金色へのプレリュード(GO22話)
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ホーリーロード全国大会の開会式は、夜に行われる。ライトアップされたアマノミカドスタジアムは、昼間とはまるで別世界だった。無数の照明が夜空を彩り、スタジアム中央には巨大なホログラムが浮かび上がる。光と音が一体となった、圧倒的なスケールの演出だった。
「中学サッカーの頂点を決めるホーリーロードもいよいよ全国大会開幕! この大会は、フィフスセクターの次期聖帝の決定にも深く関わっています! 聖帝の座に就くのは、現聖帝のイシドシュウジ氏か! それとも響木正剛氏か!」
角馬王将の力強い声が、スタジアムいっぱいに響き渡る。その声に合わせ、夜空に二人の人物が大きく映し出された。現聖帝、イシドシュウジ。そして、響木正剛。奏音は顔を上げ、二人の姿をじっと見つめた。
淡いクリーム色の髪をなびかせたイシドは、鋭い目つきの端正な青年だった。赤いスーツに白いシャツ、長いグレーのストール。その表情には一切の動揺がなく、華やかな会場の熱気にも涼しい顔を崩さない。
一方の響木は、白い髭を蓄えた年長者。どっしりとした佇まいには、積み重ねてきた年月を思わせる重みがあった。若さと貫禄。二人は、まるで正反対の雰囲気をまとっていた。
(……私たちが勝ち続ければ、響木さんが新しい聖帝になる)
そのためにも、この大会で負けるわけにはいかない。全国の強豪を相手に、一戦一戦を乗り越えていく。それが、自分たちに託された戦いだ。
「さあ! 予選を勝ち抜いた強者達が! ここアマノミカドスタジアムに続々と集まって来ました! 実況は私、角馬王将でお送りします!」
角馬の声に導かれるように、会場が大きく沸いた。雷門イレブンをはじめ、全国大会への出場を決めた各校の選手たちが、次々と所定の位置へ整列していく。
「すごい……!」
天馬が、目の前に広がる光景に圧倒されたように呟いた。どこを見ても隙のない演出は、まるで巨大なショーを見ているようだった。
「フィフスセクターの力を見せ付けられてる感じです……」
速水が不安そうに声を漏らす。奏音も小さく頷いた。フィフスセクターを称えるコールが、絶え間なく響いている。観客の歓声と音楽が重なり、光の演出までが一つになって、会場全体を熱狂へと巻き込んでいた。
音楽に親しんできた奏音には、その演出の完成度がよく分かる。音も、光も、人の声も、どれ一つとして無駄がない。まるで、最初から決められた楽譜を、みんなで一斉に演奏しているみたい。そんな感覚だった。
「全国の戦いを勝ち抜いて来た選手諸君、ここにホーリーロード本戦の開幕を宣言する」
そのとき。熱気に包まれた会場に、よく通る声が届いた。巨大なホログラムに、イシドの姿が映し出される。
「ホーリーロードこそサッカーの頂点。これからが本当の戦いだ。選手諸君の活躍を期待する!」
現聖帝、イシドシュウジによる開会宣言。その声には迷いがなく、大勢の人間を前にしても落ち着き払っていた。
やがて言葉が終わると、会場中から一斉に歓声が上がる。だが、その中心にいるイシドの表情はほとんど変わらない。奏音は、しばらくイシドの姿から目を離せなかった。
(……この人、本当は何を考えてるんだろう)
もちろん、今の奏音にその答えを知る術はない。それなのに――なぜか、その人の本当の姿だけが少し遠くにあるように感じた。奏音は小さく息を吐くと、その疑問を胸の奥へしまい込み、前を向いた。
今、目の前にあるのは、フィフスセクターという巨大な存在。その頂点に立つ聖帝を決めるという、もう一つの意味も背負った大会だ。何が待ち受けているのかは、まだ分からない。
(私たちは、私たちのサッカーをするんだ!)
