公安×志賀 颯太郎
夢小説設定
それは突然、終わりを告げる
※歩さん出ない、志賀さん多め
志賀さんから誘いを受けて、数日。
(まさか、秘書になって欲しいと、)
(言われた時は驚いたけれど…)
清掃員から一変。
志賀医師の専属秘書としての日々が、
はじまった。
(同僚のおばちゃんたちには、)
(色々聞かれたけれど…)
(実は、従姉妹ってことで、)
(なんとか納得してもらえてよかった)
親戚絡みで、病院の実態を探るために清掃員として働いていたこと。そして、病院の経営を知るために、今度は秘書で働いていくこと。
(結構、強引な設定って思ったけど、)
(志賀さんのあと押しもあって、)
(誰ににも何も言われなくてよかった…!)
秘書になり、副医院長の部屋に入り浸り。
志賀さんの身の回りをお世話しながら、
帳簿や人間関係を調べていった。
帳簿によると、資金運用は順調。
病院での収入以外にも、やはり不透明な資金の流入・流出がみられ、すぐに津軽さんに連絡をした。
今頃は、百瀬さんや大石くんが帳簿から色々と調査をしてくれているはずだ。
津軽さんからは、さらに情報収集するように命じられ、次は院長との接触を試みないと…。
志賀「ちょも、ここにいたのか」
ちょも「志賀さん、お疲れ様です。今日はあと…、診察を巡回して終わりですね」
気付けば定時も過ぎて、20時に差し掛かる。
志賀「ああ、そうだな。30分くらいで戻るから、…一緒に帰るか?」
ちょも「いいんですか。じゃあ、もう少し片付けをして、待ってますね」
志賀「ああ。……ちょも」
名前を呼ばれ、身体を引き寄せられる。
後ろから志賀さんにハグされて、
首筋がくすぐったい。
(い、いきなり抱きつかれるなんて…)
(慣れて………こない!)
(全然!!!慣れない!!!)
ちょも「…颯太郎さん。まだ、勤務中ですよ?」
緊張しながらも、志賀さんの手を解いて、
はいっと机からカルテを手渡した。
志賀「そうだな……。続きは、後で」
ふっと笑って、志賀さんは出ていった。
(その、ふって、笑う笑顔が、)
(……ちょっとだけ)
(カッコ、いい…………かも……)
抱きしめられたぬくもりを思い出し、
赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ。
志賀さんを待っている間に、
片付けをしながら気持ちを落ち着かせる。
(そういえば…)
(秘書になってからは、)
(歩さんと、全然会えてないな)
捜査のための家で寝泊まりして、
病院に出勤しているため、
そもそも、公安課にも戻っていない。
(津軽さんには連絡してるけど…、)
(瀬戸内くん、大石くん…)
(こんなに離れてる時期もないから、
(なんだか寂しいな…)
まだ志賀さんが戻ってくる気配がないため、
ソファに座って、スマホを手に取った。
いつか撮った写真を見返していく。
(ふふ、去年のBBQ楽しかったなぁ)
(あっ、これ千葉さんと鳴子と行った、)
(津軽さんが働いていたホストクラブ…)
あの時は、歩さんも忙しくて。
気分転換に初めて行ったホストで、
津軽さんに遭遇してしまった。
津軽さんは、なんちゃらの君という名前で、
人気ナンバーワンホストになっていた。
(あの後、めちゃくちゃいじられたっけ、)
(ホスト行くぐらい、)
(男に飢えてるとかなんとか…)
(…………津軽さんって、)
(黙ってたらイケメンなのに………)
写真を眺めてぼんやり考え事をしていると、
ガチャッと部屋の開く音がして、
振り返ると志賀さんが戻ってきた。
志賀「ちょも、待たせた。帰ろう」
ちょも「はい!お疲れ様です」
鞄を手に取り、外に向かった。
ーーー数日前の夜。
新調したワンピースを見にまとい、
志賀さんに連れられて、
港区にある洒落たレストランにきていた。
天井も高く、高級感のある内装。
志賀さんの手慣れたエスコートに、
非日常感を得て、胸が躍る。
(お忍びデートって、感じ…)
(捜査のはずなのに、浮かれそうになる…)
不意に、津軽さんの言葉を思い出す。
( 浮かれてない?…って、)
(私が浮かれるって、わかってたってこと…)
(の、飲まれないようにしないと!!)
背筋を伸ばして、志賀さんに視線を移す。
志賀「……君には、説明する約束だ」
桃山「……はい」
志賀「話そう。…だが、まずは乾杯、だな」
志賀さんはそう言って、グラスを手に持ち、
優しい笑みを浮かべた。
軽くグラスを交わして、口付ける。
志賀「…うちの病院は、代々継いでいるんだ」
桃山「はい。聞いたことがあります…志賀さんのお父様が、いまは医院長なんですよね?」
志賀「ああ、そうだ」
志賀さんは、グラスを持った片手を見つめて、話を続ける。
志賀「医師になり、後を継ぐことが現実的になってきたからなのか……。最近、特に見合いの話も多くなったんだ」
桃山「………」
志賀「両親からは、あのパーティで婚約者を連れて行かなければ、否応でも見合いをさせると言われていたんだ」
桃山「そうだったんですね…」
(特に、今回の事件とは関係なく、)
(見合いのため、だったんだ…)
嘘をついているようには見えず、ひとまず、
志賀さんの話を受け入れることにした。
志賀「ああ。…改めて、謝罪する。君を利用するような真似をして、申し訳なかった」
志賀さんは、グラスから視線を移し、
真っ直ぐにこちらをみて言った。
(それを言われたら、)
(私だって、人のことは言えない…)
桃山「い、いえ。貴重な体験をさせていただきましたし…それに…」
(ちゃんと、捜査しないと)
(この人を、おとさないと…!!)
志賀さんに視線を合わせて、言葉を続ける。
桃山「颯太郎さんと、こうしてお話しできて、嬉しいです。…って思うのは、ダメですか?」
志賀「!!」
志賀さんが赤面し、視線を逸らす。
志賀「そ、それは………。俺も、同じだ」
志賀さんに手をそっと握られる。
桃山「っ!!」
志賀「ちょも、…俺の秘書にならないか?」
桃山「えっ!?ひ、秘書ですか?」
志賀「ああ。この先、病院のことを知っておくに越したことはないだろう。君さえ良ければ、だが…」
(そんなの、めちゃくちゃ都合が良い)
(断らない分けないけど、)
(本当に、利用…するんだっ…)
少しだけ、罪悪感が生まれる。
もしこの人が本気だったら、
私は裏切ることになるんだって。
志賀「……すまない。少し急ぎすぎたな」
桃山「いえ…!私でよければ、不束者ですが、よろしくお願いいたします…!」
志賀「ああ。ちょもに、お願いしたい」
志賀さんは、ふっと優しい笑みを浮かべた。
桃山「が、がんばります…!」
両腕でぐっとやる気を示すと、
志賀さんは楽しそうに笑った。
志賀「本当に…、可愛いな」
桃山「!?」
志賀さんに向けられる視線と、
ストレートな言葉に、本気で照れてしまう。
(かかか、可愛いって…!?)
