探偵ワトソンは眠らない
♯2 探偵と密室(推理編)
『はぁーーーーーー』
僕の口から大きなため息が漏れる
それもそのはず、昼休みなのに、僕は先輩と草むしりと言う名の奉仕作業の真っ最中なのだ……
あの事件のとき、先輩はダニエルくんが死んだことがバレたら不味いと言うことで先生には話さなかった。
まぁそのせいっていったらアレなんだけど、僕達は言い訳もできないしってことで奉仕作業させられているのである
ぶっちゃけ先輩のせいだ
「ごめんね、セトカちゃん、こんな事になっちゃって、」
『先輩のせいじゃないですよ。全て犯人が悪いんです』
しおらしくなる先輩に僕は一瞬で考えを改めた
そう、元凶はダニエルを殺した犯人である
いいだろう、僕が犯人を突き止めてやろうじゃないか
放課後、僕は先輩と昨日の現場に来ていた。
部室の構造はベランダ側にガラス戸と腰窓、
黒板の隣に美術準備室につながる扉、そして廊下側にドアが2ヶ所
さらにドアの上の部分、天井付近に一列に並ぶ小さな長方形の窓があるって感じだ
昨日僕は『密室殺人』と言った
だが、1箇所だけ出入りできる箇所があった
昨日、事件があったときのこと
______
『あれ…??』
僕は部室の上部に並ぶ小さな長方形の窓の1つを指差した
『先輩、あの窓、空いてるじゃないですか』
そうそれは高さが30センチほどしかない、小さな窓。それが少し開いている
「ほんとだ……閉め忘れたのかな…
開けた覚えないんだけどなぁ…」
先輩が不思議そうに言う
「じゃああそこから犯人は美術室に出入りしたんだね」
確かに先輩の言っていることはもっともだ
しかし、僕には気がついていることがある
『先輩、それは無理があるんです』
「えっどうして?」
『だってこの窓の下、椅子とか何にもないじゃないですか。それであんな高いところにある窓を出入りするとか無理じゃないですか?』
そう、鍵の空いていた窓の下は踏み台に出来るものは何も無い。僕が頑張ってジャンプしてやっと触れる高さにある窓だ。開けることはできても上がることはできそうにない
「踏み台を移動させた…とか?」
『そうですね、でも何処にですか?この美術室以外の周りの教室は全て施錠されていて廊下には何も見当たらない。まぁ、持ち帰ったという線もありますが、あの短時間で目立たずにできるでしょうか…。しかも、問題は入ったあと、出るときです』
あっ と先輩が声を漏らす
『そう、出るときに使った踏み台はどう片付けたのか、という問題です。無理でしょう?棒を使ったとしても、美術室の椅子は全て机の下に入っている。ここまでするは無理でしょう』
だからこれは密室なのだ…!
でも僕にはまだ確認しなきゃいけないことがある
「おいオメェら!何してるんだ!さっさと帰れ!!」
いいタイミングで先生が出て来て言った。時計を見ると6時を過ぎている。あーあこれは奉仕作業だね
『せんせー!先輩がさっき鍵を返したあとに誰か借りに来ませんでしたか?』
「あ゛?こんな時間だぞ??そんなやついるわけ無いだろう?!職員室に入ってきた奴自体、高槻が最後だったぞ」
よ し 来 た
最後にもう一つ確認すべき大事なこと
『せんぱーい、ほんとにちゃんと鍵閉めてたんですか?』
「閉めたに決まってるでしょ?セトカちゃんも見てたでしょ??」
そうだ。僕がちゃんとこの目で見ていた
「それに、ちゃんと鍵閉めてないと見回りでバレて部長である私が怒られちゃうんだからね!!」
そう
先輩が鍵を閉めてから再び開けるまで、誰も教室には入ることができなかった
つまりこれは…
『密室』
僕は1人で口角を上げた
「凄いねセトカちゃん…短時間でこれだけの推理を…」
『ふふん、名探偵である僕にとっては当たり前のことですよ』
ってこの前読んだ探偵小説に同じような状況があったんだけどね!
えっじゃあトリックも知ってるのかって?