それは、誰かに決められたものではない。自分たちで選び、自分たちで奏でるサッカー。夜のアマノミカドスタジアムに、ホーリーロード全国大会の幕が上がった。
***
試合当日。雷門中サッカー部を乗せたイナズマキャラバンは、ホーリーロードの試合会場へ向かっていた。車内では、あちこちで部員たちの話し声が弾んでいる。
対戦相手について語る者、今日の試合展開を予想する者、窓の外を眺めながら静かに気持ちを整える者。
それぞれが思い思いに過ごす中、奏音は膝の上に広げた大会パンフレットへ視線を落としていた。ページをめくれば、今日対戦する学校の情報が並んでいる。ここから先は、全国から集まった強豪たちとの戦いだ。
(いよいよ、始まるんだ……)
期待と緊張が入り混じる胸の奥で、鼓動が少しだけ速くなる。奏音はパンフレットをそっと閉じた。窓の外を流れていく景色を眺めながら、一度だけゆっくりと息を吐いた。
キャラバンを降りた一同は、そのまま駅構内へ向かう。ホーリーロードの試合会場へ向かうため、雷門イレブンが集まったホームには、一際目を引く黄金色の車体が停まっていた。磁力で車体を浮かせて走る、最新鋭のリニアモーターカーだ。
「このホーリーライナーで試合会場に向かいます」
春奈の説明に、一同の視線がホーリーライナーへ集まる。
「「すごいっ!」」
天馬と信助が思わず歓声を上げる。その隣では奏音も目を丸くし、思わず一歩前へ身を乗り出していた。
「えっ、これリニアなの!? すごい!」
「神童妹先輩、知ってるんですか?」
信助が意外そうに尋ねる。
「うん。昔、乗ったことあるんだ。浮いて走るから、ちょっと不思議な感じがするんだよね! テンション上がる~! フィフスセクターって太鼓っ腹だね!」
「……太っ腹だ」
すぐ隣から、剣城が淡々と訂正した。奏音はぴたりと動きを止めると、ぱっと振り返った。
「あっ、そうそう! 太っ腹!」
何事もなかったように笑顔で言い直し、再びはしゃぎ始める。その様子に剣城は小さくため息をついた。だが、その表情はどこか柔らかかった。
「これに乗って試合会場へ行くのか」
「行き先は分かりませんけどね」
車田が列車を見上げながら感嘆し、速水が冷静に付け加えた。
「そうだったド!」
「ちゅーか、ドキドキだなぁ」
天城が慌てて声を上げると、浜野は困ったように笑った。
「どんなフィールドで戦うことになるか……」
「まさにルーレットという訳か」
円堂がぽつりと呟く。その隣で腕を組んでいた鬼道が、わずかに口元を緩めた。円堂を支えるコーチとして雷門に加わった彼もまた、この大会の特殊なシステムに思うところがあるのだろう。
やがてホーリーライナーの扉が開く。春奈に促され、雷門イレブンは次々と車内へ足を踏み入れた。車内は外観に負けないほど豪華だった。柔らかな照明が照らす車内には、高級感のある座席が整然と並んでいる。
「わくわくするね!」
「うん!」
信助の弾んだ声に、天馬も嬉しそうに頷いた。期待に胸を躍らせながら、それぞれ席へ向かおうとした、その時だった。反対側の乗車口から、もう一つのチームが車内へ入ってくる。
月山国光――次の対戦相手もまた、このホーリーライナーに乗り込んできたのだ。車内中央の大きなガラスを隔て、雷門と月山国光は向かい合って座ることになった。何気なく月山国光の選手たちを見ていた拓人の表情が、不意に凍りつく。
「……南沢さん?」
「えっ?」
その名に三国が勢いよく振り返った。
「どうしてお前が、月山国光に……!?」
雷門の三年生たちにも動揺が走る。奏音は、ガラスの向こうに立つ少年へ目を向けた。紫がかった髪を左へ流した、端正な顔立ち。その姿は遠目からでも目を引く。
そこにいたのは、かつて雷門のユニフォームをまとい、仲間として共に戦った南沢篤志だった。
「南沢さんって元雷門サッカー部の……」
「ああ……」
