幸
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
今日も今日とておおかみさんはタカマガハラの店内の掃除をしてお客を待っていた。
「めにゅーの文字も読めるようにしたから、これで注文がくるだろう!むふふ!」
壁に掛けられた木の板には達筆なハイラル文字が書かれていた。逆に読みにくいような気がしなくもない。
「こんにちは」
「む、いらっしゃいリンク!」
「おう」
「…?」
むふむふと鼻を鳴らしていたおおかみさんは、入店した影の世界のリンクを見てすぐに表情を変えた。
いつものように元気な入店ではない、大人しい入り方であった。
「どれ、今日は何がいいんだ?後ろのめにゅーを読んでくれ!」
「ん?あ、本当だ。読める」
「これ以外にもあるがな!」
「んー…」
メニューを見ても反応があまりよろしくないようだ。
すぐに席に座ることもせず、ぼんやりとメニューを眺めている。
「食欲はないのか?」
「…そうかも」
「そうか」
会話は続かず、リンクは頭を乱雑にかいた。
「…ごめんやっぱ帰るわ」
「む?」
「ここに来ても食う気ないし。迷惑だろ」
「これこれ待ちなさい」
おおかみさんは帰ろうとした彼の首根っこを捕まえた。
「タカマガハラの来店条件を忘れたのか?」
「え?」
「ここは悩み、不安に思う人を迎える店。そなたの来店はまさに正式なものだ。おおかみさんはそういう民を笑顔にするのがお仕事だぞ」
「…そういやそうだったな」
「最近は顔ぱすのように来るからな!」
彼女の言葉に、彼は向き直ってカウンター席に座った。おおかみさんもそれを見てすぐに調理場へと戻る。
「さて、食欲がないんだったな」
「うん…飯屋に来てひどい話だよな」
「ふふふ、リンクよ。甘く見てはいかんぞ」
「え?」
「任せろ!」
おおかみさんは笑顔でお鍋に大量の水と生米を入れて火にかけ始めた。
次にマグカップを二つ用意して中にミルクを入れる。それを裏手にもっていき、高い細い音を鳴らした。
もって帰ってきたマグカップに角砂糖、もう一個のカップに蜂蜜を一つ入れて軽く混ぜる。
「ふふ、まずはこれを飲んで温まるといいぞ」
「…ミルクだ」
「ほっとみるくだぞ」
「ホットミルク…」
おおかみさんはまだぼんやりとするリンクの前に暖かいミルクを差し出し、もう一つを自らが飲んだ。
彼が来店し始めて、初めて彼女がした行動だった。
だが、リンクはそこに文句を言うこともなく、同じようにカップを手に取り、同じように口に流し込む。
「…あったけ」
「うむ」
それだけ言うと、リンクはゆっくりと繰り返しホットミルクを飲み始めた。おおかみさんはそれを眺め、米の様子を見る。
沸騰したお湯の中で米がゆっくりと膨らんでいく。たまにかき混ぜながら下準備として卵をいくつか割って溶いていく。
お鍋の中を見れば米は水分を多く含んだものになり、全体的にとろりとしたものになっていた。
おおかみさんは焦げないように調味料を入れながらかき混ぜ、その上から卵を流し入れて蓋を軽くした。
「…」
二人とも会話をすることなく料理ができあがるのをただ待った。彼女は蓋をしていた鍋の中身を確認し、火を止めてお椀にその中身を入れる。
「リンク、お粥だ」
「おかゆ?」
「お米をお湯で煮込んだだけのものだぞ。卵もはいってて美味しい」
「…」
白いとろりとしたお米に優しい色で固まった卵が光に反射して輝いていた。湯気と共に香るしょっぱいような甘そうな匂いは不思議と美味そうと思えるものだった。
出された匙を手に取り、一つ掬うとやはりとろりとこぼれおちる。お椀に対して量が少ないように見えるが、この程度なら入るかもしれないと彼は思った。
「はむっ…はふっ…」
予想通り熱いそれを口の中で冷ましていく。
お米が想像以上に柔らかく、噛むという行為がいらない。適度に塩気があり、だが甘い味もある。決して濃い味ではないが、それが今の彼にとっては丁度良かった。
「…」
無言でゆっくりとお粥を食べ続ける。おおかみさんはそれを見て残っているホットミルクを飲んだ。
少ない量だと思っていたお粥は、食べきると結構お腹にたまるものだった。リンクは匙を置いて息を吐いた。
「お粗末様だ」
「…やっぱりすげえなおおかみさんって」
「ん?」
「俺本当に何も食べたくなかったのに…」
「ふふ、本来の役割だからな」
「…なあおおかみさん」
リンクは視線をずらし、言葉を一度止めてからつづけた。
「忘れられたことって、あるか?」
「…どうして?」
「いや、あー…その、知り合いが俺の事忘れてさ…なんか…」
「そうか」
「うん…」
彼は手を強く握った。
おおかみさんはそれを見てお椀を下げる。
「忘れられたことはな。あるぞ」
「え?」
「おおかみさんはたくさん忘れられたぞ」
「えぇ?」
「たくさんの人がおおかみさんを忘れていったぞ」
彼女の言葉にリンクは困惑するが、当の本人はあっけらかんとしている。
「でもなリンク。人は思い出せるんだ」
「おおかみさん」
「勿論、絶対なんて言えない。でも思い出せるんだ。何度忘れられてもいつかは思い出してくれる」
「…」
「大丈夫。それはそなたのせいじゃない」
彼の眼が少しだけゆるんだ。
「今はその命があったことを喜ぼう。きっと安心して感情がしっちゃかめっちゃかになってしまったんだな。リンクは真っすぐで良い子だからな」
「…んだよそんなんじゃない」
「まだ子供のそなたには難しい状況だったなぁ」
「こどもじゃねーわ…」
「おおかみさんからしたら皆子供よ」
彼女は両手で彼の頭をよしよしと撫でる。言葉で反抗するものの、おおかみさんの行動にされるがままだ。
「…悪かったなおおかみさん。ありがと」
「礼などいらん」
「あぁ、感謝か」
「それはそうだが、おおかみさんはここに来る民が少しでも幸せになってくれればいい。おおかみさんの事を考える必要はないぞ」
「慈悲活動がすぎるって…」
「おおかみさんなので!」
「あー意味わかんねえ」
もしゃもしゃと頭を遠慮なく撫で、満足したのか両手を離した。
「ほれホットミルク飲みなさい。む、冷めてしまったか」
「あ、悪い」
「温めなおすぞ」
「いや、飲む。おかわりくれよ」
「…うむ!まかせろ!」
ぬるいミルクを飲みほして、カップをおおかみさんに渡した。
リンクはこの日初めて長くタカマガハラに居座った。