(捜査中捜査中………)
バクバクとなる心臓を手で押さえて、
落ち着こうとする。
(な、なんか違う話題、違う話題…)
桃山「……あ!そ、そういえば志賀さん。私、志賀さんにドレスをお返ししようと思って持ってきたんです」
志賀「そのドレスは、君に贈ったものだ。受け取ってくれ」
桃山「そ、そんな高価なもの…」
志賀「いいんだ。受け取ってくれ」
桃山「……わかりました。じゃあ、遠慮なく頂戴します」
志賀さんに向かって、小さく頭を下げる。
(あんな高価なドレス、)
(いただいちゃっていいのかな…)
志賀「ああ。君が欲しいものなら、いくらでも贈ろう」
桃山「いや!そんな!十分です!」
志賀さんは、また楽しそうに笑った。
志賀「何かあれば言ってくれ。…じゃあ、そろそろ料理を食べようか」
桃山「はい!いただきましょう」
志賀さんと運ばれてきた料理を食べて、
お腹が満たされる。
(ここの料理、全部美味しかった…!)
(もう食べれない…!)
(………って、いやいや!)
(普通にデート楽しんでる!捜査!)
ハッとして、我にかえった。
他愛もない会話をしていて、有益な情報になるようなことは、何も掴めていない。
(明日から秘書として働いて、)
(何か手に入れられる可能性は高いけど…)
志賀「……ちょも、このあと時間はあるか?」
桃山「はい、大丈夫です」
志賀「そうか…」
桃山「……もう少し、颯太郎さんと…一緒にいたいです」
そっと手に触れて、上目遣いで声をかけた。
志賀さんが照れながら、口に手を当てる。
志賀「き、君は…」
桃山「……?」
(いつも津軽さんがやるように、)
(上目遣いで手に触れてみたけど…)
(うまく…いった…!?)
志賀「いや…、なんでもない。行きつけのバーがあるんだ。行こう」
志賀さんが立ち上がって会計をすませ、
後からついていく。
一瞬、店の奥の席に、見覚えのある姿が、
見えたようや気がした。
(津軽さん…なわけないよね)
(もし見られていたら、)
(めっちゃ恥ずかしいんですけど…!!)
気恥ずかしさを抱えながら、
志賀さんとタクシーに乗って移動し、
昨日のホテル内にあるバーに到着した。
志賀さんに連れられるまま、
バーカウンターに座る。
店員「志賀様、ようこそ」
志賀「ああ。いつもの、同じものを」
店員「かしこまりました」
(昨日と同じホテルだし、)
(ここの常連なのかな…)
チラッと近くの席を見回すと、
上品そうな身なりをした人が会話している。
桃山「よく、来られるんですか?」
志賀「いや、最近は仕事で来れなかった。落ち着いて飲みたい時は、ここに来る」
桃山「そうなんですね」
まもなくドリンクが運ばれてきて、
グラスを手に取り、乾杯して口につける。
志賀「もし苦手だったら言ってくれ。他のものと取り替える」
桃山「いえ、すごく美味しいです」
志賀「そうか。よかった」
(それにしても…、)
(何から聞こう、いきなりっても変だし…)
志賀「……ちょもは、こういう店によく来るのか?」
桃山「えっと、私はあんまりバーには行ったことないです。正直、ちょっと緊張してます…」
正直に感想をのべると、
志賀さんは顔に手を当て、照れて言った。
志賀「……俺も、緊張する」
桃山「えっ」
志賀「君が隣にいると…、俺も、緊張する」
桃山「………!!」
(なんだか、ほんとうに、)
(恋愛をしてるみたいで、)
(心臓がもたない……!!!)
赤面して目が合わせられず、
座り直そうと思って身体を動かすと、
誤って後ろにバランスを崩してしまった。
桃山「あっ…」
志賀「危ない!」
咄嗟に志賀さんの腕がのびて、
そのまま身体を引き寄せられる。
さっきよりも身体が触れ合うように、
椅子に引き戻されてしまった。
(肩も、腕も…密着してて…!)
(ととと、というか腰に手が!手が!)
志賀「大丈夫か?水を頼もう」
志賀さんは、腰に手を当てたままで、
店員に水を頼んでいる。
桃山「……あ、あの!!」
志賀「?」
桃山「て、手が………」
志賀「……!!す、すまない…!無意識に、君を支えようと、手を伸ばしたままに…。悪気はなかったんだ、すまない」
志賀さんが、慌てて手を離した。
桃山「そ、そうですよね!すみません、引っ張っていただいたのに、ただちょっと恥ずかしくって…」
志賀「いや、それとこれとは別だ」
真面目な顔で、志賀さんは言った。
桃山「あの、颯太郎さんって…。どうしてそんなに、優しいんですか?」
志賀「え?」
桃山「いやっ、その、こんなに魅力的なのに、どうしてどなたともお付き合いしていないんだろうって…」
志賀「……それを言うなら」
桃山「?」
志賀「君だって…」
志賀さんの真剣な横顔を見ていると、
視線がぶつかった。
(君だって、って……、)
(ど、どうしよう…まさか…)
自問してると、志賀さんの手が
ゆっくり近づいてきて、そっと頬に触れた。
志賀「……君だって、魅力的だ」
桃山「…!!」
志賀さんは、目を細めて真剣な顔をしながら
触れた手で、そっと頬を撫でる。
くすぐったくて目を瞑ると、
志賀さんがふっと笑った。
志賀「急ぎすぎるのは、良くないな。…君のことを色々聞きたい」
桃山「私こそ、志賀さんの話を聞きたいです…!」
じゃあ今夜は語り合おうと、
志賀さんが改めてグラスを持ち、
乾杯したーーー
ーーーそして、志賀さんとの帰り道。
駅までの分かれ道で、
志賀さんがふと立ち止まった。
桃山「…颯太郎さん?」
志賀「ちょも…、今日は、その…」
桃山「?」
志賀さんがこちらに手を伸ばして、
何か言いかけたその時、
志賀さんのスマホが鳴った。
志賀さんがムッとした表情で電話に出る。
志賀「……ああ。わかった。すぐ行く」
桃山「どうかしたんですか…?」
志賀「病院だ。急患だそうだ。…すまない、戻るよ。ちょもは、気をつけて帰ってくれ」
志賀さんはそう言って、少し寂しそうな笑みを浮かべ、病院の方に去っていった。
ーーー念のため尾行したが、事実だった。
(空振り…)
(ううん、いいことだよ)
(罪のない人をでっちあげる必要はないし、)
(志賀さんは、…颯太郎さんは、)
(事件に関わっていてほしくない…)
身勝手な感情が渦巻く。
悶々とした気持ちで、
捜査で借りてる部屋に帰り、帰宅した。
スマホで、今日の報告を津軽さんに送ると、
電話がかかってきた。
津軽「ウサ、生きてる?」
桃山「津軽さん、お疲れ様です。はい、もちろん生きてます」
津軽「明日から、戻ってきて良いよ」
桃山「えっ?ええ?あっ…はい…」
(もう、捜査は終わりってこと?)
