塔矢夢短編
◇2人ならば恋路開ける◇
気づいてしまった感情を隠すのは難しい。
そういう状況に陥った今現在、私はプロとして5年も経つというのに成績がスランプ期に突入。
そのスランプの原因はちょうど敵対関係にある門下にいる塔矢アキラで。
棋力の差は私が女流特別採用で彼の翌年にプロになる前から痛感しているし、彼の眼中にもないだろう。
それなのにも関わらず、私の心中を荒らす彼。
よく話すようになったのはプロ試験本戦が始まる前の国際アマチュア囲碁カップがきっかけ。
森下師匠に誘われて弟弟子の和谷と一緒に参加していて、彼も同じ場にいた。
私は和谷と同じ大会を終えて暇を持て余してる外人アマチュア達の相手をする役だった。
昼休みをもらって、土地勘のない初めての場所でお昼をどこで食べようか1人会場内を歩き回りながら探しているところに2人組の私より少し年上っぽい男性の外国人が近寄ってきて私に英語で話しかけてきた。
「え、あ、あの…ナンデスカ?」
突然、話しかけられて英語喋れません。という英語すら喋れなかったその時、彼が割って入ってきて。
「大丈夫?」
「うん、何がなんだかさっぱりだけど。」
2人組の男と冷静沈着に英語で話し、
私の手を引っ張ってその人達とは反対方向に歩いていったのだ。
人通りが少ない場所に連れて行かれると、
「キミ、英語で口説かれてたんだよ。」
クスッと笑って教えてくれた。
「そうだったの!?…助けてくれて、ありがとう。」
「日本語が片言になっていて思わず笑っちゃった。」
「わ、忘れて!」
また彼が笑う。
この時点では好意という自覚はなく
普通に母性本能のような感じでこんな可愛い一面があったのかと微笑ましく思っていたと同時に
正義感が強い子なんだと思っていた。
それから私が彼の1年後にプロになってから、何故かイベントがあるたび
彼と重なることが多くなり、会うたびに初対面の時みたいに敬語を使わずによく話すようになっていて、
たまに大手合いの日程が被って終わったあと小腹を満たすのにカフェに寄るくらいには仲良くなった。
彼が優しいのはあの国際アマチュア囲碁カップの時に止まらず
イベントごとに必ずしもあるお酒の席では彼に一番端っこの席に誘導されて
必ず隣に座ってくれたり、
エレベーターや電車でも端っこに誘導されて前に彼が居る。
スーツでスカートを着ている時にエスカレーターに乗るのに先に譲ってくれてその後ろに彼。
さらには先日の大手合いで
頭痛が酷くて昼休みに休憩室でぐったりしていてわざわざ頭痛薬と水を買ってきてくれた時には
いよいよ自分の気持ちが整理しきれなくなった。
気のせいかもしれないけど、
いくらなんでも優しいの度を越えていないか?
同時に自分の彼への気持ちに気づいてしまって、今度は彼に会うたび隠すのが難しい。
何せ相手はあの塔矢アキラ。
私との間を遮るものはきっと多い。
まず立場。森下師匠が塔矢門下をライバル視してるところ。
それからファン。
囲碁界もほぼ芸能界みたいなもので
プロアマ問わず色恋沙汰の情報がよく回る。そんなに広くない世界だから。
そもそもプロ棋士と囲碁ファンっていうカップルも結構いるみたいで、
老若男女に人気な彼のことだ。
女性ファンでは本気で彼に恋している子もいるだろう。
仮に付き合うことになったらお忍びになるのは仕方ないとして、もしかしたら女性ファンに刺されたりするんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
その前に、高貴な彼と
休日漫画を読んでゲラゲラ笑ってる
私とは釣り合わないんじゃないかとも思う。
この気持ちに終止符を打たない限り
スランプは抜け出せない。
この道で生きていくと決めたなら、一刻も早く脱出しなければ。
次のイベント、彼と被ることが分かっていたから決心していた。
出来るだけ彼を避けるように
まず、お酒の席は参加しない。
またしても私は土地勘のない始めての地で夜に1人ふらふらと歩くことに。
「姉さん、1人?