う〜ん肝心のトリックのとこ覚えてないんだよねぇ…
______
密室……
この謎を解明できない限りはトムの死の真相にたどり着けない…
あれ?トムだっけ?ダニエルだっけ?まっなんでもいいか
『一番の謎は何で密室なのかってことだよね』
鍵を使わないで入るというのは分かる。鍵を使えばそれを借りた人が犯人だとバレてしまうからだ。だけど出るときは普通に中から鍵を開ければいいんじゃないか?どうしてわざわざ出にくい窓から出たのか…
「部屋に入らないで犯行に及んだとか?」
『はっ!!』
確かに!それがあったか!
『でもどうやって…??』
「そんなの知らないわよ。ねぇ、セトカちゃん。探偵なんでしょ?だったらこの密室の謎解明してよ」
先輩がニコリと笑って言う
むう、厳しいことを言いなさる
でもこれは僕にとってチャンスだ
事件を解いたことが話題になって探偵部の部員が集まっちゃうかもしれないのだ
先輩を真っ直ぐに見つめ、僕は言った
『安心してください。この名探偵セトカちゃんがこの事件ズバッと解決してみせます!』
「あっ高槻先輩こんにちは…!」
突然、後ろから声がしてふり返る
か細くて可愛い声の主の方を見ると三つ編みで灰色の髪の女の子が立っていた
いかにも真面目そうな感じだ
1年生だろうか、上履きの色は赤色で、身長が低い僕よりも明らかに小さい。えっと、僕が150センチだから143センチくらいかな
「おおミカちゃん!早いね!」
ミカちゃんと呼ばれた子は僕の方を不思議そうに見ている
「セトカちゃん、美術部はいるの??」
『えっ??はいらないけど……てかなんで名前知ってるの??』
もしかして僕が名探偵だからもう知られてるとか……!?
そんな期待はすぐに打ち砕かれた
「だっておんなじクラスだよね?セトカちゃんは入学して1週間くらい休んでたから知らないかも知れないけど、私は白い髪が綺麗ですぐ覚えちゃった」
えへへ〜とミカちゃんは笑う
なんだなんだ可愛過ぎかこの子
言い忘れていたが僕は入学式の前日に季節外れのインフルにかかって1週間ほど休んでいるのだ
だからこそ探偵部の部員集めにより苦労しているんだが……
まぁ探偵にはハプニングはつきものだよね!
「そうそう!この子が事件があった日に部室に来てた3人のうちの1人、加賀野実花ちゃん!」
実花ちゃんとか名前からかわいいよねぇ〜と先輩が言う
事件があった日に部室にいた…か…
なるほど、第一容疑者ってわけだね…
「あの…事件ってなんですか??何かあったんですか?」
「ああ、実はね、ダニエルくんが殺されたの。しかも部室が密室の状態でね。まぁ、そこの窓が開いちゃってたんだけど、踏み台無いし意味わかんなーいって感じ!」
めんどくさいのかだいぶ端折って先輩が説明してくれた
「えぇっ?ダニエルくんが??」
あっダニエルって名前だっけと僕はどうでもいいことを思い出す
「うん、犯人はまだ分かってないし、首がポッキリ折れちゃってて……どうしよう…顧問にバレたらやばいよね……?」
「そうですよね……あの先生ダニエルくん大事にしてましたもんね…」
悲しそうに実花ちゃんが言う
犯人だったらこんなに悲しそうにするかな?いやいや、これが演技という可能性も…
彼女たちの話を聞きながら僕は考察する
実花ちゃんは小柄だし、あの小さな窓を簡単に通り抜けられそう、でも身長が僕より低いとなるとこれは椅子を使っても上れないんじゃないのかな………
…そうやって僕が考え込んでいるとき誰かが入ってくる気配がした
「どうも、こんにちはー」
見るとそこには大柄な男が立っていた。
上履きの色が緑だからおそらく2年生。身長は僕よりもずっと高い。180 ?もっとかな?短い黒髪で目つきが悪く、少し怖い印象を受ける。この人は……美術部員…???
「おっヤナくん!!」
「ヤナギダ先輩こんにちは…!」
ほう、柳田先輩かな、そう思いながら僕は彼の迫力に少し後ずさる
「おい」
『ひゃい!』
突然、その彼は僕に声をかけてきた
なんですかなんですか僕何も悪いことしてないですよ!お金とか持ってないです!ジャンプしても何も出てこないですから!!
