和谷夢短編集
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◇前髪◇
初めてだ。院生になってから、研修手合いをこんなにも休みたいと思ったのは。
「おはよーっ!」
「お、おはよう」
冬のある日、市ヶ谷駅の改札で同じ組で1歳年上の奈瀬ちゃんに後ろから肩を叩かれて落ち着かない返事。
「帽子、いつも被ってたっけ」
「えっと、これはそのー…そうイメチェン!」
帽子を深く被ってるところを突っ込まれて挙動不審になる。ますます怪しいと我ながら思う。
今日研修手合い休んじゃダメかな。1週間もすれば少しはマシになると思うんだけど。
とか考えてる内に棋院に着いてしまって帽子を取る。もう後戻りはできない。
意を決して帽子を外すと、
案の定、奈瀬ちゃんには笑いを堪えられてからの2組の噂の進藤に目撃され大爆笑で精神的にトドメを刺された。むしろおかげさまでもうここまで来たら、笑われても気になんなくなるくらい吹っ切れてやろう。
月曜日の学校でもどうせ同じ苦行を受けるのだから。とまで思えてきた。
そして今日の席に着く。
碁盤を挟んだ向かい側にはまだ誰も座ってなくて念のため対局表の紙を見ようとしたその時に座ってきたのが
「おはよ」
和谷。
対面3秒ぐらいで笑い飛ばされるかと思いきや、平然と挨拶されて調子が狂う。篠田先生が来て午前の対局が始まったけど和谷のその態度が尾を引いて中押し負け。
「今日の結果その、前髪のせい?」
「……なんで和谷笑わないのかなって」
いや、人のせいにしちゃいけないんだけど……。
「似合ってんじゃん。別に爆笑されるほどじゃねーよ」
美容院何回も通うの面倒だから短めって言って気づいたらオン眉になってたこの前髪。
「優しいね、和谷。」
「お前の方が優しいだろ、前髪一つで俺に白星くれるなんてさ」
「お、言ったな?来月、覚悟してなさいよ」
腕まくりをしてやっと本腰入れるとこを見せつけてたら笑われた。
「やっといつもの調子に戻った。」
「え?」
「お前がそうやって元気に笑ってないとさ、なんかこっちまで調子狂うんだよな。」
「……なんで、私が和谷の調子を左右してるわけ?」
すると、
「──そんなの、俺が知りたい。」
いつになく真剣な眼差しを向けられて、なんとなくこれ以上話を進めてはいけないと察する。
私たちはまだお互いプロを目指してる最中で、囲碁仲間であり、時にはライバルで友達。それ以上でもそれ以下でもない。
聞こえなかった振りをしてやっと検討しようとすると、タイミングよく篠田先生が来てくれたから側から見てお互い何にもなかったかのように振る舞う。
けれども誰の目にも見えていないところで、私と和谷の間には一触即発の張り詰めた空気がただひたすら流れているように感じていた。
初めてだ。院生になってから、研修手合いをこんなにも休みたいと思ったのは。
「おはよーっ!」
「お、おはよう」
冬のある日、市ヶ谷駅の改札で同じ組で1歳年上の奈瀬ちゃんに後ろから肩を叩かれて落ち着かない返事。
「帽子、いつも被ってたっけ」
「えっと、これはそのー…そうイメチェン!」
帽子を深く被ってるところを突っ込まれて挙動不審になる。ますます怪しいと我ながら思う。
今日研修手合い休んじゃダメかな。1週間もすれば少しはマシになると思うんだけど。
とか考えてる内に棋院に着いてしまって帽子を取る。もう後戻りはできない。
意を決して帽子を外すと、
案の定、奈瀬ちゃんには笑いを堪えられてからの2組の噂の進藤に目撃され大爆笑で精神的にトドメを刺された。むしろおかげさまでもうここまで来たら、笑われても気になんなくなるくらい吹っ切れてやろう。
月曜日の学校でもどうせ同じ苦行を受けるのだから。とまで思えてきた。
そして今日の席に着く。
碁盤を挟んだ向かい側にはまだ誰も座ってなくて念のため対局表の紙を見ようとしたその時に座ってきたのが
「おはよ」
和谷。
対面3秒ぐらいで笑い飛ばされるかと思いきや、平然と挨拶されて調子が狂う。篠田先生が来て午前の対局が始まったけど和谷のその態度が尾を引いて中押し負け。
「今日の結果その、前髪のせい?」
「……なんで和谷笑わないのかなって」
いや、人のせいにしちゃいけないんだけど……。
「似合ってんじゃん。別に爆笑されるほどじゃねーよ」
美容院何回も通うの面倒だから短めって言って気づいたらオン眉になってたこの前髪。
「優しいね、和谷。」
「お前の方が優しいだろ、前髪一つで俺に白星くれるなんてさ」
「お、言ったな?来月、覚悟してなさいよ」
腕まくりをしてやっと本腰入れるとこを見せつけてたら笑われた。
「やっといつもの調子に戻った。」
「え?」
「お前がそうやって元気に笑ってないとさ、なんかこっちまで調子狂うんだよな。」
「……なんで、私が和谷の調子を左右してるわけ?」
すると、
「──そんなの、俺が知りたい。」
いつになく真剣な眼差しを向けられて、なんとなくこれ以上話を進めてはいけないと察する。
私たちはまだお互いプロを目指してる最中で、囲碁仲間であり、時にはライバルで友達。それ以上でもそれ以下でもない。
聞こえなかった振りをしてやっと検討しようとすると、タイミングよく篠田先生が来てくれたから側から見てお互い何にもなかったかのように振る舞う。
けれども誰の目にも見えていないところで、私と和谷の間には一触即発の張り詰めた空気がただひたすら流れているように感じていた。