素顔のスキエット(GO22話)
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秋空チャレンジャーズとの練習試合を終えた週明け。昼休みを告げるチャイムが校舎に響くと、生徒たちは思い思いに弁当や購買へ向かい、廊下は賑やかな笑い声で満ちていった。その人波の中、教室を出ようとした奏音を、背後から静かな声が呼び止める。
「奏音」
振り返ると、そこには霧野が立っていた。
「ちょっと時間あるか?」
「うん。どうしたの?」
「少し話したいことがある」
いつもの柔らかな笑みはなく、どこか思い詰めたような表情を浮かべている。その様子に奏音は何も聞き返さず、小さく頷いた。
二人は人気の少ない屋上へ向かう。扉を開けると、風がふわりと頬を撫でた。それぞれ弁当を手に、フェンス際へ腰を下ろす。しばらくは昼食を口に運びながら、どちらも言葉を交わさなかった。
「単刀直入に聞く」
奏音へ向き直る。
「狩屋のこと、どう思う?」
「……マサキくん?」
思いがけない名前に、奏音は目を丸くした。
「なんで急に?」
「アイツ、お前には懐いてるだろ」
「そうかな?」
首を傾げる奏音に、霧野は苦笑する。
「少なくとも俺たちよりは話してる」
そう言って視線を遠くのグラウンドへ移した。
「だから、お前なら何か気付いてるんじゃないかと思ってさ」
「何かって?」
問い返すと、霧野は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「秋空チャレンジャーズとの練習試合……狩屋のプレーが、どうも引っ掛かるんだ。ボールを奪いに来るのはいい。でも、必要以上に強く当たってきたり……」
霧野は弁当の箸を置いた。
「俺だけを狙ってるように感じる」
その言葉に、奏音の箸が止まった。霧野は思い込みだけで誰かを疑うような人ではない。だからこそ、その違和感は軽く受け流せなかった。
「……実はね」
奏音は静かに口を開く。
「私も少し気になってた」
「えっ?」
霧野が驚いたように顔を上げる。
「普段は穏やかなのに、プレーになると一瞬だけ雰囲気が変わることがあるの」
視線を落としながら言葉を探す。
「説明するのは難しいけど……笑顔の奥に何かを隠してるような、そんな感じ」
霧野は黙って耳を傾けていた。自分だけではなかった。その事実だけで、胸につかえていたものが少し軽くなる。
「……そうか」
短く呟いた霧野は、再び空を見上げた。
「俺の気のせいじゃなかったんだな」
風が静かに吹き抜ける。その音だけが、二人の間を流れていった。やがて奏音が思い出したように尋ねる。
「拓にぃには相談しなかったの?」
霧野はゆっくりと首を横に振った。
「まだ話してない。もうすぐ試合もあるし、神童にはあまり心配かけたくないんだ」
そう言って、フェンスに背を預ける。いつものような軽い調子は消えていた。霧野は一度目を伏せると、静かに息を吸った。何かを決意するように、顔を上げる。
「……俺さ」
霧野は箸を置いたまま、わずかに声を落とした。
「狩屋は、フィフスセクターから送り込まれたシードなんじゃないかって思ってる」
「……うえぇっ!?」
奏音の瞳が大きく揺れた。シード。その一言が持つ重さを、二人とも嫌というほど知っている。屋上に重苦しい沈黙が落ちた。
(マサキくんが……シード)
奏音はしばらく黙って考えを巡らせた。霧野へ向けられた鋭い視線、強引なプレー、練習試合で見せた違和感、一つひとつが頭をよぎる。それでも胸の奥には拭えない疑問が残っていた。
もし本当に雷門を壊すために送り込まれたのなら、もっとチーム全体を乱そうとするはずだ。それなのに狩屋の敵意は、不思議なくらい霧野だけへ向けられているように見えた。そこだけが、どうしても引っ掛かる。奏音はゆっくり顔を上げた。
「私は……まだ、マサキくんをシードだとは思えない」
霧野は黙ったまま、奏音の言葉を待った。
「もちろん、霧野くんが感じたことを否定したいわけじゃないよ。昨日のプレーは、私も良くなかったと思う。故意にぶつかったようにも見えたし……正直、どう接したらいいのか分からない」
あのプレーだけを見れば、疑われても仕方がない。けれど、見えているものだけで、その人を決めつけてしまうのも違う気がした。
