7年目の想見




「ガハハハハ!!!ツナー!遊ばんかー!!」

「おいランボ!今は入ってくるなって言っただろ!
あーもう、ごめんね##NAME1##ちゃん、今イーピン出かけてるからあいつヒマみたいで」

「ううん、大丈夫だよ」



現在私は、授業のグループワークの準備の為に、メンバーの一人である沢田君のお家にお邪魔しているのだが、
一緒に住んでいるという牛柄の服の男の子:ランボくんが沢田君に構ってほしいらしく、
先ほどからちょっかいをかけているのだった。

沢田君が今しがたきっちりと閉めたばかりの扉のドアノブが回され、ドアがまたゆっくりと開くが、
背を向けて原稿に目を通している沢田君は気づいていないようだ。

細く開けられた隙間から、もじゃもじゃ頭と翠色の瞳が中を覗き込んでいる。
私の側からは丸見えなので、ドアから見える瞳に向かってにっこりと笑いかける。
私の視線に気づいたランボくんは「見つかった!」というような顔をすると、
すっと顔を引っ込めてとたとたと階段をおりて行ったようだった。



「? どうしたの##NAME1##ちゃん?」

「ううん、なんでもないの」



かわいらしいランボくんの様子に、また無意識に微笑んでいたようだ。
不思議そうな顔をする沢田君に返事をすると、今度はしっかりと発表原稿の作成に集中した。




日も傾き始めた頃、ひとまず納得のいくところまで進んだので、今日はおいとますることになった。
連休明けにある発表の準備の為に家を提供してくれている沢田君には、感謝しきりである。
玄関まで見送りに出てきてくれた沢田君にお礼を述べ、沢田家を後にしようとしたそのとき、
横から黒い影が飛んできたかと思うと、沢田君の顔がいきなりもじゃもじゃの黒一色になった。

唐突なことに、私は目が点になる。
プルプルと伸ばされた沢田君の腕が、もじゃもじゃをがしっとつかむと、引きはがした。
ランボくんが沢田君の頭にがしっと飛びついていたらしい。



「ランボふざけるのもいい加減にしろよ!##NAME1##ちゃんもびっくりしてるだろ」

「!」



振り向いて私の顔を見たランボくんは、先ほどと同じような、
「見られた!」あるいは「しまった!」という表情で、沢田君の後ろへ回ってしまう。
そして、様子を窺うように、そおーっとこちらを見つめてくる。



「何で隠れてるんだよ?
##NAME1##ちゃんはビアンキとは違ってやさしいお姉さんなんだから、そんな風にすることないのに」

「…ふふっ」



沢田君は足元のランボくんに向かって言っているのだが、
同級生の男の子にやさしいお姉さんといわれるのは、何だかむずがゆい。



「今日は沢田君と遊ぶ時間をとっちゃって、ごめんなさい。
でも、おかげで私たちのやらなきゃいけないことが終わったよ。ありがとう、ランボくん」

「………」

「じゃあ沢田君、私はこれで」

「うん、お疲れさま、##NAME1##ちゃん」

「ランボくんも、またね」

「……ん」

「お邪魔しました」



手を振りながら話しかければ、沢田君の足にひっついたまま、小さな手で振り返してくれた。



ランボくんが私に対してあのような態度を取るのには、実は心当たりがある。
というのも、そもそも私が沢田家を訪れるのはこれが初めてではないからだ。

前の長期休暇の直前、私は沢田君の落し物を拾った。
休みに入ってしまえば、部活動に所属しない私と沢田君では、しばらく会わない。
でも、同じ学区内なのだから、家だけは知っている。
次の日から長めの旅行に出かける予定だった私は、拾ったその日にそのまま沢田君の家へ寄ったのだ。
出てきてもらわなくても、郵便受けに入れておけば気づいてもらえるだろう、と。


予定通り、郵便受けへ沢田君の落し物を入れていると、沢田君の家から子どもの泣き声が聞こえてきた。
小さな兄弟でもいるんだろうか。
何度か学校に沢田君と関係がありそうな子どもが来ていたから、その子かもしれない。

