小さなレスポンス(GO23話)
名前変換
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
前半終了を告げるホイッスルが、サイクロンスタジアムに鋭く響き渡った。最後に狩屋が相手からボールを奪ったものの、そこから雷門が攻撃へ転じることはできなかった。
スコアボードに表示されているのは一対〇。
わずか一点。それでも、雷門にとっては重い一点だった。選手たちはそれぞれ悔しさを滲ませながら、フィールドを後にする。
誰もが俯き気味で、先ほどまでの激しい攻防が嘘のように静かな足取りだった。
その原因は、何もスコアだけではない。予測不能なタイミングで発生する竜巻。月山国光は、それをまるで自分たちの味方であるかのように巧みに利用していた。
視界を遮り、進路を塞ぎ、時には竜巻そのものを壁として使って攻撃を仕掛けてくる。雷門は、そのたびに翻弄されていた。
そんな中、奏音の胸に引っかかっているのは、それだけではなかった。ディフェンスラインに並ぶ霧野と狩屋。
二人の間には、どこか刺々しい空気が漂っている。霧野がパスを求めるのに、狩屋は一度も応えようとしないことからも、その溝は明らかだった。奏音はその様子を気にしながらも、今は目の前の試合に集中した。
「奏音ちゃん。お疲れ様」
ベンチへ戻ってきた奏音に、茜がタオルを差し出した。
「ありがとう、茜ちゃん」
受け取ったタオルを首元にかけ、奏音は自分の席へ腰を下ろす。
「はぁ~~~~っ……!」
その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたようだった。全身から一気に力が抜ける。奏音はそのままタオルを頭からすっぽりとかぶった。
「ふふ。かなり走ってたよね」
「うん……自分でも、びっくりするくらい走った気がする……」
微笑む茜に、奏音はタオルに包まれたまま力なく答えた。タオルの隙間からそっと目を向けると、向こうでは月山国光の選手たちが落ち着いた様子で後半に備えている。
(竜巻を、あんなふうに使えるなんて……)
悔しい。前へ出ようとするたび、風に足を取られる。視界を奪われ、気づけば相手の姿すら見失っていた。
(後半は、もっとちゃんと周りを見ないと……)
奏音は小さく息を吐いた。頭の中で前半のプレーを振り返りながら、もう一度フィールドへ目を向ける。そんな奏音の様子を、茜はしばらく黙って見ていた。やがて何かを迷うように視線を伏せ、おそるおそる口を開いた。
「……ねえ、奏音ちゃん」
「んー?」
「狩屋くんって……ちょっと怖くない?」
「えっ?」
奏音がタオルから顔を出す。
「私ね、写真を撮るのが好きだから……人の表情とか、よく見るんだけど……狩屋くん、笑ってるのに……なんだか、目が笑ってない気がするの」
「……あ」
奏音は狩屋へ目を向けた。
「……うん。私も、ちょっとだけ思った」
「やっぱり?」
「でも……」
ふと、前半のプレーが頭に浮かぶ。
「サッカーしてるときは、すごくすごく楽しそうだったよ」
「……そうだね。だから余計に、気になるのかも」
茜も小さく頷いた。狩屋の笑顔には、どこか人を寄せつけないような雰囲気があった。普段の言葉や態度にも、そんな印象を感じることがある。
(……マサキくんって、本当はどんな子なんだろう)
もう一度タオルを頭からすっぽりとかぶる。それでも、前半の狩屋の姿は頭から離れなかった。何度振り切られても、狩屋はすぐに立ち上がっていた。その姿だけが、妙に印象に残っている。
(……あんなに頑張ってるのに)
奏音は、タオルの端をきゅっと握った。ふと反対側を見ると、霧野が悔しそうな表情で座っていた。
(霧野くんも……マサキくんも)
二人とも、それぞれの理由を抱えたまま、すれ違っている。
(どうして、こんなにうまくいかないんだろう……)