(必要な情報が、揃ったのかな…)
突然のことに、戸惑った反応をしてしまった。
反応を気にせず、淡々と津軽さんは話す。
津軽「ウサの儚い恋も、終わりだね」
桃山「…別に、恋してませんけど!」
津軽「大丈夫?好きになってない?」
本気なのか冗談なのか、しつこい。
(もちろん、好きにはなってないけど、)
(………違う出会いだったら、)
(なんて、考えずにはいられない…)
桃山「捜査ですから。感情は抜きです」
津軽「ふーん、そっか」
津軽さんは、興味がなさそうに言った。
(自分から言ってきたのに、)
(どっちなんだこの人…)
桃山「………」
津軽さん「…なになに、やっぱり寂しい?」
桃山「寂しくないです!いまから撤収して、帰ります」
津軽「わかった。…家に着いたら教えて」
桃山「え?はい。分かりました」
そう伝えると、電話が切れた。
アパートに荷物は残し、
私物だけ持って、駅に向かう。
明日の朝には、撤収専門のチームが来て、
綺麗な空き家になることだろう。
(この、スマホも…)
(役目が終わるんだね)
ポケットに入れていた、
捜査用のスマホを手に取る。
志賀さんから連絡がきており、
悩んだ末に、メッセージを開いた。
『今日はすまなかった。また明日話そう』と書いてある。
(明日は、もう来ないんだけどな…)
(志賀さん…)
やりきれない気持ちを抱いたまま、
そっとメッセージを閉じた。
電車に乗ってから家に着くまでの間、
やっと潜入捜査が終わったのに、
心は晴れずにいた。
※つづく
数日ぶりの自宅に帰り、ソファで一息つく。
餃子なな
志賀さんから誘いを受けて、数日。
(まさか、秘書になって欲しいと、)
(言われた時は驚いたけれど…)
清掃員から一変。
志賀医師の専属秘書としての日々が、
はじまった。
(同僚のおばちゃんたちには、)
(色々聞かれたけれど…)
(実は、従姉妹ってことで、)
(なんとか納得してもらえてよかった)
親戚絡みで、病院の実態を探るために清掃員として働いていたこと。そして、病院の経営を知るために、今度は秘書で働いていくこと。
(結構、強引な設定って思ったけど、)
(志賀さんのあと押しもあって、)
(誰ににも何も言われなくてよかった…!)
秘書になり、副医院長の部屋に入り浸り。
志賀さんの身の回りをお世話しながら、
帳簿や人間関係を調べていった。
帳簿によると、資金運用は順調。
病院での収入以外にも、やはり不透明な資金の流入・流出がみられ、すぐに津軽さんに連絡をした。
今頃は、百瀬さんや大石くんが帳簿から色々と調査をしてくれているはずだ。
津軽さんからは、さらに情報収集するように命じられ、次は院長との接触を試みないと…。
志賀「ちょも、ここにいたのか」
ちょも「志賀さん、お疲れ様です。今日はあと…、診察を巡回して終わりですね」
気付けば定時も過ぎて、20時に差し掛かる。
志賀「ああ、そうだな。30分くらいで戻るから、…一緒に帰るか?」
ちょも「いいんですか。じゃあ、もう少し片付けをして、待ってますね」
志賀「ああ。……ちょも」
名前を呼ばれ、身体を引き寄せられる。
後ろから志賀さんにハグされて、
首筋がくすぐったい。
(い、いきなり抱きつかれるなんて…)
(慣れて………こない!)
(全然!!!慣れない!!!)
ちょも「…颯太郎さん。まだ、勤務中ですよ?」
緊張しながらも、志賀さんの手を解いて、
はいっと机からカルテを手渡した。
志賀「そうだな……。続きは、後で」
ふっと笑って、志賀さんは出ていった。
(その、ふって、笑う笑顔が、)
(……ちょっとだけ)
(カッコ、いい…………かも……)
抱きしめられたぬくもりを思い出し、
赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ。
志賀さんを待っている間に、
片付けをしながら気持ちを落ち着かせる。
(そういえば…)
(秘書になってからは、)
(歩さんと、全然会えてないな)
捜査のための家で寝泊まりして、
病院に出勤しているため、
そもそも、公安課にも戻っていない。
(津軽さんには連絡してるけど…、)
(瀬戸内くん、大石くん…)
(こんなに離れてる時期もないから、
(なんだか寂しいな…)
まだ志賀さんが戻ってくる気配がないため、
ソファに座って、スマホを手に取った。
いつか撮った写真を見返していく。
(ふふ、去年のBBQ楽しかったなぁ)
(あっ、これ千葉さんと鳴子と行った、)
(津軽さんが働いていたホストクラブ…)
あの時は、歩さんも忙しくて。
気分転換に初めて行ったホストで、
津軽さんに遭遇してしまった。
津軽さんは、なんちゃらの君という名前で、
人気ナンバーワンホストになっていた。
(あの後、めちゃくちゃいじられたっけ、)
(ホスト行くぐらい、)
(男に飢えてるとかなんとか…)
(…………津軽さんって、)
(黙ってたらイケメンなのに………)
写真を眺めてぼんやり考え事をしていると、
ガチャッと部屋の開く音がして、
振り返ると志賀さんが戻ってきた。
志賀「ちょも、待たせた。帰ろう」
ちょも「はい!お疲れ様です」
鞄を手に取り、外に向かった。
ーーー数日前の夜。
新調したワンピースを見にまとい、
志賀さんに連れられて、
港区にある洒落たレストランにきていた。
天井も高く、高級感のある内装。
志賀さんの手慣れたエスコートに、
非日常感を得て、胸が躍る。
(お忍びデートって、感じ…)
(捜査のはずなのに、浮かれそうになる…)
不意に、津軽さんの言葉を思い出す。
( 浮かれてない?…って、)
(私が浮かれるって、わかってたってこと…)
(の、飲まれないようにしないと!!)
背筋を伸ばして、志賀さんに視線を移す。
志賀「……君には、説明する約束だ」
桃山「……はい」
志賀「話そう。…だが、まずは乾杯、だな」
志賀さんはそう言って、グラスを手に持ち、
優しい笑みを浮かべた。
軽くグラスを交わして、口付ける。
志賀「…うちの病院は、代々継いでいるんだ」
桃山「はい。聞いたことがあります…志賀さんのお父様が、いまは医院長なんですよね?」
志賀「ああ、そうだ」
志賀さんは、グラスを持った片手を見つめて、話を続ける。
志賀「医師になり、後を継ぐことが現実的になってきたからなのか……。最近、特に見合いの話も多くなったんだ」
桃山「………」
志賀「両親からは、あのパーティで婚約者を連れて行かなければ、否応でも見合いをさせると言われていたんだ」
桃山「そうだったんですね…」
(特に、今回の事件とは関係なく、)
(見合いのため、だったんだ…)
嘘をついているようには見えず、ひとまず、
志賀さんの話を受け入れることにした。
志賀「ああ。…改めて、謝罪する。君を利用するような真似をして、申し訳なかった」
志賀さんは、グラスから視線を移し、
真っ直ぐにこちらをみて言った。
(それを言われたら、)
(私だって、人のことは言えない…)
桃山「い、いえ。貴重な体験をさせていただきましたし…それに…」
(ちゃんと、捜査しないと)
(この人を、おとさないと…!!)
