指先の蝶
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がらり、と、店の玄関の戸が開く。
暖簾も下げた、日の沈む夕暮れ時。
その日は珍しく、名物の団子が早くになくなってしまった。
茶屋で団子もないんじゃ仕方がないか、と、女主人は早々に店仕舞いをしてしまった。
「いらっしゃい、御免だけれど、今日は……」
そこまで言って、女主人は仕込みの手を止めた。
入って来たのは、客じゃない。
「わざわざご足労様です。団子ですか?茶ですか?」
「団子」
「では、奥へ」
3ヶ月前に始めた茶屋は、街道沿いの賑やかな場所にはよく馴染んだ。
評判は団子と、美人な女主人。
未婚だ、未亡人だ、と訪れる男たちは噂するが、女主人はにこりと笑顔で一蹴する。
戸を閉めて、施錠して。
店の奥へと入っていく。
「お久しゅうございます、晋助さま」
「なかなか板についてるじゃねぇか……なぁ、さき」
笠を外し、さきを隻眼で見据える。
通された一室の座敷に座ると、さきは慣れた手つきで煙草盆の用意をする。
「江戸からは離れておりますし、お役人の方も、とても親切ですし」
そう言って、懐から出した小さな封書を手渡す。
この辺りを利用する、幕府の役人、天人の重要人物、そして、それら人物の取引内容のリストである。
「少し贈り物をしただけで、要所に入れていただけるので助かります」
くすくすと、いたずらっぽく笑う。
「今月で店仕舞いだな」
「まぁ、よろしいので?」
今度は嬉しそうに、少女のような笑顔を向ける。
「仕込みは充分、だと。報告によれば、店の評判もなかなかだ」
「殆どが旅の御仁ですもの、二度とは会いません」
「それでも、だ」
「……わかりました。では、来週末で戻ります。手筈は整えていただけるので?」
「労はかけねぇよ」
少し残念そうに、ありがとうございます、とつぶやいた。
「……無理に関わる必要はねぇと、始めに言ったが?」
「ええ、その通りです。ですから、後悔はいたしません。ただ少し、残念なのです」
「…………」
確かに後悔している目ではない。
別れを惜しむ目でもない。
ほんの少しの、罪悪感だ。
「しばらく休め。できたら店もな」
「……申し訳ございません」
謝らせたいのではない。
掛ける言葉くらいはある。
でも、そのどれもが、さきの心を軽くすることはできないと、高杉は知っている。
「早く戻ってこい。それだけ言いに来た」
隣に座るさきの肩を抱き寄せる。
さきは自らすり寄って、それに甘える。
ただこうして、寄り添うだけでよかったのに。
力になりたいと、思ってしまった。ほんの、ただそれだけのこと。
「晋助さま」
「…………」
「ふふ、愛しております……ずっと」
何があっても。
たとえ、何をしてでも。
ーー……
数日後、とある宿場町。
「なぁ、聞いたか?あの茶屋、燃えちまったんだと」
「え、あの、美人がやってる団子屋が?」
「茶屋だよ。役人もえらい気に入ってたみてぇだけど、どうやら火事に見舞われてなぁ。火の不始末、だとよ」
はぁ、と残念そうに誰かがため息をついた。
「じゃあ、あそこの美人の女主人は……」
「あぁ、死体が出たらしい。独り身らしいし、まぁ本人だろうな」
また、誰かがため息をつく。
「可哀想にな」
「団子も美味かったのに……」
笠を目深に被った人物が、噂話をする横を通り過ぎる。
証拠も、痕跡も、全て適当な女が冥土に持っていってくれた。
ーー……
「只今、戻りました」
鬱蒼とした港に停泊する大きな艦に、似つかわしくない女が訪ねてきた。
笠をずらして顔を見せて、そのまま静かに乗り込む。
明るい甲板に出て、そっと、彼の人の隣に立つ。
「ただいま、戻りました。晋助さま」
側にいさせてほしいと、望んだのは自分。
力になると、選んだのも自分。
結果を知っても変わらなかったから、戻ってきたのも、自分なのだ。
「よく戻った……さき」
そっと抱き寄せて、額にくちびるを落とす。
愛してほしいと、指先に止まった蝶は、羽を預ける。