奏音の呟きに、拓人が小さく頷く。視線を三国たちへ戻せば、彼らの表情は見る見るうちに強張っていた。その変化を目にした瞬間、奏音の胸にもざわめきが広がる。
(……あんな顔するくらい、大切な仲間だったんだ)
南沢が雷門を離れたのは、奏音が雷門へ来るより前のことだった。彼が雷門サッカー部をどんな理由で退部したのか、奏音は知らない。そんな雷門の動揺を見透かしたかのように、南沢はゆっくりと口元を歪めた。
先ほどまで賑やかだった車内は静まり返り、二つのチームの間には張り詰めた空気だけが残った。ホーリーライナーは滑るように走り、やがて決戦の地へ到着した。
扉が開き、雷門と月山国光の選手たちがホームへ降り立つ。円堂と月山国光の監督が形式的な挨拶を交わす中、拓人が一歩前へ踏み出した。
「南沢さん……雷門と戦うと知っていて、月山国光に入ったんですか?」
問いかけに、南沢は鼻で笑う。
「お前たちに現実ってものを教えてやろうと思ってな」
冷ややかな声が、ホームの空気を凍らせる。三国の肩がぴくりと震えた。
「お前……!」
「何考えてんだ!」
「訳分かんないド!」
車田も天城も、南沢の言葉に強く反発する。そんな三年生たちを前に、奏音はぎゅっと拳を握った。怒っている。でも、それ以上に――悲しそうだった。
ずっと一緒に戦ってきた仲間だからこそ、そこにある苦しさが奏音にも伝わってくる。けれど南沢は、そんな二人を前にしても冷めた表情を崩さなかった。淡々とした口調で、言葉を重ねていく。
「大きな流れに逆らって押し潰される……雷門も哀れなもんだ」
「貴様っ!」
「許さないド!」
車田と天城が怒りを込めて叫んだ。その瞬間――。
「やめぇい!」
腹の底まで響くような一喝が、その場を制した。月山国光の選手たちの前から、一人の大柄な男がゆっくりと歩み出る。
「何だ、お前は」
車田が男を鋭く睨みつける。男は動じることなく名乗った。
「兵頭司。月山国光のキャプテンを務めている」
堂々とした口調のまま、兵頭は南沢へ視線を向ける。
「南沢は素晴らしいサッカーセンスを持っている。その才能は月山国光……そしてフィフスセクターのサッカーを、さらに実りあるものとするだろう」
その口調には、疑う余地などないという確信が滲んでいた。月山国光がフィフスセクターを絶対の正義と信じていることは、それだけで十分に伝わってくる。拓人は兵頭を真っ直ぐ見据えた。
「それは……俺たちのサッカーとは違うということか!」
「どっちが正しいかは、明らかだがな」
南沢が静かに言い放つ。兵頭は満足そうに口角を吊り上げると、南沢の肩へぽんと手を置いた。
「行くぞ」
「……お互い、ベストを尽くそうぜ」
南沢たちはそれだけ告げると、背を向けて歩き出した。その真意を測りかねるまま、雷門の選手たちは遠ざかる背中を見送った。しばらく誰も口を開かない。やがて天馬がおずおずと口を開いた。
「三国先輩たち……大丈夫でしょうか」
拓人は三年生たちへ視線を向け、小さく息をつく。
「……南沢さんとは、ずっと一緒だったからな」
拓人の言葉に、奏音は小さく頷いた。三年生たちの胸にある思いを、自分がすべて理解できるわけではない。それでも、その背中がいつもより少しだけ遠く感じられた。
「それにしても……雷門と戦うために転校までしてくるなんて……すごい行動力だね」
奏音がぽつりと漏らすと、その言葉を聞いた倉間が苦笑混じりに口を開く。
「いや、お前も人のこと言えないだろ」
「えっ?」
「兄貴を助けるために海外から転校してきたじゃねぇか」
「あはは……言われてみれば、そうだった!」
照れくさそうに笑う奏音につられ、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らぐ。だが、倉間はすぐに真剣な表情へ戻った。
「ふん。南沢さんのプレースタイルなら分かってる。むしろやりやすいさ」
「でも……」
なおも不安を隠せない天馬へ、円堂が力強く声を響かせた。