志賀さんに視線を合わせて、言葉を続ける。
桃山「颯太郎さんと、こうしてお話しできて、嬉しいです。…って思うのは、ダメですか?」
志賀「!!」
志賀さんが赤面し、視線を逸らす。
志賀「そ、それは………。俺も、同じだ」
志賀さんに手をそっと握られる。
桃山「っ!!」
志賀「ちょも、…俺の秘書にならないか?」
桃山「えっ!?ひ、秘書ですか?」
志賀「ああ。この先、病院のことを知っておくに越したことはないだろう。君さえ良ければ、だが…」
(そんなの、めちゃくちゃ都合が良い)
(断らない分けないけど、)
(本当に、利用…するんだっ…)
少しだけ、罪悪感が生まれる。
もしこの人が本気だったら、
私は裏切ることになるんだって。
志賀「……すまない。少し急ぎすぎたな」
桃山「いえ…!私でよければ、不束者ですが、よろしくお願いいたします…!」
志賀「ああ。ちょもに、お願いしたい」
志賀さんは、ふっと優しい笑みを浮かべた。
桃山「が、がんばります…!」
両腕でぐっとやる気を示すと、
志賀さんは楽しそうに笑った。
志賀「本当に…、可愛いな」
桃山「!?」
志賀さんに向けられる視線と、
ストレートな言葉に、本気で照れてしまう。
(かかか、可愛いって…!?)
(捜査中捜査中………)
バクバクとなる心臓を手で押さえて、
落ち着こうとする。
(な、なんか違う話題、違う話題…)
桃山「……あ!そ、そういえば志賀さん。私、志賀さんにドレスをお返ししようと思って持ってきたんです」
志賀「そのドレスは、君に贈ったものだ。受け取ってくれ」
桃山「そ、そんな高価なもの…」
志賀「いいんだ。受け取ってくれ」
桃山「……わかりました。じゃあ、遠慮なく頂戴します」
志賀さんに向かって、小さく頭を下げる。
(あんな高価なドレス、)
(いただいちゃっていいのかな…)
志賀「ああ。君が欲しいものなら、いくらでも贈ろう」
桃山「いや!そんな!十分です!」
志賀さんは、また楽しそうに笑った。
志賀「何かあれば言ってくれ。…じゃあ、そろそろ料理を食べようか」
桃山「はい!いただきましょう」
志賀さんと運ばれてきた料理を食べて、
お腹が満たされる。
(ここの料理、全部美味しかった…!)
(もう食べれない…!)
(………って、いやいや!)
(普通にデート楽しんでる!捜査!)
ハッとして、我にかえった。
他愛もない会話をしていて、有益な情報になるようなことは、何も掴めていない。
(明日から秘書として働いて、)
(何か手に入れられる可能性は高いけど…)
志賀「……ちょも、このあと時間はあるか?」
桃山「はい、大丈夫です」
志賀「そうか…」
桃山「……もう少し、颯太郎さんと…一緒にいたいです」
そっと手に触れて、上目遣いで声をかけた。
志賀さんが照れながら、口に手を当てる。
志賀「き、君は…」
桃山「……?」
(いつも津軽さんがやるように、)
(上目遣いで手に触れてみたけど…)
(うまく…いった…!?)
志賀「いや…、なんでもない。行きつけのバーがあるんだ。行こう」
志賀さんが立ち上がって会計をすませ、
後からついていく。
一瞬、店の奥の席に、見覚えのある姿が、
見えたようや気がした。
(津軽さん…なわけないよね)
(もし見られていたら、)
(めっちゃ恥ずかしいんですけど…!!)
気恥ずかしさを抱えながら、
志賀さんとタクシーに乗って移動し、
昨日のホテル内にあるバーに到着した。
志賀さんに連れられるまま、
バーカウンターに座る。
店員「志賀様、ようこそ」
志賀「ああ。いつもの、同じものを」
店員「かしこまりました」
(昨日と同じホテルだし、)
(ここの常連なのかな…)
チラッと近くの席を見回すと、
上品そうな身なりをした人が会話している。
桃山「よく、来られるんですか?」
志賀「いや、最近は仕事で来れなかった。落ち着いて飲みたい時は、ここに来る」
桃山「そうなんですね」
まもなくドリンクが運ばれてきて、
グラスを手に取り、乾杯して口につける。
志賀「もし苦手だったら言ってくれ。他のものと取り替える」
桃山「いえ、すごく美味しいです」
志賀「そうか。よかった」
(それにしても…、)
(何から聞こう、いきなりっても変だし…)
志賀「……ちょもは、こういう店によく来るのか?」
桃山「えっと、私はあんまりバーには行ったことないです。正直、ちょっと緊張してます…」
正直に感想をのべると、
志賀さんは顔に手を当て、照れて言った。
志賀「……俺も、緊張する」
桃山「えっ」
志賀「君が隣にいると…、俺も、緊張する」
桃山「………!!」
(なんだか、ほんとうに、)
(恋愛をしてるみたいで、)
(心臓がもたない……!!!)
赤面して目が合わせられず、
座り直そうと思って身体を動かすと、
誤って後ろにバランスを崩してしまった。
桃山「あっ…」
志賀「危ない!」
咄嗟に志賀さんの腕がのびて、
そのまま身体を引き寄せられる。
さっきよりも身体が触れ合うように、
椅子に引き戻されてしまった。
(肩も、腕も…密着してて…!)
(ととと、というか腰に手が!手が!)
