和谷夢短編集
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◇嫉妬の美点◇
午前11時。ケータイでメールを打ちながら、待ち合わせ場所の駅前で待っていると、名前を呼ばれたので顔を上げる。
「わーやーくんっ。何してるの?」
その声の主に俺が一瞬、顔を引き攣らせたのは、彼女との待ち合わせ5分前のことだった。
「奇遇だな、しげこちゃん。」
そう言いながら顔の横まで片手を上げて、軽く挨拶をした後に、人と待ち合わせしてんだ。俺は続けて言った。
具体的に【彼女】と、と声にして言うのが少し照れくさくてボカした言い方になってしまったことに、内心罪悪感を覚える。
なんせ生まれてはじめて出来た彼女なもんだから、何もかもが照れてしまう。
そんな様子を察したのか、ふーん、そうなんだ。としげ子ちゃんは返事をした。
そっちは?と聞こうとしたところで、聞き慣れた声が耳を打つ。
「ごめん、和谷くん待った?」
「いや全然。」
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、待ち合わせする恋人同士のテンプレートなやりとりを交わした。
彼女は、俺の隣に居るしげ子ちゃんに視線を流した。
「あ、どうも始めまして。しげ子です。」
彼女の視線に気づいた、しげ子ちゃんが先に挨拶をする。
「こちらこそ始めまして。和谷くんからよくお話聞いてます。」
「私も2人がお付き合いする前からよく話を───」
「んで、しげ子ちゃんも誰かと待ち合わせしてんだったけ?」
普通に挨拶だけで終わる流れかと思った油断していた。
しげ子ちゃんにこれ以上、口を滑べらせないよう俺は口を挟んだ。
「それがね、友達と遊ぶ約束だったんだけど急用が入って来れなくなっちゃったの。だから帰ろうと思って。」
「へえ、そうだったんだ。」
事情を教えてくれたしげ子ちゃんからは、まだ帰るには物足りない様子が漂っていた。
なんとかしてやりたいけど、今日は久々の彼女とのデートが控えている。それに加えて、森下師匠にはお世話になっているのもあって、こんな状況の時またなと気軽に離れられるような相手では無い。さて、どうするか。
一旦、瞼を下ろし顎に拳をつけて考えてると彼女の声が聞こえた。
「しげ子ちゃん、良かったら一緒に遊ばない?」
「えっ」と目を見開き、思わず声を上げたのは俺だった。久々の2人の時間がお預けになりそうな雰囲気を感じ、落胆する気持ちが声となって出てしまったのだろう。
しかし彼女が、寂しさ漂うしげ子ちゃんをほっとけない気持ちも分かる。
俺の目の前に居た彼女は、いつの間にかしげこちゃんの前へ移動していた。少し膝を折り、しげこちゃんと目線を合わせていた。
「やったー!本当はまだ帰りたくなかったんだ。」
でも……と少しも渋る様子も無く、しげ子ちゃんは満面の笑みで答えた。そんな光景を見てしまうと俺は何も言えなくなってしまった。
彼女もまた、喜ぶしげ子ちゃんを眺めながら膝を伸ばした。
俺は彼女に近づき、耳打ちをする。
「なんかごめんな、気を遣わせて。」
「ううん。私も和谷くんに確認せず勝手に決めてごめんね。」
「いや、仕方ねえよ。」
ここまできたらむしろ俺だけでなく、俺の周りの人をも大切にしてくれる彼女に尊敬の念を抱いた。
そんなやりとりをしていると、いつの間に先を行っていたしげ子ちゃんが、俺たちに向かって2人とも早くー!と声を張り上げた。
途中、昼飯やおやつ休憩を挟みつつ、あらゆるショッピングモールを転々としていると、あっという間に夕方になっていた。