奏音が知っているのは、普段の穏やかな表情と、高いサッカーの実力。そして、ときどき笑顔の奥にのぞく、どこか攻撃的な眼差し。それだけだ。
「だから……まだ、マサキくんのことを決めつけたくない」
奏音はそう言って、霧野をまっすぐ見つめた。
「でもね」
ふっと、柔らかく微笑む。
「マサキくんには、雷門に必要な選手になれる力があるって思うの」
迷いのない言葉だった。サッカーに向き合う姿勢も、プレーも、本物だと感じていたから。
「決めつけるより先に、ちゃんと向き合いたい」
その真っ直ぐな言葉に、霧野はしばらく黙り込む。やがて小さく笑った。
「……そうか」
その横顔には、まだ不安が拭いきれない。奏音はそんな霧野の横顔を見つめた。何かを考え込むように黙り込んでいる姿が、少し心配になる。
「ね、ねえ! 霧野くん」
思わず声をかけると、霧野がはっと顔を上げた。
「あ……悪い。ちょっと考え込んでた」
頭をかき、困ったように笑う。
「今度の試合で、何も起きなきゃいいんだけどな」
「……うん」
奏音も静かに頷いた。狩屋が何を抱えているのか。霧野が何を感じているのか。今はまだ、そのどちらも分からない。だからこそ、二人はすれ違ってしまうのだろう。その瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎に響いた。
「……あっ」
奏音は足元の弁当箱に目を落とした。話に夢中になっているうちに、すっかり箸を止めてしまっていた。彩りよく詰められた卵焼きも、ひと口サイズの唐揚げも、デザートのシャインマスカットも、まだいくつか残っている。
「そういえば、俺たち昼飯の途中だったな」
霧野も自分の弁当を見て、苦笑する。こちらも、ご飯もおかずもまだ半分ほど残っていた。
「ほとんど食べてない……!」
奏音は慌てて卵焼きを箸でつまむ。
「急いで食べなきゃ!」
「喉に詰まらせるなよ」
「分かってるってば」
霧野も笑いながら箸を取り、残っていたおかずを口に運ぶ。さっきまで重かった空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
「戻ろうか」
「うん」
二人は弁当箱を片付けると、弁当を手に屋上を後にした。階段を下りながら、奏音は窓の向こうの青空を見上げた。
(マサキくんのこと、もう少し知ってみたい)
何を話せばいいのかも、どうすればいいのかも、まだ分からない。ただ、その気持ちだけは、いつまでも胸の中に残っていた。
「奏音」
振り返ると、そこには霧野が立っていた。
「ちょっと時間あるか?」
「うん。どうしたの?」
「少し話したいことがある」
いつもの柔らかな笑みはなく、どこか思い詰めたような表情を浮かべている。その様子に奏音は何も聞き返さず、小さく頷いた。
二人は人気の少ない屋上へ向かう。扉を開けると、風がふわりと頬を撫でた。それぞれ弁当を手に、フェンス際へ腰を下ろす。しばらくは昼食を口に運びながら、どちらも言葉を交わさなかった。
「単刀直入に聞く」
奏音へ向き直る。
「狩屋のこと、どう思う?」
「……マサキくん?」
思いがけない名前に、奏音は目を丸くした。
「なんで急に?」
「アイツ、お前には懐いてるだろ」
「そうかな?」
首を傾げる奏音に、霧野は苦笑する。
「少なくとも俺たちよりは話してる」
そう言って視線を遠くのグラウンドへ移した。
「だから、お前なら何か気付いてるんじゃないかと思ってさ」
「何かって?」
問い返すと、霧野は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「秋空チャレンジャーズとの練習試合……狩屋のプレーが、どうも引っ掛かるんだ。ボールを奪いに来るのはいい。でも、必要以上に強く当たってきたり……」
霧野は弁当の箸を置いた。
「俺だけを狙ってるように感じる」
その言葉に、奏音の箸が止まった。霧野は思い込みだけで誰かを疑うような人ではない。だからこそ、その違和感は軽く受け流せなかった。
「……実はね」
奏音は静かに口を開く。
「私も少し気になってた」
「えっ?」
霧野が驚いたように顔を上げる。
「普段は穏やかなのに、プレーになると一瞬だけ雰囲気が変わることがあるの」
視線を落としながら言葉を探す。
「説明するのは難しいけど……笑顔の奥に何かを隠してるような、そんな感じ」
