ぱろっ
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「こんにちは。ナンパしていい?」
「はぁ?」
ナナが大学の講義後に、お気に入りの喫茶でお茶とお菓子を楽しんでいる時だった。
知らぬ男性が近寄りそう声をかけてきたのだ。
顔を見れば所謂イケメンに分類される。そんな男性が近寄れば誰だって、特に女性なら少しドキドキしてしまうものだろう。
しかし、そんな男性からの言葉が「ナンパ」である。
ナナすぐに警戒した。
「あ、やっぱ怖いか」
「…」
「無視する?俺別にアンタを無理やりどうこうするつもりないから」
「…」
「俺この時間に必ず1時間いるから、気になったら声かけて。じゃ」
「…?」
男性はそれだけ言うと本当にその場から離れていった。
悪態もつかず、逆切れもすることなくただ淡々と何事もなかったように自分の席に戻っていったのだ。
ナナは人生初めてのナンパだったが、イメージと違うことに驚き、男性を目で追ってしまった。男性はその後彼女を気にすることなく、飲み物と本を片手にしていた。
「…なにあいつ」
イケメンなため様になる姿にナナのほうが悪態をついてしまった。
阿保らしいと思い、お茶とお菓子を早めに口に含んで早々に店を出て行った。どうせ明日にはいないと考えていた。
しかし次の日、男性は同じ時間にいたのだ。ナナは驚いて、残念がりながらもその日は入店することを諦めた。
「時間ずらしていけばよくね?」
という友人の言葉を聞いて、ナナは納得し、時間をずらして入店した。男性はいなかった。安心してお茶とお菓子を注文し、開いている席に座って味を雰囲気を堪能した。
しかし彼女は学生である。どうしてもずらせない講義時間やバイトのシフトはあるものだ。その時は諦めて入店をしない日もあるが、その日一日は元気がなく、バイト先で少し心配されることもあった。
「…はーぁ」
それだけ、彼女にとってその喫茶店に入ることは楽しみであり、日常の一つだったのだ。仕方なく、男性がいる時間に入店し、お茶とお菓子を注文する。ナナはあの男性がいるのを確認するが、当の本人は彼女を見ることもしない。
「…やっぱ何でもないのかな」
男性のあまりにも無関心すぎる態度にナナは自意識過剰だったか、と結論つけるようになってきた。
「…」
「!」
だが、そう考えるようになるタイミングで、男性はナナと目を合わせて小さく微笑むのだ。それ以外何かをしてくるということはないのだが、あの言葉は嘘じゃないということを見せつけてくるようだった。
「話してみたら?ヤバかったら警察に言えばいいじゃん。イケメンなんでしょ?いいなぁ」
他人事のような友人の言葉に若干の怒りを覚えたが、確かにお断りの言葉を伝えたほうがお互い楽になるのかもしれない。
自分の今後を安心させるためにも、男性に声をかけていなくなってもらおうと考え、その日にいつもの時間にいる男性に声をかけた。
「あの」
「こんにちは」
「こんにちは」
「声かけるの早いな。もっとかかると思ってた」
「あの、迷惑なんで、やめてください」
「ん?」
声をかけられた男性は読んでいた本を閉じて彼女に顔を向けた。
「ナンパしてずっといるとか、気分良くないです。私あなたのこと好きじゃないし。困ってるんです」
「まぁ、だろうな」
なんだコイツ。
ナナは彼の態度に苛立ちを覚えた。わかっててやっているのなら最低である。
「どうする?俺を警察に連れてく?」
「え」
「いいよ。迷惑かけたし、怖がらせたのもわかってるから連れてくなら行くよ」
「えっ…ちょ…」
確かに身の危険を感じたらすぐに連絡するつもりだった。だが本人から言われるとは思ってもいなかったのだ。
「あ、名前と住所とか言っとくか。俺のバイト先も教えるよ」
「ちょっちょちょ」
「何?」
「そ、そこまでしろとは言ってません!ただ私に付きまとうのやめてほしいだけで…」
「んー…でも俺、アンタのこと好きだからなぁ」
「はぁ?」
ナナはまた驚いた。
「ナンパも、アンタとこうやって会話したいきっかけが欲しかっただけだし」
「…」
「信じらんねえと思うよ。でも俺はアンタのためなら人生を棒に振ったっていいって思ってる。それくらいアンタが好きなんだ」
「…」
「だから付きまとうっていうか、意識させないっていうのは無理かな」
言葉が出てこず、どうしていいものかナナは混乱してしまった。
ナンパしてきてしかも人生をかけてもいいほど好きだと言われた。信じる信じない以前に混乱するのも無理のないことだった。
「落ち着くまで、そこで座っていいよ。俺適当に注文してくるから」
「…」
男性は椅子を引いてなるべく彼女に触れないように誘導して注文しに居なくなった。ナナはこのまま逃げればいいのだが、そんな余裕は今の彼女にはなかった。
男性が帰ってくるまで彼女は動けずにそこに座っていたのだ。
「これ食べる?結構これ注文してたから」
「…は、え」
「見てたからさ」
彼のトレーには飲み物が二つとお菓子が二つ、一つはナナがこの喫茶店で頼むことが多いお気に入りのものだった。
「食べて落ち着いたら?」
「あ、あの、お金」
「いいよ、迷惑かけた分」
「は…」
そう言うと彼は何事もなかったように自分の飲み物とお菓子を食べ始めた。ナナは混乱しながら、お気に入りのお菓子に手をつけはじめた。味は若干感じないが知っている味を感じれば少しだけ落ち着いてきた。
食べている間も彼は特に話かけることもなく、本を読み、たまに飲み物を飲んでいる程度だった。