しげこちゃんを家に送り届けた頃、空は太陽が溶け広がったかのように、辺り一面、朱色に染まっていた。
「あのさ、今日……」
森下家から駅へ向かって歩く時、少し沈黙が続いたが、
彼女が歯切れの悪い調子で呟いた。
「正直言って、妬いた。しげ子ちゃんのお父さんの話されると会話についていけなかったのが。」
自分からしげ子ちゃん誘ったのにね。
はにかんだ笑顔でそう言う彼女が、俺にヤキモチ焼いてくれてたのが純粋に可愛い。声で言えない代わりに、耳や頬に熱が溜まっていく。
「俺も妬いてたぜ。」
「え、そうだったの?」
「しげ子ちゃんが早々に懐いて、常にお前の隣をキープされてさ。入る隙が無かったのが嫌だった。」
「ふふっ。そう思ってくれてたのが、嬉しい。」
久々に訪れた2人の時間が、急遽お預けになり落胆したことは黙って置いた。
歳下の女の子相手に大人気ない嫉妬だったなと、互いに反省した後にらその場で立ち止まって俺たちはひとしきり笑い合った。
笑い飛ばしてたけど、本当はその嫉妬は意外と侮れない。
嫉妬こそ、互いの好意をより強力にし、互いを引き付け合い、強固な絆を結んでくれるものなんだと、嫉妬の美点に気づかされた。
そうこうしてる内に笑い声が止み、自然と向かい合う形になった。今度は緊迫した空気が流れる。いや、それは俺が勝手にそう感じてるだけかもしれない。彼女は普段通りに見える。
現在地はまだ閑静な住宅街で人気は感じられ無い。それでも誰かに見られる可能性は充分にある。しかし今は恥じらいよりも彼女を独占したい欲が勝った。
ムードもへったくれもないが、唐突に彼女の両肩に優しく手を置き、真っ直ぐ顔を見つめた。
驚きからか目を瞬かせたものの、彼女もまた応えるようにゆっくりと瞼を下ろす。
そしてそのまま人目を憚らず互いに距離を詰め、俺は彼女の口を閉ざした。
午前11時。ケータイでメールを打ちながら、待ち合わせ場所の駅前で待っていると、名前を呼ばれたので顔を上げる。
「わーやーくんっ。何してるの?」
その声の主に俺が一瞬、顔を引き攣らせたのは、彼女との待ち合わせ5分前のことだった。
「奇遇だな、しげこちゃん。」
そう言いながら顔の横まで片手を上げて、軽く挨拶をした後に、人と待ち合わせしてんだ。俺は続けて言った。
具体的に【彼女】と、と声にして言うのが少し照れくさくてボカした言い方になってしまったことに、内心罪悪感を覚える。
なんせ生まれてはじめて出来た彼女なもんだから、何もかもが照れてしまう。
そんな様子を察したのか、ふーん、そうなんだ。としげ子ちゃんは返事をした。
そっちは?と聞こうとしたところで、聞き慣れた声が耳を打つ。
「ごめん、和谷くん待った?」
「いや全然。」
誰もが一度は耳にしたことがあるだろう、待ち合わせする恋人同士のテンプレートなやりとりを交わした。
彼女は、俺の隣に居るしげ子ちゃんに視線を流した。
「あ、どうも始めまして。しげ子です。」
彼女の視線に気づいた、しげ子ちゃんが先に挨拶をする。
「こちらこそ始めまして。和谷くんからよくお話聞いてます。」
「私も2人がお付き合いする前からよく話を───」
「んで、しげ子ちゃんも誰かと待ち合わせしてんだったけ?」
普通に挨拶だけで終わる流れかと思った油断していた。
しげ子ちゃんにこれ以上、口を滑べらせないよう俺は口を挟んだ。
「それがね、友達と遊ぶ約束だったんだけど急用が入って来れなくなっちゃったの。だから帰ろうと思って。」
「へえ、そうだったんだ。」
