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スタマイ夢で20題

◇あいつならくれてやる、俺様のお古だけどな/早乙女郁人◇

「この人と結婚することになったの。」
喫茶店でコーヒーを飲みながら、俺の向かいに座る5つ下の|従姉妹《じゅうしまい》の細長い左手薬指に視線をやった。その指には白銀の輪が通されていた。
「式の前にわざわざ従兄弟の俺にまで報告する必要はあったのか?」
コーヒーカップを一旦ソーサーに置き、俺はおめでとうよりも先に、正直な感想を述べた。
「郁人君のことだからそう言うと思った。でも、報告したかったの。私にとって郁人君は本当の兄ちゃんも同然だからね。」
言いながらあいつは顔を綻ばせる。
長年の付き合いで慣れているのか、それともウェディングハイだかで何を言われようが気にならないのか。俺の酷い言い草に全く応えていない。
俺はその腑抜けたマヌケ面を鼻で笑った。初対面である、人畜無害そうな顔の花婿が居ても構わずに。
俺は花婿に取り繕ろうことはしなかった。花婿は自分より3歳下で、特に大企業に勤めてるわけでも無い平々凡々のサラリーマンだからだ。
これが、御曹司や医者、弁護士ともなろうお方であれば自分を隠し、とにかく下手に出ていた。まぁ、取り繕わなくてもいい人間が1人増えたと思えば良い。
花婿も特に俺の言動に驚く様子は無かった。むしろ出会い頭、俺が名前を言う前に花婿の方から「貴方が例の郁人さんですね。」と言われたくらいだ。アイツに何を吹きこまれたのかは知らんが、間違いなく良くない話ばかりを聞かされたに違いない。
例えば、受験勉強を見てやってる時に、あまりにも勉強が出来なさすぎて「ポンコツ街道まっしぐら女」と罵ったり……。
叩けば出てくる埃のように、色んな過去の出来事が脳内に蘇る。何度アイツを罵ったことか。

それからひとしきり話をした後、俺はそろそろ出ると一言言い放って、五千円札を置き、立ち上がった。
「あ、お釣りお釣り…。ごめん、今私大きいのしか持ってないや。」
「釣りはいい。それより、式の日程が決まったら早めに報告しろ。お前のマヌケ面を拝める機会も時期に減ってくるだろうからな。貴重な機会だ。」
椅子の背もたれにかけていた上着を取り、袖を通しながら俺は言った。
「あははっ。郁人兄は相変わらずだなあ。」
「聞いてた通り、面白いお兄さんだね。」
「そうでしょ?」
仲睦まじい2人が俺の目にうつる。
今まで大切にしてきたモノが、取り上げられた気がした。
2人を微笑ましく見る余裕がないのをはぐらかすかのように、背を向けた。
すると花婿が、あのっ!と俺を引き留める。振り向くと彼は立ってお辞儀をしていた。
「郁人さん。俺、彼女を一生大切にしますので、どうかよろしくお願い致します。」
そう言うのはアイツの両親に向けて言うべきことだろう。
なんなんだ花婿。お前の意図が俺には理解できん。
だがしかし、彼からは誠実さを感じた。数年社会に揉まれて磨き上げられただろうお辞儀と、アイツを大切に思う真っ直ぐな気持ちを恥ずかしげもなく言える姿に。
花婿は頭を垂れたまま、なかなか顔を上げないから、からかってやることにした。
「あいつならくれてやる。俺のお古だけどな。」
言った後、なぜか気持ちがスッキリした。
案の定、花婿はハッと顔を上げて困惑した表情を浮かべる。そして頭を振り回しながら俺とアイツを交互に見比べた。
「え?まさか付き合っていて、あんなことやこんなことを…?」
「そんなわけないでしょ!」
いじり甲斐のある花婿だな。
そう思っていると、俺は無意識に自分の口元を緩ませていたことに気づいた。
2人の空気をかき乱しといて、俺は今度こそ背を向けて店の出口へと歩を進める。
郁人兄!と、アイツの怒号を背中に受け取りながら。
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