調子が狂う。
まさにこのことだとやっと冷静になれたナナは思った。
「…あの」
「うん?落ち着いた?」
「すみませんでした…」
「いいよ。そうなるくらいわかってたし」
「いやそもそも貴方が変なこというから悪いんですよ」
「変かな?アンタのこと好きって」
「変でしょ!初対面ですよね!?信じられませんし!」
「あぁそういう意味では確かに」
やはり彼は怒ることもなく納得した様子で返事をした。
「そうだな…まず俺のこと信用してもらうところからか」
「は?」
「俺を友達くらいに信じてくれないかなって思って」
「いや…だって知らないし…」
「だから教えるって、俺の運転免許証と学生証と…」
「そんな簡単にみせないでください!怖いから!」
「見せるよ。何かあればすぐに通報できていいだろ?」
「マジで何なのあんた!」
おかしな男に捕まったもんだとナナは思った。
何か問題があればすぐに通報できるのは確かではある。ナナはため息を大きく吐きながら仕方なく学生証のほうを見せてもらった。
「…あれ、同じ大学」
「あぁやっぱり?この辺あそこしかないから」
「リンク、さん…理系のほうなんですね学科」
「うん」
「ありがとうございました」
「いいの?写真撮んなくて」
「要りません」
「そっか。まあ大学で絡んだりしないから安心して」
その言葉に彼女は少しだけ息を吐いた。
「じゃ、俺そろそろ出るよ」
「え?」
「講義入ってんだ」
「あぁなるほど」
「じゃあな。また明日」
「あ、はい…え?明日?」
彼、リンクは荷物をまとめてあっさりと席を離れていった。
流れで明日も会うような会話をしてしまったが、ナナはまたため息をついて残った飲み物を飲んだ。
お会計は全部彼が終わらせてしまっていた。
翌日、店にはいつもの時間にリンクは座って本を読んでいる。ナナもいつもの時間に店に入って、彼に声をかけるかかけまいか悩んだ。
悩んだ結果、声をかけてしまった。
「こんにちは…」
「こんにちは」
「…」
「…座ったら?」
トレーに注文の品を乗せて声をかけてしまったため、棒立ちの彼女にリンクはそう声をかけた。
断ろうと思ったが、空席が少なくなっていたのでまたしても相席する形になった。
「…」
「…」
それから特にリンクから声をかけられることも、ナナから話すこともなく黙々と時間が流れる。
「あ、そうだ。聞いていい?」
「なっなんですか⁉」
「そんな驚くなよ…」
空気を破った彼に対して気を緩めていたナナは驚いてしまった。
「この店のおすすめとか教えてよ」
「え?」
「俺の友達がこの店に興味あるらしくて、どんなのがおすすめなのか知りたいんだって」
「…リンクさんが言えばいいじゃないですか。ここにいるんだから」
「いや、俺アンタが気になってこの店のメニューとかあんま見てないし」
「…」
さらりと言われた言葉にナナはまた困惑して言葉に詰まった。
「だからメニュー教えてほしいなって思って。俺も試してみようと思うし」
「…じゃあ」
ナナは店のメニューをスマホで調べながら、リンクに画面を見せて指をさしていく。彼はそれを真剣に見つめて相槌をうつ。
「季節限定も、悪くないと思います」
「なるほどな。ありがとう助かった」
「いえ…」
そして再び会話が途切れた。
彼女的には少し会話ができてホッとしたが、流れる空気間になんとなく居心地がよくないような気がしてならなかった。
だからだろうか。
「あ、の、友達って…どんな人ですか」
「ん?」
空気に耐えられずに声をかけてしまった。
「あぁさっきの?男だよ。なるべく女子に聞いてくれってしつこかったから助かった」
「え、あ、そうなんですね。で、デートとかですかね?」
「さぁ…俺は聞いたことないけどなアイツにいるなんて…」
「そう、ですか」
会話が、終わってしまった。
ナナは注文品をなるべく早めに食べてお店を出ようと決めた。
「じゃ、私はこれで!」
「あぁうん。また明日」
終わったナナはトレーをもって返却し、リンクの言葉に返すことなく店を出ていった。
明日と言われたが明日は一人で楽しむとナナは決めた。あの空気の中では楽しむものも楽しめない。
はずだった。
「…こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は混んでるな。どうぞ」
「す、すみません…」
店はすでに混んでおり、ナナが座る席は空いていなかった。昨日の決意は無残にも打ち砕かれ、彼の席へと足を運ぶしかなかったのだ。
「リンクさんって、何時からこのお店にいるんですか?」
「え?30分前くらい」
「結構前からいるんですね…」
「まぁバイクですぐこれるし」
「バイク…あ、運転免許証持ってるって言ってましたね」
「うん」
学生でバイクをもっているというのはなかなか珍しいものである。
ナナは関心と少しだけ偏見の眼をした。
「…言っとくけど俺金持ちじゃねえぞ」
「な、何も言ってませんけど⁉」
「目がそう言ってる。バイクもメンテナンスも全部バイトでどうにかしてんだよ」
「え…バイト掛け持ちですか?それとも闇バイトとか…」
「普通のバイトだけど。俺のことなんだと思ってんの?」
「や、すいません…」
偏見で見てしまったのは申し訳ないとナナは謝った。
「アンタはバイトしてんの?」
「…ナナです」
「え?」
「私ナナって言います…なので、アンタ呼びは、やめてください…」
「わかった、ナナね。教えてくれてありがと」
「いえ…名乗ってないの、すごい失礼でした。すみません」
