ちぐはぐコンチェルト(GO18話)
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病室の窓から、夕暮れの柔らかな陽射しが静かに差し込んでいた。コンコン、と控えめなノックが響く。続いて、病室の扉がゆっくりと開いた。
「優一さん、こんにちは!」
弾むような声とともに、奏音がひょこっと顔を覗かせる。試合を終えたばかりとは思えないほど元気いっぱいの様子に、ベッドに腰掛けていた優一は思わず目元を緩めた。
その後ろから、少しだけ気まずそうな顔をした剣城が静かに足を踏み入れる。
「いらっしゃい。二人とも、お疲れさま」
「今日はありがとうございました! 試合、見ていてくれたんですね!」
奏音が嬉しそうに身を乗り出す。
「ふふ、もちろん。最初から最後まで、しっかり見届けたよ」
優一は静かに頷いた。
「帝国学園のみんなも強かったけど、それ以上に二人のプレーがすごく良かった」
そう言って、優一は弟へ視線を向ける。
「京介」
「……なんだよ」
「勝ったな、いいシュートだったぞ」
その何気ない一言に、剣城の肩がわずかに震えた。兄の声には誇張も遠慮もない。ただ純粋に、弟を誇りに思う気持ちだけが滲んでいた。剣城は視線を逸らし、短く息を吐く。
「……そうか」
帝国学園には勝った。フィフスセクターに抗う第一歩も踏み出した。それでも、兄の手術を巡る現実が消えたわけではない。
奏音は隣に立つ剣城の横顔をそっと見つめた。嬉しいはずなのに、笑えない。そんな彼の苦しさが、痛いほど伝わってきた。病室には、静かな沈黙だけが流れる。その空気を和らげるように、優一はふっと笑った。
「そういえばさ、今日の試合で一番印象に残った場面があるんだ」
「え?」
奏音が首をかしげる。
「京介のシュートももちろんすごかった。でも、それ以上に目が離せなかったのは――」
優一の目が、いたずらっぽく細められる。
「奏音ちゃんがベンチを飛び出したところかな」
「…………えっ!」
奏音の笑顔がぴたりと固まる。
「見てたんですか!?」
「そのあと慌てて戻っていくところまで、ちゃんと見てたよ」
「ええぇぇぇぇっ!?」
奏音は顔を真っ赤にして、思わず両手で頬を覆った。
「そ、そこまで見られてたんですか!?」
「うん。全部見てたよ」
「ちょ、ちょっと優一さん!」
奏音は恥ずかしさに身を縮める。
「忘れてください! あれは勢いというか、その……!」
「いやぁ、あんなに必死な奏音ちゃん、初めて見たよ」
「うぅぅ……!」
耳まで真っ赤になった奏音は、思わず顔を両手で隠してしまう。
その隣では、剣城が小さく鼻を鳴らした。
「……ふっ」
「あああ〜〜〜!京ちゃんまで笑った!」
「悪い」
そう言いながらも口元は完全に緩んでいる。
「お前、あの時すげぇ勢いだったからな」
「だ、だって京ちゃんが落ち込んでたから!」
奏音はぷくっと頬を膨らませる。
そんな二人を見つめながら、優一は嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだ京介」
「なんだよ」
「喉が渇いちゃってさ。悪いけど、自販機で何か買ってきてくれない?」
剣城は怪訝そうに眉をひそめる。
「……奏音に頼めばいいだろ」
すると優一は、わざと困ったように肩をすくめた。
「いやぁ、せっかく来てくれた女の子に、お使いなんて頼めないだろ?」
にこり、と悪戯っぽく笑う。剣城は呆れたようにため息をついた。
「……分かったよ」
「ありがとう」
財布を受け取った剣城は病室を出ようとする。その直前、不意に振り返った。
「……奏音」
「なあに?」
「勝手に変な話するなよ」
「えぇっ!? しないよ!」
「……ならいい」
ぶっきらぼうに言い残し、扉が静かに閉まる。
足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。その音を聞きながら、優一は小さく笑った。
「……ごめんね。少しだけ、奏音ちゃんと二人で話したかったんだ」