奏音は、二人から目を離せなかった。自分に何ができるのかは、まだ分からない。それでも、いつか二人が同じ方向を向いてサッカーができたらいい。そんな小さな願いが、胸の奥に残った。
「……難しいなぁ」
「何がだ?」
「えっ?」
不意に隣から声が飛んできて、奏音はびくっと肩を揺らした。顔を上げると、剣城が怪訝そうにこちらを見ている。
「ううん。なんでもない」
「……疲れてるだろ」
その声には、わずかな心配が滲んでいた。
「……うん。ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、じゃないだろ」
「えへへ……」
図星を突かれ、奏音は困ったように笑う。剣城は小さく息を吐いた。それ以上は何も言わず、自分のドリンクを手に取る。一口飲んでから、静かに言った。
「ちゃんと休んどけ。後半もあるんだからな」
「うん。ありがとう、京ちゃん」
奏音は、その言葉に少しだけ目を細めた。二人の会話が途切れたところで、円堂の声が響いた。
「後半、車田は信助と交代だ」
「俺ですか?」
車田が目を丸くする。
「竜巻を利用する月山国光からボールをカットするには、西園のジャンプ力が有効だからな」
鬼道が説明した。
「分かりました。頼むぞ、信助!」
「はい! 頑張ります!」
車田の言葉に、信助が力強く頷く。そのやり取りから伝わってくる二人の信頼に、奏音の頬も自然と緩んだ。
「それから、霧野」
「はい」
円堂が続けた言葉に、奏音の表情が止まった。
「後半、お前もベンチに下がれ」
「えっ!?」
霧野が顔を上げる。
「霧野はディフェンスの要です。それを下げるなんて――」
拓人も思わず口を挟んだ。奏音も兄と同じように驚き、円堂へ視線を向ける。それでも、円堂の意思は変わらない。
「いいな、霧野」
「……はい」
短い返事。霧野は俯き、拳を握った。納得していないことは、すぐに伝わってきた。
「では、監督。誰と交代を?」
拓人が尋ねる。すると円堂は、思いがけない言葉を口にした。
「後半は、この十人で戦う!」
「十人!?」
青山が思わず声を上げる。ベンチが一斉にざわめいた。奏音も目を丸くする。
「十人、ですか……」
隣にいた天馬も、驚いたように円堂を見る。人数を減らす。それによって、いったい何をするつもりなのだろう。疑問を抱えたまま、選手たちは後半へ向けて準備を始める。
「後半、頑張ってね!」
「ありがとう」
葵からドリンクを受け取った狩屋。その直後だった。
「――監督、狩屋は残すんですか?」
霧野の声が響いた。奏音が振り返ると、霧野は円堂へ詰め寄るように立っていた。
「そうだ」
「どうして!?」
「人のことはいい。前半のお前のプレーはかなりのムラがあった。結果として、それはチームの連携を乱す」
鬼道が静かに言う。
「乱しているのはあいつのほうです! あいつは……シードかもしれないんですよ!?」
霧野の声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。円堂はそんな霧野を見つめ、問いかけた。
「どうしてそう思う?」
「あいつは嘘をつくんです……嘘でチームの内部崩壊を狙っているんです……!」
「……頭を冷やせ」
円堂の言葉に、霧野は唇を噛んだ。
「……分かりました」
そう答えたものの、その声は悔しさを隠しきれていなかった。奏音は、そんな横顔を見つめる。霧野が狩屋を疑うのには、それだけの理由がある。狩屋が霧野にしたことだって、決して褒められたものではない。
ふと、奏音は狩屋へ目を向けた。何事もなかったかのようにドリンクを飲む姿は、いつもと変わらない。けれど、その穏やかな表情の奥には、何かを企んでいるような危うさも感じられた。