「いいよ、初対面で変な奴に教えるもんじゃないしな」
やはり自分が警戒対象でおかしい奴だという自覚があったようだ。
「えっと、バイトでしたっけ」
「うん。まぁ言うのが嫌でなければ。あーバイト先に行ったりはしないから」
「普通です、接客のバイト」
「そうなんだ。俺も似たようなバイトかけもち」
「掛持ちとか、大変じゃないですか?」
「そんなでもねえよ。長くは入ってないしシフトも多くない」
「まぁ学生はそんな入れませんよね。勉学優先だって」
「そうそう、まぁ店側もいろいろあんだろ」
昨日よりも会話がスムーズにできている。
ナナはなんとなく安心してそのままリンクとの会話を続ける。
「でもお金は欲しいじゃないですか」
「なんかほしいものあんの?」
「まぁ…」
「へー何?」
「…言いません」
「じゃあ仕方ないな」
こちらが断れば素直に引いてくる。その言葉が今は安心できる距離であった。
この空気と距離なら、お店にいるのも悪くない。
お店に寄って、彼と会って、会話をする。それだけのことを続けていれば距離は自然と近くなっていくものだ。
「リンク!そ、それって!」
「これ?」
「それ!期間限定メニューのやつじゃん!なんで⁉」
「なんでって、普通に頼んだんだけど」
「今日は終了って言われたんだけど!」
「あぁそうなんだ」
「そうなんだじゃないよ!一口!一口ください!」
「一口でいいのか?」
数十日も過ぎると、ナナのリンクに対する警戒心はほぼなくなっていた。
「ひ、一口で…明日は自分でちゃんと買うし…!」
「間に合うといいな」
「間に合う!間に合わせる!」
「じゃあ一口もってけよ。ほら」
「やったー!」
まだ使っていない食器でリンクの好意を一口分掬った。
彼もまた最初のような固さはなく、子供らしく笑うことが増えた。
「いただきまーす!……んーーおいっしー!」
「じゃあ俺も」
「リンクが頼んでくれてよかったー…明日は一個全部食べる!」
「ん、美味いな」
ナナの一口から自分も食べはじめ、飲み物と一緒にお腹に入れ始めた。彼女はそれをちょっとうらやましそうに見ながら、頼んだ商品を口に入れ始める。
「あ、そうだ」
「うん?」
「リンクに頼みたいことがあって…」
「俺に?」
食べ始めて少しの後、ナナが話かけた。リンクは少しだけ体を固くしたが、すぐにいつもの体制になった。
「その…こ、この水族館一緒に行ってくれない…?」
「水族館?」
「安いの!ペアチケットが!本当なら友達と行くんだけどだーれも予定が空いてないの!」
「ふーん…」
「安い期間に行きたいじゃない!」
「水族館好きなんだ」
リンクの言葉にナナは一瞬きょとんとした。そして顔を少し赤くしてしまった。
「いや、嫌いな人なんてそんないないし…」
「いいと思うけどな俺は」
「…」
「何で好きなのか聞いていい?」
「何でって…だって、ここ海ないし、海ってやっぱ憧れっていうか…行ってみたいっていうか」
「海行ったことないのか?」
「小さい頃は家族と行ったよ?今はもうぜーんぜん行けないし、一人で行くのもなんかあれじゃん?」
リンクは彼女の話を真剣に聞いて、飲み物を口に含んだ。
「いいよ、水族館」
「え!」
「ついでに海にも行くか?」
「え!?」
「一日中水族館にいるつもりならいいけど」
「いや、でも、海に行くまでしなくても…」
「誰とも行けてねえんだろ?ならついでに行けばいいじゃん」
「そうだけど、そうかな…?」
ナナは首をかしげて唸った。リンクは黙って彼女の反応を待つ。
「まぁ…そっか…行かないよりはいいか…」
「ん」
「じゃあ、ついでに海もお願いします」
「おう」
彼らのおでかけが決まった。
「あ、連絡先くれよ」
「え?あ、そっか。はいはい」
待ち合わせもあり、ナナは彼の言葉にうなづいてすぐにスマホを取り出した。
「んじゃ、予定時間とか後で決めるか」
「うん!」
「じゃあな」
「またねー」
目的の会話が終われば、リンクは講義のために席を立った。ナナはでかける予定と内容を考えながら飲み物を飲んだ。
約束がとれれば後は打ち合わせをしていくだけである。ナナはリンクに連絡のチャットを入力し、都合の日と時間を決めていく。
そして約束の当日になった。
「あ、こっち」
「うっわほんとにバイクだ!」
「何がだよ」
近場でナナが待っていればすでにバイクに寄り掛かって待っていたリンクがいた。
「ヘルメットかぶれる?」
「は、初めて…」
「貸して」
リンクはナナの手荷物を専用のケースにしまってヘルメットを渡した。自転車のようなヘルメットではないため、ナナは戸惑ったがリンクが慣れた手つきで装着させていく。
「髪とか苦しくないか?」
「大丈夫」
「ん、じゃあ行くか。ここに乗って」
言われた通りにナナは座り、同じようにヘルメットを被ったリンクの服を掴んだ。
「おい、死ぬ気か?」
「え」
「俺の体に腕回せ」
「えと、こう?」
「もっと!」
彼は彼女の両腕を掴んで自分の体に回した。おかげでぴったりと体がくっついている状態である。
「手絶対離すなよ」
「あのこれはまってうそでしょ!?」
「手の力抜いた瞬間に落ちて死ぬぞ」
「絶対離さない」
「よし」
恥より命が大事である。
力の入った握力を確認して二人が乗ったバイクはやっと走り始めたのだった。
バイクの運転的には安全でルールに則ったものだったが、初めて乗ったナナにとってはそんなものはわかるはずもない。
「おーい、生きてるか?」
「…」
「ほら、メットとれって」
「っはぁ!何バイクってこんな怖いの!?」