うろたえる僕をよそに彼は僕のすぐ後ろを指差す
「後ろ…画鋲落ちてる……踏みそうだから気をつけろよ…」
『えっ』
よく見ると確かに画鋲が落ちている
何だこの先輩、めっちゃ優しいな…?!
キュンとしながら僕は彼を疑ったことを密かに反省した。
「ヤナくんも昨日の3人のうちの1人ね。柳田康介くん。顔はちょーっと怖いかもしれないけどめっちゃ優しい奴だからそんなに怖がらないでね」
と小声で桜先輩が教えてくれた。
優しいのは身を持って体験しました!と言わんばかりに僕は頭を縦に振る。
優しいといっても容疑者には変わりない。
もしかして、もしかして体格のいい柳田先輩なら椅子を使わなくても窓まで上がれるかもしれないしね。でも、あの小さな窓を通れるだろうか……
正直、かなり厳しいだろうな…
「桜ちゃーん!この子、誰ー?」
『うわっ!!』
突然後ろから声をかけられ思わず叫ぶ。
振り向くとそこには、背が高く、スタイルのいい男が立っていた。身長は170くらいだろうか。男にしては髪が長く、顔はいわゆるイケメンというやつだろう。上履きは学校指定のものではないのか見慣れない。まぁ口ぶりからすると3年生だろうか…
「アキザワ!!ちょっと突然現れないでくれる?びっくりするじゃん!」
「ごめんごめん!見慣れない子がいたからつい、ね?新入部員?」
アキザワ先輩はあざとく舌を出す
秋沢かな…?僕は脳内で必死に漢字変換する。
「この子はセトカちゃん昨日来てたでしょ?モデルの子だよ。んで、このチャラいのは秋沢葵。3年で美術部の副部長。こいつも昨日の3人のうちの1人だよ。まぁ副部長って言っても、いっつも鍵閉め忘れるし、道具は放置するしでいい加減なやつなの。ほんっといつも怒られるの私なんだから…!!」
桜先輩は秋沢先輩を睨みながらそういった。
「ごめん、ごめんって!今度から気をつけるからさ!そんな怖い顔で睨むなよ!!可愛い顔が台無しだよ、桜ちゃん!」
この先輩…誰にでもこんなチャラい態度なのだろうか……
でも秋沢先輩かぁ…正直、体格的に一番怪しい。あの先輩なら……椅子を使わなくてもあの窓を出入りできるんじゃないのかな…細身の先輩なら簡単に入れそうだし…うーん
「どうしたの?なにか悩みごとかい?」
秋沢先輩が僕の顔を覗き込む。近い…!!この先輩、凄いパーソナルスペースに入ってくる…!!
「いや、実はね、昨日ちょっと事件があってさ…かくかくしかじか…」
さっきと同じように桜先輩が説明してくれる。
「あっほんとだ…ダニエルくん首がもげちゃってるね…」
「自分も今気づきましたね」
秋沢先輩と柳田先輩は驚いた顔でダニエルくんを見ている
ご愁傷さま。ダニエル。
僕は静かに手を合わせる。
「そう言えばみんないつの間に帰ってたの?私、絵描くの夢中で気付かなかったわ…」
桜先輩が不思議そうに聞く。
最初に答えたのは大柄な紳士、柳田先輩だ。
「自分が最初に帰りました。ちょっと用事があったもので…ほかの2人もいたので間違いないと思います」
柳田先輩の言葉に他の二人が頷く
「じゃあ僕が最後だね!桜ちゃんとセトカちゃんしか部屋にいなかったから!ちょっと昼寝してたら実花ちゃんいなくてビックリしちゃった!」
そう言ったのはスタイル抜群の秋沢先輩だ。
「わ、私が帰ったとき、秋沢先輩がいたので間違いないと思います…」
続けてハイパー天使の実花ちゃんが言う
『なるほど、帰った順は、柳田先輩→実花ちゃん→秋沢先輩ですね』
ふむふむと僕は手帳にメモする
「おっもしかしてセトカちゃんは探偵役なのかな。どお?何かわかった??」
突然秋沢先輩が僕に聞く
やっぱり近いんだよなぁ…ほんと人のパーソナルスペースを分かってない…今度からパーソナルスペース破壊神って呼んでやろう…
『そうですね…今はまだですかね…密室の謎もまだ分からないですし…あの窓から出入りしたとは思うんですけど……』
「窓空いてたんでしょ。じゃあ密室じゃなくない?」
『いえ、違うんですよ…踏み台がなくて…』
「えーそのままピョーンって行けそうじゃない?」
秋沢先輩が無邪気に言う。この先輩バカなのか?誰でもそんな軽々しく行けるわけ無いだろ
『えっでも、先輩でも窓枠まで椅子無しで登るなんて出来っこないですよね?』
僕がそう言うと秋沢先輩は怒ったように頬を膨らませた
「そんなこと無いと思うよ?じゃあさ!僕ちょっと登ってみよっか!!」
そう言って秋沢先輩はおもむろに部室の外に出て助走をつける
『ま、待ってください!!そんな危ないこと…!!』
「んー大丈夫だよ!僕ね、教室とか鍵閉まってる時によくやるんだー!!いっくよー!」
そう言って止める間もなく秋沢先輩は軽々と窓枠まで登ってしまった
「ふふん!どーお!僕だってやれば出来るんだよ!」
ここで僕は思った
あれ?やっぱりこの人バカでは?