「いえいえ! 私も優一さんとお話ししたかったです!」
奏音は慌てて首を横に振る。優一は一度、窓の外へ目を向けた。
「俺の怪我はね……京介を庇ってできたものなんだ」
奏音は思わず息を呑んだ。
「木から落ちた幼い京介を助けようとして……その時に負った怪我なんだ」
優一は懐かしむように目を細め、小さく苦笑する。
「でもね、あれは京介のせいじゃない。俺は自分の意思で京介を助けたんだ」
その言葉には、揺るぎない想いがあった。
「もし時間を戻せたとしても……きっと同じことをするよ」
「優一さん……」
優一はゆっくりと奏音を見つめた。
「サッカーができなくなったことは、もちろん悔しいよ」
ほんの少しだけ視線を落とす。
「あの時、京介を助けたことで、俺の人生が大きく変わったのは事実だから」
けれど、再び顔を上げたその表情には、迷いはなかった。
「だけど……後悔したことは、一度もないよ。京介を助けられて、本当に良かったと思ってる」
その言葉を、奏音は静かに受け止めた。きっとこの想いは、ずっと京介の心に残るのだろう。今すぐ何かが変わるわけではない。それでも、兄の口から直接伝えられたその言葉は、長い間胸の奥に抱えてきたものに、そっと触れているように思えた。
「それと、もう一つ……ありがとう。ずっと京介を信じてくれて」
奏音は驚いたように目を丸くする。優一はゆっくり頷いた。
「今日の試合を見ていて分かった。京介が前を向けたのは、天馬くんや仲間のみんなのおかげでもある。でも、その中でも奏音ちゃんの存在は特別だった」
奏音は恥ずかしそうに笑った。
「私はそんな……」
「謙遜しなくていい」
優一は静かに首を振る。
「フィフスセクターにいた時も、誰よりも京介を信じ続けてくれた。兄として、本当に嬉しかった」
胸の奥がじんわりと熱くなる。奏音は小さく息を吸った。
「……私」
声は少しだけ震えていた。それでも、笑顔は揺るがない。
「京ちゃんは、本当はすごく優しい人だって知ってました。だから、信じられたんです」
優一の表情が、ふっと和らいだ。
「その言葉が聞けて、本当に良かった」
病室の扉が静かに開いた。
「戻ったぞ」
缶ジュースを両手に抱えた剣城が部屋へ入ってきた。
「ほら」
「ありがとう」
優一は缶を受け取ると、一口飲んで満足そうに目を細めた。
「……うん、おいしい」
剣城は照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「自販機のジュースなんだから、味なんて同じだろ」
「いや、弟が買ってきてくれたから特別おいしいんだ」
「……」
「照れてるのか?」
「照れてねぇ」
間髪入れない返事だった。そのあまりの速さに、奏音は思わず吹き出す。
「ふふっ」
「笑うな」
「ごめん。でも、なんだか素敵だなぁって思っちゃって」
照れくさそうにそっぽを向く剣城と、そんな弟を優しく見つめる奏音。そのやり取りを見つめながら、優一はどこか嬉しそうに目を細めた。
「次はいよいよ決勝だな」
剣城は肩をすくめる。
「……あんまり期待するなよ」
「それと、天馬君だったかな」
優一は少し意地悪そうに笑った。
「気を抜いたら、お前のポジション取られるぞ?」
「……余計なお世話だ」
剣城は苦笑しながら答える。そんな弟の表情を見て、優一は静かに頷いた。
「ここまで来たんだ」
「二人とも、最後まで自分たちらしいサッカーを貫いておいで」
「ああ」
剣城は静かに頷く。
奏音も力いっぱい笑顔を浮かべた。
「もちろん! ぜーったい優勝してみせます!」
「その報告を楽しみにしてるよ」
「それじゃあ、また来ますね!」
二人は立ち上がる。病室を出る直前、剣城は一度だけ振り返った。夕焼けに照らされた兄は、いつものように穏やかに笑っている。その笑顔を見つめながら、剣城は小さく息を吐いた。
「……またな、兄さん」
「行ってらっしゃい」
優一は静かに頷く。閉まっていく扉の向こうへ、弟たちの足音が遠ざかっていく。 一人になった病室で、優一は窓の外へ目を向けた。西の空は、淡い橙色に染まり始めていた。窓から差し込む光が、静かな病室をゆっくりと包んでいる。