志賀「大丈夫か?水を頼もう」
志賀さんは、腰に手を当てたままで、
店員に水を頼んでいる。
桃山「……あ、あの!!」
志賀「?」
桃山「て、手が………」
志賀「……!!す、すまない…!無意識に、君を支えようと、手を伸ばしたままに…。悪気はなかったんだ、すまない」
志賀さんが、慌てて手を離した。
桃山「そ、そうですよね!すみません、引っ張っていただいたのに、ただちょっと恥ずかしくって…」
志賀「いや、それとこれとは別だ」
真面目な顔で、志賀さんは言った。
桃山「あの、颯太郎さんって…。どうしてそんなに、優しいんですか?」
志賀「え?」
桃山「いやっ、その、こんなに魅力的なのに、どうしてどなたともお付き合いしていないんだろうって…」
志賀「……それを言うなら」
桃山「?」
志賀「君だって…」
志賀さんの真剣な横顔を見ていると、
視線がぶつかった。
(君だって、って……、)
(ど、どうしよう…まさか…)
自問してると、志賀さんの手が
ゆっくり近づいてきて、そっと頬に触れた。
志賀「……君だって、魅力的だ」
桃山「…!!」
志賀さんは、目を細めて真剣な顔をしながら
触れた手で、そっと頬を撫でる。
くすぐったくて目を瞑ると、
志賀さんがふっと笑った。
志賀「急ぎすぎるのは、良くないな。…君のことを色々聞きたい」
桃山「私こそ、志賀さんの話を聞きたいです…!」
じゃあ今夜は語り合おうと、
志賀さんが改めてグラスを持ち、
乾杯したーーー
ーーーそして、志賀さんとの帰り道。
駅までの分かれ道で、
志賀さんがふと立ち止まった。
桃山「…颯太郎さん?」
志賀「ちょも…、今日は、その…」
桃山「?」
志賀さんがこちらに手を伸ばして、
何か言いかけたその時、
志賀さんのスマホが鳴った。
志賀さんがムッとした表情で電話に出る。
志賀「……ああ。わかった。すぐ行く」
桃山「どうかしたんですか…?」
志賀「病院だ。急患だそうだ。…すまない、戻るよ。ちょもは、気をつけて帰ってくれ」
志賀さんはそう言って、少し寂しそうな笑みを浮かべ、病院の方に去っていった。
ーーー念のため尾行したが、事実だった。
(空振り…)
(ううん、いいことだよ)
(罪のない人をでっちあげる必要はないし、)
(志賀さんは、…颯太郎さんは、)
(事件に関わっていてほしくない…)
身勝手な感情が渦巻く。
悶々とした気持ちで、
捜査で借りてる部屋に帰り、帰宅した。
スマホで、今日の報告を津軽さんに送ると、
電話がかかってきた。
津軽「ウサ、生きてる?」
桃山「津軽さん、お疲れ様です。はい、もちろん生きてます」
津軽「明日から、戻ってきて良いよ」
桃山「えっ?ええ?あっ…はい…」
(もう、捜査は終わりってこと?)
(必要な情報が、揃ったのかな…)
突然のことに、戸惑った反応をしてしまった。
反応を気にせず、淡々と津軽さんは話す。
津軽「ウサの儚い恋も、終わりだね」
桃山「…別に、恋してませんけど!」
津軽「大丈夫?好きになってない?」
本気なのか冗談なのか、しつこい。
(もちろん、好きにはなってないけど、)
(………違う出会いだったら、)
(なんて、考えずにはいられない…)
桃山「捜査ですから。感情は抜きです」
津軽「ふーん、そっか」
津軽さんは、興味がなさそうに言った。
(自分から言ってきたのに、)
(どっちなんだこの人…)
桃山「………」
津軽さん「…なになに、やっぱり寂しい?」
桃山「寂しくないです!いまから撤収して、帰ります」
津軽「わかった。…家に着いたら教えて」
桃山「え?はい。分かりました」
そう伝えると、電話が切れた。
アパートに荷物は残し、
私物だけ持って、駅に向かう。
明日の朝には、撤収専門のチームが来て、
綺麗な空き家になることだろう。
(この、スマホも…)
(役目が終わるんだね)
ポケットに入れていた、
捜査用のスマホを手に取る。
志賀さんから連絡がきており、
悩んだ末に、メッセージを開いた。
『今日はすまなかった。また明日話そう』と書いてある。
(明日は、もう来ないんだけどな…)
(志賀さん…)
やりきれない気持ちを抱いたまま、
そっとメッセージを閉じた。
電車に乗ってから家に着くまでの間、
やっと潜入捜査が終わったのに、
心は晴れずにいた。
数日ぶりの自宅に帰り、ソファで一息つく。
餃子のクッションを胸に抱き締めて、
身体を伸ばす。
(なんか、変な感じ…)
自分の家なのに、自分の家じゃない、
そんな錯覚が芽生えてくる。
(……あっ、津軽さんに連絡入れなきゃ)
自宅に着いたことを連絡すると、
また折り返し電話がかかってきた。
※続く
※歩さん出ない、志賀さん多め
志賀さんから誘いを受けて、数日。
(まさか、秘書になって欲しいと、)
(言われた時は驚いたけれど…)
清掃員から一変。
志賀医師の専属秘書としての日々が、
はじまった。
(同僚のおばちゃんたちには、)
(色々聞かれたけれど…)
(実は、従姉妹ってことで、)
(なんとか納得してもらえてよかった)
親戚絡みで、病院の実態を探るために清掃員として働いていたこと。そして、病院の経営を知るために、今度は秘書で働いていくこと。
(結構、強引な設定って思ったけど、)
(志賀さんのあと押しもあって、)
(誰ににも何も言われなくてよかった…!)
秘書になり、副医院長の部屋に入り浸り。
志賀さんの身の回りをお世話しながら、
帳簿や人間関係を調べていった。
帳簿によると、資金運用は順調。
病院での収入以外にも、やはり不透明な資金の流入・流出がみられ、すぐに津軽さんに連絡をした。
今頃は、百瀬さんや大石くんが帳簿から色々と調査をしてくれているはずだ。
津軽さんからは、さらに情報収集するように命じられ、次は院長との接触を試みないと…。
志賀「ちょも、ここにいたのか」
ちょも「志賀さん、お疲れ様です。今日はあと…、診察を巡回して終わりですね」
気付けば定時も過ぎて、20時に差し掛かる。
志賀「ああ、そうだな。30分くらいで戻るから、…一緒に帰るか?」
ちょも「いいんですか。じゃあ、もう少し片付けをして、待ってますね」
志賀「ああ。……ちょも」
名前を呼ばれ、身体を引き寄せられる。
後ろから志賀さんにハグされて、
首筋がくすぐったい。
(い、いきなり抱きつかれるなんて…)
(慣れて………こない!)
(全然!!!慣れない!!!)
ちょも「…颯太郎さん。まだ、勤務中ですよ?」
緊張しながらも、志賀さんの手を解いて、
はいっと机からカルテを手渡した。
志賀「そうだな……。続きは、後で」
ふっと笑って、志賀さんは出ていった。
(その、ふって、笑う笑顔が、)
(……ちょっとだけ)
(カッコ、いい…………かも……)
抱きしめられたぬくもりを思い出し、
赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ。
志賀さんを待っている間に、
片付けをしながら気持ちを落ち着かせる。
(そういえば…)
(秘書になってからは、)
(歩さんと、全然会えてないな)
捜査のための家で寝泊まりして、
病院に出勤しているため、
そもそも、公安課にも戻っていない。
(津軽さんには連絡してるけど…、)
(瀬戸内くん、大石くん…)
(こんなに離れてる時期もないから、
(なんだか寂しいな…)
まだ志賀さんが戻ってくる気配がないため、
ソファに座って、スマホを手に取った。
いつか撮った写真を見返していく。
(ふふ、去年のBBQ楽しかったなぁ)
(あっ、これ千葉さんと鳴子と行った、)
(津軽さんが働いていたホストクラブ…)
あの時は、歩さんも忙しくて。
気分転換に初めて行ったホストで、
津軽さんに遭遇してしまった。
津軽さんは、なんちゃらの君という名前で、
人気ナンバーワンホストになっていた。
(あの後、めちゃくちゃいじられたっけ、)
(ホスト行くぐらい、)
(男に飢えてるとかなんとか…)
(…………津軽さんって、)
(黙ってたらイケメンなのに………)
写真を眺めてぼんやり考え事をしていると、
ガチャッと部屋の開く音がして、
振り返ると志賀さんが戻ってきた。
志賀「ちょも、待たせた。帰ろう」
ちょも「はい!お疲れ様です」
鞄を手に取り、外に向かった。
ーーー数日前の夜。
新調したワンピースを見にまとい、
志賀さんに連れられて、
港区にある洒落たレストランにきていた。
天井も高く、高級感のある内装。
志賀さんの手慣れたエスコートに、
非日常感を得て、胸が躍る。
(お忍びデートって、感じ…)
(捜査のはずなのに、浮かれそうになる…)
不意に、津軽さんの言葉を思い出す。
( 浮かれてない?…って、)
(私が浮かれるって、わかってたってこと…)
(の、飲まれないようにしないと!!)
