その他ヒカ碁キャラ夢短編
◇迷宮入りのあの日【岸本薫】◇
今日は五月の第二土曜日。腕時計は、午後の対局が始まる三十分前を示している。
廊下にある自販機を前に私は一人落ち込んでいた。
いつもは院生仲間で賑わうこの廊下も、今は昼休みでみんな休憩室か外に行っているので、人っ子一人いない。
「はぁ……。」
自販機の画面を見ながらため息をこぼす。
また連敗記録を更新してしまった。
でも落ち込んでも何も状況は変わらない。
とにかくこの状況から抜け出して、午後こそは白星あげて帰るんだ。
よし、景気づけにサイダーでも飲もう。
炭酸を飲めば少しは頭や気分がスッキリしていい碁が打てるかも。
しかしボタンを押して出てきたのは、冷たいブラックコーヒーだった。
間違いなくサイダーのボタンを押したのに。作業員の補充ミスだろうか。最悪なことに手持ちのお金は、たった今使い果たしてしまい、買い直すことはできない。飲めないのに。
よりにもよってなんで私に回ってきたんだ。
どこまで人をどん底に突き落とせば気がすむんだ、ブラックコーヒーめ。
「すまない、自販機使っていいか?」
「あ、ごめん。」
ブラックコーヒーを睨んでいると、突然、後ろから声をかけられてバッと振り返る。
その声の主は幸運にも同じく院生の岸本だった。
岸本といえば、ブラックコーヒーをよく飲むことで名が知れていた。
にしても声をかけられるまで、気配を全く感じなかったから、びっくり。
自販機の真横に立ち、岸本を待つことにした。
そんな私を気にも留めず岸本は自販機にお金を入れる。そしてタイミングを見計らって、自販機の横から顔を出したその時。
岸本が取り出した飲み物に驚きを隠せず、
「えっ、サイダー?ブラックコーヒーじゃなくて?」
つい、素直に疑問をぶつけてしまった。
しかも数ある飲み物の中でピンポイントに私が選んだサイダーって……。
岸本はその場に止まり、何を言い返すでもなく無表情で私を見つめる。自分から声をかけたくせに気まずくなってしまった。
視線を彷徨わせながら何か続きを話さなければ、と考える。
あ、そうだ。まさか岸本もついさっきの私と同じ目にあった?
「もしかして、ブラックコーヒーのボタン押したら、そのサイダーが出てきた!?」
だとしたら、Win-Winでサイダーが手に入るのでは……!?そう思うと次第に声が弾み、身体は前のめりになる。
「いや、サイダーを選んで押した。」
ようやく岸本が声を発したと同時に、冷水を浴びたかのように速攻で頭が冷えた。
そりゃそうだよね。岸本もサイダー飲みたい日くらいあるよね。なんでそんな当たり前のことに気づけなかったのだろう。
先ほどよりも弱い声でそっか。と前置いて、ブラックコーヒーを岸本に差し出す。
「これあげる。私飲めないから」
すると予想外の返事が戻ってきた。
「交換しよう」
岸本の厚意に気持ちが揺らぎそうになる。
「……いや、いいよ。岸本は飲みたくてそれを買ったんでしょ?」
「別に。」
「別にってじゃあなんで……」
岸本はそれには答えず、私の手からブラックコーヒーを取って、引き換えにサイダーをくれた。そして早歩きで私の横を通り過ぎてしまった。
何が起きたのか理解が追いつかなくて立ち尽くす。
サイダーを買った理由を聞いただけなのに、どこが岸本の気に障ったのだろう。
結局、岸本とのやりとりはこれが最初で最後だった。
今となっては、岸本の行動の理由は迷宮入りだ。
今日は五月の第二土曜日。腕時計は、午後の対局が始まる三十分前を示している。
廊下にある自販機を前に私は一人落ち込んでいた。
いつもは院生仲間で賑わうこの廊下も、今は昼休みでみんな休憩室か外に行っているので、人っ子一人いない。
「はぁ……。」
自販機の画面を見ながらため息をこぼす。
また連敗記録を更新してしまった。
でも落ち込んでも何も状況は変わらない。
とにかくこの状況から抜け出して、午後こそは白星あげて帰るんだ。
よし、景気づけにサイダーでも飲もう。
炭酸を飲めば少しは頭や気分がスッキリしていい碁が打てるかも。
しかしボタンを押して出てきたのは、冷たいブラックコーヒーだった。
間違いなくサイダーのボタンを押したのに。作業員の補充ミスだろうか。最悪なことに手持ちのお金は、たった今使い果たしてしまい、買い直すことはできない。飲めないのに。
よりにもよってなんで私に回ってきたんだ。
どこまで人をどん底に突き落とせば気がすむんだ、ブラックコーヒーめ。
「すまない、自販機使っていいか?」
「あ、ごめん。」
ブラックコーヒーを睨んでいると、突然、後ろから声をかけられてバッと振り返る。
その声の主は幸運にも同じく院生の岸本だった。
岸本といえば、ブラックコーヒーをよく飲むことで名が知れていた。
にしても声をかけられるまで、気配を全く感じなかったから、びっくり。
自販機の真横に立ち、岸本を待つことにした。
そんな私を気にも留めず岸本は自販機にお金を入れる。そしてタイミングを見計らって、自販機の横から顔を出したその時。
岸本が取り出した飲み物に驚きを隠せず、
「えっ、サイダー?ブラックコーヒーじゃなくて?」
つい、素直に疑問をぶつけてしまった。
しかも数ある飲み物の中でピンポイントに私が選んだサイダーって……。
岸本はその場に止まり、何を言い返すでもなく無表情で私を見つめる。自分から声をかけたくせに気まずくなってしまった。
視線を彷徨わせながら何か続きを話さなければ、と考える。
あ、そうだ。まさか岸本もついさっきの私と同じ目にあった?
「もしかして、ブラックコーヒーのボタン押したら、そのサイダーが出てきた!?」
だとしたら、Win-Winでサイダーが手に入るのでは……!?そう思うと次第に声が弾み、身体は前のめりになる。
「いや、サイダーを選んで押した。」
ようやく岸本が声を発したと同時に、冷水を浴びたかのように速攻で頭が冷えた。
そりゃそうだよね。岸本もサイダー飲みたい日くらいあるよね。なんでそんな当たり前のことに気づけなかったのだろう。
先ほどよりも弱い声でそっか。と前置いて、ブラックコーヒーを岸本に差し出す。
「これあげる。私飲めないから」
すると予想外の返事が戻ってきた。
「交換しよう」
岸本の厚意に気持ちが揺らぎそうになる。
「……いや、いいよ。岸本は飲みたくてそれを買ったんでしょ?」
「別に。」
「別にってじゃあなんで……」
岸本はそれには答えず、私の手からブラックコーヒーを取って、引き換えにサイダーをくれた。そして早歩きで私の横を通り過ぎてしまった。
何が起きたのか理解が追いつかなくて立ち尽くす。
サイダーを買った理由を聞いただけなのに、どこが岸本の気に障ったのだろう。
結局、岸本とのやりとりはこれが最初で最後だった。
今となっては、岸本の行動の理由は迷宮入りだ。
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