「京介……」
その声は誰にも届かないほど静かだった。
「今度こそ、自分のためにサッカーを楽しむんだぞ」
優一は小さく微笑む。夕暮れの光は、そんな兄の横顔を静かに照らし続けていた。
「優一さん、こんにちは!」
弾むような声とともに、奏音がひょこっと顔を覗かせる。試合を終えたばかりとは思えないほど元気いっぱいの様子に、ベッドに腰掛けていた優一は思わず目元を緩めた。
その後ろから、少しだけ気まずそうな顔をした剣城が静かに足を踏み入れる。
「いらっしゃい。二人とも、お疲れさま」
「今日はありがとうございました! 試合、見ていてくれたんですね!」
奏音が嬉しそうに身を乗り出す。
「ふふ、もちろん。最初から最後まで、しっかり見届けたよ」
優一は静かに頷いた。
「帝国学園のみんなも強かったけど、それ以上に二人のプレーがすごく良かった」
そう言って、優一は弟へ視線を向ける。
「京介」
「……なんだよ」
「勝ったな、いいシュートだったぞ」
その何気ない一言に、剣城の肩がわずかに震えた。兄の声には誇張も遠慮もない。ただ純粋に、弟を誇りに思う気持ちだけが滲んでいた。剣城は視線を逸らし、短く息を吐く。
「……そうか」
帝国学園には勝った。フィフスセクターに抗う第一歩も踏み出した。それでも、兄の手術を巡る現実が消えたわけではない。
奏音は隣に立つ剣城の横顔をそっと見つめた。嬉しいはずなのに、笑えない。そんな彼の苦しさが、痛いほど伝わってきた。病室には、静かな沈黙だけが流れる。その空気を和らげるように、優一はふっと笑った。
「そういえばさ、今日の試合で一番印象に残った場面があるんだ」
「え?」
奏音が首をかしげる。
「京介のシュートももちろんすごかった。でも、それ以上に目が離せなかったのは――」
優一の目が、いたずらっぽく細められる。
「奏音ちゃんがベンチを飛び出したところかな」
「…………えっ!」
奏音の笑顔がぴたりと固まる。
「見てたんですか!?」
「そのあと慌てて戻っていくところまで、ちゃんと見てたよ」
「ええぇぇぇぇっ!?」
奏音は顔を真っ赤にして、思わず両手で頬を覆った。
「そ、そこまで見られてたんですか!?」
「うん。全部見てたよ」
「ちょ、ちょっと優一さん!」
奏音は恥ずかしさに身を縮める。
「忘れてください! あれは勢いというか、その……!」
「いやぁ、あんなに必死な奏音ちゃん、初めて見たよ」
「うぅぅ……!」
耳まで真っ赤になった奏音は、思わず顔を両手で隠してしまう。
その隣では、剣城が小さく鼻を鳴らした。
「……ふっ」
「あああ〜〜〜!京ちゃんまで笑った!」
「悪い」
そう言いながらも口元は完全に緩んでいる。
「お前、あの時すげぇ勢いだったからな」
「だ、だって京ちゃんが落ち込んでたから!」
奏音はぷくっと頬を膨らませる。
そんな二人を見つめながら、優一は嬉しそうに笑った。
「ああ、そうだ京介」
「なんだよ」
「喉が渇いちゃってさ。悪いけど、自販機で何か買ってきてくれない?」
剣城は怪訝そうに眉をひそめる。
「……奏音に頼めばいいだろ」
すると優一は、わざと困ったように肩をすくめた。
「いやぁ、せっかく来てくれた女の子に、お使いなんて頼めないだろ?」
にこり、と悪戯っぽく笑う。剣城は呆れたようにため息をついた。
「……分かったよ」
「ありがとう」
財布を受け取った剣城は病室を出ようとする。その直前、不意に振り返った。
「……奏音」
「なあに?」
「勝手に変な話するなよ」
「えぇっ!? しないよ!」
「……ならいい」
ぶっきらぼうに言い残し、扉が静かに閉まる。
足音が廊下の向こうへ遠ざかっていく。その音を聞きながら、優一は小さく笑った。
「……ごめんね。少しだけ、奏音ちゃんと二人で話したかったんだ」
「いえいえ! 私も優一さんとお話ししたかったです!」
奏音は慌てて首を横に振る。優一は一度、窓の外へ目を向けた。
「俺の怪我はね……京介を庇ってできたものなんだ」