俺、この辺にあるいい店知ってるから案内してあげるよ」
あれ、デジャヴ。
今度は日本語だ。
あの時は制服着てたけどどんな風に口説かれてたんだろう。
「…お願いします。」
私は変に冷静で、塔矢アキラへの想いが断ち切れるのなら誰でもいいと安易な考えでついていった。
結果、
「…ちょっと、休憩していく?」
流れのままにしてたら今日会ったばっかの男と
夜の街のホテルに行くことになってしまったわけで。
半分自暴自棄になっていた。
ここであの時みたいに
彼が飛び込んできてくれたら────
なんて、淡い期待を持ちつつも
私は何も言わずにホテルに足を踏み入れようとしたその時
「帰りますよ。」
聞き覚えのある声と共に後ろから強引に手を引っ張られた。
「と、塔矢君、なんでこんなとこに?」
「……」
無視。いや、なんか怒ってる?
それに男も諦めたのか追いかけてこない。
彼についていって夜の街から遠ざかり広場に着いたところで
「…ねぇ、塔矢君。」
もう一度名前を呼ぶとピタッと止まった。
「急に僕を避けるし、姿が見えないから、探しにきた。見かけた時、君の色恋沙汰に首を突っ込むのはよくないと思ったけど、ごめん。歯止めが効かなかった。もし、さっきの男性が付き合ってる人だったら申し訳ない。」
そして振り向くことなく私に言う。
「ごめん、自分勝手なことして。
さっきの人は今日会ったばっかりの人。」
「…そうだと思った。悲しい顔をしていたよ、さっきの君は。
そもそも、会ったばかりなのにそういうところに行くのもどうなのかと言いたいところだけど、まずは何故、そんなに自分を苦しめることをしているの?」
対局の時には絶対に見れない
眉をハの字に下げた彼の表情。
それを見て堰を切ったように彼に話し出した。
「塔矢君こそどうして、そんなに私を気にかけてくれるの?優しくしてくれるの?
正直そうされるとすごく辛い。
君への想いがどんどん募って、でも色々取り巻いて本当の気持ちを伝えられないし。」
すると彼はそれがどうした?と言わんばかりのキョトンとした顔で
「好きな人を特別扱いするなんて当たり前のことじゃないか」
そう言う。
「特別扱いって、そう言うのは好きな女の子に…って、あれ?今なんて?」
「僕は君のことを言っているんだけど。」
冷静じゃない私はやっと
彼の言ったことを理解する。
「…え、どこに君が私にそういうことになる要素が?」
「あの時君は何気なく言ったかもしれないから覚えてないかもね。」
口角を上げて優しく笑う彼が話してくれた。
彼がプロ試験を受けた予選にて
「今年は塔矢アキラが居るんだよな。実質2人しか受からねーじゃん、やる気でねーよな。」
「確かに。囲碁界の頂点に立ってるのが父親って時点でずるいよなァ」
愚痴垂れてる院生がいて
塔矢君が聞いてしまい、
いつも言われ慣れてるから無視しようとしたらそこに私が
「うるさいなァ。思ってても口に出すんじゃないわよ。
親がプロ棋士だからって遺伝して子供が囲碁上手いとは限らない。今の実力があるのは彼自身の努力の積み重ねで出来たモノでお父さんとは何の関係もない。
そんな愚痴垂れてる暇があるんだったら受かるように詰碁集でも読んで勉強してな。」
マシンガントークを決め込んだらしい。
そのことでお礼を言おうとわざわざ私の顔を覚えてくれていてあのイベントで私を見てお礼を言おうとしたら口説かれてるしで、その後も忙しない日々を送り、2人きりになるチャンスがなく今日まで言えなかったという。
「具体的にどこが好きかと言われると答えるのにまだ時間がかかるけど、これから見つけていきたい。
今言えるのは、真っ直ぐな君と仲良くなる内にいつの間にか君から目が離せなくなっていたみたいだ。」
「…私と同じ気持ちで嬉しい。
けど、付き合えないよ。
一応、門下は敵対しているし
塔矢君ファン多いし、そもそも高貴な君と私が釣り合うとも思えない。」
すると、彼はクスッと笑って
「全部どうでもいいよ。僕が君を好きで君が僕を好きでいてくれる限り、
周りになんと言われようと気にしないし、文句なんか言わせないさ。」
「……」
私が今まで悩んでたことを一蹴する。
一体これまでのはなんだったんだ。