やっぱり、まだよく分からない。それでも、あのプレーを見ていれば分かることがひとつだけある。狩屋は、この試合を本気で勝とうとしている。
「霧野先輩」
天馬が口を開いた。
「俺、狩屋はシードじゃないと思います。あいつ、プレーで証明するって言ってました」
「……それなら証明してもらおうじゃないか」
霧野は、狩屋の姿をじっと見つめた。
「俺はここから見ているからな……少しでも怪しい素振りがあれば、許さない」
その言葉を最後に、後半開始のホイッスルが鳴り響いた。
巨大扇風機が再び唸りを上げる。フィールドを風が駆け抜け――三つの竜巻が、再びその姿を現した。巨大な風の柱がフィールドを横切り、視界を白く覆っていく。
月山国光は、待っていたかのように動き出した。竜巻を壁のように利用し、その向こう側で次々とパスを繋いでいく。選手の姿が見えたと思った瞬間には、もう風の向こうへ消えている。
「どこから来るの……?」
奏音は必死に目を凝らした。竜巻の位置。ボールの軌道。相手選手の気配。すべてを追いかけようとするほど、頭の中が混乱していく。
「ハンターズネット!」
狩屋が飛び出した。その瞬間、彼の指先から光が走る。巨大な網が出現し、月山国光の選手を絡め取った。
「なっ……!」
相手の動きが止まる。その隙を逃さず、狩屋がボールを奪い取った。天城へ、信助へ、そして再び――狩屋へ。ボールが目まぐるしく繋がっていく。
狩屋は何度も身体を崩されながら、それでもボールへ食らいついていた。まるで、絶対に諦めないとでも言うように。そのときだった。狩屋のすぐ隣を、一筋の竜巻が駆け抜ける。
「甲斐! 竜巻を使え!」
月山国光の監督の声が飛んだ。けれど狩屋は、口元をにやりと吊り上げた。
「竜巻の使い方、散々見せてもらったからな……」
その瞳に宿っていたのは、挑むような光。
「――こっちの番だぜ!」
狩屋がボールを蹴り上げる。ボールは高く舞い上がり――そのまま竜巻の中へ吸い込まれていった。
「後半戦の竜巻は――雷門十一人目の選手だ!」
「……!」
霧野の表情が変わった。ただ相手の戦術を真似しただけではない。相手が使っていたものを、自分たちの武器へと変えていた。
「天馬くん! 任せたぜ!」
「分かった!」
天馬が駆け出す。
「スパイラルドロー!」
竜巻が唸りを上げる。天馬はその風へ飛び込み、渦巻く気流を味方につけるようにして一気に加速していく。そのまま竜巻を操るようにフィールドを駆け抜け――。
「マッハウィンド!」
シュートが放たれた。
「巨神ギガンテス!」
月山国光のゴール前で、兵頭の巨大な化身が立ちはだかる。岩でできた巨人が両腕を広げ、迫り来るボールを受け止めようとした。
「もらったぁ!」
その瞬間、倉間が飛び込んだ。
「サイドワインダー!」
鋭く放たれたボールが、蛇のように軌道を変える。シュートチェインによって勢いを増した一撃が、巨神ギガンテスの意表を突いた。ボールがゴールへ突き刺さり、スタジアムに大歓声が沸き起こった。
ベンチではマネージャーたちが歓声を上げている。奏音も胸の奥から、熱いものが一気に込み上げてくる。同点だ。雷門に、再び大きな流れが戻ってきた。
その隣で、霧野だけは黙ってフィールドを見つめていた。その視線の先にいるのは――狩屋だった。
「マサキくん、ナイスプレー!」
同点に追いついた喜びのまま、奏音は天馬と一緒に狩屋のもとへ駆け寄った。
「ありがとうございます、奏音先輩」
狩屋は少し照れくさそうに笑った。
「狩屋! さっきのプレー、すごかったね!」
「そっちこそ。竜巻の使い方、うまくなってるぜ」
さっきまでの険しい表情が嘘のようだった。今の狩屋は、心からサッカーを楽しんでいるように見える。その笑顔につられて、奏音も自然と笑った。けれど、その直後だった。
「前半は霧野先輩がディフェンスのバランスを崩してた……」
狩屋の声が、ふいに冷たくなる。