「初めてだからそう思うだけだって」
「リンク死ぬよ!乗るのやめな⁉」
「俺の交通手段奪うなよ」
笑って彼はバイクから降りたが、ナナは降りられずに少しだけその場で待った。やっと降りて水族館の入り口に差し掛かった時、彼は声をかけた。
「ナナ」
「なに?」
「これってデートってことでいいか?」
「…はぁ⁉」
「俺そのつもりで来たんだけど」
ナナは顔を真っ赤にして否定し始めた。
「そんなわけないじゃない!」
「へー」
「そもそも付き合ってない!」
「デートって別に恋人関係なくね?」
「とにかく私はそんなつもりはないの!」
「そうか」
否定する彼女を怒ることもなく、ただいつも通りに笑って答えた。ナナは早歩きで中に入ろうとしたときに、リンクは彼女の手を軽く掴んだ。
「なっ」
「ほら、中混んでるから別れたら面倒だろ」
「な、中入ったら別行動でいいじゃん⁉」
「それだと勿体ないだろ、一緒に来たのに」
「リンクが悪いんでしょ!」
「仕方ないだろ、意識してほしいんだから」
「もう行こ!」
「うん。あぁ言うの遅れた」
「今度はなに!」
「今日は一層おしゃれしてて可愛いよ」
ナナはパンクした。
しばらくショートした後、ぎこちなく入館すればナナはすぐにいつも通りに戻った。
「ねえ!あっち!あっちいこ!」
「はいはい」
手を離してほしかったはずが、今はナナが手を引いている。リンクは落ち着きなく動き、たまに水槽前で動かなくなる彼女に合わせて、手の引かれるままである。
夢中になって回っていると、ふとナナが立ち止まってスマホを見た。
「リンク!もう海行かないと!」
「あぁ。もういいのか?」
「うん!また来るよ!」
「そっか。グッズは?」
「んー…海行くからいいや」
「わかった」
彼女の言葉にうなづいて、二人は水族館を後にした。
再びバイクに乗って今度は駅にたどり着く、バイクを止めて海を目指し始めた。
「飯平気?」
「ついたらコンビニ寄ろうよ」
「いいよ。探しとく」
「私も探す」
電車の中で静かに会話をして調べた先を見せ合い、コンビニ以外の店も吟味していく。そうして過ごして乗り継いでいけば目的の駅にたどり着いた。そこからさらにバスに乗って行けば、目的の景色が見えた。
「海きたー!」
「季節じゃないから人いねーな」
「いいじゃーん!」
「あ」
人がほとんどいない海に向かってナナは走った。
そのまま靴を脱ぎ棄てて足だけを勢いよく海に入れた。
「ぎゃー!冷たい!」
「何してんだよ」
「めちゃくちゃ冷たい!」
「だろうな」
冷たさで少し冷静になったナナが叫ぶ。リンクは散らばった靴を拾って彼女に近寄った。
「でも」
「ん」
「楽しい!」
「ん」
「リンク、一緒に来てくれてありがとう!」
「いいよ」
水音を小さく大きく出しながらナナは遊ぶ。
「ところでナナ」
「なに?」
「足拭くものもってんのか?」
「…ないや」
「だと思ったわ。コンビニで買ってくるから待ってろ。他に欲しい物はあるか?」
「いえ、大丈夫です…お願いします…」
楽しそうな顔からしょぼしょぼの顔へと変わりながらリンクにお願いをした。彼は息を吐くだけで嫌な顔はせずに去っていく。
一人残った彼女は冷たさで少し感覚がなくなった足を海から出して砂まみれにしていた。
しばらく待っていればリンクが袋をもって帰ってきた。
「まだ足入れてんのか?寒くね?」
「出しては入れてを繰り返してた」
「なんでだよ」
買ってきたタオルを取り出しながらリンクは言う。ナナは海から足を出してタオルを受け取り足の水滴をふきとり始めた。
「やろうか?」
「いい」
「じゃ俺に捕まっとけ。倒れて全身濡れちゃ困るわ」
「し、失礼します…」
リンクの肩に手を置いて足を拭いて靴を履く。
「迷惑かけました…」
「別にいいけど」
「いや、まさか私もこんなはしゃぐなんて思ってもなくて…」
「久しぶりなんだろ?いいんじゃね」
「なんでこの人は全部肯定してくるかなー」
「そういうとこも好きだから」
「…」
彼女の少しだけ冷めた体が熱を帯び始めた。
「あの、リンクさん、そういうのは…その」
「冗談でもなんでもないからなぁ」
「えっと」
「俺はナナが好きだよ。俺の人生が駄目になってもいいくらい」
「おっも…」
「それくらい言わないと信じてくれねえだろ」
「逆に引くわ」
「はー?」
「そもそも、私じゃなくて別の女の子のほうがいいんじゃない?」
彼女がそういうと、リンクは眉間にしわを寄せた。
今まで見たことのない顔にナナは固まった。
「また、そういう」
「え?」
「俺はナナが好きなんだよ。他の誰がどうとか比べてどうすんだ」
「だって…」
「ナナが好きなんだ」
「…」
「ずっと、ずっと好きだった。これからもきっと好きなままだ」
「リンク」
「どうしたら、受け入れてくれる?」
今まで見たことのない、悲しむような、寂しそうな顔をしていた。少なくともナナはそんな顔は見たことがなかった。
「…あの、ね」
「うん」
「私、リンクをそういう意味で見てなかった」
「うん」
「だから告白は、断る、つもりだった」
「…?」
「でも、でもね、今リンクの好きって言葉が、すごく嬉しいの」
リンクの眼が少し大きくなった。
「私恋愛なんてしたことないし、リンクはかっこいいから私よりいい人いるって思ってた。思ってたのに」
「…」
「別の人が隣にいるって、考えたら、い、いやだった…自分で、言ったのに、辛くて、なんでかなって…」
ゆっくりと、彼は彼女を抱きしめた。
「りんく…?」
「ナナが好きだ」
「…」
「返事は、今言える?」