そんなことを考えながら、目的を達成し終えて歩き出した私の目の前に、
涙と鼻水をたらしながらふらふらと現れた男の子。それがランボくんだった。

ぐしゃぐしゃの顔を、見知らぬ私に見られたことによってだろうか。
しばし固まっていたが、それまで以上に涙を流して大泣きすると、
もじゃもじゃ頭から取り出した不思議な筒を自分の頭にセットし、そのまま爆発させたのだ。

周囲にもくもくと立ち込める煙に、何が起きたか理解できなかった私は、
若干パニックになりながらも歩を進めた。
しかし、すぐに人にぶつかり、行く手を阻まれてしまう。



「いっ…ごめんなさいっ!前よく見えなくて……」

「……##NAME1##さん?」

「えっ?」



私と相手の身長差では、相手の胸のあたりに私の顔面がくるらしい。
相手の硬い胸板にしたたかに鼻を打ちつけた私は、いきなり名前を呼ばれて、痛む鼻を押さえながら上を見上げた。

晴れた煙の中に、黒髪の美男子がたたずんでいた。
よく見たら、私がぶつかった胸板はシャツがはだけていて素肌である。かっと頬に熱が集まるのが分かった。
何でこの人、こんなにボタン開けてるの…!?



「若き…##NAME1##さんですね」

「な、なんで私の名前知ってるんですか…あなた誰ですかあ…」

「オレは15歳になったランボです」



あなたが何歳になったかはどうでもいいから、素性を教えていただきたい。
少なくとも私の知り合いにランボなんて人はいないし、こんな伊達男も知らない。
じわりと目じりに涙がにじんでいくのを感じる。



「ランボって誰よお…」

「! ああ、そうか。この時点ではまだオレとあなたの間に接点はないのか。
でも、それなら確か…あなたはオレがここに現れる直前に、牛柄の服を着た子どもを見ているはずです」

「子ども…?あ、もしかして、沢田君の家から出てきたもじゃもじゃ頭の…」

「それです。それがこの時代の、5歳のオレです」

「あなたどう見ても私より年上じゃない…あの子は子どもだったのよ。何を言ってるの?」

「10年バズーカ…筒のような武器を、自分自身に向けて撃ったんです。
撃たれた人間は5分間だけ、10年後の自分と入れ替わることができる」

「なっ…そんなの、」



もうほとんどオカルトのような話である。
だが、



「あなたも目の前で見たでしょう?」



そう、私はこの目で見てしまったのだ。小さな子どもだった男の子がいた場所に、次の瞬間大人の男が現われた。
そう言われてしまえば、もう信じるしかない。



「信じてもらえてよかった」

「…もう、信じるしかないですもん」



嬉しそうにふわりとほほ笑む顔は、大人っぽい雰囲気の中でも年相応のもののように思われた。



「ああ…もう時間がない。
この時代のオレは何かと面倒くさい奴だと思いますが、どうか見捨てないでやってください」

「え?でもあなた、沢田君の家の子なんじゃ」

「…そのうち、分かります。
近い将来にまた会えるのを楽しみにしています、##NAME1##さん」



いつの間にか取られていた手の甲が、彼の口元に寄せられている。
ぱちん、とウインクを一つよこすと、肉厚の唇が私の肌にふれたのを感じた。


次の瞬間、目の前に再び煙が立ち込めていて、気づいた時には走り出していた。
もう色々とショッキングでパニックだった私は、唇の触れたほうの手をぶんぶんと振り回しながらがむしゃらに走り、
気づいたら家に帰りついていたのだった。





ランボくんが私の前でぎこちないのは、あの日泣き顔を見られたからだろうと思う。
あの一瞬だったのに、私の顔を覚えていてくれたのか、と思うと、ちょっと嬉しい。

5歳のこんな感じのランボくんが、10年後にはあんな感じの伊達男になっているだなんて、誰が想像するだろう。
あの子はこの先、どう成長していくのだろう。
10年後は一足先に見てしまったけれど、小学校に入学したあの子は?
7年後…今の私と同じ、中学生になったあの子は?

ランボくんとは、まだ数回しか会ったことがないけれど…彼の成長を、この先も見届けていけたらいいなと思う。






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7周年ありがとうございます!

ランボ夢…になるのでしょうか。書けるのか…?と不安に思いながらも、いざパソコンで打ってみれば、
他の小話に比べて結構分量のあるほうになりました。人間やってみなければわかりませんね。

・想見…思い浮かべること。想像してみること。

15/02/18 春樹
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