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緒方夢短編

◇晴天の下、コーヒーが真っ白スーツに染み渡る◇

────バシャッ!


ある晴れた日のこと、
私はこの音を聞いた直後に絶望の淵に立たされる。

「あっ」

何が起こったかというと、
街中でただコンビニで買った蓋つき紙コップのコーヒーを歩きながら飲んでいて
道のちょっとした段差につまずき派手に転ぶ。

までは良かったものの
転んだ拍子にコーヒーの蓋が外れたみたいで
それが運悪く、真っ白なスーツを着ていた男性にかかってしまったことに気づいたのは音を聞いて、すぐに顔を上げた時だった。

おまけに金髪で眼鏡
口にはタバコを加えていて
この春大学生として上京したばかりの私には失礼ながらもう、
裏の人間のお方にしか見えない。

周りの「あーあ、やっちゃった…」という声は右から左へと流され
私は腰が抜けて立ち上がることができず。


汚してしまった白いスーツは一体、何円なんだろう…

もうこの身を売って払うしかない…!?

いやそもそも私に選択権は無くて
問答無用で売り飛ばされるんじゃ…!?
そうこう考えてる内にその男性は私に近づいてくる。

近づくほどに
冷や汗はかくし、早くなる鼓動は抑えられない。

そして腕を掴まれ、呼吸が止まる。

あぁ、私の人生もう終わった。


「膝から血が出ているじゃないか。」
「…は、え?」

と、思ったら思いっきり引っ張り上げて私を立たせてくれた。

「俺の知り合いがいる碁会所が近くにある。そこで手当を」

あまりにも想像してたのよりも逆で
謝罪の前に

「…あの、売り飛ばさないんですか!?」

私の勝手な想像を省いて
単刀直入に言ってしまった。

「君は何を言っているんだ。」

するとタバコをポケット灰皿に押し込んで落ち着いた口調で言った。

「す、すみませんでした。
しかもコーヒーをぶっかけてしまったことよりも先に変なこと言って本当に申し訳ありませんでした…。」

大の大人を前にして
まだ小娘のわたしには謝罪の言葉がこれしか出てこない。

「わざとじゃないのが分かっているのに君を責めても仕方がないだろう。
スーツの1着汚されたぐらいで怒るほど俺は狭量な人間ではない。」
「……」

初めて大人という大人を見て感動する。

しかも、強面な顔しておいて
わずかに口角を上げて言うところや
落ち着いた佇まい、
自分のことよりも他人を優先する優しさ。

見事にこの人は私に恋の春一番を吹かせたのだった。
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