「監督が下げて正解だったな。このチームに誰が必要で、誰が必要じゃないか――はっきりしたよな」
奏音の笑顔が止まった。あんなに無邪気な顔をしていたのに。今の言葉には、どこか人を突き放すような響きがあった。狩屋自身は、気にした様子もない。ただ当然のことを言っただけだとでもいうように、平然としている。
奏音の胸に、小さな違和感が残った。あの笑顔の奥に、まだ自分には見えていない何かがある。そんな気がしてならなかった。
「そうなのかな?」
天馬が答えた。
「誰かがいらないなんて、誰にも決められないよ」
狩屋が、ちらりと天馬を見る。
「いろんな奴が集まってるから、チームなんじゃないかな。なんだか……サッカーが寂しそうだよ」
狩屋の表情が固まる。奏音は、そんな彼を見つめた。寂しい。その言葉が、胸の奥に残った。そして――ほんの一瞬。狩屋の顔が、寂しそうに見えた。
「……私も」
「えっ?」
天馬が振り返る。
「ううん」
奏音は小さく首を振った。
「……もしかしたら、マサキくんもみんなとサッカーしたいのかもしれないね」
「…………は?」
狩屋が目を丸くする。
「だって、さっきからずっと一生懸命だもん! 勝ちたいんでしょ?」
「……そんなの当たり前ですよ」
狩屋は少しだけ顔を背けた。
「サッカーやるなら、勝ちたいに決まってます」
「うんうん」
奏音は嬉しそうに頷いた。
「みんなが勝利を目指してる。もちろん、霧野くんもそうだよ。だったら、きっと大丈夫!」
奏音は、それ以上は言わなかった。せっかく同じユニフォームを着て、同じフィールドに立っているのだから――みんなで一緒にサッカーができたらいい。奏音が願っているのは、それだけだった。
「――二人とも」
不意に声がして、奏音と天馬が振り返る。拓人が二人を見ていた。
「ポジションに戻れ」
「はい!」
二人は同時に返事をする。走り出した奏音たちの背中を、狩屋はしばらく目で追っていた。
(……なんなんだよ、あいつら)
変な奴らだと思う。なのに――なぜか、目が離せなかった。
(……寂しい)
ふと、天馬の言葉が脳裏をよぎる。
(何でサッカーが寂しがるんだよ……?)
そのとき、スタジアムを吹き抜けた風が、狩屋の髪を揺らした。
スコアボードに表示されているのは一対〇。
わずか一点。それでも、雷門にとっては重い一点だった。選手たちはそれぞれ悔しさを滲ませながら、フィールドを後にする。
誰もが俯き気味で、先ほどまでの激しい攻防が嘘のように静かな足取りだった。
その原因は、何もスコアだけではない。予測不能なタイミングで発生する竜巻。月山国光は、それをまるで自分たちの味方であるかのように巧みに利用していた。
視界を遮り、進路を塞ぎ、時には竜巻そのものを壁として使って攻撃を仕掛けてくる。雷門は、そのたびに翻弄されていた。
そんな中、奏音の胸に引っかかっているのは、それだけではなかった。ディフェンスラインに並ぶ霧野と狩屋。
二人の間には、どこか刺々しい空気が漂っている。霧野がパスを求めるのに、狩屋は一度も応えようとしないことからも、その溝は明らかだった。奏音はその様子を気にしながらも、今は目の前の試合に集中した。
「奏音ちゃん。お疲れ様」
ベンチへ戻ってきた奏音に、茜がタオルを差し出した。
「ありがとう、茜ちゃん」
受け取ったタオルを首元にかけ、奏音は自分の席へ腰を下ろす。
「はぁ~~~~っ……!」
その瞬間、張り詰めていた糸がぷつりと切れたようだった。全身から一気に力が抜ける。奏音はそのままタオルを頭からすっぽりとかぶった。
「ふふ。かなり走ってたよね」
「うん……自分でも、びっくりするくらい走った気がする……」
微笑む茜に、奏音はタオルに包まれたまま力なく答えた。タオルの隙間からそっと目を向けると、向こうでは月山国光の選手たちが落ち着いた様子で後半に備えている。