「…わたしも、好きです」
心海8000mまで
8000hit記念
「はぁ?」
ナナが大学の講義後に、お気に入りの喫茶でお茶とお菓子を楽しんでいる時だった。
知らぬ男性が近寄りそう声をかけてきたのだ。
顔を見れば所謂イケメンに分類される。そんな男性が近寄れば誰だって、特に女性なら少しドキドキしてしまうものだろう。
しかし、そんな男性からの言葉が「ナンパ」である。
ナナすぐに警戒した。
「あ、やっぱ怖いか」
「…」
「無視する?俺別にアンタを無理やりどうこうするつもりないから」
「…」
「俺この時間に必ず1時間いるから、気になったら声かけて。じゃ」
「…?」
男性はそれだけ言うと本当にその場から離れていった。
悪態もつかず、逆切れもすることなくただ淡々と何事もなかったように自分の席に戻っていったのだ。
ナナは人生初めてのナンパだったが、イメージと違うことに驚き、男性を目で追ってしまった。男性はその後彼女を気にすることなく、飲み物と本を片手にしていた。
「…なにあいつ」
イケメンなため様になる姿にナナのほうが悪態をついてしまった。
阿保らしいと思い、お茶とお菓子を早めに口に含んで早々に店を出て行った。どうせ明日にはいないと考えていた。
しかし次の日、男性は同じ時間にいたのだ。ナナは驚いて、残念がりながらもその日は入店することを諦めた。
「時間ずらしていけばよくね?」
という友人の言葉を聞いて、ナナは納得し、時間をずらして入店した。男性はいなかった。安心してお茶とお菓子を注文し、開いている席に座って味を雰囲気を堪能した。
しかし彼女は学生である。どうしてもずらせない講義時間やバイトのシフトはあるものだ。その時は諦めて入店をしない日もあるが、その日一日は元気がなく、バイト先で少し心配されることもあった。
「…はーぁ」
それだけ、彼女にとってその喫茶店に入ることは楽しみであり、日常の一つだったのだ。仕方なく、男性がいる時間に入店し、お茶とお菓子を注文する。ナナはあの男性がいるのを確認するが、当の本人は彼女を見ることもしない。
「…やっぱ何でもないのかな」
男性のあまりにも無関心すぎる態度にナナは自意識過剰だったか、と結論つけるようになってきた。
「…」
「!」
だが、そう考えるようになるタイミングで、男性はナナと目を合わせて小さく微笑むのだ。それ以外何かをしてくるということはないのだが、あの言葉は嘘じゃないということを見せつけてくるようだった。
「話してみたら?ヤバかったら警察に言えばいいじゃん。イケメンなんでしょ?いいなぁ」
他人事のような友人の言葉に若干の怒りを覚えたが、確かにお断りの言葉を伝えたほうがお互い楽になるのかもしれない。
自分の今後を安心させるためにも、男性に声をかけていなくなってもらおうと考え、その日にいつもの時間にいる男性に声をかけた。
「あの」
「こんにちは」
「こんにちは」
「声かけるの早いな。もっとかかると思ってた」
「あの、迷惑なんで、やめてください」
「ん?」
声をかけられた男性は読んでいた本を閉じて彼女に顔を向けた。
「ナンパしてずっといるとか、気分良くないです。私あなたのこと好きじゃないし。困ってるんです」
「まぁ、だろうな」
なんだコイツ。
ナナは彼の態度に苛立ちを覚えた。わかっててやっているのなら最低である。
「どうする?俺を警察に連れてく?」
「え」
「いいよ。迷惑かけたし、怖がらせたのもわかってるから連れてくなら行くよ」
「えっ…ちょ…」
確かに身の危険を感じたらすぐに連絡するつもりだった。だが本人から言われるとは思ってもいなかったのだ。
「あ、名前と住所とか言っとくか。俺のバイト先も教えるよ」
「ちょっちょちょ」
「何?」
「そ、そこまでしろとは言ってません!ただ私に付きまとうのやめてほしいだけで…」
「んー…でも俺、アンタのこと好きだからなぁ」
「はぁ?」
ナナはまた驚いた。
「ナンパも、アンタとこうやって会話したいきっかけが欲しかっただけだし」
「…」
「信じらんねえと思うよ。でも俺はアンタのためなら人生を棒に振ったっていいって思ってる。それくらいアンタが好きなんだ」
「…」
「だから付きまとうっていうか、意識させないっていうのは無理かな」
言葉が出てこず、どうしていいものかナナは混乱してしまった。
ナンパしてきてしかも人生をかけてもいいほど好きだと言われた。信じる信じない以前に混乱するのも無理のないことだった。
「落ち着くまで、そこで座っていいよ。俺適当に注文してくるから」
「…」
男性は椅子を引いてなるべく彼女に触れないように誘導して注文しに居なくなった。ナナはこのまま逃げればいいのだが、そんな余裕は今の彼女にはなかった。
男性が帰ってくるまで彼女は動けずにそこに座っていたのだ。
「これ食べる?結構これ注文してたから」
「…は、え」
「見てたからさ」
彼のトレーには飲み物が二つとお菓子が二つ、一つはナナがこの喫茶店で頼むことが多いお気に入りのものだった。
「食べて落ち着いたら?」
「あ、あの、お金」
「いいよ、迷惑かけた分」
「は…」
そう言うと彼は何事もなかったように自分の飲み物とお菓子を食べ始めた。ナナは混乱しながら、お気に入りのお菓子に手をつけはじめた。味は若干感じないが知っている味を感じれば少しだけ落ち着いてきた。
食べている間も彼は特に話かけることもなく、本を読み、たまに飲み物を飲んでいる程度だった。
調子が狂う。
まさにこのことだとやっと冷静になれたナナは思った。
「…あの」
