ほぼネームレスの予定ですが、ごく稀に名前変換ありの作品もありますので、ご活用ください。空欄の場合は「山田」になります。
スタマイ夢で20題
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◇私が欲しいなら獣になって見せてよ/ 今大路 峻)◇
今までハウスキーパーを頼んできて、初めてだった。
『タバコとお酒の量が気になります。ちゃんと休めてますか?タバコやお酒よりも、柔らかいボタンをプチプチ押すおもちゃとかおすすめですよ。』
今大路様と書かれた、無機質なゴシック体のハウスキーパーの報告書。その最後の余白にやけに整った字で書かれてやがった。
私生活で誰かに心配されるなんてなんだかこそばゆい。お互い顔見たことねえ癖に、今時こんなおせっかいハウスキーパーいんのかよ。
運営会社に連絡する気力も無く、無視して報告書を適当な場所に置いた。
また、ハウスキーパーが入った日。
『タバコとお酒少し減りましたね!よかったです(^^)
1本でも減らしていきましょう!それから、お部屋の中でも唯一冷蔵庫が綺麗すぎてビックリしました。ちゃんとご飯食べてますか?』
「……コイツ、なんなんだよ。」
呆れも混ざってつい、鼻で笑う。
字面的にまた同じハウスキーパーが入ったんだと分かる。ソイツが男か女、年齢知らねーけど、なぜここまで一依頼主におせっかいかけんだ。
部屋の中で唯一冷蔵庫が綺麗だった?紙のやり取りだけで初対面にすらなってない客に度胸ありすぎだろ。
不在時でオーダーしているが、この度胸ある奴のツラを一回見てみたいと思ってしまう、自分がいるのが悔しい。
週一で入れているハウスキーパー。今週は、報告書の余白にはどんないちゃもん書かれてんのか気になるのもまたムカつく。
『香水よりも柔軟剤がおすすめです。』
『エナジードリンク増えてますね。身体は飲み食いした物で作られていくので要注意です。色々とお忙しいかと思いますが、睡眠が1番の薬ですよ。10分15分でも。』
「お前は母親か。」
深夜、報告書を見て独りごちる。
うるせえ、うぜえ。けど、大人の独り身には無いうるささで妙に心地よく感じてしまう。
一服しようとタバコの箱に手を伸ばそうとしたが、辞めた。例のハウスキーパーの影響を微かに受けているのがまたムカついた。
1週間後、有給を取った。
わざわざハウスキーパーのツラを見るために。
自分でもこんな理由で有休取るとか馬鹿げていると思う。
昼間、インターフォンの音が鳴り響く。
「おっ、お初にお目にかかります!ハウスキーパーの山田です!今大路様、いつも大変お世話になっております!この度はご指名ありがとうございます。」
ドアを開けると人畜無害そうで大人しそうな女が居た。
「初めまして。そんなに緊張なさらなくてもいいですよ。報告書のように威勢のいい、いつも通りの山田さんでお仕事なさってください。」
外向けの柔な笑顔と声音で迎える。
人からは王子様だとか言われるヤツだ。
「ありがとうございます。今大路様も報告書のメッセージご対応いただき、感謝です!」
パッと表情明るくして、ガキみてえな笑顔で返される。
コイツ、全く皮肉が通じねえタイプだ。
まぁ、それぐらい鈍くなきゃ、報告書の余白にあんなこと書けねーか。
そしてリビングに通すなり、一言。
「わぁっ!今回もまた仕事のしがいがあるお部屋ですね!」
彼氏と夜景でも見にきたようなテンションで言うな。
山田、お前が今見てる光景は、散乱した洗濯物、空き缶、ペットボトル、コンビニ弁当の容器、イソギンチャクのように灰皿に生えているタバコの吸い殻etc……。
てか、依頼主の目の前で、仕事のしがいがある部屋とか遠回しに汚ねえ部屋だって言いやがった。