(竜巻を、あんなふうに使えるなんて……)
悔しい。前へ出ようとするたび、風に足を取られる。視界を奪われ、気づけば相手の姿すら見失っていた。
(後半は、もっとちゃんと周りを見ないと……)
奏音は小さく息を吐いた。頭の中で前半のプレーを振り返りながら、もう一度フィールドへ目を向ける。そんな奏音の様子を、茜はしばらく黙って見ていた。やがて何かを迷うように視線を伏せ、おそるおそる口を開いた。
「……ねえ、奏音ちゃん」
「んー?」
「狩屋くんって……ちょっと怖くない?」
「えっ?」
奏音がタオルから顔を出す。
「私ね、写真を撮るのが好きだから……人の表情とか、よく見るんだけど……狩屋くん、笑ってるのに……なんだか、目が笑ってない気がするの」
「……あ」
奏音は狩屋へ目を向けた。
「……うん。私も、ちょっとだけ思った」
「やっぱり?」
「でも……」
ふと、前半のプレーが頭に浮かぶ。
「サッカーしてるときは、すごくすごく楽しそうだったよ」
「……そうだね。だから余計に、気になるのかも」
茜も小さく頷いた。狩屋の笑顔には、どこか人を寄せつけないような雰囲気があった。普段の言葉や態度にも、そんな印象を感じることがある。
(……マサキくんって、本当はどんな子なんだろう)
もう一度タオルを頭からすっぽりとかぶる。それでも、前半の狩屋の姿は頭から離れなかった。何度振り切られても、狩屋はすぐに立ち上がっていた。その姿だけが、妙に印象に残っている。
(……あんなに頑張ってるのに)
奏音は、タオルの端をきゅっと握った。ふと反対側を見ると、霧野が悔しそうな表情で座っていた。
(霧野くんも……マサキくんも)
二人とも、それぞれの理由を抱えたまま、すれ違っている。
(どうして、こんなにうまくいかないんだろう……)
奏音は、二人から目を離せなかった。自分に何ができるのかは、まだ分からない。それでも、いつか二人が同じ方向を向いてサッカーができたらいい。そんな小さな願いが、胸の奥に残った。
「……難しいなぁ」
「何がだ?」
「えっ?」
不意に隣から声が飛んできて、奏音はびくっと肩を揺らした。顔を上げると、剣城が怪訝そうにこちらを見ている。
「ううん。なんでもない」
「……疲れてるだろ」
その声には、わずかな心配が滲んでいた。
「……うん。ちょっとだけ」
「ちょっとだけ、じゃないだろ」
「えへへ……」
図星を突かれ、奏音は困ったように笑う。剣城は小さく息を吐いた。それ以上は何も言わず、自分のドリンクを手に取る。一口飲んでから、静かに言った。
「ちゃんと休んどけ。後半もあるんだからな」
「うん。ありがとう、京ちゃん」
奏音は、その言葉に少しだけ目を細めた。二人の会話が途切れたところで、円堂の声が響いた。
「後半、車田は信助と交代だ」
「俺ですか?」
車田が目を丸くする。
「竜巻を利用する月山国光からボールをカットするには、西園のジャンプ力が有効だからな」
鬼道が説明した。
「分かりました。頼むぞ、信助!」
「はい! 頑張ります!」
車田の言葉に、信助が力強く頷く。そのやり取りから伝わってくる二人の信頼に、奏音の頬も自然と緩んだ。
「それから、霧野」
「はい」
円堂が続けた言葉に、奏音の表情が止まった。
「後半、お前もベンチに下がれ」
「えっ!?」
霧野が顔を上げる。
「霧野はディフェンスの要です。それを下げるなんて――」
拓人も思わず口を挟んだ。奏音も兄と同じように驚き、円堂へ視線を向ける。それでも、円堂の意思は変わらない。
「いいな、霧野」
「……はい」
短い返事。霧野は俯き、拳を握った。納得していないことは、すぐに伝わってきた。
「では、監督。誰と交代を?」
拓人が尋ねる。すると円堂は、思いがけない言葉を口にした。
「後半は、この十人で戦う!」
「十人!?」