「うん?落ち着いた?」
「すみませんでした…」
「いいよ。そうなるくらいわかってたし」
「いやそもそも貴方が変なこというから悪いんですよ」
「変かな?アンタのこと好きって」
「変でしょ!初対面ですよね!?信じられませんし!」
「あぁそういう意味では確かに」
やはり彼は怒ることもなく納得した様子で返事をした。
「そうだな…まず俺のこと信用してもらうところからか」
「は?」
「俺を友達くらいに信じてくれないかなって思って」
「いや…だって知らないし…」
「だから教えるって、俺の運転免許証と学生証と…」
「そんな簡単にみせないでください!怖いから!」
「見せるよ。何かあればすぐに通報できていいだろ?」
「マジで何なのあんた!」
おかしな男に捕まったもんだとナナは思った。
何か問題があればすぐに通報できるのは確かではある。ナナはため息を大きく吐きながら仕方なく学生証のほうを見せてもらった。
「…あれ、同じ大学」
「あぁやっぱり?この辺あそこしかないから」
「リンク、さん…理系のほうなんですね学科」
「うん」
「ありがとうございました」
「いいの?写真撮んなくて」
「要りません」
「そっか。まあ大学で絡んだりしないから安心して」
その言葉に彼女は少しだけ息を吐いた。
「じゃ、俺そろそろ出るよ」
「え?」
「講義入ってんだ」
「あぁなるほど」
「じゃあな。また明日」
「あ、はい…え?明日?」
彼、リンクは荷物をまとめてあっさりと席を離れていった。
流れで明日も会うような会話をしてしまったが、ナナはまたため息をついて残った飲み物を飲んだ。
お会計は全部彼が終わらせてしまっていた。
翌日、店にはいつもの時間にリンクは座って本を読んでいる。ナナもいつもの時間に店に入って、彼に声をかけるかかけまいか悩んだ。
悩んだ結果、声をかけてしまった。
「こんにちは…」
「こんにちは」
「…」
「…座ったら?」
トレーに注文の品を乗せて声をかけてしまったため、棒立ちの彼女にリンクはそう声をかけた。
断ろうと思ったが、空席が少なくなっていたのでまたしても相席する形になった。
「…」
「…」
それから特にリンクから声をかけられることも、ナナから話すこともなく黙々と時間が流れる。
「あ、そうだ。聞いていい?」
「なっなんですか⁉」
「そんな驚くなよ…」
空気を破った彼に対して気を緩めていたナナは驚いてしまった。
「この店のおすすめとか教えてよ」
「え?」
「俺の友達がこの店に興味あるらしくて、どんなのがおすすめなのか知りたいんだって」
「…リンクさんが言えばいいじゃないですか。ここにいるんだから」
「いや、俺アンタが気になってこの店のメニューとかあんま見てないし」
「…」
さらりと言われた言葉にナナはまた困惑して言葉に詰まった。
「だからメニュー教えてほしいなって思って。俺も試してみようと思うし」
「…じゃあ」
ナナは店のメニューをスマホで調べながら、リンクに画面を見せて指をさしていく。彼はそれを真剣に見つめて相槌をうつ。
「季節限定も、悪くないと思います」
「なるほどな。ありがとう助かった」
「いえ…」
そして再び会話が途切れた。
彼女的には少し会話ができてホッとしたが、流れる空気間になんとなく居心地がよくないような気がしてならなかった。
だからだろうか。
「あ、の、友達って…どんな人ですか」
「ん?」
空気に耐えられずに声をかけてしまった。
「あぁさっきの?男だよ。なるべく女子に聞いてくれってしつこかったから助かった」
「え、あ、そうなんですね。で、デートとかですかね?」
「さぁ…俺は聞いたことないけどなアイツにいるなんて…」
「そう、ですか」
会話が、終わってしまった。
ナナは注文品をなるべく早めに食べてお店を出ようと決めた。
「じゃ、私はこれで!」
「あぁうん。また明日」
終わったナナはトレーをもって返却し、リンクの言葉に返すことなく店を出ていった。
明日と言われたが明日は一人で楽しむとナナは決めた。あの空気の中では楽しむものも楽しめない。
はずだった。
「…こ、こんにちは」
「こんにちは。今日は混んでるな。どうぞ」
「す、すみません…」
店はすでに混んでおり、ナナが座る席は空いていなかった。昨日の決意は無残にも打ち砕かれ、彼の席へと足を運ぶしかなかったのだ。
「リンクさんって、何時からこのお店にいるんですか?」
「え?30分前くらい」
「結構前からいるんですね…」
「まぁバイクですぐこれるし」
「バイク…あ、運転免許証持ってるって言ってましたね」
「うん」
学生でバイクをもっているというのはなかなか珍しいものである。
ナナは関心と少しだけ偏見の眼をした。
「…言っとくけど俺金持ちじゃねえぞ」
「な、何も言ってませんけど⁉」
「目がそう言ってる。バイクもメンテナンスも全部バイトでどうにかしてんだよ」
「え…バイト掛け持ちですか?それとも闇バイトとか…」
「普通のバイトだけど。俺のことなんだと思ってんの?」
「や、すいません…」
偏見で見てしまったのは申し訳ないとナナは謝った。
「アンタはバイトしてんの?」
「…ナナです」
「え?」
「私ナナって言います…なので、アンタ呼びは、やめてください…」
「わかった、ナナね。教えてくれてありがと」
「いえ…名乗ってないの、すごい失礼でした。すみません」
「いいよ、初対面で変な奴に教えるもんじゃないしな」
やはり自分が警戒対象でおかしい奴だという自覚があったようだ。
「えっと、バイトでしたっけ」
