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緒方夢短編

◇本命には口下手な人◇

大手合いの昼掛け時に1人昼食を取り、スマホで今晩飲もうと目星をつけていた新商品の赤ワインを見て口元を緩めていると

「お前にしてはなかなかいい趣味だな。」
「うぉうっ!?」

後ろから急に声をかけられまだ飲みきっていないスープに危なくスマホを水没させるところだった。

「びっ…くりしたじゃないですか、緒方さん!」

声をかけたのは門下の先輩。たまたま棋院に用事があって、今私がいるこの店が行きつけのお店だったらしい。

流れで私の前の席に座る緒方さん。
お馴染みの白いスーツのポッケからタバコの箱を取り出したかと思いきやしまった。

「……吸わないんですか?ここ禁煙じゃないのに」
「今はそういう気分じゃない」

別に珍しい。とは思わない。
何故なら、私の前では絶対吸わない。
いや、寧ろ吸わなくなったの方が正しい。
随分前に緒方さんがタバコを吸っていて私が咳き込んでしまってから気を使うようになったのか、それ以降私の前では吸わなくなった。
他の女性の前では分からないけど。

「無理しなくていいんですよ」
「コーヒー」
「かしこまりました」

ウェイトレス呼んで、注文してさりげなく話逸らされた。

「…ちなみに、さっきの赤ワインいい趣味って言ってましたけど、緒方さん飲んだことあるんですか?」
「甘めな割には炭酸でバランスが取れて飲みやすい」
「へー!緒方さんがそういうの飲むの意外!」

そう、数ある赤ワインの中でも私は甘めでありながら爽やかな口溶けの赤スパークリングが好き。
緒方さんはいつも日本酒やビールばっか飲んでいるから意外の意外。

「お前が成人した時に勧めたんだろ。」
「あれ?そうでしたっけ。」

本当に覚えてない。
もしかして酔っ払って勧めたのかも。
でも、飲んでくれてたんだ。

「お酒好きの緒方さんが言うならもう間違いないですね。手合いさっさと終わらせて近くのスーパーで探してみます。」

そう言って席を立とうとすると

「そのワインならウチにある。」

言うだけ言って、コーヒーを一口飲んで、無言になる緒方さん。
はてさて、これはどんな反応をすれば?と考えさせられる。
なんだか今私は大事な局面に立たされている気がする。
次の一手を考えるみたいに、思考回路を巡りに巡らせてやっと思いついたのは

「……それはつまりウチに飲みに来いって言ってるんですか?」

これしかなくて、間違えてたら
ただの勘違い女で終わったら非常に恥ずかしい。もう、顔も合わせられない。

だけど、

「手合いが終わったら必ず電話しろ」

どうやら正解だったみたいだ。

この人は、なんて不器用なんだろう。
でもそんな素直じゃない緒方さんに翻弄されてる私がいるのであって。

「分かりました。ちなみにお酒大好き芦原さんも一緒ですよね」
「芦原が居ないと不満か?」

そう言って、私がなんて答えるのかを知ってて

「そんなわけないじゃないですかー!」

自信満々にわざと口角上げて聞く緒方さんはズルい。


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