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和谷夢短編集

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◇和谷くん◇

教員生活を今でも続けてる私には忘れられない生徒がいる。

それは教員になって始めて就任した公立中学校で、私と4月から一緒に入学した男子生徒。

私は最初その子のクラスの副担任を任されていたはずが

「ごめんね。10月が出産予定日で9月には産休に入っちゃうんだ。
それまでの間出来る限り仕事教えるから、よろしくね。」
「…お、おめでとうございます!
よろしくお願い致します!」

わずか5ヶ月後には、そのままスライドで担任になる宣言をされた。

当たり前のことだけども、
先輩先生を安心させるためにも
いち早く生徒の顔と名前、
雑務も覚えなければと意気込む。

そして、もう1つ先輩先生から引き継ぐものがあった。

それは

「始めまして、4月から副顧問になりました────」
「よろしくお願いします」
「よろしく…(1人で囲碁…)」

男子の部員1人、
他は名前だけの幽霊部員で
廃部しかけの囲碁部の顧問。

「────はぁ。」

当然、頭を抱えた。
この先行きが見えない感じに。
放課後の廊下でため息つきながら歩いていると後ろから声をかけられた。

「先生、ため息なんかついてどーしたんだよ」
「あ、えっと…君は」
「和谷義高。先生のクラス」
「そっか!まだ覚えられてなくてごめんね。」

にしても、10も歳が離れてる子に心配されるなんて、頼りないな、私。

でもせっかく生徒から話しかけてくれたんだからまずは1人しっかり顔と名前を覚えよう。

「君は、部活なにか入るの?」
「俺は習い事してるから入らない」
「へぇ。習い事っていうと塾とかスポーツのクラブチーム?」
「囲碁」
「囲碁!?」

まさかのタイムリーな解答。

「先生も、学生の時囲碁部だったの?」
「ううん、囲碁のこと何も知らない」
「じゃ、さっきの食いつき用は?」
「実は────」

つい、廃部しかけの囲碁部の副顧問になったことを話してしまった。

「なるほどな。」
「…その子2年生なんだけど、1人じゃ寂しいじゃない。そもそも2人いないと囲碁はできないし。
せっかくなら部員集めて大会に出て、卒業までに部活で楽しい思い出作らせたいなって。」

目の前の囲碁ができる生徒に期待を持ちつつも

「そんな話聞くと協力はしてやりてーけど、俺大会出れないんだよな」
「え、なんで?」
「院生っていってプロを目指すための囲碁の塾みたいなのに通う条件として決まってるから」
「そっかぁー」

肩を落とすことに。
そりゃあ、そう上手くいかないよね。

あとで調べたら院生って17歳までの囲碁が相当できる子達が集まってて、つまり部活よりもはるかにレベルが高いとこなんだと知った。

「…ま、たまーになら顔だしに行ってもいいぜ。」
「ほんと?ありがとう!えっと、和谷君だよね!」
「そう」

やっと覚えてくれた。
と、和谷君が笑う。
私もつられて笑うも、仕事がたくさん残っていることを思い出し、焦って職員室に戻った。

それから私は和谷君の人柄の良さを知ることになる。
たまにといいつつ週2,3回も
あの2年生の男子部員に碁を打ってくれたり
同学年のまだ部活決まってない子に声をかけて大会出場にあたって必要な部員数確保してくれたり。

普通の学校生活でも男女隔てなく仲が良くて、中心にいるような子。

おまけにみんなが呼びやすいように
和谷君が私にあだ名をつけてくれて
9月に担任になった後もクラスのみんなと仲良くすることができた。

そんな様子を見てとにかく
和谷君は人を集めたり巻き込んだりするのが上手い子なんだなと思った。
きっと、囲碁の塾でも中心にいるんだろう。

2年生の時は囲碁部の実績が右肩上がりの最中に
将棋部の顧問の先生に目の敵にされ
何故か和谷君+囲碁部全員でテストで全科目平均60点以上取らないと活動時間減らすと言われた時も
勉強が苦手な和谷君は一生懸命に頑張ってくれて、
特に私の担当科目の社会はクラスで最高得点を叩き出してくれた。

