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伊角夢短編集

◇昔っから◇

「…いたた。」

晴れて女流プロ棋士となった1年目の4月
囲碁のイベントのため2泊3日の出張初日。
スーツ姿にまだ慣れないパンプスで
会場では長時間立ちっぱなしの移動もあり。

つま先や足の裏を痛めてしまって
宿泊先のホテルへ行くために駅まで歩いていたら、ついに限界。

「どーした?」

そう言って振り向いたのは
少し前を歩いていた
私の2つ上の幼馴染兼、同期のプロ棋士伊角君。

「ごめん。私ゆっくり歩いてくから、
先に行ってて、慎ちゃん。」

伊角君というのは、表向きの呼び方で
2人の時は今までと変わらないこの呼び方。

「…足か。慣れない靴履いて1日大変だったな。気づかなくてごめん。」

私が、パンプスから片足出してるとこを慎ちゃんが見て気づいて謝られる。

もう、慎ちゃんも疲れてるだろうから先にホテル行ってて。と、もう一度言うと
黙って私の持ってた鞄をとり肩にかけ、

「ほら!」

急にしゃがんで両腕を後ろに
背中を向けられる。
つまり、背中に乗れ。と。

「なっ…!だ、大丈夫だから!
さすがに17にもなっておんぶなんて…。」
「いーから。駅までまだ距離あるし。」
「はい。」

恥ずかしながらも、背中に乗る。

「…慎ちゃん」
「ん?」
「こーいうこと、他の女性に軽々しくしちゃダメだよ。きっと勘違いしちゃうから。」
「勘違い?」
「…分からないならいーよ。」

碁一筋でやっぱり恋愛には鈍い。
慎ちゃん自身は恥ずかしがることもなく、
平気でおんぶなんてするくらいなんだから
やっぱり私のことまだ年下の妹ぐらいにしか思ってないんだろうな。

「大丈夫。おんぶなんて昔っからお前にしか出来ないよ」
「…それ、どーいう意味?」
「さぁな。」

優しい声でそう言う慎ちゃんが
昔から私のことを妹として見てなかったことを知るのはまだもう少し先の話。
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