背筋を伸ばして、志賀さんに視線を移す。
志賀「……君には、説明する約束だ」
桃山「……はい」
志賀「話そう。…だが、まずは乾杯、だな」
志賀さんはそう言って、グラスを手に持ち、
優しい笑みを浮かべた。
軽くグラスを交わして、口付ける。
志賀「…うちの病院は、代々継いでいるんだ」
桃山「はい。聞いたことがあります…志賀さんのお父様が、いまは医院長なんですよね?」
志賀「ああ、そうだ」
志賀さんは、グラスを持った片手を見つめて、話を続ける。
志賀「医師になり、後を継ぐことが現実的になってきたからなのか……。最近、特に見合いの話も多くなったんだ」
桃山「………」
志賀「両親からは、あのパーティで婚約者を連れて行かなければ、否応でも見合いをさせると言われていたんだ」
桃山「そうだったんですね…」
(特に、今回の事件とは関係なく、)
(見合いのため、だったんだ…)
嘘をついているようには見えず、ひとまず、
志賀さんの話を受け入れることにした。
志賀「ああ。…改めて、謝罪する。君を利用するような真似をして、申し訳なかった」
志賀さんは、グラスから視線を移し、
真っ直ぐにこちらをみて言った。
(それを言われたら、)
(私だって、人のことは言えない…)
桃山「い、いえ。貴重な体験をさせていただきましたし…それに…」
(ちゃんと、捜査しないと)
(この人を、おとさないと…!!)
志賀さんに視線を合わせて、言葉を続ける。
桃山「颯太郎さんと、こうしてお話しできて、嬉しいです。…って思うのは、ダメですか?」
志賀「!!」
志賀さんが赤面し、視線を逸らす。
志賀「そ、それは………。俺も、同じだ」
志賀さんに手をそっと握られる。
桃山「っ!!」
志賀「ちょも、…俺の秘書にならないか?」
桃山「えっ!?ひ、秘書ですか?」
志賀「ああ。この先、病院のことを知っておくに越したことはないだろう。君さえ良ければ、だが…」
(そんなの、めちゃくちゃ都合が良い)
(断らない分けないけど、)
(本当に、利用…するんだっ…)
少しだけ、罪悪感が生まれる。
もしこの人が本気だったら、
私は裏切ることになるんだって。
志賀「……すまない。少し急ぎすぎたな」
桃山「いえ…!私でよければ、不束者ですが、よろしくお願いいたします…!」
志賀「ああ。ちょもに、お願いしたい」
志賀さんは、ふっと優しい笑みを浮かべた。
桃山「が、がんばります…!」
両腕でぐっとやる気を示すと、
志賀さんは楽しそうに笑った。
志賀「本当に…、可愛いな」
桃山「!?」
志賀さんに向けられる視線と、
ストレートな言葉に、本気で照れてしまう。
(かかか、可愛いって…!?)
(捜査中捜査中………)
バクバクとなる心臓を手で押さえて、
落ち着こうとする。
(な、なんか違う話題、違う話題…)
桃山「……あ!そ、そういえば志賀さん。私、志賀さんにドレスをお返ししようと思って持ってきたんです」
志賀「そのドレスは、君に贈ったものだ。受け取ってくれ」
桃山「そ、そんな高価なもの…」
志賀「いいんだ。受け取ってくれ」
桃山「……わかりました。じゃあ、遠慮なく頂戴します」
志賀さんに向かって、小さく頭を下げる。
(あんな高価なドレス、)
(いただいちゃっていいのかな…)
志賀「ああ。君が欲しいものなら、いくらでも贈ろう」
桃山「いや!そんな!十分です!」
志賀さんは、また楽しそうに笑った。
志賀「何かあれば言ってくれ。…じゃあ、そろそろ料理を食べようか」
桃山「はい!いただきましょう」
志賀さんと運ばれてきた料理を食べて、
お腹が満たされる。
(ここの料理、全部美味しかった…!)
(もう食べれない…!)
(………って、いやいや!)
(普通にデート楽しんでる!捜査!)
ハッとして、我にかえった。
他愛もない会話をしていて、有益な情報になるようなことは、何も掴めていない。
(明日から秘書として働いて、)
(何か手に入れられる可能性は高いけど…)
志賀「……ちょも、このあと時間はあるか?」
桃山「はい、大丈夫です」
志賀「そうか…」
桃山「……もう少し、颯太郎さんと…一緒にいたいです」
そっと手に触れて、上目遣いで声をかけた。
志賀さんが照れながら、口に手を当てる。
志賀「き、君は…」
桃山「……?」
(いつも津軽さんがやるように、)
(上目遣いで手に触れてみたけど…)
(うまく…いった…!?)
志賀「いや…、なんでもない。行きつけのバーがあるんだ。行こう」
志賀さんが立ち上がって会計をすませ、
後からついていく。
一瞬、店の奥の席に、見覚えのある姿が、
見えたようや気がした。
(津軽さん…なわけないよね)
(もし見られていたら、)
(めっちゃ恥ずかしいんですけど…!!)
気恥ずかしさを抱えながら、
志賀さんとタクシーに乗って移動し、
昨日のホテル内にあるバーに到着した。
志賀さんに連れられるまま、
バーカウンターに座る。
店員「志賀様、ようこそ」
志賀「ああ。いつもの、同じものを」
店員「かしこまりました」
(昨日と同じホテルだし、)
(ここの常連なのかな…)
チラッと近くの席を見回すと、
上品そうな身なりをした人が会話している。
桃山「よく、来られるんですか?」
志賀「いや、最近は仕事で来れなかった。落ち着いて飲みたい時は、ここに来る」
桃山「そうなんですね」
まもなくドリンクが運ばれてきて、
グラスを手に取り、乾杯して口につける。
志賀「もし苦手だったら言ってくれ。他のものと取り替える」
桃山「いえ、すごく美味しいです」
志賀「そうか。よかった」
(それにしても…、)
(何から聞こう、いきなりっても変だし…)
志賀「……ちょもは、こういう店によく来るのか?」
桃山「えっと、私はあんまりバーには行ったことないです。正直、ちょっと緊張してます…」
正直に感想をのべると、
志賀さんは顔に手を当て、照れて言った。
志賀「……俺も、緊張する」
桃山「えっ」
志賀「君が隣にいると…、俺も、緊張する」
桃山「………!!」
(なんだか、ほんとうに、)
(恋愛をしてるみたいで、)
(心臓がもたない……!!!)