青山が思わず声を上げる。ベンチが一斉にざわめいた。奏音も目を丸くする。
「十人、ですか……」
隣にいた天馬も、驚いたように円堂を見る。人数を減らす。それによって、いったい何をするつもりなのだろう。疑問を抱えたまま、選手たちは後半へ向けて準備を始める。
「後半、頑張ってね!」
「ありがとう」
葵からドリンクを受け取った狩屋。その直後だった。
「――監督、狩屋は残すんですか?」
霧野の声が響いた。奏音が振り返ると、霧野は円堂へ詰め寄るように立っていた。
「そうだ」
「どうして!?」
「人のことはいい。前半のお前のプレーはかなりのムラがあった。結果として、それはチームの連携を乱す」
鬼道が静かに言う。
「乱しているのはあいつのほうです! あいつは……シードかもしれないんですよ!?」
霧野の声には、抑えきれない苛立ちが滲んでいた。円堂はそんな霧野を見つめ、問いかけた。
「どうしてそう思う?」
「あいつは嘘をつくんです……嘘でチームの内部崩壊を狙っているんです……!」
「……頭を冷やせ」
円堂の言葉に、霧野は唇を噛んだ。
「……分かりました」
そう答えたものの、その声は悔しさを隠しきれていなかった。奏音は、そんな横顔を見つめる。霧野が狩屋を疑うのには、それだけの理由がある。狩屋が霧野にしたことだって、決して褒められたものではない。
ふと、奏音は狩屋へ目を向けた。何事もなかったかのようにドリンクを飲む姿は、いつもと変わらない。けれど、その穏やかな表情の奥には、何かを企んでいるような危うさも感じられた。
やっぱり、まだよく分からない。それでも、あのプレーを見ていれば分かることがひとつだけある。狩屋は、この試合を本気で勝とうとしている。
「霧野先輩」
天馬が口を開いた。
「俺、狩屋はシードじゃないと思います。あいつ、プレーで証明するって言ってました」
「……それなら証明してもらおうじゃないか」
霧野は、狩屋の姿をじっと見つめた。
「俺はここから見ているからな……少しでも怪しい素振りがあれば、許さない」
その言葉を最後に、後半開始のホイッスルが鳴り響いた。
巨大扇風機が再び唸りを上げる。フィールドを風が駆け抜け――三つの竜巻が、再びその姿を現した。巨大な風の柱がフィールドを横切り、視界を白く覆っていく。
月山国光は、待っていたかのように動き出した。竜巻を壁のように利用し、その向こう側で次々とパスを繋いでいく。選手の姿が見えたと思った瞬間には、もう風の向こうへ消えている。
「どこから来るの……?」
奏音は必死に目を凝らした。竜巻の位置。ボールの軌道。相手選手の気配。すべてを追いかけようとするほど、頭の中が混乱していく。
「ハンターズネット!」
狩屋が飛び出した。その瞬間、彼の指先から光が走る。巨大な網が出現し、月山国光の選手を絡め取った。
「なっ……!」
相手の動きが止まる。その隙を逃さず、狩屋がボールを奪い取った。天城へ、信助へ、そして再び――狩屋へ。ボールが目まぐるしく繋がっていく。
狩屋は何度も身体を崩されながら、それでもボールへ食らいついていた。まるで、絶対に諦めないとでも言うように。そのときだった。狩屋のすぐ隣を、一筋の竜巻が駆け抜ける。
「甲斐! 竜巻を使え!」
月山国光の監督の声が飛んだ。けれど狩屋は、口元をにやりと吊り上げた。
「竜巻の使い方、散々見せてもらったからな……」
その瞳に宿っていたのは、挑むような光。
「――こっちの番だぜ!」
狩屋がボールを蹴り上げる。ボールは高く舞い上がり――そのまま竜巻の中へ吸い込まれていった。
「後半戦の竜巻は――雷門十一人目の選手だ!」
「……!」
霧野の表情が変わった。ただ相手の戦術を真似しただけではない。相手が使っていたものを、自分たちの武器へと変えていた。
「天馬くん! 任せたぜ!」
「分かった!」
天馬が駆け出す。
「スパイラルドロー!」