1人で拗れてただけじゃない。
「大雑把だけどこれで君の不安は少しでも解消できただろうか」
「うん」
口角を上げて彼に答える。
立場やファン、きっと他にも取り巻くものは多いけれど
私と彼が唇と唇を重ねる
今この瞬間に
遮るものは何もない。
気づいてしまった感情を隠すのは難しい。
そういう状況に陥った今現在、私はプロとして5年も経つというのに成績がスランプ期に突入。
そのスランプの原因はちょうど敵対関係にある門下にいる塔矢アキラで。
棋力の差は私が女流特別採用で彼の翌年にプロになる前から痛感しているし、彼の眼中にもないだろう。
それなのにも関わらず、私の心中を荒らす彼。
よく話すようになったのはプロ試験本戦が始まる前の国際アマチュア囲碁カップがきっかけ。
森下師匠に誘われて弟弟子の和谷と一緒に参加していて、彼も同じ場にいた。
私は和谷と同じ大会を終えて暇を持て余してる外人アマチュア達の相手をする役だった。
昼休みをもらって、土地勘のない初めての場所でお昼をどこで食べようか1人会場内を歩き回りながら探しているところに2人組の私より少し年上っぽい男性の外国人が近寄ってきて私に英語で話しかけてきた。
「え、あ、あの…ナンデスカ?」
突然、話しかけられて英語喋れません。という英語すら喋れなかったその時、彼が割って入ってきて。
「大丈夫?」
「うん、何がなんだかさっぱりだけど。」
2人組の男と冷静沈着に英語で話し、
私の手を引っ張ってその人達とは反対方向に歩いていったのだ。
人通りが少ない場所に連れて行かれると、
「キミ、英語で口説かれてたんだよ。」
クスッと笑って教えてくれた。
「そうだったの!?…助けてくれて、ありがとう。」
「日本語が片言になっていて思わず笑っちゃった。」
「わ、忘れて!」
また彼が笑う。
この時点では好意という自覚はなく
普通に母性本能のような感じでこんな可愛い一面があったのかと微笑ましく思っていたと同時に
正義感が強い子なんだと思っていた。
それから私が彼の1年後にプロになってから、何故かイベントがあるたび
彼と重なることが多くなり、会うたびに初対面の時みたいに敬語を使わずによく話すようになっていて、
たまに大手合いの日程が被って終わったあと小腹を満たすのにカフェに寄るくらいには仲良くなった。
彼が優しいのはあの国際アマチュア囲碁カップの時に止まらず
イベントごとに必ずしもあるお酒の席では彼に一番端っこの席に誘導されて
必ず隣に座ってくれたり、
エレベーターや電車でも端っこに誘導されて前に彼が居る。
スーツでスカートを着ている時にエスカレーターに乗るのに先に譲ってくれてその後ろに彼。
さらには先日の大手合いで
頭痛が酷くて昼休みに休憩室でぐったりしていてわざわざ頭痛薬と水を買ってきてくれた時には
いよいよ自分の気持ちが整理しきれなくなった。
気のせいかもしれないけど、
いくらなんでも優しいの度を越えていないか?
同時に自分の彼への気持ちに気づいてしまって、今度は彼に会うたび隠すのが難しい。
何せ相手はあの塔矢アキラ。
私との間を遮るものはきっと多い。
まず立場。森下師匠が塔矢門下をライバル視してるところ。
それからファン。
囲碁界もほぼ芸能界みたいなもので
プロアマ問わず色恋沙汰の情報がよく回る。そんなに広くない世界だから。
そもそもプロ棋士と囲碁ファンっていうカップルも結構いるみたいで、
老若男女に人気な彼のことだ。
女性ファンでは本気で彼に恋している子もいるだろう。
仮に付き合うことになったらお忍びになるのは仕方ないとして、もしかしたら女性ファンに刺されたりするんじゃないかとヒヤヒヤしてしまう。
その前に、高貴な彼と
休日漫画を読んでゲラゲラ笑ってる
私とは釣り合わないんじゃないかとも思う。
この気持ちに終止符を打たない限り
スランプは抜け出せない。
この道で生きていくと決めたなら、一刻も早く脱出しなければ。
次のイベント、彼と被ることが分かっていたから決心していた。
出来るだけ彼を避けるように
まず、お酒の席は参加しない。
またしても私は土地勘のない始めての地で夜に1人ふらふらと歩くことに。
「姉さん、1人?