アイツの言葉選びと思考どうなってんだ。
まぁ、対面でも遠慮せずに掃除しなかった自分が言えることじゃねえが。
女を家に上げるのに気を使わなくていいのは気楽だ。
「それはよかったです。俺は外出てるので、あとよろしくお願いします。」
「はい!」
いちいち調子狂う女。
外で適当に時間潰して、帰ってくるといつも通り部屋は片付けられていた。
「今大路様、お帰りなさいませ。」
「ありがとうございました。」
いつもは報告書だけなのに、今日はおせっかいハウスキーパー本体がいるから違和感がある。
山田は、報告書に例のおせっかいで、いちゃもんメッセージを書いていたであろう手を止めた。
「あっ、今日は報告書にあれこれ書く必要なかったですね。それでは、言わせていただきます、今大路様。改めてお会いして思ったのですけれど。
……ヤニカス王子様を演じるのは大変ですね。」
分かってはいたが、口は人畜無害じゃねえ。
「……」
「お外で演じなくてはいけない事情がおありなんでしょうけど、せめて私の前では【ただのヤニカス】でいいですよ。」
爽やかな笑顔と口から出る「ただのヤニカス」。
笑いが込み上げて止まんねえ。
山田は俺が口を開くまで律儀に待っていた。
「てめえ、逃げんじゃねーぞ。」
吹っ切れた。王子様とは正反対で声も低く、乱暴な言い方。山田は目を輝かせて答える。
「もちろんです!こんなに心開いてくださった依頼主さんは、今大路様が初めてです!」
コイツ何者なんだよ……。普通の女なら王子様が豹変して引くとこだろ。まぁ、いい。
こうしてあっけなく、ただのハウスキーパーと依頼主とは言い難い感じになってしまった。
仕事が忙しく、今まで通り基本不在の時に山田には入ってもらっていた。報告書でのコメントのやりとりは相変わらずだった。
丁寧な口調のくせに、俺の生活部分でまた酒、タバコの量が増えてるだのなんだの、指摘するところはちゃんと書く。
「ヤニカス様……あっ、失礼しました。つい本音が出てしまいました。今大路様、これはどこに片付けたら良いですか?」
「ふざけんな。言い直したところで何のカバーにもなってねえんだよ。棚の上に置いとけ」
「承知しました!」
こんなやりとりができるくらいには、関係が深まっていた。
また別の日は気になっていたことを聞いた。
「お前、誰にでも報告書の余白におせっかいコメント書いてんのか?」
「いえ、今大路様だけです。まだ私この仕事経験浅いですが、史上稀に見るヤニ酒カスだったんで心配になりました。」
俺だけとか甘い言葉を囁かれてる錯覚に陥りそうになったが、ヤニ酒カスのワードでぶちのめされた。
「……そーかよ。」
「夜の世界のてっぺんも煌びやかに見えて、楽じゃないですね。このタバコとお酒の量が物語ってます。でも私、ヤニカス王子様のこと応援してます!」
コイツ、俺のこと人気ホストかなんかだと思ってやがる。
「じゃ、店来て金落として応援してくれんのか?」
「私にできる方法で応援します!」
悪ノリしてみたが、コイツには全く効かなかった。
それから、たまに平日の振り返り休日が取れた時は山田を指名した。
アイツが掃除してる時も前みたいに外出せず堂々と家にいた。なんも隠す必要が無い人間は、限られている。俺の素性がバレてからは麻取のメンバーもそこに含まれるが、山田ほど自分を曝け出せていない。
逆に山田には職業を明かしていないが、気楽だ。
本当の俺を見ても受け入れやがった。
今まで、追っているホシの情報を得る為に近づいた女は数知れず。金銭のやりとりはあるが、それを抜いて損得関係なしの女は山田が初めてだ。
認めたくねえが、そう実感し始めた頃。
「今大路様。私しばらく、ここへは伺えなくなるかもしれません。」
「……は?」
いや、なんで今「は?」って言った?