これでは自分が犯人だと言ってるようなものでは?と、
「これは、アンタが犯人ってことでいいのかしら?」
そうです、桜先輩。僕も同感です。
「違うって!僕は密室だって破れる方法があるよって見せたかっただけなの!!みんなできないの?」
うーん……怪しいなぁ…
でも嘘をついてるようには見えないし…バカそうだし…
「はぁできるわけ無いでしょ!もう!!ミシミシ言ってるし!!壁壊さないでよね?壁に足跡付いちゃってるし……」
ん??足跡??
よく見ると壁には上履きの跡がくっきりと残っている。
『ちょっと待ってください!』
急いで僕は部室の中、問題の窓の真下の壁を見る
そこには様々な作品が所狭しと画鋲で止められている
「どうしたの急に?」
『秋沢先輩…壁に足をつけずに登ることってできますか?』
「え??流石にそれはむりだねぇ…腕の力だけじゃ僕は上がれそうにないな。それこそ踏み台がいる」
『そう、それです。外の壁には何も貼られていない。だから簡単に上れた。でも中じゃそうは行きませんよね?この壁に貼られた作品たちを1つも破いたり汚したりせずどうやって犯人は外に出たというのですか……』
その場にいた全員が息を呑む
このとき、ふと僕は桜先輩の言葉を思い出した
『部屋の外からダニエルくんを殺す方法…』
「あっそれ!」
桜先輩も思い出したように声を上げる
『これなら部屋の中に入る必要がない…でも、どうやって…』
「ボールを投げたとか?」
秋沢先輩が人差し指を立てて言う
『そうか!でも中にボールが残っちゃいますよね?そんなものなかったと思いますけど……』
「もともと部屋にあったものを投げたとかではないですか?」
今度は柳田先輩が考え込むようにして言う
『でも何か変なところに転がったものなんて無かったと思うんですよね……桜先輩がキレイに片付けていましたから……』
「セトカちゃんの鍵じゃないかな?」
実花ちゃんが思いついたように言った
「あっそういえば!美術室で落としたっていってたよね…本当は盗まれて……とか?」
秋沢先輩がどういう事と聞きたげな顔で僕を見る
やっぱり先輩は頭が弱いようだ。
『僕の、自転車の鍵ですよ!!
鍵をダニエルくんの頭に向けて投げ、倒せば机に当たって首が折れる……
鍵は机の上に置いてあったけど、それはたまたま乗っただけで。鍵を落としたと思ってる僕は、もしアレが床の上に放り出されていても何の違和感も感じなかった筈…!!』
そう!!それなら密室の謎は解けるんだ!!