「ベストを尽くせ!」
その一声が、沈んでいた空気を大きく揺らした。
「円堂監督……」
天馬が顔を上げる。円堂は全員を見渡しながら、熱のこもった声で言った。
「そして南沢にも分かってもらうんだ! 俺たちのサッカーを!」
その言葉に、仲間たちの瞳へ再び闘志が宿る。
「「はい!!」」
力強い返事が響く。その決意に応えるように、円堂はいつもの笑顔を浮かべた。
「よーっし! 行くぞ!」
「「お――っ!!」」
仲間たちの声がホームに響き渡る。雷門イレブンはそれぞれの想いを胸に、決戦の舞台へと力強く歩き出した。
「中学サッカーの頂点を決めるホーリーロードもいよいよ全国大会開幕! この大会は、フィフスセクターの次期聖帝の決定にも深く関わっています! 聖帝の座に就くのは、現聖帝のイシドシュウジ氏か! それとも響木正剛氏か!」
角馬王将の力強い声が、スタジアムいっぱいに響き渡る。その声に合わせ、夜空に二人の人物が大きく映し出された。現聖帝、イシドシュウジ。そして、響木正剛。奏音は顔を上げ、二人の姿をじっと見つめた。
淡いクリーム色の髪をなびかせたイシドは、鋭い目つきの端正な青年だった。赤いスーツに白いシャツ、長いグレーのストール。その表情には一切の動揺がなく、華やかな会場の熱気にも涼しい顔を崩さない。
一方の響木は、白い髭を蓄えた年長者。どっしりとした佇まいには、積み重ねてきた年月を思わせる重みがあった。若さと貫禄。二人は、まるで正反対の雰囲気をまとっていた。
(……私たちが勝ち続ければ、響木さんが新しい聖帝になる)
そのためにも、この大会で負けるわけにはいかない。全国の強豪を相手に、一戦一戦を乗り越えていく。それが、自分たちに託された戦いだ。
「さあ! 予選を勝ち抜いた強者達が! ここアマノミカドスタジアムに続々と集まって来ました! 実況は私、角馬王将でお送りします!」
角馬の声に導かれるように、会場が大きく沸いた。雷門イレブンをはじめ、全国大会への出場を決めた各校の選手たちが、次々と所定の位置へ整列していく。
「すごい……!」
天馬が、目の前に広がる光景に圧倒されたように呟いた。どこを見ても隙のない演出は、まるで巨大なショーを見ているようだった。
「フィフスセクターの力を見せ付けられてる感じです……」
速水が不安そうに声を漏らす。奏音も小さく頷いた。フィフスセクターを称えるコールが、絶え間なく響いている。観客の歓声と音楽が重なり、光の演出までが一つになって、会場全体を熱狂へと巻き込んでいた。
音楽に親しんできた奏音には、その演出の完成度がよく分かる。音も、光も、人の声も、どれ一つとして無駄がない。まるで、最初から決められた楽譜を、みんなで一斉に演奏しているみたい。そんな感覚だった。
「全国の戦いを勝ち抜いて来た選手諸君、ここにホーリーロード本戦の開幕を宣言する」
そのとき。熱気に包まれた会場に、よく通る声が届いた。巨大なホログラムに、イシドの姿が映し出される。
「ホーリーロードこそサッカーの頂点。これからが本当の戦いだ。選手諸君の活躍を期待する!」
現聖帝、イシドシュウジによる開会宣言。その声には迷いがなく、大勢の人間を前にしても落ち着き払っていた。
やがて言葉が終わると、会場中から一斉に歓声が上がる。だが、その中心にいるイシドの表情はほとんど変わらない。奏音は、しばらくイシドの姿から目を離せなかった。
(……この人、本当は何を考えてるんだろう)
もちろん、今の奏音にその答えを知る術はない。それなのに――なぜか、その人の本当の姿だけが少し遠くにあるように感じた。奏音は小さく息を吐くと、その疑問を胸の奥へしまい込み、前を向いた。
今、目の前にあるのは、フィフスセクターという巨大な存在。その頂点に立つ聖帝を決めるという、もう一つの意味も背負った大会だ。何が待ち受けているのかは、まだ分からない。
(私たちは、私たちのサッカーをするんだ!)