別にハウスキーパーなんか誰が来たって大して変わんねえだろ。
「実は、他の依頼主さんにしばらく固定で来るようにとご指名いただいたんです。そのしばらくがいつまでかはまだ未定で……。」
「別に、俺には関係ねえ話だろ」
「……そうですね。余計なことを失礼致しました。それでは」
いつもより弱々しく笑う山田がやけに目に焼きつきやがった。
山田が来れなくなったってだけで週1の契約は続いている。別のハウスキーパーがただ入るだけ。
今大路様と書かれたゴシック体の無機質な報告書。
余白には何も書いていない。当然だ。
今まで通りに戻っただけ。なのに、気にくわねえ。
定時で仕事を切り上げられた日に、いつの間にか、山田が雇われている会社まで出向いていた。自動ドアが開くとすぐ受付でスタッフに声かける。
「いつもお世話になっております。今大路と申します。……あの、山田さんはまだ指名できないんでしょうか?」
「あぁ、山田ですね。あいにく別のお客様のご依頼で埋まっております。申し訳ございません。」
「そうですか。」
外向けの表情、声は崩さずオフィスを出る。
拳に力が込められる。職権乱用で山田独占してるヤツ割り出してやろうか。
素性を全て明かされても麻取でいることを許されたのに、一瞬悪いことを考えてしまう。
「ハウスキーパーごときに、そこまで考えるとかイカれてんだろ。」
自嘲気味に笑いながら出したその声は、夜空に消えるだけだ。
「……ヤニカス様?」
後ろから聞こえたその呼び方、声に勢いよく振り向く。俺の顔を見るなり、山田が電球でもついたようにパッと表情明るくさせた。
「やっぱり、ヤニカス王子さんですね!お久しぶりです!」
「……お久しぶりです。じゃねーんだよ。てめぇ、いつになったら指名できるようになんだ。」
「私にも、まだ分かりません。でも依頼主さんがもしかしたら……」
分かりません。の一言を聞いた瞬間、山田の声を遮った。
「どうしたら、レンタルじゃなくてお前を呼べんだよ」
「……え?」
自分でも信じらんねえ。なんだこのウブ青臭い発言。女に近づくのは、手慣れてるはずだ。
いや違え。コイツはハウスキーパーだ。そういう女じゃねえ。
分かっているが、手が勝手に山田の手首を掴んで自分家へ歩く足が止まらねえ。
依頼してねえのに、連れ込んでしまえば。
俺がこのまま獣にでもなれば、山田は俺の─────
「あっ、あと数日です!!」
冷水でもぶっかけられたかのように目を覚ます。
足を止めて振り返る。
「あ?さっき分かんねーっつってただろ」
「確定では無いですけど、依頼主さんがもしかしたらあと数日で契約切るかも。と、お話されていたので……。」
全身の力が抜ける。山田の手首からそっと手を離した。ハウスキーパーに何を熱くなってんだよ。
「そういうのは先に言え」
「言おうとしたら、遮りましたよね!?……にしても、なんで私の会社の近くにいらしたんですか?」
「チッ。たまたま通りがかっただけだ。帰んぞ。お前の家どこだ」
「いや、それは企業秘密なので」
「お前は俺ん家知ってんだろ。フェアじゃねえ」
「それは、仕事ですから!」
飛び交う言葉は、夜の空気に溶けていく。
山田はもう「ハウスキーパー」じゃ処理しきれない。
今までハウスキーパーを頼んできて、初めてだった。
『タバコとお酒の量が気になります。ちゃんと休めてますか?タバコやお酒よりも、柔らかいボタンをプチプチ押すおもちゃとかおすすめですよ。』
今大路様と書かれた、無機質なゴシック体のハウスキーパーの報告書。その最後の余白にやけに整った字で書かれてやがった。
私生活で誰かに心配されるなんてなんだかこそばゆい。お互い顔見たことねえ癖に、今時こんなおせっかいハウスキーパーいんのかよ。
運営会社に連絡する気力も無く、無視して報告書を適当な場所に置いた。
また、ハウスキーパーが入った日。
『タバコとお酒少し減りましたね!よかったです(^^)
1本でも減らしていきましょう!それから、お部屋の中でも唯一冷蔵庫が綺麗すぎてビックリしました。ちゃんとご飯食べてますか?』
「……コイツ、なんなんだよ。」
呆れも混ざってつい、鼻で笑う。
字面的にまた同じハウスキーパーが入ったんだと分かる。ソイツが男か女、年齢知らねーけど、なぜここまで一依頼主におせっかいかけんだ。
部屋の中で唯一冷蔵庫が綺麗だった?紙のやり取りだけで初対面にすらなってない客に度胸ありすぎだろ。
不在時でオーダーしているが、この度胸ある奴のツラを一回見てみたいと思ってしまう、自分がいるのが悔しい。
週一で入れているハウスキーパー。今週は、報告書の余白にはどんないちゃもん書かれてんのか気になるのもまたムカつく。
『香水よりも柔軟剤がおすすめです。』
『エナジードリンク増えてますね。身体は飲み食いした物で作られていくので要注意です。色々とお忙しいかと思いますが、睡眠が1番の薬ですよ。10分15分でも。』
「お前は母親か。」
深夜、報告書を見て独りごちる。
うるせえ、うぜえ。けど、大人の独り身には無いうるささで妙に心地よく感じてしまう。
一服しようとタバコの箱に手を伸ばそうとしたが、辞めた。例のハウスキーパーの影響を微かに受けているのがまたムカついた。