歓喜する僕の横で桜先輩がダニエルくんを見ながら言った
「でもそしたらダニエルくんの何処かに鍵による傷が出来るはずだよね?そんなの無いけど??」
『えっ…………』
「そもそもダニエルくん結構安定性あるからねぇ……そんな生半可なものじゃ倒れないんじゃないかな……」
そっ、それもそうだなぁ……
ダニエルくんを倒すには相当重量のあるものを投げなければならない。それこそ、ダニエルに当てたときに傷ができそうだ
もう手詰まりである
どうやら密室の謎は解かれるばかりかさらに深まってしまったようだ。
『はぁーーーーーー』
僕の口から大きなため息が漏れる
それもそのはず、昼休みなのに、僕は先輩と草むしりと言う名の奉仕作業の真っ最中なのだ……
あの事件のとき、先輩はダニエルくんが死んだことがバレたら不味いと言うことで先生には話さなかった。
まぁそのせいっていったらアレなんだけど、僕達は言い訳もできないしってことで奉仕作業させられているのである
ぶっちゃけ先輩のせいだ
「ごめんね、セトカちゃん、こんな事になっちゃって、」
『先輩のせいじゃないですよ。全て犯人が悪いんです』
しおらしくなる先輩に僕は一瞬で考えを改めた
そう、元凶はダニエルを殺した犯人である
いいだろう、僕が犯人を突き止めてやろうじゃないか
放課後、僕は先輩と昨日の現場に来ていた。
部室の構造はベランダ側にガラス戸と腰窓、
黒板の隣に美術準備室につながる扉、そして廊下側にドアが2ヶ所
さらにドアの上の部分、天井付近に一列に並ぶ小さな長方形の窓があるって感じだ
昨日僕は『密室殺人』と言った
だが、1箇所だけ出入りできる箇所があった
昨日、事件があったときのこと
______
『あれ…??』
僕は部室の上部に並ぶ小さな長方形の窓の1つを指差した
『先輩、あの窓、空いてるじゃないですか』
そうそれは高さが30センチほどしかない、小さな窓。それが少し開いている
「ほんとだ……閉め忘れたのかな…
開けた覚えないんだけどなぁ…」
先輩が不思議そうに言う
「じゃああそこから犯人は美術室に出入りしたんだね」
確かに先輩の言っていることはもっともだ
しかし、僕には気がついていることがある
『先輩、それは無理があるんです』
「えっどうして?」
『だってこの窓の下、椅子とか何にもないじゃないですか。それであんな高いところにある窓を出入りするとか無理じゃないですか?』
そう、鍵の空いていた窓の下は踏み台に出来るものは何も無い。僕が頑張ってジャンプしてやっと触れる高さにある窓だ。開けることはできても上がることはできそうにない
「踏み台を移動させた…とか?」
『そうですね、でも何処にですか?この美術室以外の周りの教室は全て施錠されていて廊下には何も見当たらない。まぁ、持ち帰ったという線もありますが、あの短時間で目立たずにできるでしょうか…。しかも、問題は入ったあと、出るときです』
あっ と先輩が声を漏らす
『そう、出るときに使った踏み台はどう片付けたのか、という問題です。無理でしょう?棒を使ったとしても、美術室の椅子は全て机の下に入っている。ここまでするは無理でしょう』
だからこれは密室なのだ…!
でも僕にはまだ確認しなきゃいけないことがある
「おいオメェら!何してるんだ!さっさと帰れ!!」
いいタイミングで先生が出て来て言った。時計を見ると6時を過ぎている。あーあこれは奉仕作業だね
『せんせー!先輩がさっき鍵を返したあとに誰か借りに来ませんでしたか?』
「あ゛?こんな時間だぞ??そんなやついるわけ無いだろう?!職員室に入ってきた奴自体、高槻が最後だったぞ」
よ し 来 た
最後にもう一つ確認すべき大事なこと
『せんぱーい、ほんとにちゃんと鍵閉めてたんですか?』
「閉めたに決まってるでしょ?セトカちゃんも見てたでしょ??」
そうだ。僕がちゃんとこの目で見ていた
「それに、ちゃんと鍵閉めてないと見回りでバレて部長である私が怒られちゃうんだからね!!」
そう
先輩が鍵を閉めてから再び開けるまで、誰も教室には入ることができなかった
つまりこれは…
『密室』
僕は1人で口角を上げた
「凄いねセトカちゃん…短時間でこれだけの推理を…」
『ふふん、名探偵である僕にとっては当たり前のことですよ』
ってこの前読んだ探偵小説に同じような状況があったんだけどね!
えっじゃあトリックも知ってるのかって?
