本編
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「名前さ、今日就業後時間ある?」
オフィス内。17時、やっと業務を終えて最後のフォルダの整理をしているときに同僚の友人に声をかけられた。
「今日?空いてるけど…まさか」
「そうそう!今日は他部署との合同で何人かと飲み会あるの!良かったら行かない?」
「合コンじゃあるまいし人数合わせしなくても良いと思うけど」
「別の友達が来れなくなって寂しいの!ね、半分出すからさ」
「そこまで言うなら…」
前に参加の有無を聞かれてなんとなしに断っていた。しかし友人の頼みとなら仕方ないと言うふうに答え荷物を鞄に詰める…安くお酒とご飯が食べられるからまぁいいかと思っていたのは秘密にしておこう。
※
飲み会のある居酒屋は会社から一駅ほどの場所で行うようで少人数かと思いきや10人前後程いるみたいだった。やけに友人がご機嫌のようで化粧ノリについてや前髪崩れがないから確認している。
「名前あんたラッキーだよ急遽尾形先輩来るんだって!」
「オガタさん…あ〜他部署の子から聞いた事ある人だ」
尾形さん…他部署で自分とはあまり関わりがないが、女性人気もあるようでなかなか噂の絶えない人だと聞いている。私との関係性は廊下での会釈や、部署間で共有の会議の際に挨拶した程度だが中々特徴のあるが整っている顔の人だな、と考えていたことを思い出す。
今回の飲み会でも中心に居そうな人だし関係ないだろうし気にせず飲もう…そう考えながら友人と共に暖簾を潜った。
※
「うっ…」
「おい、吐くなら早めに言え」
「はかないです…」
そう話ながら迎えに来たタクシーに乗り込む。頭がぐらぐら揺れながらもなんとか運転手に住所を伝えた。
酔わないように光る街路時をぼうっと見つめながら現状を考える。誰に送ってもらってるんだっけ…
ふと横を見やると尾形さんがそこにいた。
ん?何故一緒に乗っているのだろうか。
不思議そうに見つめる私と尾形さんの目が合うと、彼は仕方なさそうに私の家と尾形さんの家がそこそこ近くにあるから相席でタクシーに乗ったと、私の友人も潰れて別の同僚に送ってもらっていることを説明してくれた。
そういえば乗り込む際のドアの向こうにいる女子社員の目が気になったような…きっと尾形さんに送ってもらいたい子がいただろうに、私で申し訳ないなと思いつつ変な噂されたら嫌だなあ。
ところでなんでこんなに酔ってしまったんだろう。限界はわきまえてお茶やソフトドリンクを度々頼んでいたはずなのに。体調が良くなかったか、度数が強かったか…。お酒や尾形さんについて考えているとゆっくりとまぶたが重くなり微睡の中へと落ち込んでいった。
「起きろ」
「んえ」
どうやら自宅のアパート着いたようで尾形さんが起こしてくれた。寝起きで呆然としているともう代金の支払いも終わってしまったようで尾形さんも降りていた。
「そんな…ここまでで大丈夫ですよ」
「そんな足取りで階段登れないだろ。俺も家が近いから気にするな、行くぞ」
そう言ってもたついていた私の腕をやんわりと掴んで階段を上がった。
部屋前に到着し、鍵を取り出す。本当にギリギリまで送られてしまった…
「今日はありがとうございました。すいませんここまで送ってもらっ…あっ!」
いそいそと別れの挨拶を告げ終わろうとすると尾形さんがドアの隙間を押し除け家に入り込んだ。怖!トイレだろうか、確かにお酒飲んだ後は頻回にトイレ行きたくなるしタクシー乗ってそこそこ時間経ってるから…
「と、トイレはこのドアで」
「違う」
尾形さんは私の家のドアを閉めた。なんで閉めたんだ。彼はさっと台所の方へ向かった。不可解な行動に段々酔いが覚めていく…これはまずい気がする。
「コップどこだ」
「喉乾いたんですね!なんだ、お水なら出すんで座ってもらっても〜……。」
包丁
包丁が尾形さんの手に収まっている。尾形さんも酔っているのか、それはコップではないと思うんですが。頭に冷や水を被ったかのように一気に酔いが覚める。突然すぎる行動が相次いだせいで処理しきれない。
尾形さんが一歩こちらに踏み寄ったのに釣られ私も一歩後ずさろうとしたが座卓に引っかかってしまい思いっきり転けてしまった。
ガチャンとリモコンや鏡、空き缶が落ちる音が残響する。早く起き上がって逃げなくてはと体を起こすが遅く、マウントポジションに持ち込まれていた。彼が持っている包丁がやけに煌めいて見える。私はこのまま殺されるのだろうか。
「お前は」
「は、はい!」
尾形さんはゆっくりと口を開いた。
「お前は俺のこと、どう思ってる…好きか嫌いか」
「えっと…」
「俺のことが好きなら…好きなら俺と死んでくれ」
「え〜〜っと…」
尾形さんってこんなよくわからない熱烈な方なんだ!なんて今は考えなくてもいいような感想が脳裏をよぎった。
彼の発言のそれは、好きも嫌いもどちらも死ぬ選択肢ではないのだろうか。冷や汗と脂汗で背筋がヒヤリとする。しかしこのまま答えずが正解でもないだろう。話を逸らすしかない。
「尾形さん!」
「!」
突然私が大きな声を発したからかビクリと彼が動揺したようだ。
「次の週末、デートしましょう!その、日にち空いてますか!」
「…」
「尾形さんのこと、私全然知らないのでデ、デートしてそれから考えてもいいでしょうか!家が割れてるんで逃げもできませんし」
「…空いてる」
包丁がカチャりと床に下ろされる。こちらを見下ろしている彼の顔は心なし嬉しそうだ。マウントポジションから解放された後ポケットから素早くスマホを取り出す。
「じゃあ、メール交換しましょう、詳しい日取りはそちらで。もう遅いですし尾形さんも家が近いと言えど危ないのでお気をつけて!」
早口で伝え連絡を交換した後ぐいぐいとドアの外へ押し出していく。そこまで抵抗感がなくすんなり外へ出てくれた。階段を降りる彼に手を振り見えなくなった後そっとドアを閉め念入りに施錠し、ゆっくりとへたり込み大きく息を吐いた。ほんの少し、寿命が延ばすことはできた。
あまりの出来事にそのまま布団へ倒れ込んで現実逃避と行きたいところであったが早めにメールを送らないと何かあったら怖いので希望の日取りと場所を送りスマホの電源を切った。
夢だったらいいのに、酔ったせいで幻覚を見たことにしたかったけれどひっくり返った座卓や散らかった物、そして部屋のど真ん中にある包丁が否定するように私の視界の真ん中で鎮座していた。
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