事情を教えてくれたしげ子ちゃんからは、まだ帰るには物足りない様子が漂っていた。
なんとかしてやりたいけど、今日は久々の彼女とのデートが控えている。それに加えて、森下師匠にはお世話になっているのもあって、こんな状況の時またなと気軽に離れられるような相手では無い。さて、どうするか。
一旦、瞼を下ろし顎に拳をつけて考えてると彼女の声が聞こえた。
「しげ子ちゃん、良かったら一緒に遊ばない?」
「えっ」と目を見開き、思わず声を上げたのは俺だった。久々の2人の時間がお預けになりそうな雰囲気を感じ、落胆する気持ちが声となって出てしまったのだろう。
しかし彼女が、寂しさ漂うしげ子ちゃんをほっとけない気持ちも分かる。
俺の目の前に居た彼女は、いつの間にかしげこちゃんの前へ移動していた。少し膝を折り、しげこちゃんと目線を合わせていた。
「やったー!本当はまだ帰りたくなかったんだ。」
でも……と少しも渋る様子も無く、しげ子ちゃんは満面の笑みで答えた。そんな光景を見てしまうと俺は何も言えなくなってしまった。
彼女もまた、喜ぶしげ子ちゃんを眺めながら膝を伸ばした。
俺は彼女に近づき、耳打ちをする。
「なんかごめんな、気を遣わせて。」
「ううん。私も和谷くんに確認せず勝手に決めてごめんね。」
「いや、仕方ねえよ。」
ここまできたらむしろ俺だけでなく、俺の周りの人をも大切にしてくれる彼女に尊敬の念を抱いた。
そんなやりとりをしていると、いつの間に先を行っていたしげ子ちゃんが、俺たちに向かって2人とも早くー!と声を張り上げた。
途中、昼飯やおやつ休憩を挟みつつ、あらゆるショッピングモールを転々としていると、あっという間に夕方になっていた。
しげこちゃんを家に送り届けた頃、空は太陽が溶け広がったかのように、辺り一面、朱色に染まっていた。
「あのさ、今日……」
森下家から駅へ向かって歩く時、少し沈黙が続いたが、
彼女が歯切れの悪い調子で呟いた。
「正直言って、妬いた。しげ子ちゃんのお父さんの話されると会話についていけなかったのが。」
自分からしげ子ちゃん誘ったのにね。
はにかんだ笑顔でそう言う彼女が、俺にヤキモチ焼いてくれてたのが純粋に可愛い。声で言えない代わりに、耳や頬に熱が溜まっていく。
「俺も妬いてたぜ。」
「え、そうだったの?」
「しげ子ちゃんが早々に懐いて、常にお前の隣をキープされてさ。入る隙が無かったのが嫌だった。」
「ふふっ。そう思ってくれてたのが、嬉しい。」
久々に訪れた2人の時間が、急遽お預けになり落胆したことは黙って置いた。
歳下の女の子相手に大人気ない嫉妬だったなと、互いに反省した後にらその場で立ち止まって俺たちはひとしきり笑い合った。
笑い飛ばしてたけど、本当はその嫉妬は意外と侮れない。
嫉妬こそ、互いの好意をより強力にし、互いを引き付け合い、強固な絆を結んでくれるものなんだと、嫉妬の美点に気づかされた。
そうこうしてる内に笑い声が止み、自然と向かい合う形になった。今度は緊迫した空気が流れる。いや、それは俺が勝手にそう感じてるだけかもしれない。彼女は普段通りに見える。
現在地はまだ閑静な住宅街で人気は感じられ無い。それでも誰かに見られる可能性は充分にある。しかし今は恥じらいよりも彼女を独占したい欲が勝った。
ムードもへったくれもないが、唐突に彼女の両肩に優しく手を置き、真っ直ぐ顔を見つめた。
驚きからか目を瞬かせたものの、彼女もまた応えるようにゆっくりと瞼を下ろす。
そしてそのまま人目を憚らず互いに距離を詰め、俺は彼女の口を閉ざした。