う〜ん肝心のトリックのとこ覚えてないんだよねぇ…
______
密室……
この謎を解明できない限りはトムの死の真相にたどり着けない…
あれ?トムだっけ?ダニエルだっけ?まっなんでもいいか
『一番の謎は何で密室なのかってことだよね』
鍵を使わないで入るというのは分かる。鍵を使えばそれを借りた人が犯人だとバレてしまうからだ。だけど出るときは普通に中から鍵を開ければいいんじゃないか?どうしてわざわざ出にくい窓から出たのか…
「部屋に入らないで犯行に及んだとか?」
『はっ!!』
確かに!それがあったか!
『でもどうやって…??』
「そんなの知らないわよ。ねぇ、セトカちゃん。探偵なんでしょ?だったらこの密室の謎解明してよ」
先輩がニコリと笑って言う
むう、厳しいことを言いなさる
でもこれは僕にとってチャンスだ
事件を解いたことが話題になって探偵部の部員が集まっちゃうかもしれないのだ
先輩を真っ直ぐに見つめ、僕は言った
『安心してください。この名探偵セトカちゃんがこの事件ズバッと解決してみせます!』
「あっ高槻先輩こんにちは…!」
突然、後ろから声がしてふり返る
か細くて可愛い声の主の方を見ると三つ編みで灰色の髪の女の子が立っていた
いかにも真面目そうな感じだ
1年生だろうか、上履きの色は赤色で、身長が低い僕よりも明らかに小さい。えっと、僕が150センチだから143センチくらいかな
「おおミカちゃん!早いね!」
ミカちゃんと呼ばれた子は僕の方を不思議そうに見ている
「セトカちゃん、美術部はいるの??」
『えっ??はいらないけど……てかなんで名前知ってるの??』
もしかして僕が名探偵だからもう知られてるとか……!?
そんな期待はすぐに打ち砕かれた
「だっておんなじクラスだよね?セトカちゃんは入学して1週間くらい休んでたから知らないかも知れないけど、私は白い髪が綺麗ですぐ覚えちゃった」
えへへ〜とミカちゃんは笑う
なんだなんだ可愛過ぎかこの子
言い忘れていたが僕は入学式の前日に季節外れのインフルにかかって1週間ほど休んでいるのだ
だからこそ探偵部の部員集めにより苦労しているんだが……
まぁ探偵にはハプニングはつきものだよね!
「そうそう!この子が事件があった日に部室に来てた3人のうちの1人、加賀野実花ちゃん!」
実花ちゃんとか名前からかわいいよねぇ〜と先輩が言う
事件があった日に部室にいた…か…
なるほど、第一容疑者ってわけだね…
「あの…事件ってなんですか??何かあったんですか?」
「ああ、実はね、ダニエルくんが殺されたの。しかも部室が密室の状態でね。まぁ、そこの窓が開いちゃってたんだけど、踏み台無いし意味わかんなーいって感じ!」
めんどくさいのかだいぶ端折って先輩が説明してくれた
「えぇっ?ダニエルくんが??」
あっダニエルって名前だっけと僕はどうでもいいことを思い出す
「うん、犯人はまだ分かってないし、首がポッキリ折れちゃってて……どうしよう…顧問にバレたらやばいよね……?」
「そうですよね……あの先生ダニエルくん大事にしてましたもんね…」
悲しそうに実花ちゃんが言う
犯人だったらこんなに悲しそうにするかな?いやいや、これが演技という可能性も…
彼女たちの話を聞きながら僕は考察する
実花ちゃんは小柄だし、あの小さな窓を簡単に通り抜けられそう、でも身長が僕より低いとなるとこれは椅子を使っても上れないんじゃないのかな………
…そうやって僕が考え込んでいるとき誰かが入ってくる気配がした
「どうも、こんにちはー」
見るとそこには大柄な男が立っていた。
上履きの色が緑だからおそらく2年生。身長は僕よりもずっと高い。180 ?もっとかな?短い黒髪で目つきが悪く、少し怖い印象を受ける。この人は……美術部員…???
「おっヤナくん!!」
「ヤナギダ先輩こんにちは…!」
ほう、柳田先輩かな、そう思いながら僕は彼の迫力に少し後ずさる
「おい」
『ひゃい!』
突然、その彼は僕に声をかけてきた
なんですかなんですか僕何も悪いことしてないですよ!お金とか持ってないです!ジャンプしても何も出てこないですから!!
