まだ見ぬパッショナート(GO24話)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
試合が再開する。月山国光は、すぐさま新たなタクティクスを繰り出した。
「攻撃陣形変幻自在! タクティクスサイクル!」
「承知!」
兵頭の合図とともに、四人の選手が一斉に動き出す。
「雷門見よ! これこそが月山国光のサッカーだ!」
「なんだ!?」
天馬が目を見開く。
「必殺タクティクスか!?」
拓人も身構える。
「フォーメーションを変えてきた!」
浜野の声が響く。奏音も目を見開いた。
「えっ……もう変わったの!?」
さっきまでひし形だった陣形が、一瞬にして縦一列へと変わる。四人はまるで一つの生き物のように連動し、雷門の守備陣を次々とすり抜けていった。
「止めるド!」
「はい!」
天城と信助が飛び出す。しかし、それでも月山国光の動きは止まらない。さらに加速する攻撃陣。
「くっ……!」
狩屋もディフェンスへ飛び込む。しかし、激しい衝撃に身体を大きく弾き飛ばされた。
「狩屋!」
天馬が思わず叫ぶ。三国からも声が飛んだ。
「狩屋! もう俺に任せろ!」
「ぶっ飛ばされて、黙ってられるか! 絶対、ボールを取ってやる!」
狩屋は土を払う間も惜しむように立ち上がると、再びボールへ向かって走り出した。
(なに? シードが、そこまで雷門のために動くか?)
ベンチの霧野が、狩屋をじっと見つめる。ただ、フィールドに立つ狩屋の姿から目が離せなかった。
(……本気だ)
奏音も、思わず息を呑む。今の狩屋の目には、もう迷いがなかった。
「ハンターズネット!」
狩屋が必殺技を繰り出す。巨大な網が相手を捉える。しかし、月山国光の攻撃は止まらない。狩屋が再び弾き飛ばされ、その隙にゴール前へ侵入を許す。
放たれたシュートに三国も飛び出すが、届かない。ボールはゴールへ突き刺さり、雷門は再び一点を追うことになった。
「いって……」
狩屋が顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。
「狩屋、大丈夫?」
天馬が心配そうに駆け寄る。だが、狩屋は視線を逸らしたまま、何も答えなかった。痛みよりも――何度挑んでも止められないことへの悔しさが、胸の奥に渦巻いていた。乱れた呼吸を整えるように一度だけ息を吐き、自分のポジションへ戻っていく。
「分かったか、雷門!」
南沢の声がフィールドに響き渡る。
「自分たちのやってることが、どんなに虚しいことか思い知れ!」
「南沢さん……!」
拓人が険しい表情で南沢を見つめる。その言葉に、雷門の選手たちは何も返さない。ただ、誰もが悔しさを噛みしめながら、再びフィールドへ視線を向けていた。
それからも月山国光は、何度もタクティクスサイクルを繰り返した。そのたびに雷門の守備は翻弄される。
ベンチからフィールドを見つめる霧野は、一瞬たりとも目を逸らさなかった。選手たちの動き、パスの順番、フォーメーションが変わる瞬間、何度も繰り返される動きを、霧野はじっと追い続けていた。
「……っ!」
霧野の目が見開かれた。ひし形から一列へ変わる、その瞬間。ほんのわずか、選手たちの動きが重なる。霧野は、その一瞬を見逃さなかった。
しかし、隙を見つけたからといって、すぐに攻撃を止められるわけではない。月山国光はなおも攻め続ける。三国が必死にゴールを守り、どうにか追加点だけは許さなかった。
「みんな……!」
葵が祈るようにフィールドを見つめる。
「監督、何か対策は!?」
一乃が円堂へ問いかける。
円堂は、静かに霧野へ視線を向けた。
「それは、霧野に聞いてみようか。お前はどう見た? 今のタクティクス」
「はい」
霧野はフィールドへ目を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「あのタクティクスには、ひし形の陣形から一列に切り替わる瞬間、わずかな隙ができます。フィールドにいたら、激しい動きに気を取られて気づけなかったかもしれませんが、俺にはそのタイミングが見えました」
霧野は一度、拳を握る。
「ここにいたおかげです」
「じゃあ……」
青山が、はっと顔を上げた。
「監督があのとき、霧野に『頭を冷やせ』って言ったのは……」