それは、誰かに決められたものではない。自分たちで選び、自分たちで奏でるサッカー。夜のアマノミカドスタジアムに、ホーリーロード全国大会の幕が上がった。
***
試合当日。雷門中サッカー部を乗せたイナズマキャラバンは、ホーリーロードの試合会場へ向かっていた。車内では、あちこちで部員たちの話し声が弾んでいる。
対戦相手について語る者、今日の試合展開を予想する者、窓の外を眺めながら静かに気持ちを整える者。
それぞれが思い思いに過ごす中、奏音は膝の上に広げた大会パンフレットへ視線を落としていた。ページをめくれば、今日対戦する学校の情報が並んでいる。ここから先は、全国から集まった強豪たちとの戦いだ。
(いよいよ、始まるんだ……)
期待と緊張が入り混じる胸の奥で、鼓動が少しだけ速くなる。奏音はパンフレットをそっと閉じた。窓の外を流れていく景色を眺めながら、一度だけゆっくりと息を吐いた。
キャラバンを降りた一同は、そのまま駅構内へ向かう。ホーリーロードの試合会場へ向かうため、雷門イレブンが集まったホームには、一際目を引く黄金色の車体が停まっていた。磁力で車体を浮かせて走る、最新鋭のリニアモーターカーだ。
「このホーリーライナーで試合会場に向かいます」
春奈の説明に、一同の視線がホーリーライナーへ集まる。
「「すごいっ!」」
天馬と信助が思わず歓声を上げる。その隣では奏音も目を丸くし、思わず一歩前へ身を乗り出していた。
「えっ、これリニアなの!? すごい!」
「神童妹先輩、知ってるんですか?」
信助が意外そうに尋ねる。
「うん。昔、乗ったことあるんだ。浮いて走るから、ちょっと不思議な感じがするんだよね! テンション上がる~! フィフスセクターって太鼓っ腹だね!」
「……太っ腹だ」
すぐ隣から、剣城が淡々と訂正した。奏音はぴたりと動きを止めると、ぱっと振り返った。
「あっ、そうそう! 太っ腹!」
何事もなかったように笑顔で言い直し、再びはしゃぎ始める。その様子に剣城は小さくため息をついた。だが、その表情はどこか柔らかかった。
「これに乗って試合会場へ行くのか」
「行き先は分かりませんけどね」
車田が列車を見上げながら感嘆し、速水が冷静に付け加えた。
「そうだったド!」
「ちゅーか、ドキドキだなぁ」
天城が慌てて声を上げると、浜野は困ったように笑った。
「どんなフィールドで戦うことになるか……」
「まさにルーレットという訳か」
円堂がぽつりと呟く。その隣で腕を組んでいた鬼道が、わずかに口元を緩めた。円堂を支えるコーチとして雷門に加わった彼もまた、この大会の特殊なシステムに思うところがあるのだろう。
やがてホーリーライナーの扉が開く。春奈に促され、雷門イレブンは次々と車内へ足を踏み入れた。車内は外観に負けないほど豪華だった。柔らかな照明が照らす車内には、高級感のある座席が整然と並んでいる。
「わくわくするね!」
「うん!」
信助の弾んだ声に、天馬も嬉しそうに頷いた。期待に胸を躍らせながら、それぞれ席へ向かおうとした、その時だった。反対側の乗車口から、もう一つのチームが車内へ入ってくる。
月山国光――次の対戦相手もまた、このホーリーライナーに乗り込んできたのだ。車内中央の大きなガラスを隔て、雷門と月山国光は向かい合って座ることになった。何気なく月山国光の選手たちを見ていた拓人の表情が、不意に凍りつく。
「……南沢さん?」
「えっ?」
その名に三国が勢いよく振り返った。
「どうしてお前が、月山国光に……!?」
雷門の三年生たちにも動揺が走る。奏音は、ガラスの向こうに立つ少年へ目を向けた。紫がかった髪を左へ流した、端正な顔立ち。その姿は遠目からでも目を引く。
そこにいたのは、かつて雷門のユニフォームをまとい、仲間として共に戦った南沢篤志だった。
「南沢さんって元雷門サッカー部の……」
「ああ……」
奏音の呟きに、拓人が小さく頷く。視線を三国たちへ戻せば、彼らの表情は見る見るうちに強張っていた。その変化を目にした瞬間、奏音の胸にもざわめきが広がる。
(……あんな顔するくらい、大切な仲間だったんだ)