うろたえる僕をよそに彼は僕のすぐ後ろを指差す
「後ろ…画鋲落ちてる……踏みそうだから気をつけろよ…」
『えっ』
よく見ると確かに画鋲が落ちている
何だこの先輩、めっちゃ優しいな…?!
キュンとしながら僕は彼を疑ったことを密かに反省した。
「ヤナくんも昨日の3人のうちの1人ね。柳田康介くん。顔はちょーっと怖いかもしれないけどめっちゃ優しい奴だからそんなに怖がらないでね」
と小声で桜先輩が教えてくれた。
優しいのは身を持って体験しました!と言わんばかりに僕は頭を縦に振る。
優しいといっても容疑者には変わりない。
もしかして、もしかして体格のいい柳田先輩なら椅子を使わなくても窓まで上がれるかもしれないしね。でも、あの小さな窓を通れるだろうか……
正直、かなり厳しいだろうな…
「桜ちゃーん!この子、誰ー?」
『うわっ!!』
突然後ろから声をかけられ思わず叫ぶ。
振り向くとそこには、背が高く、スタイルのいい男が立っていた。身長は170くらいだろうか。男にしては髪が長く、顔はいわゆるイケメンというやつだろう。上履きは学校指定のものではないのか見慣れない。まぁ口ぶりからすると3年生だろうか…
「アキザワ!!ちょっと突然現れないでくれる?びっくりするじゃん!」
「ごめんごめん!見慣れない子がいたからつい、ね?新入部員?」
アキザワ先輩はあざとく舌を出す
秋沢かな…?僕は脳内で必死に漢字変換する。
「この子はセトカちゃん昨日来てたでしょ?モデルの子だよ。んで、このチャラいのは秋沢葵。3年で美術部の副部長。こいつも昨日の3人のうちの1人だよ。まぁ副部長って言っても、いっつも鍵閉め忘れるし、道具は放置するしでいい加減なやつなの。ほんっといつも怒られるの私なんだから…!!」
桜先輩は秋沢先輩を睨みながらそういった。
「ごめん、ごめんって!今度から気をつけるからさ!そんな怖い顔で睨むなよ!!可愛い顔が台無しだよ、桜ちゃん!」
この先輩…誰にでもこんなチャラい態度なのだろうか……
でも秋沢先輩かぁ…正直、体格的に一番怪しい。あの先輩なら……椅子を使わなくてもあの窓を出入りできるんじゃないのかな…細身の先輩なら簡単に入れそうだし…うーん
「どうしたの?なにか悩みごとかい?」
秋沢先輩が僕の顔を覗き込む。近い…!!この先輩、凄いパーソナルスペースに入ってくる…!!
「いや、実はね、昨日ちょっと事件があってさ…かくかくしかじか…」
さっきと同じように桜先輩が説明してくれる。
「あっほんとだ…ダニエルくん首がもげちゃってるね…」
「自分も今気づきましたね」
秋沢先輩と柳田先輩は驚いた顔でダニエルくんを見ている
ご愁傷さま。ダニエル。
僕は静かに手を合わせる。
「そう言えばみんないつの間に帰ってたの?私、絵描くの夢中で気付かなかったわ…」
桜先輩が不思議そうに聞く。
最初に答えたのは大柄な紳士、柳田先輩だ。
「自分が最初に帰りました。ちょっと用事があったもので…ほかの2人もいたので間違いないと思います」
柳田先輩の言葉に他の二人が頷く
「じゃあ僕が最後だね!桜ちゃんとセトカちゃんしか部屋にいなかったから!ちょっと昼寝してたら実花ちゃんいなくてビックリしちゃった!」
そう言ったのはスタイル抜群の秋沢先輩だ。
「わ、私が帰ったとき、秋沢先輩がいたので間違いないと思います…」
続けてハイパー天使の実花ちゃんが言う
『なるほど、帰った順は、柳田先輩→実花ちゃん→秋沢先輩ですね』
ふむふむと僕は手帳にメモする
「おっもしかしてセトカちゃんは探偵役なのかな。どお?何かわかった??」
突然秋沢先輩が僕に聞く
やっぱり近いんだよなぁ…ほんと人のパーソナルスペースを分かってない…今度からパーソナルスペース破壊神って呼んでやろう…
『そうですね…今はまだですかね…密室の謎もまだ分からないですし…あの窓から出入りしたとは思うんですけど……』
「窓空いてたんでしょ。じゃあ密室じゃなくない?」
『いえ、違うんですよ…踏み台がなくて…』
「えーそのままピョーンって行けそうじゃない?」
秋沢先輩が無邪気に言う。この先輩バカなのか?誰でもそんな軽々しく行けるわけ無いだろ
『えっでも、先輩でも窓枠まで椅子無しで登るなんて出来っこないですよね?』
僕がそう言うと秋沢先輩は怒ったように頬を膨らませた
「そんなこと無いと思うよ?じゃあさ!僕ちょっと登ってみよっか!!」
そう言って秋沢先輩はおもむろに部室の外に出て助走をつける
『ま、待ってください!!そんな危ないこと…!!』
「んー大丈夫だよ!僕ね、教室とか鍵閉まってる時によくやるんだー!!いっくよー!」
そう言って止める間もなく秋沢先輩は軽々と窓枠まで登ってしまった
「ふふん!どーお!僕だってやれば出来るんだよ!」
ここで僕は思った
あれ?やっぱりこの人バカでは?