「ああ」
円堂が頷く。
「霧野には改めて、ディフェンスの役割とは何か。今、何ができていて、何ができていないのか――それを、見てほしかったんだ」
「ディフェンスのポジションから攻撃の流れを見て、どう守るべきかを瞬時に判断できる……」
鬼道が続ける。
「その分析力は、素晴らしいものがあるからな」
「そうだったのか……! 霧野に、攻略のポイントを見つけさせるためだったんですね!」
車田が目を見開く。霧野は何も答えなかった。ただ、もう一度フィールドへ目を向ける。弱点は分かった。けれど――それだけでは勝てない。実際に、あのタクティクスを止めなければならない。
「それで、霧野」
円堂が問う。
「お前なら、どう攻略する?」
「……攻略のカギは、狩屋にあります」
その名前が出た瞬間、霧野の視線が狩屋へ向いた。
「狩屋は、人並み外れたボディバランスで、どんな体勢からでも、次の動作に移ることができます」
狩屋は何度吹き飛ばされても、すぐに立ち上がっていた。
「タクティクスサイクルの激しい動きに対応できるのは、今の雷門では狩屋だけです」
そして、霧野は確信を込めて続けた。
「狩屋を、あの動きの中に噛ませることができれば……サイクルを崩すことができます」
「だが、それをどう伝える?」
円堂が問う。霧野は迷わなかった。
「俺なら、タイミングを見切ることができます」
静かに息を吸う。
「――俺が指示を出します!」
「行け、霧野!」
「はい!」
霧野は立ち上がると、迷うことなくフィールドへ駆け出した。向かった先は、狩屋だ。
「狩屋!」
声をかけられ、狩屋が振り返る。
「俺の指示通りにやるんだ」
「俺が先輩の指示を受けると思いますか?」
狩屋はいつものように、挑発するような笑みを浮かべた。けれど、霧野は動じない。
「受けるさ」
真っ直ぐに、狩屋の目を見る。
「お前が本当に、勝ちたいと思っているのならな。お前にしかできないことだから、俺は信じる」
その言葉に、狩屋の表情がわずかに止まった。
「お前なら、必ずあのタクティクスを破る!」
「へぇ……」
狩屋が目を細める。
「……信じるんだ。すげぇや」
そこへ、天馬が駆け寄ってくる。
「狩屋、頼んだよ!」
「そうだ」
拓人も続いた。
「頼りにしているからな。お前のサッカーを」
ついさっきまで、自分を疑っていた霧野。それなのに今は、迷いなく「信じる」と言う。天馬も、当たり前のように自分へ託してくる。そしてキャプテンの拓人までもが、一人のチームメイトとして自分を頼っている。狩屋には、それが妙にくすぐったかった。
(……なんだよ、勝手にプレッシャーかけてんじゃねぇよ)
視線を逸らしたまま、狩屋は何も言わない。その横顔を見つめながら、奏音はふと思った。嫌がっているようにも見える。けれど――本当に拒んでいるのなら、こんなふうに返事を迷う必要なんてない。
(……どうやって、その輪の中に入ればいいのか分からないだけなのかもしれない)
人を遠ざけるような言葉も、誰かを試すような態度も。もしかしたら、自分から近づく方法を知らないだけなのかもしれない。だったら、その最初の一歩くらい、自分が作ってあげてもいい。
「……頑張って、マサキくん」
奏音の声は、フィールドの喧騒に溶けてしまうほど小さかった。
やがて試合が再開する。ボールを奪った月山国光が、再び攻撃へと転じた。
「タクティクスサイクル!」
月島を先頭に、甲斐、一文字、柴田が一斉に駆け上がる。
霧野はベンチから、その陣形の動きをじっと追っていた。ひし形の陣形。そして――一列へ。選手たちの動きが変わる。その瞬間を、霧野は見逃さなかった。
「今だ、狩屋!」
狩屋が走り出す。
「一列になる前に、八番へ突っ込め!」
狩屋が一気に加速する。一人、また一人。相手をかわしながら、最後尾の甲斐へ迫る。
「お前に渡すものか!」
甲斐が南沢へパスを出した。
「させない!」
霧野が、鋭く足を伸ばしてパスコースを断ち切る。こぼれたボールを狩屋が素早く収め、そのまま前へ運んだ。
「……ほらよ! これでいいんだろ!」
投げやりな口調。それでも、そのパスに迷いはなかった。
「よしっ、天馬!」
「はい!」
霧野から託されたボールが、一直線に天馬へ渡る。
(繋がった……!)