1週間後、有給を取った。
わざわざハウスキーパーのツラを見るために。
自分でもこんな理由で有休取るとか馬鹿げていると思う。
昼間、インターフォンの音が鳴り響く。
「おっ、お初にお目にかかります!ハウスキーパーの山田です!今大路様、いつも大変お世話になっております!この度はご指名ありがとうございます。」
ドアを開けると人畜無害そうで大人しそうな女が居た。
「初めまして。そんなに緊張なさらなくてもいいですよ。報告書のように威勢のいい、いつも通りの山田さんでお仕事なさってください。」
外向けの柔な笑顔と声音で迎える。
人からは王子様だとか言われるヤツだ。
「ありがとうございます。今大路様も報告書のメッセージご対応いただき、感謝です!」
パッと表情明るくして、ガキみてえな笑顔で返される。
コイツ、全く皮肉が通じねえタイプだ。
まぁ、それぐらい鈍くなきゃ、報告書の余白にあんなこと書けねーか。
そしてリビングに通すなり、一言。
「わぁっ!今回もまた仕事のしがいがあるお部屋ですね!」
彼氏と夜景でも見にきたようなテンションで言うな。
山田、お前が今見てる光景は、散乱した洗濯物、空き缶、ペットボトル、コンビニ弁当の容器、イソギンチャクのように灰皿に生えているタバコの吸い殻etc……。
てか、依頼主の目の前で、仕事のしがいがある部屋とか遠回しに汚ねえ部屋だって言いやがった。
アイツの言葉選びと思考どうなってんだ。
まぁ、対面でも遠慮せずに掃除しなかった自分が言えることじゃねえが。
女を家に上げるのに気を使わなくていいのは気楽だ。
「それはよかったです。俺は外出てるので、あとよろしくお願いします。」
「はい!」
いちいち調子狂う女。
外で適当に時間潰して、帰ってくるといつも通り部屋は片付けられていた。
「今大路様、お帰りなさいませ。」
「ありがとうございました。」
いつもは報告書だけなのに、今日はおせっかいハウスキーパー本体がいるから違和感がある。
山田は、報告書に例のおせっかいで、いちゃもんメッセージを書いていたであろう手を止めた。
「あっ、今日は報告書にあれこれ書く必要なかったですね。それでは、言わせていただきます、今大路様。改めてお会いして思ったのですけれど。
……ヤニカス王子様を演じるのは大変ですね。」
分かってはいたが、口は人畜無害じゃねえ。
「……」
「お外で演じなくてはいけない事情がおありなんでしょうけど、せめて私の前では【ただのヤニカス】でいいですよ。」
爽やかな笑顔と口から出る「ただのヤニカス」。
笑いが込み上げて止まんねえ。
山田は俺が口を開くまで律儀に待っていた。
「てめえ、逃げんじゃねーぞ。」
吹っ切れた。王子様とは正反対で声も低く、乱暴な言い方。山田は目を輝かせて答える。
「もちろんです!こんなに心開いてくださった依頼主さんは、今大路様が初めてです!」
コイツ何者なんだよ……。普通の女なら王子様が豹変して引くとこだろ。まぁ、いい。
こうしてあっけなく、ただのハウスキーパーと依頼主とは言い難い感じになってしまった。
仕事が忙しく、今まで通り基本不在の時に山田には入ってもらっていた。報告書でのコメントのやりとりは相変わらずだった。
丁寧な口調のくせに、俺の生活部分でまた酒、タバコの量が増えてるだのなんだの、指摘するところはちゃんと書く。
「ヤニカス様……あっ、失礼しました。つい本音が出てしまいました。今大路様、これはどこに片付けたら良いですか?」
「ふざけんな。言い直したところで何のカバーにもなってねえんだよ。棚の上に置いとけ」
「承知しました!」
こんなやりとりができるくらいには、関係が深まっていた。
また別の日は気になっていたことを聞いた。
「お前、誰にでも報告書の余白におせっかいコメント書いてんのか?」
「いえ、今大路様だけです。まだ私この仕事経験浅いですが、史上稀に見るヤニ酒カスだったんで心配になりました。」
俺だけとか甘い言葉を囁かれてる錯覚に陥りそうになったが、ヤニ酒カスのワードでぶちのめされた。
「……そーかよ。」
「夜の世界のてっぺんも煌びやかに見えて、楽じゃないですね。このタバコとお酒の量が物語ってます。でも私、ヤニカス王子様のこと応援してます!」
コイツ、俺のこと人気ホストかなんかだと思ってやがる。
「じゃ、店来て金落として応援してくれんのか?」
「私にできる方法で応援します!」
悪ノリしてみたが、コイツには全く効かなかった。
それから、たまに平日の振り返り休日が取れた時は山田を指名した。
アイツが掃除してる時も前みたいに外出せず堂々と家にいた。なんも隠す必要が無い人間は、限られている。俺の素性がバレてからは麻取のメンバーもそこに含まれるが、山田ほど自分を曝け出せていない。
逆に山田には職業を明かしていないが、気楽だ。
本当の俺を見ても受け入れやがった。
今まで、追っているホシの情報を得る為に近づいた女は数知れず。金銭のやりとりはあるが、それを抜いて損得関係なしの女は山田が初めてだ。
認めたくねえが、そう実感し始めた頃。
「今大路様。私しばらく、ここへは伺えなくなるかもしれません。」
「……は?」
いや、なんで今「は?」って言った?