奏音は思わず息を呑んだ。
「木から落ちた幼い京介を助けようとして……その時に負った怪我なんだ」
優一は懐かしむように目を細め、小さく苦笑する。
「でもね、あれは京介のせいじゃない。俺は自分の意思で京介を助けたんだ」
その言葉には、揺るぎない想いがあった。
「もし時間を戻せたとしても……きっと同じことをするよ」
「優一さん……」
優一はゆっくりと奏音を見つめた。
「サッカーができなくなったことは、もちろん悔しいよ」
ほんの少しだけ視線を落とす。
「あの時、京介を助けたことで、俺の人生が大きく変わったのは事実だから」
けれど、再び顔を上げたその表情には、迷いはなかった。
「だけど……後悔したことは、一度もないよ。京介を助けられて、本当に良かったと思ってる」
その言葉を、奏音は静かに受け止めた。きっとこの想いは、ずっと京介の心に残るのだろう。今すぐ何かが変わるわけではない。それでも、兄の口から直接伝えられたその言葉は、長い間胸の奥に抱えてきたものに、そっと触れているように思えた。
「それと、もう一つ……ありがとう。ずっと京介を信じてくれて」
奏音は驚いたように目を丸くする。優一はゆっくり頷いた。
「今日の試合を見ていて分かった。京介が前を向けたのは、天馬くんや仲間のみんなのおかげでもある。でも、その中でも奏音ちゃんの存在は特別だった」
奏音は恥ずかしそうに笑った。
「私はそんな……」
「謙遜しなくていい」
優一は静かに首を振る。
「フィフスセクターにいた時も、誰よりも京介を信じ続けてくれた。兄として、本当に嬉しかった」
胸の奥がじんわりと熱くなる。奏音は小さく息を吸った。
「……私」
声は少しだけ震えていた。それでも、笑顔は揺るがない。
「京ちゃんは、本当はすごく優しい人だって知ってました。だから、信じられたんです」
優一の表情が、ふっと和らいだ。
「その言葉が聞けて、本当に良かった」
病室の扉が静かに開いた。
「戻ったぞ」
缶ジュースを両手に抱えた剣城が部屋へ入ってきた。
「ほら」
「ありがとう」
優一は缶を受け取ると、一口飲んで満足そうに目を細めた。
「……うん、おいしい」
剣城は照れ隠しのように鼻を鳴らす。
「自販機のジュースなんだから、味なんて同じだろ」
「いや、弟が買ってきてくれたから特別おいしいんだ」
「……」
「照れてるのか?」
「照れてねぇ」
間髪入れない返事だった。そのあまりの速さに、奏音は思わず吹き出す。
「ふふっ」
「笑うな」
「ごめん。でも、なんだか素敵だなぁって思っちゃって」
照れくさそうにそっぽを向く剣城と、そんな弟を優しく見つめる奏音。そのやり取りを見つめながら、優一はどこか嬉しそうに目を細めた。
「次はいよいよ決勝だな」
剣城は肩をすくめる。
「……あんまり期待するなよ」
「それと、天馬君だったかな」
優一は少し意地悪そうに笑った。
「気を抜いたら、お前のポジション取られるぞ?」
「……余計なお世話だ」
剣城は苦笑しながら答える。そんな弟の表情を見て、優一は静かに頷いた。
「ここまで来たんだ」
「二人とも、最後まで自分たちらしいサッカーを貫いておいで」
「ああ」
剣城は静かに頷く。
奏音も力いっぱい笑顔を浮かべた。
「もちろん! ぜーったい優勝してみせます!」
「その報告を楽しみにしてるよ」
「それじゃあ、また来ますね!」
二人は立ち上がる。病室を出る直前、剣城は一度だけ振り返った。夕焼けに照らされた兄は、いつものように穏やかに笑っている。その笑顔を見つめながら、剣城は小さく息を吐いた。
「……またな、兄さん」
「行ってらっしゃい」
優一は静かに頷く。閉まっていく扉の向こうへ、弟たちの足音が遠ざかっていく。 一人になった病室で、優一は窓の外へ目を向けた。西の空は、淡い橙色に染まり始めていた。窓から差し込む光が、静かな病室をゆっくりと包んでいる。
「京介……」
その声は誰にも届かないほど静かだった。
「今度こそ、自分のためにサッカーを楽しむんだぞ」
優一は小さく微笑む。夕暮れの光は、そんな兄の横顔を静かに照らし続けていた。