アイナナ夢短編

◇百くんってさ◇

それは付き合って2年が経とうとしていた頃。
目の前にいる彼女は突然、あからさまに不機嫌な態度で言った。調整に調整を重ねて作った2人だけの時間と、俺の家という2人だけの空間で。
「百くんってさ、プライベートで親しい人に私のこと全然話してくれないよね。本当ユキさんのことばっかり。」
「ありゃ、怒ってる?」
対して俺は、軽い態度で応える。だって、出来るだけ喧嘩したくないから。事なかれ主義、平和主義でやっていきたい。大好きな人とは特に。
「怒ってないよ。」
「語彙力求めないから、なんでも吐き出して。」
そっぽ向いて明らかに怒ってる彼女を宥めるようにそう言うと、吐き出してくれた。

お互いに芸能界という特殊な界隈に身を置いている以上、普通に恋愛出来ないことは分かってる。ユキさんにヤキモチ妬くのが何億光年も早いってことも。ユキさんと比べるのはカテゴリー違いだってことも。
でもだんだん不安を覚える。実は百くんはそろそろ私と別れるつもりだから人に紹介する気が無いんだなって。

言い終わるにつれて彼女の声は沈んでいった。
でも、俺はシリアス展開にはさせない。人に彼女を紹介できないのに明確な理由がある。
それはかなり自分勝手な理由だ。
「マジでごめん!そうだよねー、不安になるよね!分かってたー!」
むくれる彼女に俺は空気を読まずに抱きついた。すかさず、ひたすら頬擦りをする。
そして程なくして彼女の怒号が飛んできた。シリアスな空気を頬擦りで誤魔化すな、と。
「……ごめん。」
束の間のおふざけタイムは終了。彼女から身体を離す。声のトーンを下げて改めて真面目に謝った。それに続けて、理由も話した。
「君がとにかく可愛すぎて、せめてプライベートでは誰の目にも触れさせたく無いって思ってるんだ。言い方悪いけど、仕事以外は俺だけのモノだから触るな、見るな、近づくなって感じなの。
正直、ユキやおかりん、社長ですら、君のこと報告するの躊躇した。」
話してみて、我ながらすごい独占欲だなと自覚する。信頼している3人でさえ警戒するほどの。
それに紹介してから友達や知り合いに気に入られてしまって彼女、彼氏を略奪されたなんて話、よくある見たいだし。
だから本当は婚約してから(結婚しようが略奪の心配はもちろん、薄まらないけど)の報告が良かったんだけど、そもそもユキに隠し事なんかできるわけが無かった。
いや、ユキならそんなことは無いって信じてたから付き合ってすぐの頃、話す気になったんだ。
勝手に告白してきて、ユキに振られたといちゃもんをつける女優達が怖いと言っていたくらいだから。
「……あーあ、そんな理由を聞いたら怒れなくなったじゃない。悔しい。」
ついに彼女からの降伏宣言。
あぁ、可愛い。彼女のこういう素直なところが。
声にならない声が頭の中に広がる。
彼女を宝物のように、自分の中にいつまでも大切に閉じ込めておきたい。それはどうしても仕事柄、叶わないことだけれども。
今だけはせめて、と思いを拗らせながらまた彼女を自分の腕の中に収めた。
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