幸
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おおかみさんの店は、大人ばかりが来るのではない。
「えっと…ここ、どこですか?」
「うむ、ここはおおかみさんが営む飯屋だぞ少年」
「めしや…?」
「ご飯を食べるお店だぞ」
「ごはんを食べるところ?ぼく、そんなお店に入ったつもりじゃないのに」
「そうか。だが繋がったのも何かの縁。ご飯をたべていくとよい」
「で、でも…」
少年に近づいて視線を合わせるようにかがんでいるおおかみさん。
だが、少年は遠慮なのか戸惑いなのかもじもじとしている。
「…ふむ、何か大切な用事があるようだ」
「…」
「だが、少年が健康でないと途中で倒れてしまうぞ」
「ぼ、ぼく具合わるいの!?」
「そうさなぁ…あんまり大丈夫そうには見えんなぁ」
「どうしよう!どうしたらいい!?」
具合が悪いというより、元気がないのほうが正しいが、おおかみさんは言わずに少年を見つめた。
おおかみさんの不穏な言い回しに少年は泣きそうになっている。
「不安にさせてすまんな。大丈夫だ。おおかみさんが治してやるぞ!」
「ほんとう!?」
「おおかみさんは嘘は言わないぞ!そらこちらにおいで」
おおかみさんの言葉にうなづいた少年を席へと案内し、抱き上げて椅子に座らせた。それからおおかみさんは定位置に戻り、すぐにご飯の用意を始める。
「少年、少しまっていろ」
「うん!」
「よい返事だ!」
不安ながらもしっかりと返事をする彼に、彼女は笑顔で応えた。
すぐにまな板と包丁を散りだし、玉ねぎ、と鶏肉をとりだす。フライパンに油をひき、温めながら玉ねぎ、鶏肉を細かく切っていく。グリンピースをと思ったが、採れた野菜を思い出してやめた。
温めたフライパンにまず玉ねぎと鶏肉も入れて炒める。火が通ったところで、炊いていたお米を取り出してフライパンに混ぜた。
「…あの、何を作ってるの?」
「美味しくて元気になれるご飯だぞ」
「ごはんで、元気になれるの?」
「なれるぞ」
焼ける音に驚きながらも、少年は好奇心からか落ち着かなさそうだ。
お米が入ったフライパンに、ケチャップと調味料を入れてさらに炒めていく。白い湯気が少年の前を通り過ぎた。
「…知らない匂い」
「初めてか?」
「うん…でも全然嫌じゃない」
「そうかそうか」
炒めた物を一旦別皿にのせて、フライパンをさっと洗い、また火にかける。その際別の小さなフライパンを取り出して、そちらも温め始めた。
待っている間におおかみさんは採れた緑のほうれん草を水で洗って小さめに切る。そして卵をボウルに割り入れ、手早く混ぜる。
ぐぅ
「む」
「…」
「…ふふふ、もう少しだぞ少年」
小さな空腹を、おおかみさんの耳は逃さない。恥ずかしそうに縮こまる少年に笑って、急ぎめに作業を再開した。
二つのフライパンにバターを入れて溶かし、一方に卵、一方にほうれん草を入れた。
じゅわじゅわと焼ける音と湯気が元気に店内を駆け回る。卵がある程度薄く固まれば、先ほどのお米を入れて形を少し整える。フライ返しで手元から卵を掬い、お米を包むようにかぶせた。その後持ちての手首をトントンと叩いて卵を少しずつずらす。
黄色くまるい面が出れば新しい皿にそのままそっと移した。
もう一方のフライパンも焦げないように混ぜ、塩と、とうもろこしを入れる。ほうれん草がしんなりすれば、火から取り上げて先ほどの皿にちょいちょいと乗せた。
最後、黄色い卵にケチャップをとろりとかけた。
「少年、お待ちどう様」
「!」
「おむらいすだぞ!」
まあるい黄色の卵に赤いケチャップがよく映える。少年の不安はどこかへ消え、目の前のオムライスが気になって仕方がない様子だ。
「遠慮なくお食べ!」
出された匙を握り、オムライスの真ん中に差し込む。暖かいライスが現れ、薄い卵がぷるぷると揺れた。ケチャップのかかったオムライスを一口食べて口を動かせば、少年は顔を輝かせた。
「おいしー!」
「そうだろうそうだろう!」
「すっごくおいしい!オムライスってすごい!」
「よく噛んで食べるんだぞ!」
「うん!」
口いっぱいに含んで食べる姿はさながらリスのようで、おおかみさんはニコニコ笑ってみていた。ほうれん草も嫌がることなく、美味しそうに食べている。
一緒に出されていたミルクも飲み、お皿は綺麗になった。
「おいしかった!」
「うむうむ!よい食べっぷりだったぞ!」
「ぼくこんなごはん初めて食べたよ!」
「そうかそうか!」
おおかみさんは笑顔でカウンターから出て、扉に何かをしていた。それから少年の隣に座り、濡れた手ぬぐいを持つ。
「ほれ顔を少し貸してくれ」
「ん、んうぅ」
勢いよく食べたおかげで、少年の顔は汚れていた。それを丁寧にぬぐっていく。
「よしよし、きれいになったな」
「…ありがとう」
「さぁ少年、一体何を背負わされたんだ?」
「えっ」
「おおかみさんはなんでもお見通しだぞ。言えないことを言ってみるといい」