奏音の胸が、ぱっと弾んだ。
さっきまで互いを疑い、反発し合っていた二人が、今は同じ勝利を目指してボールを繋いでいる。仲間に託されたボールを、狩屋は確かに前へ繋いだ。
その一歩が、今度こそ狩屋を雷門の輪の中へと近づけていくように思えた。
「これで決めます!」
天馬が力強く踏み込んだ、その瞬間――蒼白い風が渦を巻き、光の柱が空高く突き抜けた。
「――魔神ペガサス!」
轟く風とともに、紅蓮の翼が大きく広がる。
天空より舞い降りた魔神は、烈風をまといながら静かにゴールを見据えた。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
渾身の一撃。ボールは風をまとい、ゴールへ突き進む。
「その程度のシュートで、我が化身ギガンテスの守るゴールは破れはせぬ!」
兵頭の背後に、巨大な岩の巨神が姿を現した。
「――ギガンティックボム!」
大地を揺るがす咆哮。巨神は巨大な拳を構え、真正面から迎え撃つ。魔神と巨神。二つの力が激突した瞬間、轟音とともに衝撃波がフィールド全体を駆け抜けた。
どくん――奏音の胸が、大きく脈打つ。
(なんだろう、この感じ……体の奥底で何かがざわついてるみたい……)
目の前にいるのは、ただ必死にゴールを目指す天馬。けれど奏音には、それ以上のものが伝わってきていた。ペガサスから溢れる力が、風に乗って奏音の胸へと届く。
『楽しい。サッカーが好きだ。もっとみんなとプレーしたい』
声ではない。言葉ですらない。それでも確かに、その想いは一つの旋律となって奏音の心へ届いた。
(この気持ち……天馬くんの……サッカーが大好きっていう想い……?)
鼓動が速い。熱を帯びた胸の奥で、小さな音が鳴った。ぽろん――まるで、長い間眠っていた楽器の弦が、初めて震えたような音だった。
(私も……私も、サッカーが好き!)
その想いに応えるように、何かが小さく震える。まだ形のない、名前もない旋律。けれど確かに、それは奏音の中で生まれようとしていた。
「ぐああああっ!!」
次の瞬間、競り勝ったのは天馬だった。ペガサスの一撃がギガンテスを押し切る。眩い軌跡を描いたシュートが、ゴールネットを大きく揺らす。
スコアは二対二。雷門はついに試合を振り出しへと戻した。
「天馬!」
信助が駆け寄る。化身同士の激しいぶつかり合いによる疲労で、天馬の肩は大きく上下していた。それでも、彼の表情に浮かんでいたのは疲れではなく、やり切った者だけが見せる晴れやかな笑顔だった。
天馬はそのまま狩屋へと視線を向ける。狩屋は一瞬だけ視線を合わせると、照れを隠すようにふいっと顔を背けた。そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から見つめながら、奏音はそっと胸元へ手を添える。
「……まだ、胸がちくちくする」
鼓動は収まるどころか、ますます熱を帯びていく。何かが、静かに目を覚まそうとしていた。
「……っ」
その異変に気付いた者が、一人だけいた。
剣城だった。彼の視線は歓声の中心ではなく、奏音へと向けられている。奏音の胸元から、淡い光がふっと零れたように見えた。ほんの一瞬。蜃気楼のように揺らめいただけの、儚い輝き。
(今のは……)
剣城は無意識に拳を握る。天馬の化身が放つ力に呼応するように、奏音の周囲の空気が、微かに震えていた。剣城の瞳が一瞬だけ揺れる。しかし次の瞬間には、その表情はいつもの冷静さを取り戻していた。
「攻撃陣形変幻自在! タクティクスサイクル!」
「承知!」
兵頭の合図とともに、四人の選手が一斉に動き出す。
「雷門見よ! これこそが月山国光のサッカーだ!」
「なんだ!?」
天馬が目を見開く。
「必殺タクティクスか!?」
拓人も身構える。
「フォーメーションを変えてきた!」
浜野の声が響く。奏音も目を見開いた。