「うん。まぁ言うのが嫌でなければ。あーバイト先に行ったりはしないから」
「普通です、接客のバイト」
「そうなんだ。俺も似たようなバイトかけもち」
「掛持ちとか、大変じゃないですか?」
「そんなでもねえよ。長くは入ってないしシフトも多くない」
「まぁ学生はそんな入れませんよね。勉学優先だって」
「そうそう、まぁ店側もいろいろあんだろ」
昨日よりも会話がスムーズにできている。
ナナはなんとなく安心してそのままリンクとの会話を続ける。
「でもお金は欲しいじゃないですか」
「なんかほしいものあんの?」
「まぁ…」
「へー何?」
「…言いません」
「じゃあ仕方ないな」
こちらが断れば素直に引いてくる。その言葉が今は安心できる距離であった。
この空気と距離なら、お店にいるのも悪くない。
お店に寄って、彼と会って、会話をする。それだけのことを続けていれば距離は自然と近くなっていくものだ。
「リンク!そ、それって!」
「これ?」
「それ!期間限定メニューのやつじゃん!なんで⁉」
「なんでって、普通に頼んだんだけど」
「今日は終了って言われたんだけど!」
「あぁそうなんだ」
「そうなんだじゃないよ!一口!一口ください!」
「一口でいいのか?」
数十日も過ぎると、ナナのリンクに対する警戒心はほぼなくなっていた。
「ひ、一口で…明日は自分でちゃんと買うし…!」
「間に合うといいな」
「間に合う!間に合わせる!」
「じゃあ一口もってけよ。ほら」
「やったー!」
まだ使っていない食器でリンクの好意を一口分掬った。
彼もまた最初のような固さはなく、子供らしく笑うことが増えた。
「いただきまーす!……んーーおいっしー!」
「じゃあ俺も」
「リンクが頼んでくれてよかったー…明日は一個全部食べる!」
「ん、美味いな」
ナナの一口から自分も食べはじめ、飲み物と一緒にお腹に入れ始めた。彼女はそれをちょっとうらやましそうに見ながら、頼んだ商品を口に入れ始める。
「あ、そうだ」
「うん?」
「リンクに頼みたいことがあって…」
「俺に?」
食べ始めて少しの後、ナナが話かけた。リンクは少しだけ体を固くしたが、すぐにいつもの体制になった。
「その…こ、この水族館一緒に行ってくれない…?」
「水族館?」
「安いの!ペアチケットが!本当なら友達と行くんだけどだーれも予定が空いてないの!」
「ふーん…」
「安い期間に行きたいじゃない!」
「水族館好きなんだ」
リンクの言葉にナナは一瞬きょとんとした。そして顔を少し赤くしてしまった。
「いや、嫌いな人なんてそんないないし…」
「いいと思うけどな俺は」
「…」
「何で好きなのか聞いていい?」
「何でって…だって、ここ海ないし、海ってやっぱ憧れっていうか…行ってみたいっていうか」
「海行ったことないのか?」
「小さい頃は家族と行ったよ?今はもうぜーんぜん行けないし、一人で行くのもなんかあれじゃん?」
リンクは彼女の話を真剣に聞いて、飲み物を口に含んだ。
「いいよ、水族館」
「え!」
「ついでに海にも行くか?」
「え!?」
「一日中水族館にいるつもりならいいけど」
「いや、でも、海に行くまでしなくても…」
「誰とも行けてねえんだろ?ならついでに行けばいいじゃん」
「そうだけど、そうかな…?」
ナナは首をかしげて唸った。リンクは黙って彼女の反応を待つ。
「まぁ…そっか…行かないよりはいいか…」
「ん」
「じゃあ、ついでに海もお願いします」
「おう」
彼らのおでかけが決まった。
「あ、連絡先くれよ」
「え?あ、そっか。はいはい」
待ち合わせもあり、ナナは彼の言葉にうなづいてすぐにスマホを取り出した。
「んじゃ、予定時間とか後で決めるか」
「うん!」
「じゃあな」
「またねー」
目的の会話が終われば、リンクは講義のために席を立った。ナナはでかける予定と内容を考えながら飲み物を飲んだ。
約束がとれれば後は打ち合わせをしていくだけである。ナナはリンクに連絡のチャットを入力し、都合の日と時間を決めていく。
そして約束の当日になった。
「あ、こっち」
「うっわほんとにバイクだ!」
「何がだよ」
近場でナナが待っていればすでにバイクに寄り掛かって待っていたリンクがいた。
「ヘルメットかぶれる?」
「は、初めて…」
「貸して」
リンクはナナの手荷物を専用のケースにしまってヘルメットを渡した。自転車のようなヘルメットではないため、ナナは戸惑ったがリンクが慣れた手つきで装着させていく。
「髪とか苦しくないか?」
「大丈夫」
「ん、じゃあ行くか。ここに乗って」
言われた通りにナナは座り、同じようにヘルメットを被ったリンクの服を掴んだ。
「おい、死ぬ気か?」
「え」
「俺の体に腕回せ」
「えと、こう?」
「もっと!」
彼は彼女の両腕を掴んで自分の体に回した。おかげでぴったりと体がくっついている状態である。
「手絶対離すなよ」
「あのこれはまってうそでしょ!?」
「手の力抜いた瞬間に落ちて死ぬぞ」
「絶対離さない」
「よし」
恥より命が大事である。
力の入った握力を確認して二人が乗ったバイクはやっと走り始めたのだった。
バイクの運転的には安全でルールに則ったものだったが、初めて乗ったナナにとってはそんなものはわかるはずもない。
「おーい、生きてるか?」
「…」
「ほら、メットとれって」
「っはぁ!何バイクってこんな怖いの!?」
「初めてだからそう思うだけだって」
「リンク死ぬよ!乗るのやめな⁉」
「俺の交通手段奪うなよ」
笑って彼はバイクから降りたが、ナナは降りられずに少しだけその場で待った。やっと降りて水族館の入り口に差し掛かった時、彼は声をかけた。
