和谷夢短編集
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◇ 大人の「また」はすぐにはやってこない。◇
暮れゆく街にぽつぽつとネオンの光が灯る頃。
待ち合わせ場所に現れた野上を見て、目を丸くした。
「久しぶりー。いやー、遅くなってごめんね。」
笑いながら言う彼女。
肩下まである、さらりとした黒髪は艶やかに輝いていて、肌は色白く、袖から出ている腕は細い。そして服装がワンピースときたら、ドキリと心臓が高鳴った。
「いや別に。行こうぜ」
「うん」
久しぶりという言葉は返さず、野上に背を向けた。我ながら素気ない態度をとったと思う。
コイツこんなに女っぽかったっけ。
俺の記憶に残っていた野上は、言っちゃ悪いけど制服よりも、体操着の方がしっくりくる活発な女子だった。
髪が短かくて、肌は日に焼けて茶色だった。唯一、細身というとこだけはそのままだ。
体操着が似合っていた女子が、今やスカートが似合う女になるなんて。どう接したらいいか分かんねえ。昔のままのノリでいいのか?
俺は居酒屋に着くまで、野上の顔をまともに見れずにいた。野上も、口数がやけに少なかった。
席に着くなり、
「はい。例のブツ」
と、野上はカバンから取り出した封筒を俺の方へ滑らせた。
封筒の中には手紙が入っている。中学卒業する時に担任の発案で書いた、十年後の自分宛ての手紙。
この間、中学の同窓会があった。俺は仕事で都合が合わず行けなかったけど。その時、例の手紙が入ったタイムカプセルをみんなで掘り起こしたらしい。
それで俺に手紙を渡したいと野上から連絡をくれたのだ。
「中身、読んでないよな?」
手紙を受け取り、苦笑混じりに俺は言う。
ここに来てやっとまともに野上と話せた。
「人に読ませられないようなコト、書いてあったんだ。読めば良かったなあ」
すると野上は目を細めてニヤつく。
からかわれてるのに、そんなに悪い気はしない。むしろ久しぶりの気兼ね無いやりとりに、心地よさを感じていた。
「ま、何書いたかもう覚えてねーけど。」
中学卒業してから早くも十年が経つ。覚えてなくて同然だ。俺のことだから、どうせ囲碁のことしか書いてないんだろうけど。でもさっきの様に言われると変なことを書いてたんじゃないかと不安になる。別に読まれたわけじゃないのに。なんだか恥ずかしくなってきた。
これ以上、手紙の話題を広げたくなかったから封筒をカバンの中に閉まった。
そこからは飲み食いしながら、お互いの近況だったり、同窓会の話をした。自分達の話はそこそこに、人の話ばかりしていた。誰それが結婚したとか、子供が産まれたとかそんな話だ。
正直、会話の内容はあまり頭に入ってこなかった。
垢抜けて綺麗になった野上に釘付けで。
結局、俺がまともに話せたのはあの手紙の話をした時だけだった。普段通り話せなかった自分が情けない。
呑気に一局打てたらと思って持ってきたマグネット碁盤も、出せずに終わってしまった。
そう後悔したのは、居酒屋を出て駅に着いた頃。
「それじゃあ、私はあっちだから。久しぶりに和谷に会えてよかったよ。またね。」
野上は、にこやかな笑顔で手を振った。
「あぁ、じゃあまた……。」
対して俺は張りのない声で返事した。
野上の目に映る俺はどんな表情をしていたんだろう。きっと、ろくな顔してない。
野上の姿が改札へ消えていくのを眺めながら、ただ茫然と立ち尽くす。
ふと思った。
アイツとの「また」は次いつ来るんだろうか。
学生の頃のように、明日とかそんな近い日じゃないことは分かってる。何ヶ月、何年……。
いいのか、このままで。いや、よくない。
いつ来るか分からない「また」を確実にしたい。今すぐに。
「あのさ!」
気づけば俺は野上を追いかけて手首を掴んでいた。
振り向いた野上は一瞬、目をまん丸くした。構わずに俺はそのまま続ける。
「近いうちに、一局付き合ってほしい」
その直後、力が抜けて手首から手を離した。
すると野上は、さっきよりもぱぁっと表情を明るくして、
「いいよ!えっと、今月なら……」
とカバンからスケジュール帳を取って、その場で予定を確かめてくれる。
素直に嬉しい。そこまで乗り気になるとは思わなかったから。頬が緩んでいくのを止められない。
そして程なくして、次に会う日は決まった。
互いに笑みを交わして今度こそ別れた。
野上の姿が見えなくなるのを確認してから、俺も帰路に着く。
次に会う時は、素直に言おう。
「この間はまともに話せなくてごめん。お前が、その……綺麗になりすぎて、どう扱っていいか分かんなかった。」
照れ臭く言う自分を想像してしまった。
涼風が吹き抜ける夜道。どこからか、カサカサと葉っぱが揺れる音が聞こえる。
春とはいえ、まだ肌寒い夜だ。
けれども、さっき掴んだ野上の手首の温もりが残っていて、俺の掌はほんのりと温かかった。
暮れゆく街にぽつぽつとネオンの光が灯る頃。
待ち合わせ場所に現れた野上を見て、目を丸くした。
「久しぶりー。いやー、遅くなってごめんね。」
笑いながら言う彼女。
肩下まである、さらりとした黒髪は艶やかに輝いていて、肌は色白く、袖から出ている腕は細い。そして服装がワンピースときたら、ドキリと心臓が高鳴った。
「いや別に。行こうぜ」
「うん」
久しぶりという言葉は返さず、野上に背を向けた。我ながら素気ない態度をとったと思う。
コイツこんなに女っぽかったっけ。
俺の記憶に残っていた野上は、言っちゃ悪いけど制服よりも、体操着の方がしっくりくる活発な女子だった。
髪が短かくて、肌は日に焼けて茶色だった。唯一、細身というとこだけはそのままだ。
体操着が似合っていた女子が、今やスカートが似合う女になるなんて。どう接したらいいか分かんねえ。昔のままのノリでいいのか?