「えっ……もう変わったの!?」
さっきまでひし形だった陣形が、一瞬にして縦一列へと変わる。四人はまるで一つの生き物のように連動し、雷門の守備陣を次々とすり抜けていった。
「止めるド!」
「はい!」
天城と信助が飛び出す。しかし、それでも月山国光の動きは止まらない。さらに加速する攻撃陣。
「くっ……!」
狩屋もディフェンスへ飛び込む。しかし、激しい衝撃に身体を大きく弾き飛ばされた。
「狩屋!」
天馬が思わず叫ぶ。三国からも声が飛んだ。
「狩屋! もう俺に任せろ!」
「ぶっ飛ばされて、黙ってられるか! 絶対、ボールを取ってやる!」
狩屋は土を払う間も惜しむように立ち上がると、再びボールへ向かって走り出した。
(なに? シードが、そこまで雷門のために動くか?)
ベンチの霧野が、狩屋をじっと見つめる。ただ、フィールドに立つ狩屋の姿から目が離せなかった。
(……本気だ)
奏音も、思わず息を呑む。今の狩屋の目には、もう迷いがなかった。
「ハンターズネット!」
狩屋が必殺技を繰り出す。巨大な網が相手を捉える。しかし、月山国光の攻撃は止まらない。狩屋が再び弾き飛ばされ、その隙にゴール前へ侵入を許す。
放たれたシュートに三国も飛び出すが、届かない。ボールはゴールへ突き刺さり、雷門は再び一点を追うことになった。
「いって……」
狩屋が顔をしかめながら、ゆっくりと身体を起こす。
「狩屋、大丈夫?」
天馬が心配そうに駆け寄る。だが、狩屋は視線を逸らしたまま、何も答えなかった。痛みよりも――何度挑んでも止められないことへの悔しさが、胸の奥に渦巻いていた。乱れた呼吸を整えるように一度だけ息を吐き、自分のポジションへ戻っていく。
「分かったか、雷門!」
南沢の声がフィールドに響き渡る。
「自分たちのやってることが、どんなに虚しいことか思い知れ!」
「南沢さん……!」
拓人が険しい表情で南沢を見つめる。その言葉に、雷門の選手たちは何も返さない。ただ、誰もが悔しさを噛みしめながら、再びフィールドへ視線を向けていた。
それからも月山国光は、何度もタクティクスサイクルを繰り返した。そのたびに雷門の守備は翻弄される。
ベンチからフィールドを見つめる霧野は、一瞬たりとも目を逸らさなかった。選手たちの動き、パスの順番、フォーメーションが変わる瞬間、何度も繰り返される動きを、霧野はじっと追い続けていた。
「……っ!」
霧野の目が見開かれた。ひし形から一列へ変わる、その瞬間。ほんのわずか、選手たちの動きが重なる。霧野は、その一瞬を見逃さなかった。
しかし、隙を見つけたからといって、すぐに攻撃を止められるわけではない。月山国光はなおも攻め続ける。三国が必死にゴールを守り、どうにか追加点だけは許さなかった。
「みんな……!」
葵が祈るようにフィールドを見つめる。
「監督、何か対策は!?」
一乃が円堂へ問いかける。
円堂は、静かに霧野へ視線を向けた。
「それは、霧野に聞いてみようか。お前はどう見た? 今のタクティクス」
「はい」
霧野はフィールドへ目を向けたまま、ゆっくりと口を開いた。
「あのタクティクスには、ひし形の陣形から一列に切り替わる瞬間、わずかな隙ができます。フィールドにいたら、激しい動きに気を取られて気づけなかったかもしれませんが、俺にはそのタイミングが見えました」
霧野は一度、拳を握る。
「ここにいたおかげです」
「じゃあ……」
青山が、はっと顔を上げた。
「監督があのとき、霧野に『頭を冷やせ』って言ったのは……」
「ああ」
円堂が頷く。
「霧野には改めて、ディフェンスの役割とは何か。今、何ができていて、何ができていないのか――それを、見てほしかったんだ」
「ディフェンスのポジションから攻撃の流れを見て、どう守るべきかを瞬時に判断できる……」
鬼道が続ける。
「その分析力は、素晴らしいものがあるからな」
