交わるインテルメッツォ(GO25話)
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あの日の公園には、蝉の鳴き声が響いていた。幼い剣城は、一人きりで必殺シュートの練習をしていた。
何度挑戦しても、ボールは狙いどおりに飛ばず、技は形にならない。悔しさに唇を噛み締め、額を伝う汗を腕で乱暴に拭う。
(……今日はもう帰ろう)
諦めかけてボールを拾おうとした、その時だった。
「よーし!」
元気いっぱいの声が、公園に響く。振り返ると、一人の女の子が駆け込んできた。
年齢は、ちょうど剣城と同じか、少し上ぐらいだろうか。
灰色がかった茶色の髪を揺らし、小さな身体いっぱいに元気を詰め込んだような少女――そう。それこそが神童奏音だった。
彼女もまた、ボールを足元へ置くと、一人でシュート練習を始めた。一度、二度、三度。挑戦するたびにボールは狙いから逸れていく。
「もう一回!」
奏音は転がったボールを追いかけた。
「次こそ決める!」
転んで膝に土がついても、息が切れても、諦めようとはしない。悔しそうに顔をしかめながらも、すぐにボールを拾い、またゴールを見据える。その姿から、剣城は目を離せなかった。
(なんで……)
どうして、あんなに笑えるんだろう。何度失敗しても、彼女は諦めない。その姿が、幼い剣城には眩しく見えた。そして。
「――ピアチェーレ!」
放たれたシュートは美しい光の軌跡を描き、そのままゴールへ突き刺さった。
「やった! やったぁー!」
奏音はその場で飛び跳ね、心の底から嬉しそうに笑った。降り注ぐ陽射しのなか、その笑みはまぶしいほど輝いていた。
剣城は思わず息を呑む。自分は諦めようとしていた。でも、この子は最後まで諦めなかった。そのひたむきな姿に、いつしか剣城の表情も和らいでいた。
(俺も……)
もう一回だけ、やってみよう。そう思えた。勇気をくれたのは、一人の少女だった。だから気づけば足が動いていた。
「……一緒にサッカー、やらないか?」
それが、自分から奏音へ初めて掛けた言葉だった。
***
「――だから、声をかけた」
回想を締めくくるように、剣城は言葉を落とした。
奏音は嬉しそうに目を細める。
「わあっ、それ、私がはじめてピアチェーレを打てた時のことだよっ! 何回も失敗して、足がパンパンになっちゃってさ」
照れくさそうに笑いながら、当時を思い出すように続ける。
「もう最後の一回って決めて蹴ったら、入ったの! そっか……あの時のシュート技、京ちゃんも見ててくれたんだ」
その時と同じ、屈託のない笑顔だった。剣城は、その横顔を見つめる。
「その時の奏音の姿が、本当に眩しくて……。諦めたくない、俺も頑張りたいと思わされたんだ」
――その瞬間こそ、剣城が奏音を好きになった時だった。
あの日の笑顔は、六年が経った今も、剣城の記憶に鮮やかに残っていた。
「……え?」
奏音は目を丸くした。
「私、そんなすごいことしてたかな?」
頬をかきながら、きょとんと首をかしげる。
「私はね、ただサッカーするのが楽しくて、夢中だっただけなんだよ。でも……私が頑張ってる姿を見て、京ちゃんも頑張ろうって思ってくれたなら――」
奏音はそこで言葉を切り、剣城をまっすぐ見つめた。
「すごく、すごく嬉しいな!」
その笑顔に、剣城の口元にもかすかな笑みが浮かんだ。その姿を見つめながら、剣城はふと、先ほど見た光景を思い返す。
空間を揺らした異様な気配。姿を現しかけた巨大な影。そして、それに呼応するように目覚めかけた、自分の化身。
(間違いない……)
奏音の中で、化身は確実に目覚め始めている。本人はまだ、その力の存在すら知らない。だが、このまま覚醒すれば、フィフスセクターが見逃すはずはない。シードだった自分には分かる。化身は希望であると同時に、人を縛る鎖にもなり得る。
「京ちゃん?」
不思議そうな声に、剣城ははっと我に返る。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「……いや」
小さく首を振る。
「少し考え事をしていただけだ」
「そっか」
奏音はそれ以上聞こうとはせず、夕焼け空へ目を向けた。その無防備な横顔を見ているだけで、胸が締めつけられる。
彼女を危険に晒したくない。あれほど待ち望んでいた、奏音と一緒にサッカーをする時間。ようやく再び隣でボールを追いかけられるようになったのに、今はそれ以上に、彼女を戦いへ巻き込みたくないという思いが強くなっていた。
だが、それは自分の勝手な願いだ。
奏音は兄のために強くなろうとしている。フィフスセクターを倒し、サッカーを取り戻すために、誰よりも前を向いて戦おうとしている。その覚悟も理由も、剣城には痛いほど分かっていた。だから、「もう戦うな」とは言えない。
本当は、伝えたい。もう大切な人を失いたくない。ずっとそばにいてほしい。