赤面して目が合わせられず、
座り直そうと思って身体を動かすと、
誤って後ろにバランスを崩してしまった。
桃山「あっ…」
志賀「危ない!」
咄嗟に志賀さんの腕がのびて、
そのまま身体を引き寄せられる。
さっきよりも身体が触れ合うように、
椅子に引き戻されてしまった。
(肩も、腕も…密着してて…!)
(ととと、というか腰に手が!手が!)
志賀「大丈夫か?水を頼もう」
志賀さんは、腰に手を当てたままで、
店員に水を頼んでいる。
桃山「……あ、あの!!」
志賀「?」
桃山「て、手が………」
志賀「……!!す、すまない…!無意識に、君を支えようと、手を伸ばしたままに…。悪気はなかったんだ、すまない」
志賀さんが、慌てて手を離した。
桃山「そ、そうですよね!すみません、引っ張っていただいたのに、ただちょっと恥ずかしくって…」
志賀「いや、それとこれとは別だ」
真面目な顔で、志賀さんは言った。
桃山「あの、颯太郎さんって…。どうしてそんなに、優しいんですか?」
志賀「え?」
桃山「いやっ、その、こんなに魅力的なのに、どうしてどなたともお付き合いしていないんだろうって…」
志賀「……それを言うなら」
桃山「?」
志賀「君だって…」
志賀さんの真剣な横顔を見ていると、
視線がぶつかった。
(君だって、って……、)
(ど、どうしよう…まさか…)
自問してると、志賀さんの手が
ゆっくり近づいてきて、そっと頬に触れた。
志賀「……君だって、魅力的だ」
桃山「…!!」
志賀さんは、目を細めて真剣な顔をしながら
触れた手で、そっと頬を撫でる。
くすぐったくて目を瞑ると、
志賀さんがふっと笑った。
志賀「急ぎすぎるのは、良くないな。…君のことを色々聞きたい」
桃山「私こそ、志賀さんの話を聞きたいです…!」
じゃあ今夜は語り合おうと、
志賀さんが改めてグラスを持ち、
乾杯したーーー
ーーーそして、志賀さんとの帰り道。
駅までの分かれ道で、
志賀さんがふと立ち止まった。
桃山「…颯太郎さん?」
志賀「ちょも…、今日は、その…」
桃山「?」
志賀さんがこちらに手を伸ばして、
何か言いかけたその時、
志賀さんのスマホが鳴った。
志賀さんがムッとした表情で電話に出る。
志賀「……ああ。わかった。すぐ行く」
桃山「どうかしたんですか…?」
志賀「病院だ。急患だそうだ。…すまない、戻るよ。ちょもは、気をつけて帰ってくれ」
志賀さんはそう言って、少し寂しそうな笑みを浮かべ、病院の方に去っていった。
ーーー念のため尾行したが、事実だった。
(空振り…)
(ううん、いいことだよ)
(罪のない人をでっちあげる必要はないし、)
(志賀さんは、…颯太郎さんは、)
(事件に関わっていてほしくない…)
身勝手な感情が渦巻く。
悶々とした気持ちで、
捜査で借りてる部屋に帰り、帰宅した。
スマホで、今日の報告を津軽さんに送ると、
電話がかかってきた。
津軽「ウサ、生きてる?」
桃山「津軽さん、お疲れ様です。はい、もちろん生きてます」
津軽「明日から、戻ってきて良いよ」
桃山「えっ?ええ?あっ…はい…」
(もう、捜査は終わりってこと?)
(必要な情報が、揃ったのかな…)
突然のことに、戸惑った反応をしてしまった。
反応を気にせず、淡々と津軽さんは話す。
津軽「ウサの儚い恋も、終わりだね」
桃山「…別に、恋してませんけど!」
津軽「大丈夫?好きになってない?」
本気なのか冗談なのか、しつこい。
(もちろん、好きにはなってないけど、)
(………違う出会いだったら、)
(なんて、考えずにはいられない…)
桃山「捜査ですから。感情は抜きです」
津軽「ふーん、そっか」
津軽さんは、興味がなさそうに言った。
(自分から言ってきたのに、)
(どっちなんだこの人…)
桃山「………」
津軽さん「…なになに、やっぱり寂しい?」
桃山「寂しくないです!いまから撤収して、帰ります」
津軽「わかった。…家に着いたら教えて」
桃山「え?はい。分かりました」
そう伝えると、電話が切れた。
アパートに荷物は残し、
私物だけ持って、駅に向かう。
明日の朝には、撤収専門のチームが来て、
綺麗な空き家になることだろう。
(この、スマホも…)
(役目が終わるんだね)
ポケットに入れていた、
捜査用のスマホを手に取る。
志賀さんから連絡がきており、
悩んだ末に、メッセージを開いた。
『今日はすまなかった。また明日話そう』と書いてある。
(明日は、もう来ないんだけどな…)
(志賀さん…)
やりきれない気持ちを抱いたまま、
そっとメッセージを閉じた。
電車に乗ってから家に着くまでの間、
やっと潜入捜査が終わったのに、
心は晴れずにいた。
※つづく
数日ぶりの自宅に帰り、ソファで一息つく。
餃子なな
志賀さんから誘いを受けて、数日。
(まさか、秘書になって欲しいと、)
(言われた時は驚いたけれど…)
清掃員から一変。
志賀医師の専属秘書としての日々が、
はじまった。
(同僚のおばちゃんたちには、)
(色々聞かれたけれど…)
(実は、従姉妹ってことで、)
(なんとか納得してもらえてよかった)
親戚絡みで、病院の実態を探るために清掃員として働いていたこと。そして、病院の経営を知るために、今度は秘書で働いていくこと。
(結構、強引な設定って思ったけど、)
(志賀さんのあと押しもあって、)
(誰ににも何も言われなくてよかった…!)
秘書になり、副医院長の部屋に入り浸り。
志賀さんの身の回りをお世話しながら、
帳簿や人間関係を調べていった。
帳簿によると、資金運用は順調。
病院での収入以外にも、やはり不透明な資金の流入・流出がみられ、すぐに津軽さんに連絡をした。
今頃は、百瀬さんや大石くんが帳簿から色々と調査をしてくれているはずだ。
津軽さんからは、さらに情報収集するように命じられ、次は院長との接触を試みないと…。
志賀「ちょも、ここにいたのか」
ちょも「志賀さん、お疲れ様です。今日はあと…、診察を巡回して終わりですね」
気付けば定時も過ぎて、20時に差し掛かる。
志賀「ああ、そうだな。30分くらいで戻るから、…一緒に帰るか?」
ちょも「いいんですか。じゃあ、もう少し片付けをして、待ってますね」
志賀「ああ。……ちょも」
名前を呼ばれ、身体を引き寄せられる。
後ろから志賀さんにハグされて、
首筋がくすぐったい。
(い、いきなり抱きつかれるなんて…)
(慣れて………こない!)
