大好きお兄ちゃん
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放課後の雷門中。部活へ向かう生徒たちの声が、廊下のあちこちから聞こえてくる。その一角で、奏音は兄と並んで歩いていた。
「拓にぃ、聞いて聞いて! 今日の練習のフォーメーションね、私、すっごくしっくりきて――」
よほど嬉しかったのだろう。奏音は身振りを交えながら、楽しそうに話している。
「分かったから。そんなにはしゃぐな」
「だって、ちゃんと聞いてほしいんだもん!」
拓人は苦笑しながら、奏音の頭をぽん、と軽く撫でた。
「ほら。興奮しすぎて転ぶなよ」
「大丈夫だよ! もう、子どもじゃないんだから!」
口ではそう言いながらも、奏音は嬉しそうに笑っている。その光景を、少し離れたところから剣城は見ていた。別に、珍しいものじゃない。双子の兄妹なのだ。昔から一緒にいて、互いのことをよく知っている。
兄が妹を気遣うのも、妹が兄を慕うのも、ごく自然なこと。頭では、ちゃんと分かっている。それなのに胸の奥に、ざらりとしたものが残った。
奏音にとって、拓人がどれだけ大きな存在なのかも知っている。だからこそ――。
(……距離、近ぇな)
無意識に目が細くなる。頭を撫でる手。それを当たり前のように受け入れて、笑っている奏音。ただそれだけの光景なのに、妙に気になった。
(……兄妹だぞ)
自分に言い聞かせる。
(血の繋がった双子だろ)
何もおかしくない。むしろ、温かくて、当たり前で。誰が見ても、微笑ましい光景だ。だからこそ、厄介だった。もし相手がただの男子だったなら、こんなに面倒じゃない。だが、相手は奏音の兄だ。
(……俺だって)
ふと、別の背中が脳裏をよぎった。いつも自分の前を歩いていた、大きな兄の背中。何も言わなくても、その背中はずっと自分を守ってくれていた。その想いがどれほど強かったのか――剣城は、誰よりも知っている。
(……分かるんだよな)
奏音の気持ちが。拓人が大好きなのだろう。尊敬して、憧れて。きっと、何よりも信じている。ずっと隣にいた、兄だから。その想いを、剣城は否定できなかった。自分も、同じだったから。
「……チッ」
小さな舌打ちが漏れる。剣城は視線を逸らした。夕日に照らされた窓へ目を向けると、ガラスに映った自分の顔が、ひどく不機嫌そうに見えた。
ポケットに手を突っ込む。そのまま少しだけ歩調を速めた。けれど、背後から聞こえてくる奏音の笑い声が、なかなか離れてくれない。
「それでね、拓にぃが言ってたところをちょっと変えてみたら――」
「へえ。奏音が自分で考えたのか?」
「うん!」
「そうか。じゃあ、次の練習で試してみよう」
穏やかな兄の声。弾む妹の声。それを聞くたび、胸の奥がまた小さくざわめく。
分かっている。あれは、奏音にとって大切な時間だ。自分だって、兄との時間を誰かに否定されたくなかった。だから、邪魔をするつもりなんてない。そんなことをする資格もない。ただ――。
(……なんで俺が、こんなことで)
胸の奥に生まれた、小さな嫉妬。それを持て余している自分が、少しだけ悔しかった。
「……あー……くそ」
誰にも届かないほどの呟きが、唇から静かにこぼれる。剣城は前を向いたまま、ポケットの中でそっと拳を握った。
「拓にぃ、聞いて聞いて! 今日の練習のフォーメーションね、私、すっごくしっくりきて――」
よほど嬉しかったのだろう。奏音は身振りを交えながら、楽しそうに話している。
「分かったから。そんなにはしゃぐな」
「だって、ちゃんと聞いてほしいんだもん!」
拓人は苦笑しながら、奏音の頭をぽん、と軽く撫でた。
「ほら。興奮しすぎて転ぶなよ」
「大丈夫だよ! もう、子どもじゃないんだから!」
口ではそう言いながらも、奏音は嬉しそうに笑っている。その光景を、少し離れたところから剣城は見ていた。別に、珍しいものじゃない。双子の兄妹なのだ。昔から一緒にいて、互いのことをよく知っている。
兄が妹を気遣うのも、妹が兄を慕うのも、ごく自然なこと。頭では、ちゃんと分かっている。それなのに胸の奥に、ざらりとしたものが残った。
奏音にとって、拓人がどれだけ大きな存在なのかも知っている。だからこそ――。
(……距離、近ぇな)
無意識に目が細くなる。頭を撫でる手。それを当たり前のように受け入れて、笑っている奏音。ただそれだけの光景なのに、妙に気になった。
(……兄妹だぞ)
自分に言い聞かせる。
(血の繋がった双子だろ)
何もおかしくない。むしろ、温かくて、当たり前で。誰が見ても、微笑ましい光景だ。だからこそ、厄介だった。もし相手がただの男子だったなら、こんなに面倒じゃない。だが、相手は奏音の兄だ。
(……俺だって)
ふと、別の背中が脳裏をよぎった。いつも自分の前を歩いていた、大きな兄の背中。何も言わなくても、その背中はずっと自分を守ってくれていた。その想いがどれほど強かったのか――剣城は、誰よりも知っている。
(……分かるんだよな)
奏音の気持ちが。拓人が大好きなのだろう。尊敬して、憧れて。きっと、何よりも信じている。ずっと隣にいた、兄だから。その想いを、剣城は否定できなかった。自分も、同じだったから。
「……チッ」
小さな舌打ちが漏れる。剣城は視線を逸らした。夕日に照らされた窓へ目を向けると、ガラスに映った自分の顔が、ひどく不機嫌そうに見えた。
ポケットに手を突っ込む。そのまま少しだけ歩調を速めた。けれど、背後から聞こえてくる奏音の笑い声が、なかなか離れてくれない。
「それでね、拓にぃが言ってたところをちょっと変えてみたら――」
「へえ。奏音が自分で考えたのか?」
「うん!」
「そうか。じゃあ、次の練習で試してみよう」
穏やかな兄の声。弾む妹の声。それを聞くたび、胸の奥がまた小さくざわめく。
分かっている。あれは、奏音にとって大切な時間だ。自分だって、兄との時間を誰かに否定されたくなかった。だから、邪魔をするつもりなんてない。そんなことをする資格もない。ただ――。
(……なんで俺が、こんなことで)
胸の奥に生まれた、小さな嫉妬。それを持て余している自分が、少しだけ悔しかった。
「……あー……くそ」
誰にも届かないほどの呟きが、唇から静かにこぼれる。剣城は前を向いたまま、ポケットの中でそっと拳を握った。