けれど、その願いを口にすれば、彼女の覚悟を否定することになる。自分が安心したいだけの、わがままな願いだ。そう分かっていても、胸に芽生えた想いを手放すことはできなかった。
何度挑戦しても、ボールは狙いどおりに飛ばず、技は形にならない。悔しさに唇を噛み締め、額を伝う汗を腕で乱暴に拭う。
(……今日はもう帰ろう)
諦めかけてボールを拾おうとした、その時だった。
「よーし!」
元気いっぱいの声が、公園に響く。振り返ると、一人の女の子が駆け込んできた。
年齢は、ちょうど剣城と同じか、少し上ぐらいだろうか。
灰色がかった茶色の髪を揺らし、小さな身体いっぱいに元気を詰め込んだような少女――そう。それこそが神童奏音だった。
彼女もまた、ボールを足元へ置くと、一人でシュート練習を始めた。一度、二度、三度。挑戦するたびにボールは狙いから逸れていく。
「もう一回!」
奏音は転がったボールを追いかけた。
「次こそ決める!」
転んで膝に土がついても、息が切れても、諦めようとはしない。悔しそうに顔をしかめながらも、すぐにボールを拾い、またゴールを見据える。その姿から、剣城は目を離せなかった。
(なんで……)
どうして、あんなに笑えるんだろう。何度失敗しても、彼女は諦めない。その姿が、幼い剣城には眩しく見えた。そして。
「――ピアチェーレ!」
放たれたシュートは美しい光の軌跡を描き、そのままゴールへ突き刺さった。
「やった! やったぁー!」
奏音はその場で飛び跳ね、心の底から嬉しそうに笑った。降り注ぐ陽射しのなか、その笑みはまぶしいほど輝いていた。
剣城は思わず息を呑む。自分は諦めようとしていた。でも、この子は最後まで諦めなかった。そのひたむきな姿に、いつしか剣城の表情も和らいでいた。
(俺も……)
もう一回だけ、やってみよう。そう思えた。勇気をくれたのは、一人の少女だった。だから気づけば足が動いていた。
「……一緒にサッカー、やらないか?」
それが、自分から奏音へ初めて掛けた言葉だった。
***
「――だから、声をかけた」
回想を締めくくるように、剣城は言葉を落とした。
奏音は嬉しそうに目を細める。
「わあっ、それ、私がはじめてピアチェーレを打てた時のことだよっ! 何回も失敗して、足がパンパンになっちゃってさ」
照れくさそうに笑いながら、当時を思い出すように続ける。
「もう最後の一回って決めて蹴ったら、入ったの! そっか……あの時のシュート技、京ちゃんも見ててくれたんだ」
その時と同じ、屈託のない笑顔だった。剣城は、その横顔を見つめる。
「その時の奏音の姿が、本当に眩しくて……。諦めたくない、俺も頑張りたいと思わされたんだ」
――その瞬間こそ、剣城が奏音を好きになった時だった。
あの日の笑顔は、六年が経った今も、剣城の記憶に鮮やかに残っていた。
「……え?」
奏音は目を丸くした。
「私、そんなすごいことしてたかな?」
頬をかきながら、きょとんと首をかしげる。
「私はね、ただサッカーするのが楽しくて、夢中だっただけなんだよ。でも……私が頑張ってる姿を見て、京ちゃんも頑張ろうって思ってくれたなら――」
奏音はそこで言葉を切り、剣城をまっすぐ見つめた。
「すごく、すごく嬉しいな!」
その笑顔に、剣城の口元にもかすかな笑みが浮かんだ。その姿を見つめながら、剣城はふと、先ほど見た光景を思い返す。
空間を揺らした異様な気配。姿を現しかけた巨大な影。そして、それに呼応するように目覚めかけた、自分の化身。
(間違いない……)
奏音の中で、化身は確実に目覚め始めている。本人はまだ、その力の存在すら知らない。だが、このまま覚醒すれば、フィフスセクターが見逃すはずはない。シードだった自分には分かる。化身は希望であると同時に、人を縛る鎖にもなり得る。
「京ちゃん?」
不思議そうな声に、剣城ははっと我に返る。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「……いや」
小さく首を振る。
「少し考え事をしていただけだ」
「そっか」
奏音はそれ以上聞こうとはせず、夕焼け空へ目を向けた。その無防備な横顔を見ているだけで、胸が締めつけられる。
彼女を危険に晒したくない。あれほど待ち望んでいた、奏音と一緒にサッカーをする時間。ようやく再び隣でボールを追いかけられるようになったのに、今はそれ以上に、彼女を戦いへ巻き込みたくないという思いが強くなっていた。
だが、それは自分の勝手な願いだ。
奏音は兄のために強くなろうとしている。フィフスセクターを倒し、サッカーを取り戻すために、誰よりも前を向いて戦おうとしている。その覚悟も理由も、剣城には痛いほど分かっていた。だから、「もう戦うな」とは言えない。
本当は、伝えたい。もう大切な人を失いたくない。ずっとそばにいてほしい。
けれど、その願いを口にすれば、彼女の覚悟を否定することになる。自分が安心したいだけの、わがままな願いだ。そう分かっていても、胸に芽生えた想いを手放すことはできなかった。