霧野は黙って耳を傾けていた。自分だけではなかった。その事実だけで、胸につかえていたものが少し軽くなる。
「……そうか」
短く呟いた霧野は、再び空を見上げた。
「俺の気のせいじゃなかったんだな」
風が静かに吹き抜ける。その音だけが、二人の間を流れていった。やがて奏音が思い出したように尋ねる。
「拓にぃには相談しなかったの?」
霧野はゆっくりと首を横に振った。
「まだ話してない。もうすぐ試合もあるし、神童にはあまり心配かけたくないんだ」
そう言って、フェンスに背を預ける。いつものような軽い調子は消えていた。霧野は一度目を伏せると、静かに息を吸った。何かを決意するように、顔を上げる。
「……俺さ」
霧野は箸を置いたまま、わずかに声を落とした。
「狩屋は、フィフスセクターから送り込まれたシードなんじゃないかって思ってる」
「……うえぇっ!?」
奏音の瞳が大きく揺れた。シード。その一言が持つ重さを、二人とも嫌というほど知っている。屋上に重苦しい沈黙が落ちた。
(マサキくんが……シード)
奏音はしばらく黙って考えを巡らせた。霧野へ向けられた鋭い視線、強引なプレー、練習試合で見せた違和感、一つひとつが頭をよぎる。それでも胸の奥には拭えない疑問が残っていた。
もし本当に雷門を壊すために送り込まれたのなら、もっとチーム全体を乱そうとするはずだ。それなのに狩屋の敵意は、不思議なくらい霧野だけへ向けられているように見えた。そこだけが、どうしても引っ掛かる。奏音はゆっくり顔を上げた。
「私は……まだ、マサキくんをシードだとは思えない」
霧野は黙ったまま、奏音の言葉を待った。
「もちろん、霧野くんが感じたことを否定したいわけじゃないよ。昨日のプレーは、私も良くなかったと思う。故意にぶつかったようにも見えたし……正直、どう接したらいいのか分からない」
あのプレーだけを見れば、疑われても仕方がない。けれど、見えているものだけで、その人を決めつけてしまうのも違う気がした。
奏音が知っているのは、普段の穏やかな表情と、高いサッカーの実力。そして、ときどき笑顔の奥にのぞく、どこか攻撃的な眼差し。それだけだ。
「だから……まだ、マサキくんのことを決めつけたくない」
奏音はそう言って、霧野をまっすぐ見つめた。
「でもね」
ふっと、柔らかく微笑む。
「マサキくんには、雷門に必要な選手になれる力があるって思うの」
迷いのない言葉だった。サッカーに向き合う姿勢も、プレーも、本物だと感じていたから。
「決めつけるより先に、ちゃんと向き合いたい」
その真っ直ぐな言葉に、霧野はしばらく黙り込む。やがて小さく笑った。
「……そうか」
その横顔には、まだ不安が拭いきれない。奏音はそんな霧野の横顔を見つめた。何かを考え込むように黙り込んでいる姿が、少し心配になる。
「ね、ねえ! 霧野くん」
思わず声をかけると、霧野がはっと顔を上げた。
「あ……悪い。ちょっと考え込んでた」
頭をかき、困ったように笑う。
「今度の試合で、何も起きなきゃいいんだけどな」
「……うん」
奏音も静かに頷いた。狩屋が何を抱えているのか。霧野が何を感じているのか。今はまだ、そのどちらも分からない。だからこそ、二人はすれ違ってしまうのだろう。その瞬間、昼休みの終わりを告げる予鈴が校舎に響いた。
「……あっ」
奏音は足元の弁当箱に目を落とした。話に夢中になっているうちに、すっかり箸を止めてしまっていた。彩りよく詰められた卵焼きも、ひと口サイズの唐揚げも、デザートのシャインマスカットも、まだいくつか残っている。
「そういえば、俺たち昼飯の途中だったな」
霧野も自分の弁当を見て、苦笑する。こちらも、ご飯もおかずもまだ半分ほど残っていた。
「ほとんど食べてない……!」
奏音は慌てて卵焼きを箸でつまむ。
「急いで食べなきゃ!」
「喉に詰まらせるなよ」
「分かってるってば」
霧野も笑いながら箸を取り、残っていたおかずを口に運ぶ。さっきまで重かった空気が、ほんの少しだけ和らいだ気がした。
「戻ろうか」
「うん」
二人は弁当箱を片付けると、弁当を手に屋上を後にした。階段を下りながら、奏音は窓の向こうの青空を見上げた。
(マサキくんのこと、もう少し知ってみたい)
何を話せばいいのかも、どうすればいいのかも、まだ分からない。ただ、その気持ちだけは、いつまでも胸の中に残っていた。