7年目の決意




先ほど、お父様との何気ない会話の中で、わたしは大変な事実を知ってしまった。
年単位でわたしのボディガードを務めている青年が、なんと今日のうちにこの屋敷を出ていくのだという。
お父様に問い詰めれば、最初に来た時から決まっていた契約期間が満了になるらしいのだが、
わたしがあまりにも彼になついているので、言うに言い出せなかったのだそうだ。

彼がいなくなることはほんとうに悲しいけれど、でもお父様にはもっと早く教えてほしかったと思ってしまう。
だって、お別れまでの時間がもうほとんどなくなってしまっていることのほうが、
もしかしたら何も知らないまま彼が姿を消してしまったかもしれないという事実のほうが、わたしには恐ろしくて、悲しいのだから。

ボディガード(護衛)の彼は、いつものようにベランダにたたずんでいた。
ドアを乱暴にあけて部屋に入ってきたわたしにも、眉ひとつ動かさず、視線をひとつよこしただけ。
すべてが普段通りの彼に、先ほどお父様から聞いたことは本当なのかと、一瞬疑ってしまうほどである。



「ねえリボーンさん!ほんとうに、出て行ってしまわれるの!?」

「ああ」



わたしにとっては衝撃的だった事実を、彼は一切動じることなく、淡々とした返事で認めた。
そんな彼の姿に、またいっそうやるせなさがこみ上げる。
今までもこれからも、彼のいる未来をのんきに考えていた先ほどまでの自分自身を呪いたくなる。



「そんな…どうして、言ってくれなかったの?」

「依頼主はお前の父親だ。依頼主以外に契約内容を口外することはない」

「じゃあ、わたしのボディガードをやめたら、リボーンさんはどうするの。
他の人を…守るの?」

「オレは元々フリーの殺し屋だ。また新たな殺しの依頼を受けて生きていく。
おまえのお守(も)り (護衛) のような依頼のほうが本来はイレギュラーなんだ」

「そうなの?
だけどもう、この家には、いてくれないのね…」

「敵対勢力は先月のうちに壊滅した。お前に危害を及ぼす存在はしばらく現れねえだろう」



つまりは、自分はお役御免なのだと言っているのだ。
もうわたしには、あなたを引き留めるカードは残されていないのだと。
でも、それでも。



「でもわたし、あなたと離れたくないの!
だってわたし、あなたのことがっ」

「オレにはガキの相手をする趣味も時間もねえ。お前は財閥の深窓令嬢らしく淑やかに生きろ」

「……子どものわたしじゃ、だめってことなのね。
じゃあ…! 7年!!7年待っていて。必ずあなたに見合った女になってみせるから!」

「チッ…人の話を聞かねえ、クソガキが」



今はガキといわれても、仕方がないし、気に留めることもしない。
むしろ、子どもであることを利用させてもらう。

いつものように両手を広げてねだった、けれど明日からはもうもらえない最後のくちづけを、額に受けた。
顔をよせた彼の肩に腕を伸ばして、精一杯の抱擁をする。
最後まで、抱きしめ返してくれることはなかったけれど。
わたしはこれを支えに頑張れる。

生まれて7年は幼子だったわたしが、
それから7年たって少女になったわたしが、
これから7年で、あなたに見合った女になるために。



「また逢う日まで…さよなら、リボーンさん」



普段は決して届かない位置にある彼の頬に、決意のキスを捧げた。









指定のバーを出てから入った裏通り。
自分の中にある揺るぎない自信だけを頼りに、姿の見えない相手へ語りかける。



「お久しぶりです、リボーンさん」



凄腕のヒットマンならば、確実に私を仕留めにきている。
彼がどこから私を狙っているかわからなかったから、できるだけ大きな声を出し、それから一枚の紙を掲げて見せた。

彼は私の声が届く範囲内にいてくれたらしい。
音もなく背後に現れた彼は、わたしがその影に気づいて振り向くと同時に、
私の手首をつかんで指に挟まれた紙を凝視した。

その紙面には、彼と交わした契約の内容が記載されている。
…そして、今日の彼のターゲットの特徴と一致するのも、私なのだ。
依頼主と標的が同一人物であったことに、彼…リボーンさんは見開いた目を鋭くすると手首をはらい、私を睨みつけた。



「なんの真似だ、##NAME1##」



一歩間違えば、一足遅ければ、私は彼の銃弾によって命を落としていたのだ。
短く吐き捨てられた言葉のなかに、このすべてが含有されていた。
鋭い眼光は射抜いただけで相手を殺せそうだ。だが今の私にとっては、その限りではない。
私の名前を、私の事を彼が覚えていてくれた。そのことだけで胸が熱くなる。



「私の覚悟の現れです」

「ふざけているのか」

「違います。もし気づいてもらえなくても、あなたに殺されたのなら本望だった」



沈黙を守る彼が口を開く前に、更に畳み掛ける。



「ねえ、リボーンさん。私のこと、見てください。
私を女だと…あなたを求める一人の女だと、認めてください」



この人の目にはまだ、私のこの行動を、世間知らずの令嬢が起こしたバカげた茶番だと物語る色が消えていない。
私が見てほしいのは、そんなふうにじゃない。



「チッ」



吐き捨てられた舌打ちにだって、向けられた銃口にだって、ひるまない。
この7年間一途に思い続け、焦がれ続けたひとが目の前にいるのだ。

心の底から、全身から湧き上がる歓喜の思いを、そのまま唇にのせて彼をまっすぐ見つめる。
泣き笑いのようになっているのが自分でもわかった。



「…クソガキが」



頭と背に力強く回された腕に、私はこの7年間の執念が成就するのを確信した。






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7周年ありがとうございます!

後半はちょっと大人っぽいお話を目指しました。…が。
裏社会に生きるリボーンさんの大人の魅力を引き出しきれず、力不足を痛感。

元々、後半部はカットするつもりだったのですが、入れたことにより
内容的には「再会」の要素も大いに含まれているかもしれません。

・決意…自分の意志をはっきりと決めること。また、その意志。決心。

15/02/18 春樹
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