初対面の、得体の知れない女性にいきなり言われれば困惑するものだ。だが不思議と、彼女ならと思えるのだ。
「ぼく、育った森から出てきたんだ。コキリ族じゃないって言われた」
「ほう」
「デクの木さまから、ゆうしゃだって言われて…ハイリアじょうっていうところに行ってきなさいって言われたの…」
「そうか」
「ぼくは、ゆうしゃなんか知らない、でも、森にもいばしょがないって、ぼく、せかいなんてすくえない…しらないっなにもしらないのにっなんで…なんで…」
話せば、ぽつりぽつりと大きな瞳から涙がこぼれていく。
「やだよぉ…かえりたい…みんなのところにかえりたいよぉ…」
「…そうかそうか、そらおいで」
ぐしゃぐしゃに泣き出してしまった少年をおおかみさんは持ち上げて膝にのせて抱きしめた。
体を揺らし、背中を撫でる。
「その身で受け止めるには、ちと大変な事だなぁ」
「うぁあぁ…っんぐ…かえりたいよぉ!」
「そうだな、当然だな」
「なんでぼくなのっ…なんでぼくがやんなきゃいけないのぉ…」
「よしよし、よくここまで頑張ったなぁ。つらかったなぁ」
遠慮なく落ちる涙を、おおかみさんの服が全部拾っていく。暖かく安心できる腕の中は、きっと彼が今まで抱えてきた緊張を解くには十分であったのだろう。
長く強く泣いた少年は暖かさに包まれながらすやすやと眠ってしまった。
「…ほれ、そこの森の使いよ。でておいで」
「…こ、こんにちはっ!」
「固くなるな。おおかみさんはただのおおかみさんだ」
「でもっ女神さまの前なんて恐れ多いです!」
少年の帽子の中からちらりと、小さなまあるい妖精が出てきた。妖精は激しく点灯しながらそわそわと落ち着かなそうだ。
「おおかみさんのことより、少年のことだ」
「ハイ…」
「なんとも大変な運命をもってしまったものだ」
「…知らなかったんです、リンクがこんなに悩んでたなんて」
「リンク?この子の名前か?」
「そうですヨ」
「流行っているのかその名前」
「?」
緑の服を着たリンクという青年を二人ほどお客として迎えたばかりである。おおかみさんは首を傾げたが、腕の中のリンクがむにゃむにゃと動いた。
「り、リンク!いくら子供でも女神さまの体に…」
「気にするな。安心して寝れるのならいいことだ」
「でも、その、手と頭がですね!」
「む?問題があるのか?」
身長的に、おおかみさんのたぷんたぷんがリンクの枕になっていた。暖かさと柔らかさは多くの生き物が求めるものだ。リンクが心地が良いところを求めるのは仕方がない。
そう、下心なんて全くないのだ。
「女神さまはもっと自分のことを気にしてください!」
「おおかみさんは強いから問題ないぞ!」
「そうじゃなくってぇ!」
妖精の心配も気にせず、おおかみさんはリンクを抱える腕を緩めない。
「森の使いよ」
「ナビィって言います!」
「ナビィか、良い名だ。リンクのことを見ておいてくれ」
「ハイっ!」
「うむ、良い返事だ!」
「むぅ…」
二人の会話でリンクが目を覚ましたようだ。たぷんたぷんに負けないやわらかな頬を上にむけた。
「おはようリンク!」
「おはよう…あれ、ぼくねちゃったの…?」
「リンク!良く寝てたのはいいけど早く降りなさい!」
「ナビィ…」
まだまだ寝ぼけているリンクに、ナビィは注意している。おおかみさんはにぎやかなふたりを見てまた笑い、自慢の尻尾で包んだ。
「わぁっ!ふわふわだ!」
「わわっ女神さま!」
「よいよい!おおかみさんは楽しいのがすきだぞ!」
「あははっくすぐったーい!」
リンクはふわふわの尻尾に夢中になり感触を楽しむ。ナビィはいけないと思いながらも柔らかさに負けてしまっている。
「好きなだけここにいるとういいぞ!おおかみさんは大歓迎だ!」
「好きなだけ…」
おおかみさんの言葉にリンクは止まった。
「どうした?」
「…ぼく、やっぱりいくよ」
「ふむ、何故?」
「デクの木さまが最後に言った言葉だから、ぼくやらなきゃ」
「そうか。リンクが決めたならそれでよい」
「あれ、ぼくの名前、どうして?」
「そこのナビィが教えてくれたぞ」
「そうなんだ」
ナビィが少しだけ申し訳なさそうに光った。
「リンク、これから先もきっと辛いことがある」
「…うん」
「もしまた辛くなったり悲しくなったらこのタカマガハラに来るといい」
「たま?」
「うむ、タマだ。空と太陽に向かって両手を合わせて祈ってくれ」
「こう?」
「そうそう。感謝と祈りをしてから扉をくぐればタマに着く」
「ほんとう?」
「最初に言ったぞ。おおかみさんは嘘はつかない!」
不安そうなリンクの頭をまた撫でて笑顔で答えた。
「わかった!」
「よし!では元気に行ってきなさい!」
「うん!…えっと」
「ん?おおかみさんのことはおおかみさんと呼んでくれ!」
「おおかみさん!またくるね!」
「女神さま!ありがとうございます!」
おおかみさんの膝から降りて、リンクとナビィは外に飛び出した。
「…魂か、運命につかまってしまったのだな」
静かになった店内で彼女の声が誰にも拾われずにこぼれていった。