それが、最大の願いだから。
、
暖簾も下げた、日の沈む夕暮れ時。
その日は珍しく、名物の団子が早くになくなってしまった。
茶屋で団子もないんじゃ仕方がないか、と、女主人は早々に店仕舞いをしてしまった。
「いらっしゃい、御免だけれど、今日は……」
そこまで言って、女主人は仕込みの手を止めた。
入って来たのは、客じゃない。
「わざわざご足労様です。団子ですか?茶ですか?」
「団子」
「では、奥へ」
3ヶ月前に始めた茶屋は、街道沿いの賑やかな場所にはよく馴染んだ。
評判は団子と、美人な女主人。
未婚だ、未亡人だ、と訪れる男たちは噂するが、女主人はにこりと笑顔で一蹴する。
戸を閉めて、施錠して。
店の奥へと入っていく。
「お久しゅうございます、晋助さま」
「なかなか板についてるじゃねぇか……なぁ、さき」
笠を外し、さきを隻眼で見据える。
通された一室の座敷に座ると、さきは慣れた手つきで煙草盆の用意をする。
「江戸からは離れておりますし、お役人の方も、とても親切ですし」
そう言って、懐から出した小さな封書を手渡す。
この辺りを利用する、幕府の役人、天人の重要人物、そして、それら人物の取引内容のリストである。
「少し贈り物をしただけで、要所に入れていただけるので助かります」
くすくすと、いたずらっぽく笑う。
「今月で店仕舞いだな」
「まぁ、よろしいので?」
今度は嬉しそうに、少女のような笑顔を向ける。
「仕込みは充分、だと。報告によれば、店の評判もなかなかだ」
「殆どが旅の御仁ですもの、二度とは会いません」
「それでも、だ」
「……わかりました。では、来週末で戻ります。手筈は整えていただけるので?」
「労はかけねぇよ」
少し残念そうに、ありがとうございます、とつぶやいた。
「……無理に関わる必要はねぇと、始めに言ったが?」
「ええ、その通りです。ですから、後悔はいたしません。ただ少し、残念なのです」
「…………」
確かに後悔している目ではない。
別れを惜しむ目でもない。
ほんの少しの、罪悪感だ。
「しばらく休め。できたら店もな」
「……申し訳ございません」
謝らせたいのではない。
掛ける言葉くらいはある。
でも、そのどれもが、さきの心を軽くすることはできないと、高杉は知っている。
「早く戻ってこい。それだけ言いに来た」
隣に座るさきの肩を抱き寄せる。
さきは自らすり寄って、それに甘える。
ただこうして、寄り添うだけでよかったのに。
力になりたいと、思ってしまった。ほんの、ただそれだけのこと。
「晋助さま」
「…………」
「ふふ、愛しております……ずっと」
何があっても。
たとえ、何をしてでも。
ーー……
数日後、とある宿場町。
「なぁ、聞いたか?あの茶屋、燃えちまったんだと」
「え、あの、美人がやってる団子屋が?」
「茶屋だよ。役人もえらい気に入ってたみてぇだけど、どうやら火事に見舞われてなぁ。火の不始末、だとよ」
はぁ、と残念そうに誰かがため息をついた。
「じゃあ、あそこの美人の女主人は……」
「あぁ、死体が出たらしい。独り身らしいし、まぁ本人だろうな」
また、誰かがため息をつく。
「可哀想にな」
「団子も美味かったのに……」
笠を目深に被った人物が、噂話をする横を通り過ぎる。
証拠も、痕跡も、全て適当な女が冥土に持っていってくれた。
ーー……
「只今、戻りました」
鬱蒼とした港に停泊する大きな艦に、似つかわしくない女が訪ねてきた。
笠をずらして顔を見せて、そのまま静かに乗り込む。
明るい甲板に出て、そっと、彼の人の隣に立つ。
「ただいま、戻りました。晋助さま」
側にいさせてほしいと、望んだのは自分。
力になると、選んだのも自分。
結果を知っても変わらなかったから、戻ってきたのも、自分なのだ。
「よく戻った……さき」
そっと抱き寄せて、額にくちびるを落とす。
愛してほしいと、指先に止まった蝶は、羽を預ける。
それが、最大の願いだから。
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