「そうだったのか……! 霧野に、攻略のポイントを見つけさせるためだったんですね!」
車田が目を見開く。霧野は何も答えなかった。ただ、もう一度フィールドへ目を向ける。弱点は分かった。けれど――それだけでは勝てない。実際に、あのタクティクスを止めなければならない。
「それで、霧野」
円堂が問う。
「お前なら、どう攻略する?」
「……攻略のカギは、狩屋にあります」
その名前が出た瞬間、霧野の視線が狩屋へ向いた。
「狩屋は、人並み外れたボディバランスで、どんな体勢からでも、次の動作に移ることができます」
狩屋は何度吹き飛ばされても、すぐに立ち上がっていた。
「タクティクスサイクルの激しい動きに対応できるのは、今の雷門では狩屋だけです」
そして、霧野は確信を込めて続けた。
「狩屋を、あの動きの中に噛ませることができれば……サイクルを崩すことができます」
「だが、それをどう伝える?」
円堂が問う。霧野は迷わなかった。
「俺なら、タイミングを見切ることができます」
静かに息を吸う。
「――俺が指示を出します!」
「行け、霧野!」
「はい!」
霧野は立ち上がると、迷うことなくフィールドへ駆け出した。向かった先は、狩屋だ。
「狩屋!」
声をかけられ、狩屋が振り返る。
「俺の指示通りにやるんだ」
「俺が先輩の指示を受けると思いますか?」
狩屋はいつものように、挑発するような笑みを浮かべた。けれど、霧野は動じない。
「受けるさ」
真っ直ぐに、狩屋の目を見る。
「お前が本当に、勝ちたいと思っているのならな。お前にしかできないことだから、俺は信じる」
その言葉に、狩屋の表情がわずかに止まった。
「お前なら、必ずあのタクティクスを破る!」
「へぇ……」
狩屋が目を細める。
「……信じるんだ。すげぇや」
そこへ、天馬が駆け寄ってくる。
「狩屋、頼んだよ!」
「そうだ」
拓人も続いた。
「頼りにしているからな。お前のサッカーを」
ついさっきまで、自分を疑っていた霧野。それなのに今は、迷いなく「信じる」と言う。天馬も、当たり前のように自分へ託してくる。そしてキャプテンの拓人までもが、一人のチームメイトとして自分を頼っている。狩屋には、それが妙にくすぐったかった。
(……なんだよ、勝手にプレッシャーかけてんじゃねぇよ)
視線を逸らしたまま、狩屋は何も言わない。その横顔を見つめながら、奏音はふと思った。嫌がっているようにも見える。けれど――本当に拒んでいるのなら、こんなふうに返事を迷う必要なんてない。
(……どうやって、その輪の中に入ればいいのか分からないだけなのかもしれない)
人を遠ざけるような言葉も、誰かを試すような態度も。もしかしたら、自分から近づく方法を知らないだけなのかもしれない。だったら、その最初の一歩くらい、自分が作ってあげてもいい。
「……頑張って、マサキくん」
奏音の声は、フィールドの喧騒に溶けてしまうほど小さかった。
やがて試合が再開する。ボールを奪った月山国光が、再び攻撃へと転じた。
「タクティクスサイクル!」
月島を先頭に、甲斐、一文字、柴田が一斉に駆け上がる。
霧野はベンチから、その陣形の動きをじっと追っていた。ひし形の陣形。そして――一列へ。選手たちの動きが変わる。その瞬間を、霧野は見逃さなかった。
「今だ、狩屋!」
狩屋が走り出す。
「一列になる前に、八番へ突っ込め!」
狩屋が一気に加速する。一人、また一人。相手をかわしながら、最後尾の甲斐へ迫る。
「お前に渡すものか!」
甲斐が南沢へパスを出した。
「させない!」
霧野が、鋭く足を伸ばしてパスコースを断ち切る。こぼれたボールを狩屋が素早く収め、そのまま前へ運んだ。
「……ほらよ! これでいいんだろ!」
投げやりな口調。それでも、そのパスに迷いはなかった。
「よしっ、天馬!」
「はい!」
霧野から託されたボールが、一直線に天馬へ渡る。
(繋がった……!)