南沢が雷門を離れたのは、奏音が雷門へ来るより前のことだった。彼が雷門サッカー部をどんな理由で退部したのか、奏音は知らない。そんな雷門の動揺を見透かしたかのように、南沢はゆっくりと口元を歪めた。
先ほどまで賑やかだった車内は静まり返り、二つのチームの間には張り詰めた空気だけが残った。ホーリーライナーは滑るように走り、やがて決戦の地へ到着した。
扉が開き、雷門と月山国光の選手たちがホームへ降り立つ。円堂と月山国光の監督が形式的な挨拶を交わす中、拓人が一歩前へ踏み出した。
「南沢さん……雷門と戦うと知っていて、月山国光に入ったんですか?」
問いかけに、南沢は鼻で笑う。
「お前たちに現実ってものを教えてやろうと思ってな」
冷ややかな声が、ホームの空気を凍らせる。三国の肩がぴくりと震えた。
「お前……!」
「何考えてんだ!」
「訳分かんないド!」
車田も天城も、南沢の言葉に強く反発する。そんな三年生たちを前に、奏音はぎゅっと拳を握った。怒っている。でも、それ以上に――悲しそうだった。
ずっと一緒に戦ってきた仲間だからこそ、そこにある苦しさが奏音にも伝わってくる。けれど南沢は、そんな二人を前にしても冷めた表情を崩さなかった。淡々とした口調で、言葉を重ねていく。
「大きな流れに逆らって押し潰される……雷門も哀れなもんだ」
「貴様っ!」
「許さないド!」
車田と天城が怒りを込めて叫んだ。その瞬間――。
「やめぇい!」
腹の底まで響くような一喝が、その場を制した。月山国光の選手たちの前から、一人の大柄な男がゆっくりと歩み出る。
「何だ、お前は」
車田が男を鋭く睨みつける。男は動じることなく名乗った。
「兵頭司。月山国光のキャプテンを務めている」
堂々とした口調のまま、兵頭は南沢へ視線を向ける。
「南沢は素晴らしいサッカーセンスを持っている。その才能は月山国光……そしてフィフスセクターのサッカーを、さらに実りあるものとするだろう」
その口調には、疑う余地などないという確信が滲んでいた。月山国光がフィフスセクターを絶対の正義と信じていることは、それだけで十分に伝わってくる。拓人は兵頭を真っ直ぐ見据えた。
「それは……俺たちのサッカーとは違うということか!」
「どっちが正しいかは、明らかだがな」
南沢が静かに言い放つ。兵頭は満足そうに口角を吊り上げると、南沢の肩へぽんと手を置いた。
「行くぞ」
「……お互い、ベストを尽くそうぜ」
南沢たちはそれだけ告げると、背を向けて歩き出した。その真意を測りかねるまま、雷門の選手たちは遠ざかる背中を見送った。しばらく誰も口を開かない。やがて天馬がおずおずと口を開いた。
「三国先輩たち……大丈夫でしょうか」
拓人は三年生たちへ視線を向け、小さく息をつく。
「……南沢さんとは、ずっと一緒だったからな」
拓人の言葉に、奏音は小さく頷いた。三年生たちの胸にある思いを、自分がすべて理解できるわけではない。それでも、その背中がいつもより少しだけ遠く感じられた。
「それにしても……雷門と戦うために転校までしてくるなんて……すごい行動力だね」
奏音がぽつりと漏らすと、その言葉を聞いた倉間が苦笑混じりに口を開く。
「いや、お前も人のこと言えないだろ」
「えっ?」
「兄貴を助けるために海外から転校してきたじゃねぇか」
「あはは……言われてみれば、そうだった!」
照れくさそうに笑う奏音につられ、張り詰めていた空気がほんの少しだけ和らぐ。だが、倉間はすぐに真剣な表情へ戻った。
「ふん。南沢さんのプレースタイルなら分かってる。むしろやりやすいさ」
「でも……」
なおも不安を隠せない天馬へ、円堂が力強く声を響かせた。
「ベストを尽くせ!」
その一声が、沈んでいた空気を大きく揺らした。
「円堂監督……」
天馬が顔を上げる。円堂は全員を見渡しながら、熱のこもった声で言った。
「そして南沢にも分かってもらうんだ! 俺たちのサッカーを!」
その言葉に、仲間たちの瞳へ再び闘志が宿る。
「「はい!!」」
力強い返事が響く。その決意に応えるように、円堂はいつもの笑顔を浮かべた。
「よーっし! 行くぞ!」
「「お――っ!!」」
仲間たちの声がホームに響き渡る。雷門イレブンはそれぞれの想いを胸に、決戦の舞台へと力強く歩き出した。