これでは自分が犯人だと言ってるようなものでは?と、
「これは、アンタが犯人ってことでいいのかしら?」
そうです、桜先輩。僕も同感です。
「違うって!僕は密室だって破れる方法があるよって見せたかっただけなの!!みんなできないの?」
うーん……怪しいなぁ…
でも嘘をついてるようには見えないし…バカそうだし…
「はぁできるわけ無いでしょ!もう!!ミシミシ言ってるし!!壁壊さないでよね?壁に足跡付いちゃってるし……」
ん??足跡??
よく見ると壁には上履きの跡がくっきりと残っている。
『ちょっと待ってください!』
急いで僕は部室の中、問題の窓の真下の壁を見る
そこには様々な作品が所狭しと画鋲で止められている
「どうしたの急に?」
『秋沢先輩…壁に足をつけずに登ることってできますか?』
「え??流石にそれはむりだねぇ…腕の力だけじゃ僕は上がれそうにないな。それこそ踏み台がいる」
『そう、それです。外の壁には何も貼られていない。だから簡単に上れた。でも中じゃそうは行きませんよね?この壁に貼られた作品たちを1つも破いたり汚したりせずどうやって犯人は外に出たというのですか……』
その場にいた全員が息を呑む
このとき、ふと僕は桜先輩の言葉を思い出した
『部屋の外からダニエルくんを殺す方法…』
「あっそれ!」
桜先輩も思い出したように声を上げる
『これなら部屋の中に入る必要がない…でも、どうやって…』
「ボールを投げたとか?」
秋沢先輩が人差し指を立てて言う
『そうか!でも中にボールが残っちゃいますよね?そんなものなかったと思いますけど……』
「もともと部屋にあったものを投げたとかではないですか?」
今度は柳田先輩が考え込むようにして言う
『でも何か変なところに転がったものなんて無かったと思うんですよね……桜先輩がキレイに片付けていましたから……』
「セトカちゃんの鍵じゃないかな?」
実花ちゃんが思いついたように言った
「あっそういえば!美術室で落としたっていってたよね…本当は盗まれて……とか?」
秋沢先輩がどういう事と聞きたげな顔で僕を見る
やっぱり先輩は頭が弱いようだ。
『僕の、自転車の鍵ですよ!!
鍵をダニエルくんの頭に向けて投げ、倒せば机に当たって首が折れる……
鍵は机の上に置いてあったけど、それはたまたま乗っただけで。鍵を落としたと思ってる僕は、もしアレが床の上に放り出されていても何の違和感も感じなかった筈…!!』
そう!!それなら密室の謎は解けるんだ!!
歓喜する僕の横で桜先輩がダニエルくんを見ながら言った
「でもそしたらダニエルくんの何処かに鍵による傷が出来るはずだよね?そんなの無いけど??」
『えっ…………』
「そもそもダニエルくん結構安定性あるからねぇ……そんな生半可なものじゃ倒れないんじゃないかな……」
そっ、それもそうだなぁ……
ダニエルくんを倒すには相当重量のあるものを投げなければならない。それこそ、ダニエルに当てたときに傷ができそうだ
もう手詰まりである
どうやら密室の謎は解かれるばかりかさらに深まってしまったようだ。