俺、この辺にあるいい店知ってるから案内してあげるよ」
あれ、デジャヴ。
今度は日本語だ。
あの時は制服着てたけどどんな風に口説かれてたんだろう。
「…お願いします。」
私は変に冷静で、塔矢アキラへの想いが断ち切れるのなら誰でもいいと安易な考えでついていった。
結果、
「…ちょっと、休憩していく?」
流れのままにしてたら今日会ったばっかの男と
夜の街のホテルに行くことになってしまったわけで。
半分自暴自棄になっていた。
ここであの時みたいに
彼が飛び込んできてくれたら────
なんて、淡い期待を持ちつつも
私は何も言わずにホテルに足を踏み入れようとしたその時
「帰りますよ。」
聞き覚えのある声と共に後ろから強引に手を引っ張られた。
「と、塔矢君、なんでこんなとこに?」
「……」
無視。いや、なんか怒ってる?
それに男も諦めたのか追いかけてこない。
彼についていって夜の街から遠ざかり広場に着いたところで
「…ねぇ、塔矢君。」
もう一度名前を呼ぶとピタッと止まった。
「急に僕を避けるし、姿が見えないから、探しにきた。見かけた時、君の色恋沙汰に首を突っ込むのはよくないと思ったけど、ごめん。歯止めが効かなかった。もし、さっきの男性が付き合ってる人だったら申し訳ない。」
そして振り向くことなく私に言う。
「ごめん、自分勝手なことして。
さっきの人は今日会ったばっかりの人。」
「…そうだと思った。悲しい顔をしていたよ、さっきの君は。
そもそも、会ったばかりなのにそういうところに行くのもどうなのかと言いたいところだけど、まずは何故、そんなに自分を苦しめることをしているの?」
対局の時には絶対に見れない
眉をハの字に下げた彼の表情。
それを見て堰を切ったように彼に話し出した。
「塔矢君こそどうして、そんなに私を気にかけてくれるの?優しくしてくれるの?
正直そうされるとすごく辛い。
君への想いがどんどん募って、でも色々取り巻いて本当の気持ちを伝えられないし。」
すると彼はそれがどうした?と言わんばかりのキョトンとした顔で
「好きな人を特別扱いするなんて当たり前のことじゃないか」
そう言う。
「特別扱いって、そう言うのは好きな女の子に…って、あれ?今なんて?」
「僕は君のことを言っているんだけど。」
冷静じゃない私はやっと
彼の言ったことを理解する。
「…え、どこに君が私にそういうことになる要素が?」
「あの時君は何気なく言ったかもしれないから覚えてないかもね。」
口角を上げて優しく笑う彼が話してくれた。
彼がプロ試験を受けた予選にて
「今年は塔矢アキラが居るんだよな。実質2人しか受からねーじゃん、やる気でねーよな。」
「確かに。囲碁界の頂点に立ってるのが父親って時点でずるいよなァ」
愚痴垂れてる院生がいて
塔矢君が聞いてしまい、
いつも言われ慣れてるから無視しようとしたらそこに私が
「うるさいなァ。思ってても口に出すんじゃないわよ。
親がプロ棋士だからって遺伝して子供が囲碁上手いとは限らない。今の実力があるのは彼自身の努力の積み重ねで出来たモノでお父さんとは何の関係もない。
そんな愚痴垂れてる暇があるんだったら受かるように詰碁集でも読んで勉強してな。」
マシンガントークを決め込んだらしい。
そのことでお礼を言おうとわざわざ私の顔を覚えてくれていてあのイベントで私を見てお礼を言おうとしたら口説かれてるしで、その後も忙しない日々を送り、2人きりになるチャンスがなく今日まで言えなかったという。
「具体的にどこが好きかと言われると答えるのにまだ時間がかかるけど、これから見つけていきたい。
今言えるのは、真っ直ぐな君と仲良くなる内にいつの間にか君から目が離せなくなっていたみたいだ。」
「…私と同じ気持ちで嬉しい。
けど、付き合えないよ。
一応、門下は敵対しているし
塔矢君ファン多いし、そもそも高貴な君と私が釣り合うとも思えない。」
すると、彼はクスッと笑って
「全部どうでもいいよ。僕が君を好きで君が僕を好きでいてくれる限り、
周りになんと言われようと気にしないし、文句なんか言わせないさ。」
「……」
私が今まで悩んでたことを一蹴する。
一体これまでのはなんだったんだ。
1人で拗れてただけじゃない。
「大雑把だけどこれで君の不安は少しでも解消できただろうか」
「うん」
口角を上げて彼に答える。
立場やファン、きっと他にも取り巻くものは多いけれど
私と彼が唇と唇を重ねる
今この瞬間に
遮るものは何もない。
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