒカルに勝つ為なら周りなんてお構いなしの行動をとる。我が道進む肉食獅子へと変貌したのだ。
 いや、変貌ではなく今まで内に秘められていた本当の塔矢アキラが目覚めたというのが正しいだろう。

 進藤ヒカルが絡まなければ、アキラの慎ましさは健在していた。でも、例の『本当の塔矢アキラ』を見たばかりの私は、まだ信じきれず、今まで見てきたあの慎ましいアキラは幻だったのかと疑った。
 時が経つにつれ、慎ましいのも、闘争心が強いのも、たまに小学生レベルの喧嘩を進藤ヒカルと繰り広げるのも、全てこれが塔矢アキラなんだと受け入れることが出来た。

 それと同時に、自分は幼馴染という関係で、周りよりアキラの近くに長い間居たはずなのに、本当の彼を全く見出せず、悲しくなる時が未だにある。

 それは、進藤ヒカルとアキラが一緒に居る時によく湧いてくる感情だ。2人が視界に入ると、喉に何かが引っかかって、吐き出そうとすれば、アキラへの感情が爆発しそうになる。

 これは俗に言う、ヤキモチってやつなんだろうか。
 女の子ではなく、進藤ヒカルにヤキモチ?
 心の中で何度も自分にそう問いかけた。でも、答えは変わらない。本当のアキラを目覚めさせたのは、他でもない進藤ヒカル。
アキラにとって、唯一無二の存在となった進藤ヒカルが羨ましい。

「――どうしたの?」
「……え、何が?」

 アキラの声で、現実に引き戻される。
 私は、碁盤を挟んでアキラと向かい合わせに座っていた。対局をしていたわけじゃなく、アキラが1人棋譜並べをしているのをただ、眺めていたんだと思い出した。

 アキラの問いに私はまた疑問で返した。
 すると、アキラは私の目の縁をめがけて手を伸ばし、人差し指で何かを掬った。

「何がって、キミが泣いてるから。」

 掬われたのは、アキラの細い人差しに器用に留まれるほどの小粒の涙だった。

「……そういうとこだよ、アキラ。」
「そういうとこ、とは?」

 鼻を啜りながら私はアキラに言った。
 目を細めて真面目に聞き返すアキラは一旦置いといて、私は黙り込む。

 勝手にやきもち焼いて、勝手に泣いて。
 その上、まともに会話も続けない。でもアキラを振り回せて、少し喜んでる自分がいる。(アキラを振り回す度合いは、進藤ヒカルには負けるけど。)そういうとこだよ。は、まさに今の自分にも当てはまる言葉だ。

 ティッシュやハンカチが近くにあるのに、すぐに人差し指で涙を拭ってくれちゃうところに、期待させられる。
 アキラのそういうとこのせいで、私はまだアキラが好きなのを諦めきれないのだ。

 私はまた、アキラの問いには答えずに笑みを浮かべながら言った。

「進藤君が、いっそ女の子だったら良かったのに。」

 もしそうだったら、すぐに諦めがつくのに。
 その感情を乗せた声は秋の空気に、酷く優しく響いた。


【診断メーカー:あなたに書いて欲しい物語より 書き出しと終わりの一文を縛りで書きました。】
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