俺は居酒屋に着くまで、野上の顔をまともに見れずにいた。野上も、口数がやけに少なかった。
席に着くなり、
「はい。例のブツ」
と、野上はカバンから取り出した封筒を俺の方へ滑らせた。
封筒の中には手紙が入っている。中学卒業する時に担任の発案で書いた、十年後の自分宛ての手紙。
この間、中学の同窓会があった。俺は仕事で都合が合わず行けなかったけど。その時、例の手紙が入ったタイムカプセルをみんなで掘り起こしたらしい。
それで俺に手紙を渡したいと野上から連絡をくれたのだ。
「中身、読んでないよな?」
手紙を受け取り、苦笑混じりに俺は言う。
ここに来てやっとまともに野上と話せた。
「人に読ませられないようなコト、書いてあったんだ。読めば良かったなあ」
すると野上は目を細めてニヤつく。
からかわれてるのに、そんなに悪い気はしない。むしろ久しぶりの気兼ね無いやりとりに、心地よさを感じていた。
「ま、何書いたかもう覚えてねーけど。」
中学卒業してから早くも十年が経つ。覚えてなくて同然だ。俺のことだから、どうせ囲碁のことしか書いてないんだろうけど。でもさっきの様に言われると変なことを書いてたんじゃないかと不安になる。別に読まれたわけじゃないのに。なんだか恥ずかしくなってきた。
これ以上、手紙の話題を広げたくなかったから封筒をカバンの中に閉まった。
そこからは飲み食いしながら、お互いの近況だったり、同窓会の話をした。自分達の話はそこそこに、人の話ばかりしていた。誰それが結婚したとか、子供が産まれたとかそんな話だ。
正直、会話の内容はあまり頭に入ってこなかった。
垢抜けて綺麗になった野上に釘付けで。
結局、俺がまともに話せたのはあの手紙の話をした時だけだった。普段通り話せなかった自分が情けない。
呑気に一局打てたらと思って持ってきたマグネット碁盤も、出せずに終わってしまった。
そう後悔したのは、居酒屋を出て駅に着いた頃。
「それじゃあ、私はあっちだから。久しぶりに和谷に会えてよかったよ。またね。」
野上は、にこやかな笑顔で手を振った。
「あぁ、じゃあまた……。」
対して俺は張りのない声で返事した。
野上の目に映る俺はどんな表情をしていたんだろう。きっと、ろくな顔してない。
野上の姿が改札へ消えていくのを眺めながら、ただ茫然と立ち尽くす。
ふと思った。
アイツとの「また」は次いつ来るんだろうか。
学生の頃のように、明日とかそんな近い日じゃないことは分かってる。何ヶ月、何年……。
いいのか、このままで。いや、よくない。
いつ来るか分からない「また」を確実にしたい。今すぐに。
「あのさ!」
気づけば俺は野上を追いかけて手首を掴んでいた。
振り向いた野上は一瞬、目をまん丸くした。構わずに俺はそのまま続ける。
「近いうちに、一局付き合ってほしい」
その直後、力が抜けて手首から手を離した。
すると野上は、さっきよりもぱぁっと表情を明るくして、
「いいよ!えっと、今月なら……」
とカバンからスケジュール帳を取って、その場で予定を確かめてくれる。
素直に嬉しい。そこまで乗り気になるとは思わなかったから。頬が緩んでいくのを止められない。
そして程なくして、次に会う日は決まった。
互いに笑みを交わして今度こそ別れた。
野上の姿が見えなくなるのを確認してから、俺も帰路に着く。
次に会う時は、素直に言おう。
「この間はまともに話せなくてごめん。お前が、その……綺麗になりすぎて、どう扱っていいか分かんなかった。」
照れ臭く言う自分を想像してしまった。
涼風が吹き抜ける夜道。どこからか、カサカサと葉っぱが揺れる音が聞こえる。
春とはいえ、まだ肌寒い夜だ。
けれども、さっき掴んだ野上の手首の温もりが残っていて、俺の掌はほんのりと温かかった。