塔矢夢短編
◇ただ、顔が見たくて◇
「今日もいつもの感じで、よろしくお願いします」
「はーい」
今日、最後のお客様は毎月1回、必ず私を指名して髪を切りに来てくれる人。
“いつもの”で通じるほど、仲が良い。
とは言っても、元のおかっぱ頭が綺麗なので髪型整えるくらいなんだけども。
「相変わらず、髪綺麗ですね」
「そうですか?」
「はい。色んなお客様のを見てますけど本当に。伸ばしたらきっと綺麗なんだろうなって思います。」
「……」
しまった。口走ってしまった。
当たり障りない話から入ったつもりだったのに。
もうすぐ仕事が終わるからか気を抜いてしまって、思ったことを言ってしまう、私の悪い癖が出てしまった。
「そ、その……」
「髪の長い男性は貴方の好みなんですか?」
「好み……というか、塔矢さんだからこそ髪伸ばしても似合うかなぁと思いまして。」
と、ここで気づく。
あれ、確かこの人囲碁のプロ棋士だったよね。
そういう業界って髪型とか厳しいんじゃ…?
「あ、でも囲碁界ってきっと髪型とか規制とかありますよね?
なんか厳しそうなイメージがあって。
それに碁を打つときも髪伸びてたら邪魔ですよね」
「いや、特にそういう規定はないですよ。案外囲碁界は緩いところあります。」
「へー…」
鏡越しに彼が口角を上げているのを見て、怒らせたわけじゃなかったことが分かると一安心。
「そういえば、僕この春からまた越したんです。」
「確か元々一人暮らしでしたよね。どこら辺に越したんですか?」
最寄駅を聞くと、割とこの美容院から離れたところだった。
「結構遠くに越したんですね。あれ?でも春ってことは、もう10月じゃないですか。まさかそこから月1回わざわざここに通ってくださってたんですか?」
「まぁ……はい。」
「えー…嬉しいです。美容院なんてたくさんあるのに、引っ越しても通うほど、うちの店に愛着持ってくださってるなんて」
塔矢さん、見かけの育ちの良さに加えて中身も本当いい人だな。なんて思った次の瞬間に
「いや……貴方の顔が、見たくて」
────カラン
と、指からすり抜けていったハサミが音を立てた。
「……あ!すみません!ちょっと新しいの持ってくるんで、待っててくださいね!?」
かなり動揺した。
そしていつの間にかお客様は塔矢さんだけで同僚たちは閉め作業をしていた。
あの、塔矢さんがなぜあんなご冗談を?と言い聞かせて、落ち着きを取り戻す。
そして無事に終わってお会計を済ませた後も
「今日は、珍しく閉店ギリギリの予約でしたね。」
さっきの言葉は触れないように笑顔を崩さず、動揺を誤魔化す。
「……実は、狙ってきたんです。貴方の仕事が終わるのを。」
「え?」
サラリとそういうことを言いながら、爽やかな笑顔で言われる。
今日の塔矢さん、なんか違う。
「あの、もしご迷惑で無ければこの後、食事でもどうですか?
業務が終わるまで待ってますので。」
「えっ?あ、でも家遠いし、そんな悪いですよ。締め業務もまだたくさんあるので何時になるか分からないし……。」
と、視線を泳がせていると
女店長が、締め業務なんかこっちで終わらせとくから行ってこい。と言われてしまった。
「じゃ、じゃあ……」
「良かった。僕はお店の前で待ってますね。」
塔矢さんほどの顔の整ってる殿方に誘われるのなら、せめてこんな仕事終わりじゃなく、ちゃんとメイクとか服も選べる日がよかったな。
なんて、思いながらメイク直しをして、荷物をまとめて、さぁ行くぞ。
と意気込んでいたら
どうやら私と塔矢さんの会話を聞いてたらしい、同僚達に捕まり、案内されるがままに椅子に座ると、手際良くヘアアレンジをしてくれた。
頑張れよ。と、職場のみんなのありがたいご厚意受けて背中を押してもらい、お先に失礼します。とお辞儀をして自動ドアの前に立つ。
この開けるボタンを押したらいよいよ彼と2人きり。
そこにはもうお客様と店員という関係は無くなるわけで、私は彼と何を話したらいいんだろう。
と、ここで突っ立て考えてもしょうがない。
もうどうにでもなれ。
そう覚悟を決めて自動ドアに手を伸ばしたのは21時。
「今日もいつもの感じで、よろしくお願いします」
「はーい」
今日、最後のお客様は毎月1回、必ず私を指名して髪を切りに来てくれる人。
“いつもの”で通じるほど、仲が良い。
とは言っても、元のおかっぱ頭が綺麗なので髪型整えるくらいなんだけども。
「相変わらず、髪綺麗ですね」
「そうですか?」
「はい。色んなお客様のを見てますけど本当に。伸ばしたらきっと綺麗なんだろうなって思います。」
「……」
しまった。口走ってしまった。
当たり障りない話から入ったつもりだったのに。
もうすぐ仕事が終わるからか気を抜いてしまって、思ったことを言ってしまう、私の悪い癖が出てしまった。
「そ、その……」
「髪の長い男性は貴方の好みなんですか?」
「好み……というか、塔矢さんだからこそ髪伸ばしても似合うかなぁと思いまして。」
と、ここで気づく。
あれ、確かこの人囲碁のプロ棋士だったよね。
そういう業界って髪型とか厳しいんじゃ…?
