『――――それは、駄目だろう』
俺達の声が見事に重なった。
「文次郎、女に夜中十キロ算盤持たせて裏裏山までランニングさせた後、手裏剣打ちながら明け方まで追い掛け回した上、さらに池に入れて溺れさせたのか？」
「うるさいっ、細やかに説明するな！！」
仙蔵の言葉に文次郎が顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「これは伊作が怒るのも無理はないな」
「留三郎もそう思うでしょう！？全く、いくら千代ちゃんでも泳げないものはしょうがいないんだから、そこは理解して上げなきゃ！」
「いやいや、そこだけじゃないだろ」
伊作が怒ってるポイントが若干ずれていて、俺は思わず呆れてしまう。
「しかし、あいつは確か転校したんじゃなかったか？」
「……一昨日前に、こちらに戻ってきた」
小平太の言葉に長次が答える。
「なんだ、長次は知ってたの？」
「……転入初日に本を借りに来た」
「相変わらず読書家だねー」
長次と伊作は望月の話題で盛り上がる。けれど俺や仙蔵、小平太は渦中の人物についてほとんど記憶が無い。挨拶程度の付き合いであったし、今は顔すら思い出せない。
「昔転校したのなら覚えてるけど、どんな奴だったっけ？」
「私も記憶に残っておらん」
「まぁ、文次郎と一晩中やり合ってんだから、くのたまでも武闘派じゃないのか？」
小平太の言葉に俺と仙蔵は納得する。確かに池で溺れている以外は、鬼のようなメニューをこなしている訳だ。自然と頭に浮かぶのは筋骨隆々とした大柄な、熊みたいな女だった。
「……会いたくは、ねぇな」
「全面的に同意する」
俺の言葉に仙蔵が深く頷いた。