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塔矢夢短編

◇お世辞は苦手◇

囲碁教室の会場は暖房の効きが良く、顔や体全体に集まったその熱を発散したいが為に、建物の地下の薄暗い廊下に設置されている自販機で飲み物を買い、壁に寄りかかりながら冷たいお茶を飲んでいると「お疲れ様です。」まだ声変わりを迎えていない可愛らしい声で一言声を掛けられた。

「お疲れ、塔矢君。」
「子供達に大人気みたいですね」
その言葉の後に私の下の名前に先生と添えて言われる。
「ちょっと、君までその呼び方辞めてよ。」

塔矢君ほどの美青年に言われるのは疎か、そもそも男性に下の名前で呼ばれるのに慣れていないだなんてそんな恥ずかしいことを口に出せるはずもなく。

「実はずっと見てたんです。1人ぶっきら棒な子への態度」

彼の言う通り、1人ぶっきら棒な男の子が居た。お母さんに無料だからって教室に連れて来られた子で、碁なんか興味ない、早く家帰ってテレビゲームをしたいと言っていた。そこで私はそのテレビゲームに突っ込んだ。どんなゲームしてるの?すると返ってきた答えが、自分が王様や将軍で戦略を立てて陣地を広げていくゲーム。敵を倒すのがスカっとする。と、今時の小学校5年生に危険な香りを覚えつつも、そのゲームを絡めて碁のことを説明。

『とりあえず興味あるなしは別として……それなら尚更、囲碁は君にうってつけのゲームね。兵士や武士ではないけど白か黒の碁石を使ってこの19路盤で陣地の取り合いをするゲームだもの。ゲームだとプレイヤーがクリアしやすくある程度考えなくても優しく作られてる部分があると思うんだよね。現に攻略法がネットや書物になってるわけだし。けどね、囲碁は奥深いよ。攻略本なんかない、自分で一から自分だけの新しい一手を作り出すことができて、それこそ歴史上に残せる一局だって作れるのよ、君含め今この教室を受けてくれてる皆にその可能性が十分ある。それに、お母さんも喜ぶと思うな。誰も血を流すことも無いしテレビゲームよりかはこっちのゲームの方が何時間やっても許してくれると思うよ?』

「話の運びが上手いなって思ったんです。それに、教えてる時の笑顔が可愛らしくて……つい、盤面横目に見入ってしまいました。」

さすがにそこでシューティングゲームとか言われてたら私も微妙な感じになっていたと思う。
にしても、塔矢君は塔矢君で他の囲碁棋士と多面打ちをしていたはずなのに私のことなんか見ている暇が良くあったなと思う。

「……そんな煽てても、そこの缶ジュース1本しか出ないからね。」
「何も求めてませんよ」

その上品な笑い方からして育ちの良さが際立ち、むしろ彼よりも2年ほど早くこの世に居る私のこの大人気なく素直でない態度の差よ。
やっぱり、彼の育ってきた環境なのだろうか、年上や大人の扱いがきっと上手いんだろうと感じる。

「塔矢君好きなの選んで。お世辞でもそう言ってもらえて嬉しかったからお礼に」

可愛らしいや、目の前の盤面よりも見入ったなんて言葉、とてもじゃないけど私に使うには勿体なさすぎて何もせずにはいられない。
すると塔矢君は、何か勘違いしているようなので言っておきますけど。と一言前置きを入れて去り際に顔を綻ばせて言い放ったのだ。

「僕、お世辞は苦手な方ですからね」

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