「ナナ」
「なに?」
「これってデートってことでいいか?」
「…はぁ⁉」
「俺そのつもりで来たんだけど」
ナナは顔を真っ赤にして否定し始めた。
「そんなわけないじゃない!」
「へー」
「そもそも付き合ってない!」
「デートって別に恋人関係なくね?」
「とにかく私はそんなつもりはないの!」
「そうか」
否定する彼女を怒ることもなく、ただいつも通りに笑って答えた。ナナは早歩きで中に入ろうとしたときに、リンクは彼女の手を軽く掴んだ。
「なっ」
「ほら、中混んでるから別れたら面倒だろ」
「な、中入ったら別行動でいいじゃん⁉」
「それだと勿体ないだろ、一緒に来たのに」
「リンクが悪いんでしょ!」
「仕方ないだろ、意識してほしいんだから」
「もう行こ!」
「うん。あぁ言うの遅れた」
「今度はなに!」
「今日は一層おしゃれしてて可愛いよ」
ナナはパンクした。
しばらくショートした後、ぎこちなく入館すればナナはすぐにいつも通りに戻った。
「ねえ!あっち!あっちいこ!」
「はいはい」
手を離してほしかったはずが、今はナナが手を引いている。リンクは落ち着きなく動き、たまに水槽前で動かなくなる彼女に合わせて、手の引かれるままである。
夢中になって回っていると、ふとナナが立ち止まってスマホを見た。
「リンク!もう海行かないと!」
「あぁ。もういいのか?」
「うん!また来るよ!」
「そっか。グッズは?」
「んー…海行くからいいや」
「わかった」
彼女の言葉にうなづいて、二人は水族館を後にした。
再びバイクに乗って今度は駅にたどり着く、バイクを止めて海を目指し始めた。
「飯平気?」
「ついたらコンビニ寄ろうよ」
「いいよ。探しとく」
「私も探す」
電車の中で静かに会話をして調べた先を見せ合い、コンビニ以外の店も吟味していく。そうして過ごして乗り継いでいけば目的の駅にたどり着いた。そこからさらにバスに乗って行けば、目的の景色が見えた。
「海きたー!」
「季節じゃないから人いねーな」
「いいじゃーん!」
「あ」
人がほとんどいない海に向かってナナは走った。
そのまま靴を脱ぎ棄てて足だけを勢いよく海に入れた。
「ぎゃー!冷たい!」
「何してんだよ」
「めちゃくちゃ冷たい!」
「だろうな」
冷たさで少し冷静になったナナが叫ぶ。リンクは散らばった靴を拾って彼女に近寄った。
「でも」
「ん」
「楽しい!」
「ん」
「リンク、一緒に来てくれてありがとう!」
「いいよ」
水音を小さく大きく出しながらナナは遊ぶ。
「ところでナナ」
「なに?」
「足拭くものもってんのか?」
「…ないや」
「だと思ったわ。コンビニで買ってくるから待ってろ。他に欲しい物はあるか?」
「いえ、大丈夫です…お願いします…」
楽しそうな顔からしょぼしょぼの顔へと変わりながらリンクにお願いをした。彼は息を吐くだけで嫌な顔はせずに去っていく。
一人残った彼女は冷たさで少し感覚がなくなった足を海から出して砂まみれにしていた。
しばらく待っていればリンクが袋をもって帰ってきた。
「まだ足入れてんのか?寒くね?」
「出しては入れてを繰り返してた」
「なんでだよ」
買ってきたタオルを取り出しながらリンクは言う。ナナは海から足を出してタオルを受け取り足の水滴をふきとり始めた。
「やろうか?」
「いい」
「じゃ俺に捕まっとけ。倒れて全身濡れちゃ困るわ」
「し、失礼します…」
リンクの肩に手を置いて足を拭いて靴を履く。
「迷惑かけました…」
「別にいいけど」
「いや、まさか私もこんなはしゃぐなんて思ってもなくて…」
「久しぶりなんだろ?いいんじゃね」
「なんでこの人は全部肯定してくるかなー」
「そういうとこも好きだから」
「…」
彼女の少しだけ冷めた体が熱を帯び始めた。
「あの、リンクさん、そういうのは…その」
「冗談でもなんでもないからなぁ」
「えっと」
「俺はナナが好きだよ。俺の人生が駄目になってもいいくらい」
「おっも…」
「それくらい言わないと信じてくれねえだろ」
「逆に引くわ」
「はー?」
「そもそも、私じゃなくて別の女の子のほうがいいんじゃない?」
彼女がそういうと、リンクは眉間にしわを寄せた。
今まで見たことのない顔にナナは固まった。
「また、そういう」
「え?」
「俺はナナが好きなんだよ。他の誰がどうとか比べてどうすんだ」
「だって…」
「ナナが好きなんだ」
「…」
「ずっと、ずっと好きだった。これからもきっと好きなままだ」
「リンク」
「どうしたら、受け入れてくれる?」
今まで見たことのない、悲しむような、寂しそうな顔をしていた。少なくともナナはそんな顔は見たことがなかった。
「…あの、ね」
「うん」
「私、リンクをそういう意味で見てなかった」
「うん」
「だから告白は、断る、つもりだった」
「…?」
「でも、でもね、今リンクの好きって言葉が、すごく嬉しいの」
リンクの眼が少し大きくなった。
「私恋愛なんてしたことないし、リンクはかっこいいから私よりいい人いるって思ってた。思ってたのに」
「…」
「別の人が隣にいるって、考えたら、い、いやだった…自分で、言ったのに、辛くて、なんでかなって…」
ゆっくりと、彼は彼女を抱きしめた。
「りんく…?」
「ナナが好きだ」
「…」
「返事は、今言える?」
「…わたしも、好きです」
心海8000mまで
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