このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

伊角夢短編集

◇独占欲◇

彼女の評判は俺を不安にさせる。

「いいなぁ。俺も早く伊角さんの彼女みたいな彼女が欲しい。」

和谷のこの聞き捨てならない言葉、知り合いの若手棋士に彼女を紹介する度に何回言われただろう。
ましてや現に彼女本人が居ないのにも関わらずこうして会話に出てきては皆、口を揃えて彼女を羨望の的に。

「和谷にも出来るって、そのうち」
「そのうちかよ」

彼女が何故そこまで言われるのか。前に和谷の研究会に紹介がてら連れて行ったところ、冷蔵庫の持ち合わせだけで手早くつまみを作ってしまったり、相手が何も言わずともタイミングを見計らって酒や食べ物のおかわりを伺いながらグラスや皿を空にすることはなく、仕舞いには誰が頼んだ訳でもなく、食後の温かい緑茶まで出ていた。今時亭主関白なんて絶滅危惧種に近いだろうこのご時世に一歩引いて男性を支えている様がどうやら彼らの心を打ったらしい。
それからは高段者の方にまで話が広まってしまった。
だから彼女が褒められたりすると変に気掛かりが騒めく。
そう、

「おかえりなさ──んっ」

家に行けば必ず居ると分かっていても。
視界に彼女が入ると、自分のモノなんだと確かめたくなる気持ちを抑えきれず自分のところへ引き寄せ、うなじに片手を添え、腰に手を回し、唇を塞いだ。一旦、唇を離し俺の名前を呼ぼうとするのをすかさず塞ぐ。最初よりも長く。時間が経てば経つほど腰に回した手の力を自然と強めてしまう。

そこでやっと、正気に戻ったのは彼女に胸板を数回叩かれてからだった。

「なんかあったの?仕事後の飲み会すっぽかして真っ直ぐ帰ってくるなんて珍しい。」
「いや別に何もないんだけど……。」

そう言いながらベッドに座り、ネクタイを外して首元を緩める。それとなく目配せを送れば、察した彼女は隣にやってきて、また腰に手を回しても拒否することなく受け入れ態勢なのに安堵する。
そして、そのまま彼女を両腕で包み込み、共にそこへ身を沈めた。


7/9ページ
スキ