別にハウスキーパーなんか誰が来たって大して変わんねえだろ。
「実は、他の依頼主さんにしばらく固定で来るようにとご指名いただいたんです。そのしばらくがいつまでかはまだ未定で……。」
「別に、俺には関係ねえ話だろ」
「……そうですね。余計なことを失礼致しました。それでは」
いつもより弱々しく笑う山田がやけに目に焼きつきやがった。
山田が来れなくなったってだけで週1の契約は続いている。別のハウスキーパーがただ入るだけ。
今大路様と書かれたゴシック体の無機質な報告書。
余白には何も書いていない。当然だ。
今まで通りに戻っただけ。なのに、気にくわねえ。
定時で仕事を切り上げられた日に、いつの間にか、山田が雇われている会社まで出向いていた。自動ドアが開くとすぐ受付でスタッフに声かける。
「いつもお世話になっております。今大路と申します。……あの、山田さんはまだ指名できないんでしょうか?」
「あぁ、山田ですね。あいにく別のお客様のご依頼で埋まっております。申し訳ございません。」
「そうですか。」
外向けの表情、声は崩さずオフィスを出る。
拳に力が込められる。職権乱用で山田独占してるヤツ割り出してやろうか。
素性を全て明かされても麻取でいることを許されたのに、一瞬悪いことを考えてしまう。
「ハウスキーパーごときに、そこまで考えるとかイカれてんだろ。」
自嘲気味に笑いながら出したその声は、夜空に消えるだけだ。
「……ヤニカス様?」
後ろから聞こえたその呼び方、声に勢いよく振り向く。俺の顔を見るなり、山田が電球でもついたようにパッと表情明るくさせた。
「やっぱり、ヤニカス王子さんですね!お久しぶりです!」
「……お久しぶりです。じゃねーんだよ。てめぇ、いつになったら指名できるようになんだ。」
「私にも、まだ分かりません。でも依頼主さんがもしかしたら……」
分かりません。の一言を聞いた瞬間、山田の声を遮った。
「どうしたら、レンタルじゃなくてお前を呼べんだよ」
「……え?」
自分でも信じらんねえ。なんだこのウブ青臭い発言。女に近づくのは、手慣れてるはずだ。
いや違え。コイツはハウスキーパーだ。そういう女じゃねえ。
分かっているが、手が勝手に山田の手首を掴んで自分家へ歩く足が止まらねえ。
依頼してねえのに、連れ込んでしまえば。
俺がこのまま獣にでもなれば、山田は俺の─────
「あっ、あと数日です!!」
冷水でもぶっかけられたかのように目を覚ます。
足を止めて振り返る。
「あ?さっき分かんねーっつってただろ」
「確定では無いですけど、依頼主さんがもしかしたらあと数日で契約切るかも。と、お話されていたので……。」
全身の力が抜ける。山田の手首からそっと手を離した。ハウスキーパーに何を熱くなってんだよ。
「そういうのは先に言え」
「言おうとしたら、遮りましたよね!?……にしても、なんで私の会社の近くにいらしたんですか?」
「チッ。たまたま通りがかっただけだ。帰んぞ。お前の家どこだ」
「いや、それは企業秘密なので」
「お前は俺ん家知ってんだろ。フェアじゃねえ」
「それは、仕事ですから!」
飛び交う言葉は、夜の空気に溶けていく。
山田はもう「ハウスキーパー」じゃ処理しきれない。
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