3年生の秋、
そんな頑張り屋な和谷君が
プロ試験合格した日には
自分のことのように嬉しくて、
(本当はこういうのヒイキに見られてよくないんだろうけど)
プレゼントやお菓子、飲み物を私のポケットマネーで買って囲碁部のみんなでお祝いをした。

それから3年生は進路の3者面談があり
和谷君のお母さんが高校に行かないことを心配していたが、

「今は、高校通わなくても高卒検定がありますし、普通の勉強は何歳から始めても遅くないですよ。
対して囲碁の勉強はプロになるのに制限があるみたいなので
小さい頃から囲碁を始めさせたお母さんとプロを諦めなかった和谷君も…すごいですよ。」
「先生…」
「ばっ…泣くなよ母さん!先生を困らせんなって!」

恩返しのつもりで、背中を押すようにそう言った。

これで少しでも和谷君とお母さんの
背中を押すことが出来たのであれば嬉しい限り。


そして卒業式
初めて受け持った学年が卒業するとなるとやっぱり思い入れがとても強く、式が終わった後、教室での挨拶は恥ずかしながらみんなの前で号泣してしまった。

「先生、頑張れ!」

と、和谷君の一声から始まり
他の生徒達からも励ましの声をもらい、やっと挨拶を終える。

みんなの顔がいつも通り見れなくなるのが寂しい。

そう思っていたら、春休み

「先生、今暇?」
「あら和谷君、忘れ物?」

昼時に和谷君が私服で社会科準備室に顔を出しに来てくれた。

「…まぁ、そんなもんかな。」
「どこの教室?休み中施錠されてるから一緒に行くよ。」
「ありがと。じゃあ、3-Aの教室。」

職員室はちょうど誰もいなかったのだろうかと、私は純粋に持っていた鍵で
和谷君と教室に入った。

「わー…桜が綺麗。
卒業式は3月上旬で開花に間に合わなくてみんなで見れなかったのが残念。」

なんて、窓ガラス一面に広がる桜の花にしみじみしていると

「先生」
「ん?」

和谷君がいつになく真剣な表情をしていた。

「今から、先生を困らせること言っていい?」
「…金銭関係じゃなければ、
まぁ大抵のことは平気だよ」

今思えば満15歳の少年に私は金銭関係とか何を言っていたんだろう。

彼は私の想像をはるかに上回ることを言った。

「俺が生徒じゃなかったら、好きになってくれた?」

全然、平気じゃなかった。
この質問に言葉が出ない。

「生徒っつっても、卒業したしもう生徒じゃないか。」

けど、私はしっかり
向き合わなくてはいけない。

「…和谷君、キミみたいに人がデキてる人はそんなに急がなくてもきっといい人と出会えるよ。」

彼の気持ちに浮かれてはいけないし、
世間一般から見て、恋仲になってはいけない年齢。

「そう言われると思った。
…だから俺、先生とは違う関係で会いたかった。」
「そうね。…いい友達になれたかな。」
「ちぇっ、友達かよ」

と、頬を膨らます和谷君。
男の子なのにまだ子供っぽさが残ってるのが可愛いと思ったら

「まぁ、あと5年したらたまにはお酒奢ってあげるよ。色々話し聞かせてよ。囲碁界のことってそんなに聞ける話しじゃないし、興味あるな」
「じゃあさ」

一瞬にして

「そん時に先生に彼氏とか旦那が居なかったら、覚悟しとけよ」

背伸びをしだすから

「そういうことは、まず私の身長越してから言いなさい。この、ちんちくりんっ」
「イテっ!」

和谷君の額を親をバネに中指で弾いた。

そうは言っても、男子。
中学卒業ともなればそこまで私との身長差はなく
1年もしないうちにきっと抜かされるんだろう。

「じゃ、身長越したらいいんだよな。あとちょっとだ。」
「待て待て、追加で二十歳以上になったら。」
「あと5年も先かよ」
「そうだよ」

こんな歳の離れた私に
青春時代という貴重な時期に
恋心を抱いてくれた和谷君には
ぜひとも、いい人に会って
幸せになって欲しいと今でも思う。

そう思いつつ
約束の5年後まであともう少し。

私は仕事に追われて未だに
男に縁もゆかりもないわけで、
万が一もし、本当にまだ気持ちが変わってないと言われたらと仮定して
和谷君に会ったらどう誤魔化そうか日々悩んでいる。
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