伊角夢短編集
◇ずるいなァ、伊角君。◇
「伊角君っ!」
プロ試験から姿を消してしまった
院生仲間の彼を市ヶ谷駅で見かけ、咄嗟に手を掴む。
これで人違いだったらどうしよう。
「あぁ、久しぶり」
振り向いた彼の顔を見たら
そんな心配は無用だったみたいだ。
捕まえといて何も言えずにいると
伊角君から口を開いてくれた。
「…参ったな。誰にも言わずに行こうとしてたのに。」
「行くってどこに?」
色々と聞きたいことはあった。
まずは院生の誰にも、一番仲よかった和谷君にすら連絡を取らずに居なくなってしまって
碁にはもう戻ってこないのか
今日市ヶ谷に来たのは院生を辞めるために来たのか。
「中国棋院に」
「ちゅうご───」
私が驚いて大きめの声で言うと
焦った表情でシーっと人差し指を立てられる。
「まだ、和谷にすら言ってない。」
「…だろうね。黙ってるよ。」
「頼むよ。」
でも、今だって本当のこと私に言わないっていう選択肢もあったはずなのに。
「なんで教えてくれたの?」
もしかしたら、中国に行くっていうのも嘘かもしれないけど
あの伊角君のことだ。
嘘をつけない真面目な性格と、
まだプロを諦めてないからこそ、碁の強豪国に行くのは嘘じゃないだろう。
「なんでだろ。口堅そうに見えるからかな。」
「…何それ。でも、まだ諦めてなくて安心した。」
理由を聞いて拍子抜け。
「あぁ、次は絶対受かるよ。お前も頑張れよ。」
「まぁ、ぼちぼちね。」
そして伊角君と別れる。
伊角君からしたら何の意味もないんだろうけど
私にとっては和谷君ですら知らないことを教えてくれたことに対して、
少し特別扱いされてるのかな。
なんて期待を持ってしまった。
でも、きっと彼の1番は囲碁。
それは前々からよく分かってるからこそ、今日みたいなことされたら余計に期待してしまう。
そんな期待を掻き消す様に
私と逆方向に歩く彼の背中を見ながら思う。
────ずるいなァ、伊角君。
「伊角君っ!」
プロ試験から姿を消してしまった
院生仲間の彼を市ヶ谷駅で見かけ、咄嗟に手を掴む。
これで人違いだったらどうしよう。
「あぁ、久しぶり」
振り向いた彼の顔を見たら
そんな心配は無用だったみたいだ。
捕まえといて何も言えずにいると
伊角君から口を開いてくれた。
「…参ったな。誰にも言わずに行こうとしてたのに。」
「行くってどこに?」
色々と聞きたいことはあった。
まずは院生の誰にも、一番仲よかった和谷君にすら連絡を取らずに居なくなってしまって
碁にはもう戻ってこないのか
今日市ヶ谷に来たのは院生を辞めるために来たのか。
「中国棋院に」
「ちゅうご───」
私が驚いて大きめの声で言うと
焦った表情でシーっと人差し指を立てられる。
「まだ、和谷にすら言ってない。」
「…だろうね。黙ってるよ。」
「頼むよ。」
でも、今だって本当のこと私に言わないっていう選択肢もあったはずなのに。
「なんで教えてくれたの?」
もしかしたら、中国に行くっていうのも嘘かもしれないけど
あの伊角君のことだ。
嘘をつけない真面目な性格と、
まだプロを諦めてないからこそ、碁の強豪国に行くのは嘘じゃないだろう。
「なんでだろ。口堅そうに見えるからかな。」
「…何それ。でも、まだ諦めてなくて安心した。」
理由を聞いて拍子抜け。
「あぁ、次は絶対受かるよ。お前も頑張れよ。」
「まぁ、ぼちぼちね。」
そして伊角君と別れる。
伊角君からしたら何の意味もないんだろうけど
私にとっては和谷君ですら知らないことを教えてくれたことに対して、
少し特別扱いされてるのかな。
なんて期待を持ってしまった。
でも、きっと彼の1番は囲碁。
それは前々からよく分かってるからこそ、今日みたいなことされたら余計に期待してしまう。
そんな期待を掻き消す様に
私と逆方向に歩く彼の背中を見ながら思う。
────ずるいなァ、伊角君。