奏音の胸が、ぱっと弾んだ。
さっきまで互いを疑い、反発し合っていた二人が、今は同じ勝利を目指してボールを繋いでいる。仲間に託されたボールを、狩屋は確かに前へ繋いだ。
その一歩が、今度こそ狩屋を雷門の輪の中へと近づけていくように思えた。
「これで決めます!」
天馬が力強く踏み込んだ、その瞬間――蒼白い風が渦を巻き、光の柱が空高く突き抜けた。
「――魔神ペガサス!」
轟く風とともに、紅蓮の翼が大きく広がる。
天空より舞い降りた魔神は、烈風をまといながら静かにゴールを見据えた。
「いっけぇぇぇぇっ!!」
渾身の一撃。ボールは風をまとい、ゴールへ突き進む。
「その程度のシュートで、我が化身ギガンテスの守るゴールは破れはせぬ!」
兵頭の背後に、巨大な岩の巨神が姿を現した。
「――ギガンティックボム!」
大地を揺るがす咆哮。巨神は巨大な拳を構え、真正面から迎え撃つ。魔神と巨神。二つの力が激突した瞬間、轟音とともに衝撃波がフィールド全体を駆け抜けた。
どくん――奏音の胸が、大きく脈打つ。
(なんだろう、この感じ……体の奥底で何かがざわついてるみたい……)
目の前にいるのは、ただ必死にゴールを目指す天馬。けれど奏音には、それ以上のものが伝わってきていた。ペガサスから溢れる力が、風に乗って奏音の胸へと届く。
『楽しい。サッカーが好きだ。もっとみんなとプレーしたい』
声ではない。言葉ですらない。それでも確かに、その想いは一つの旋律となって奏音の心へ届いた。
(この気持ち……天馬くんの……サッカーが大好きっていう想い……?)
鼓動が速い。熱を帯びた胸の奥で、小さな音が鳴った。ぽろん――まるで、長い間眠っていた楽器の弦が、初めて震えたような音だった。
(私も……私も、サッカーが好き!)
その想いに応えるように、何かが小さく震える。まだ形のない、名前もない旋律。けれど確かに、それは奏音の中で生まれようとしていた。
「ぐああああっ!!」
次の瞬間、競り勝ったのは天馬だった。ペガサスの一撃がギガンテスを押し切る。眩い軌跡を描いたシュートが、ゴールネットを大きく揺らす。
スコアは二対二。雷門はついに試合を振り出しへと戻した。
「天馬!」
信助が駆け寄る。化身同士の激しいぶつかり合いによる疲労で、天馬の肩は大きく上下していた。それでも、彼の表情に浮かんでいたのは疲れではなく、やり切った者だけが見せる晴れやかな笑顔だった。
天馬はそのまま狩屋へと視線を向ける。狩屋は一瞬だけ視線を合わせると、照れを隠すようにふいっと顔を背けた。そんな二人のやり取りを、少し離れた場所から見つめながら、奏音はそっと胸元へ手を添える。
「……まだ、胸がちくちくする」
鼓動は収まるどころか、ますます熱を帯びていく。何かが、静かに目を覚まそうとしていた。
「……っ」
その異変に気付いた者が、一人だけいた。
剣城だった。彼の視線は歓声の中心ではなく、奏音へと向けられている。奏音の胸元から、淡い光がふっと零れたように見えた。ほんの一瞬。蜃気楼のように揺らめいただけの、儚い輝き。
(今のは……)
剣城は無意識に拳を握る。天馬の化身が放つ力に呼応するように、奏音の周囲の空気が、微かに震えていた。剣城の瞳が一瞬だけ揺れる。しかし次の瞬間には、その表情はいつもの冷静さを取り戻していた。