「あ、でも囲碁界ってきっと髪型とか規制とかありますよね?
なんか厳しそうなイメージがあって。
それに碁を打つときも髪伸びてたら邪魔ですよね」
「いや、特にそういう規定はないですよ。案外囲碁界は緩いところあります。」
「へー…」
鏡越しに彼が口角を上げているのを見て、怒らせたわけじゃなかったことが分かると一安心。
「そういえば、僕この春からまた越したんです。」
「確か元々一人暮らしでしたよね。どこら辺に越したんですか?」
最寄駅を聞くと、割とこの美容院から離れたところだった。
「結構遠くに越したんですね。あれ?でも春ってことは、もう10月じゃないですか。まさかそこから月1回わざわざここに通ってくださってたんですか?」
「まぁ……はい。」
「えー…嬉しいです。美容院なんてたくさんあるのに、引っ越しても通うほど、うちの店に愛着持ってくださってるなんて」
塔矢さん、見かけの育ちの良さに加えて中身も本当いい人だな。なんて思った次の瞬間に
「いや……貴方の顔が、見たくて」
────カラン
と、指からすり抜けていったハサミが音を立てた。
「……あ!すみません!ちょっと新しいの持ってくるんで、待っててくださいね!?」
かなり動揺した。
そしていつの間にかお客様は塔矢さんだけで同僚たちは閉め作業をしていた。
あの、塔矢さんがなぜあんなご冗談を?と言い聞かせて、落ち着きを取り戻す。
そして無事に終わってお会計を済ませた後も
「今日は、珍しく閉店ギリギリの予約でしたね。」
さっきの言葉は触れないように笑顔を崩さず、動揺を誤魔化す。
「……実は、狙ってきたんです。貴方の仕事が終わるのを。」
「え?」
サラリとそういうことを言いながら、爽やかな笑顔で言われる。
今日の塔矢さん、なんか違う。
「あの、もしご迷惑で無ければこの後、食事でもどうですか?
業務が終わるまで待ってますので。」
「えっ?あ、でも家遠いし、そんな悪いですよ。締め業務もまだたくさんあるので何時になるか分からないし……。」
と、視線を泳がせていると
女店長が、締め業務なんかこっちで終わらせとくから行ってこい。と言われてしまった。
「じゃ、じゃあ……」
「良かった。僕はお店の前で待ってますね。」
塔矢さんほどの顔の整ってる殿方に誘われるのなら、せめてこんな仕事終わりじゃなく、ちゃんとメイクとか服も選べる日がよかったな。
なんて、思いながらメイク直しをして、荷物をまとめて、さぁ行くぞ。
と意気込んでいたら
どうやら私と塔矢さんの会話を聞いてたらしい、同僚達に捕まり、案内されるがままに椅子に座ると、手際良くヘアアレンジをしてくれた。
頑張れよ。と、職場のみんなのありがたいご厚意受けて背中を押してもらい、お先に失礼します。とお辞儀をして自動ドアの前に立つ。
この開けるボタンを押したらいよいよ彼と2人きり。
そこにはもうお客様と店員という関係は無くなるわけで、私は彼と何を話したらいいんだろう。
と、ここで突っ立て考えてもしょうがない。
もうどうにでもなれ。
そう覚悟を決めて自動ドアに手を伸ばしたのは21時。