どうかあなたは笑っていて
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帰り道は勿論、帰宅してからも。
私は大層浮かれていた。
「それで、結局何団子を買ってきたんだ?」
「ああはい、みたらし、胡麻、きな粉の三種類です!」
それは多分、イタチ兄さんが迷いなく”家”――我が家に帰ろうと言ってくれたことが、凄く嬉しかったからであって。
「一つの串に四つですからね。二二で分けましょう。全種類味見したいです」
私はぽすりとテーブルの上に、買ってきた団子の袋を乗せた。
「三一の間違いだろう」
「……付かぬことをお伺いしますが、三つ食べるのってもしかして―――」
「当然、オレが三だ」
「何でですか!」
「寧ろ、全種類の団子を一つずつ味見できるだけもオレに感謝するんだな」
団子のこととなると途端強気に出てくる兄さんを前に、私は唇をへの字に曲げる。
「何で……と言うかそれ、私のお金で買ったんですけど」
「………」
先程の仕返しとばかりにジト目を向けた私を見、イタチ兄さんは唇を閉ざす。ややあってはあ、大きく嘆息を溢した兄さんは己の額に手を当て、仕方ないなといった様子でちょいちょいと私を手招いた。
ぱっ、甘党の私は瞬間的に表情輝かせ、急いでイタチ兄さんの元へと駆け寄る。
その距離残り一メートルというところまで迫ったとき、私の頭部の方に向かってすうと差し伸ばされたものはイタチさんの手のひら。
それを認識した私が、ふっと視線を持ち上げかけた――…そのとき。
――びしぃッ!!
「っいったー!!?」
吹き飛びかけた。…と言うのは流石に大袈裟だが、私の額を正確に捉えたそれは、容赦のないデコピン。
ひりひりと痛むそこを若干涙目で押さえつつ目の前の顔を見上げれば、イタチ兄さんはふっと小さく笑っていた。
デコつんと言えば、兄さんの最大のときめきポイント。しかし、今のは如何なものだろうか。
「全っ然、ときめかないんですけど……」
「…何を言っているんだ」
訝しげにその首を傾げたイタチ兄さんはしかし直ぐに気を取り直したのかふっと表情を引き締め、悠々とした態度で私を見下ろした。
「そんなことよりも名前、さっさと茶を淹れてこい。全く、団子が待っていると言うのに気の利かない…」
「アイアイサー!」
びしっと一瞬で敬礼を決めた私は、直ぐさま台所へと全力ダッシュ。
…あそこで写輪眼は反則だろう。
珍しくティーパックではなくきちんと葉からこぽこぽお茶を淹れつつ、私は一人染々考える。
あまりにも友人が煩かった為、今まではそんなにも真剣に考えたことがなかった。が、やはりイタチ兄さんは悲劇の人だ。漫画の中の彼はいつも、どこか影を背負っていたように思う。
しかしどうだろう。今こちらの世界にいるイタチさんは、過去や一族といったしがらみを忘れ、至極自然な表情を見せている。
――優しくしてあげよう。
私は一人、秘かに決意を固めた。
そのときぱあっと、何故か居間の方向が明るくなったような気がして。私は、顔を上げる。イタチ兄さんの待つそちらからはしかし、特に変わった様子は見られなかった。
ゆったりと湯飲みを二つ準備し、私はその水面を揺らさないようにと細心の注意を払って足を進める。
漸くと団子にありつける、そんなときに限ってこのお盆をひっくり返しでもしたら、私はもうお仕舞いだ。
「できましたよー」
ひょいと居間に顔を出し、私は少しばかり声を張る。
しかし――…しん。そこは静まり返っていた。
……いない。
人影の見えない部屋。ぽつり残されている団子の包みが、どうしてだか嫌に目について。
そして私は、はっと悟ったような気がした。それは予感。考えたくもない、嫌な嫌な……予感。
私は滴が飛び跳ねることも構わず、がしゃんっ、お盆をお座なりに机の上に放り出し、広くもない我が家を必死で駆け出す。
トイレ、いない。お風呂、いない。実は擦れ違っていて台所。……いるはずもない。
ここが最後だと、私は自室に飛び込んだ。イタチ兄さんと初めて出会った場所。
団子に関しては意地汚く、しかし大層秀麗であるあの人はしかし、そこにもいなかった。
――…ふっと私が視線を止めたのは、NARUTOで埋まる一つの本棚。そして、そこに不自然な隙間を見つけた私は視線を落とし、その近くに落ちていた一冊の漫画を拾う。
NARUTO、四十三巻。
私は縺れる指を懸命に動かし、幾度も幾度もページを捲る。
―――…そして、見つけた。
ぼろぼろの体でそれでも微笑む、美しい”兄”の姿を。
どこかで予期していたその光景を目にし、しかし私は絶句する。
――…ああ……、兄さんって、こんなにも切なくて悲しくて優しい顔してたんだったっけ。
私の額を打ち抜いたそれよりも、きっとずっとずっと優しいデコピンだったのだろう。
大好きな弟の為に自分の全てを犠牲にしたイタチ兄さんのその笑顔は、しかし次の瞬間にはぐにゃり歪んでしまって。
ぽろり、零れた熱に、私は驚いた。
イタチさんが力尽きるそのシーンを見て、私は初めて泣いてしまったのだ。
「――……ふぇっ、」
溢れる涙が止まらない。私は情けない声の嗚咽で肩を揺らしつつ、目の周りが赤く腫れてしまうとは分かっていながらもごしごし、必死で瞼を拭った。
もう戻らない、あの優しい人のことを思えば悲しすぎる。
私の手のひらに持たれた小さな本の一ページ、その中。
ゆらゆらと落ち着かない視界の中で見えたイタチ兄さんは、困ったように笑った気がした。
Dear茶葉子さん with affection! Byソウ 120417
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