竜巻が唸りを上げる。天馬はその風へ飛び込み、渦巻く気流を味方につけるようにして一気に加速していく。そのまま竜巻を操るようにフィールドを駆け抜け――。
「マッハウィンド!」
シュートが放たれた。
「巨神ギガンテス!」
月山国光のゴール前で、兵頭の巨大な化身が立ちはだかる。岩でできた巨人が両腕を広げ、迫り来るボールを受け止めようとした。
「もらったぁ!」
その瞬間、倉間が飛び込んだ。
「サイドワインダー!」
鋭く放たれたボールが、蛇のように軌道を変える。シュートチェインによって勢いを増した一撃が、巨神ギガンテスの意表を突いた。ボールがゴールへ突き刺さり、スタジアムに大歓声が沸き起こった。
ベンチではマネージャーたちが歓声を上げている。奏音も胸の奥から、熱いものが一気に込み上げてくる。同点だ。雷門に、再び大きな流れが戻ってきた。
その隣で、霧野だけは黙ってフィールドを見つめていた。その視線の先にいるのは――狩屋だった。
「マサキくん、ナイスプレー!」
同点に追いついた喜びのまま、奏音は天馬と一緒に狩屋のもとへ駆け寄った。
「ありがとうございます、奏音先輩」
狩屋は少し照れくさそうに笑った。
「狩屋! さっきのプレー、すごかったね!」
「そっちこそ。竜巻の使い方、うまくなってるぜ」
さっきまでの険しい表情が嘘のようだった。今の狩屋は、心からサッカーを楽しんでいるように見える。その笑顔につられて、奏音も自然と笑った。けれど、その直後だった。
「前半は霧野先輩がディフェンスのバランスを崩してた……」
狩屋の声が、ふいに冷たくなる。
「監督が下げて正解だったな。このチームに誰が必要で、誰が必要じゃないか――はっきりしたよな」
奏音の笑顔が止まった。あんなに無邪気な顔をしていたのに。今の言葉には、どこか人を突き放すような響きがあった。狩屋自身は、気にした様子もない。ただ当然のことを言っただけだとでもいうように、平然としている。
奏音の胸に、小さな違和感が残った。あの笑顔の奥に、まだ自分には見えていない何かがある。そんな気がしてならなかった。
「そうなのかな?」
天馬が答えた。
「誰かがいらないなんて、誰にも決められないよ」
狩屋が、ちらりと天馬を見る。
「いろんな奴が集まってるから、チームなんじゃないかな。なんだか……サッカーが寂しそうだよ」
狩屋の表情が固まる。奏音は、そんな彼を見つめた。寂しい。その言葉が、胸の奥に残った。そして――ほんの一瞬。狩屋の顔が、寂しそうに見えた。
「……私も」
「えっ?」
天馬が振り返る。
「ううん」
奏音は小さく首を振った。
「……もしかしたら、マサキくんもみんなとサッカーしたいのかもしれないね」
「…………は?」
狩屋が目を丸くする。
「だって、さっきからずっと一生懸命だもん! 勝ちたいんでしょ?」
「……そんなの当たり前ですよ」
狩屋は少しだけ顔を背けた。
「サッカーやるなら、勝ちたいに決まってます」
「うんうん」
奏音は嬉しそうに頷いた。
「みんなが勝利を目指してる。もちろん、霧野くんもそうだよ。だったら、きっと大丈夫!」
奏音は、それ以上は言わなかった。せっかく同じユニフォームを着て、同じフィールドに立っているのだから――みんなで一緒にサッカーができたらいい。奏音が願っているのは、それだけだった。
「――二人とも」
不意に声がして、奏音と天馬が振り返る。拓人が二人を見ていた。
「ポジションに戻れ」
「はい!」
二人は同時に返事をする。走り出した奏音たちの背中を、狩屋はしばらく目で追っていた。
(……なんなんだよ、あいつら)
変な奴らだと思う。なのに――なぜか、目が離せなかった。
(……寂しい)
ふと、天馬の言葉が脳裏をよぎる。
(何でサッカーが寂しがるんだよ……?)
そのとき、スタジアムを吹き抜けた風が、狩屋の髪を揺らした。