塔矢夢短編
◇バレンタイン(2020年)◇
海王中学1年1組の担任こと新米教師の私は社会科準備室にてとある生徒を目の前に頭を抱えていた。その生徒はルール違反を犯しておきながら笑みを浮かべている。いや、自ら犯しに来たという方が正しいだろう。
事の原因は2月14日。この日付が生徒達にとって特大イベントを表すことは教師陣も重々承知。けれども今年は残念ながら去年のポイ捨て問題でお菓子類を持ち込むことは一切の禁止となった。当然、ブーイングの嵐。申し訳ないけど、先輩達を恨んでくれ。正直教師側となった私もこの日のイベントで彼氏が出来た経験はあるからこれは心苦しい。だから、せめて教師陣の目に入らないところで上手いことやってくれ。そう思いつつも、建前として
『当日ルール違反したら、放課後、マンツーマンで話し合いましょう』
この校風に則っておしとやかに笑顔で発破をかけておいたのにだ。
「──塔矢アキラ君」
「はい」
クラスで一番、しないだろう彼がルール違反。
しかも私に名前を呼ばれて声高に、かつ、まるでこうなるのを待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる彼。
「なんでこんなことしたの?」
盲点過ぎて一周回って本当にこれしか聞くことがない。まだ末端の私には優等生に物言う術など当然無いわけで。
これがまだせめて校舎裏や裏庭とか目立たないところだったら逃す気満々だったところを、よりにもよってこの童男はノートの提出と称して、職員室で堂々と今みたいな笑顔でラッピングされたお菓子の箱を「先生、お菓子どうぞ」とわざと渡してきたのだ。よりにもよって教師陣の目が最もひかる集まるところでそうされてしまっては、もう有言実行せざる得ない。
「……困らせるようなことしてすみません。でも、こうでもしないと受け取ってもらえないと思って。」
「気持ちは有り難いけど」
「せめて見つからないところだったらよかったのに。と、言いたいのでしょう?」
一体なんなんだろうか、彼に私の思考が筒抜けなのは。こうしてまた頭を抱えさせられるも太刀打ちできる方法が何一つ思いつかない。反省文を書かせたところで喜んで筆を取りそうな彼にはきっと逆効果。
「急に違反を犯して何するかも分からないこんな問題児、これからも放って置けないですよね。」
「ええ、そうね。」
そこから二の句が継げない私に“先生”と口開けば間を置き、何を言い出すんだろうかとつい身構える。
「……それなら、進級して担任でなくなっても僕から絶対、目を逸らさないでください。」
腰を浮かせて机に片手をつき上半身だけ身を乗り出し、距離を縮めてのこの際どい一言にいよいよ、教師と生徒の立場が危うく感じてしまう。にしても、私のどこが彼の口からそう言わせてしまうことをしたのか全く思い当たる節がない。そこで、あからさまな好意を示すような言葉を言わないのが彼のまた上手いところ。
中学生にこうも翻弄される日が来るなんて考えても見なかった。
海王中学1年1組の担任こと新米教師の私は社会科準備室にてとある生徒を目の前に頭を抱えていた。その生徒はルール違反を犯しておきながら笑みを浮かべている。いや、自ら犯しに来たという方が正しいだろう。
事の原因は2月14日。この日付が生徒達にとって特大イベントを表すことは教師陣も重々承知。けれども今年は残念ながら去年のポイ捨て問題でお菓子類を持ち込むことは一切の禁止となった。当然、ブーイングの嵐。申し訳ないけど、先輩達を恨んでくれ。正直教師側となった私もこの日のイベントで彼氏が出来た経験はあるからこれは心苦しい。だから、せめて教師陣の目に入らないところで上手いことやってくれ。そう思いつつも、建前として
『当日ルール違反したら、放課後、マンツーマンで話し合いましょう』
この校風に則っておしとやかに笑顔で発破をかけておいたのにだ。
「──塔矢アキラ君」
「はい」
クラスで一番、しないだろう彼がルール違反。
しかも私に名前を呼ばれて声高に、かつ、まるでこうなるのを待ってましたと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる彼。
「なんでこんなことしたの?」
盲点過ぎて一周回って本当にこれしか聞くことがない。まだ末端の私には優等生に物言う術など当然無いわけで。
これがまだせめて校舎裏や裏庭とか目立たないところだったら逃す気満々だったところを、よりにもよってこの童男はノートの提出と称して、職員室で堂々と今みたいな笑顔でラッピングされたお菓子の箱を「先生、お菓子どうぞ」とわざと渡してきたのだ。よりにもよって教師陣の目が最もひかる集まるところでそうされてしまっては、もう有言実行せざる得ない。
「……困らせるようなことしてすみません。でも、こうでもしないと受け取ってもらえないと思って。」
「気持ちは有り難いけど」
「せめて見つからないところだったらよかったのに。と、言いたいのでしょう?」
一体なんなんだろうか、彼に私の思考が筒抜けなのは。こうしてまた頭を抱えさせられるも太刀打ちできる方法が何一つ思いつかない。反省文を書かせたところで喜んで筆を取りそうな彼にはきっと逆効果。
「急に違反を犯して何するかも分からないこんな問題児、これからも放って置けないですよね。」
「ええ、そうね。」
そこから二の句が継げない私に“先生”と口開けば間を置き、何を言い出すんだろうかとつい身構える。
「……それなら、進級して担任でなくなっても僕から絶対、目を逸らさないでください。」
腰を浮かせて机に片手をつき上半身だけ身を乗り出し、距離を縮めてのこの際どい一言にいよいよ、教師と生徒の立場が危うく感じてしまう。にしても、私のどこが彼の口からそう言わせてしまうことをしたのか全く思い当たる節がない。そこで、あからさまな好意を示すような言葉を言わないのが彼のまた上手いところ。
中学生にこうも翻弄される日が来るなんて考えても見なかった。