(全然!!!慣れない!!!)
ちょも「…颯太郎さん。まだ、勤務中ですよ?」
緊張しながらも、志賀さんの手を解いて、
はいっと机からカルテを手渡した。
志賀「そうだな……。続きは、後で」
ふっと笑って、志賀さんは出ていった。
(その、ふって、笑う笑顔が、)
(……ちょっとだけ)
(カッコ、いい…………かも……)
抱きしめられたぬくもりを思い出し、
赤くなった顔をパタパタと手で仰ぐ。
志賀さんを待っている間に、
片付けをしながら気持ちを落ち着かせる。
(そういえば…)
(秘書になってからは、)
(歩さんと、全然会えてないな)
捜査のための家で寝泊まりして、
病院に出勤しているため、
そもそも、公安課にも戻っていない。
(津軽さんには連絡してるけど…、)
(瀬戸内くん、大石くん…)
(こんなに離れてる時期もないから、
(なんだか寂しいな…)
まだ志賀さんが戻ってくる気配がないため、
ソファに座って、スマホを手に取った。
いつか撮った写真を見返していく。
(ふふ、去年のBBQ楽しかったなぁ)
(あっ、これ千葉さんと鳴子と行った、)
(津軽さんが働いていたホストクラブ…)
あの時は、歩さんも忙しくて。
気分転換に初めて行ったホストで、
津軽さんに遭遇してしまった。
津軽さんは、なんちゃらの君という名前で、
人気ナンバーワンホストになっていた。
(あの後、めちゃくちゃいじられたっけ、)
(ホスト行くぐらい、)
(男に飢えてるとかなんとか…)
(…………津軽さんって、)
(黙ってたらイケメンなのに………)
写真を眺めてぼんやり考え事をしていると、
ガチャッと部屋の開く音がして、
振り返ると志賀さんが戻ってきた。
志賀「ちょも、待たせた。帰ろう」
ちょも「はい!お疲れ様です」
鞄を手に取り、外に向かった。
ーーー数日前の夜。
新調したワンピースを見にまとい、
志賀さんに連れられて、
港区にある洒落たレストランにきていた。
天井も高く、高級感のある内装。
志賀さんの手慣れたエスコートに、
非日常感を得て、胸が躍る。
(お忍びデートって、感じ…)
(捜査のはずなのに、浮かれそうになる…)
不意に、津軽さんの言葉を思い出す。
( 浮かれてない?…って、)
(私が浮かれるって、わかってたってこと…)
(の、飲まれないようにしないと!!)
背筋を伸ばして、志賀さんに視線を移す。
志賀「……君には、説明する約束だ」
桃山「……はい」
志賀「話そう。…だが、まずは乾杯、だな」
志賀さんはそう言って、グラスを手に持ち、
優しい笑みを浮かべた。
軽くグラスを交わして、口付ける。
志賀「…うちの病院は、代々継いでいるんだ」
桃山「はい。聞いたことがあります…志賀さんのお父様が、いまは医院長なんですよね?」
志賀「ああ、そうだ」
志賀さんは、グラスを持った片手を見つめて、話を続ける。
志賀「医師になり、後を継ぐことが現実的になってきたからなのか……。最近、特に見合いの話も多くなったんだ」
桃山「………」
志賀「両親からは、あのパーティで婚約者を連れて行かなければ、否応でも見合いをさせると言われていたんだ」
桃山「そうだったんですね…」
(特に、今回の事件とは関係なく、)
(見合いのため、だったんだ…)
嘘をついているようには見えず、ひとまず、
志賀さんの話を受け入れることにした。
志賀「ああ。…改めて、謝罪する。君を利用するような真似をして、申し訳なかった」
志賀さんは、グラスから視線を移し、
真っ直ぐにこちらをみて言った。
(それを言われたら、)
(私だって、人のことは言えない…)
桃山「い、いえ。貴重な体験をさせていただきましたし…それに…」
(ちゃんと、捜査しないと)
(この人を、おとさないと…!!)
志賀さんに視線を合わせて、言葉を続ける。
桃山「颯太郎さんと、こうしてお話しできて、嬉しいです。…って思うのは、ダメですか?」
志賀「!!」
志賀さんが赤面し、視線を逸らす。
志賀「そ、それは………。俺も、同じだ」
志賀さんに手をそっと握られる。
桃山「っ!!」
志賀「ちょも、…俺の秘書にならないか?」
桃山「えっ!?ひ、秘書ですか?」
志賀「ああ。この先、病院のことを知っておくに越したことはないだろう。君さえ良ければ、だが…」
(そんなの、めちゃくちゃ都合が良い)
(断らない分けないけど、)
(本当に、利用…するんだっ…)
少しだけ、罪悪感が生まれる。
もしこの人が本気だったら、
私は裏切ることになるんだって。
志賀「……すまない。少し急ぎすぎたな」
桃山「いえ…!私でよければ、不束者ですが、よろしくお願いいたします…!」
志賀「ああ。ちょもに、お願いしたい」
志賀さんは、ふっと優しい笑みを浮かべた。
桃山「が、がんばります…!」
両腕でぐっとやる気を示すと、
志賀さんは楽しそうに笑った。
志賀「本当に…、可愛いな」
桃山「!?」
志賀さんに向けられる視線と、
ストレートな言葉に、本気で照れてしまう。
(かかか、可愛いって…!?)
(捜査中捜査中………)
バクバクとなる心臓を手で押さえて、
落ち着こうとする。
(な、なんか違う話題、違う話題…)
桃山「……あ!そ、そういえば志賀さん。私、志賀さんにドレスをお返ししようと思って持ってきたんです」
志賀「そのドレスは、君に贈ったものだ。受け取ってくれ」
桃山「そ、そんな高価なもの…」
志賀「いいんだ。受け取ってくれ」
桃山「……わかりました。じゃあ、遠慮なく頂戴します」
志賀さんに向かって、小さく頭を下げる。
(あんな高価なドレス、)
(いただいちゃっていいのかな…)
志賀「ああ。君が欲しいものなら、いくらでも贈ろう」
桃山「いや!そんな!十分です!」
志賀さんは、また楽しそうに笑った。
志賀「何かあれば言ってくれ。…じゃあ、そろそろ料理を食べようか」
桃山「はい!いただきましょう」
志賀さんと運ばれてきた料理を食べて、
お腹が満たされる。
(ここの料理、全部美味しかった…!)
(もう食べれない…!)
(………って、いやいや!)
(普通にデート楽しんでる!捜査!)
ハッとして、我にかえった。
他愛もない会話をしていて、有益な情報になるようなことは、何も掴めていない。
(明日から秘書として働いて、)
(何か手に入れられる可能性は高いけど…)
志賀「……ちょも、このあと時間はあるか?」
桃山「はい、大丈夫です」
志賀「そうか…」
桃山「……もう少し、颯太郎さんと…一緒にいたいです」
そっと手に触れて、上目遣いで声をかけた。
志賀さんが照れながら、口に手を当てる。
志賀「き、君は…」
桃山「……?」
(いつも津軽さんがやるように、)
(上目遣いで手に触れてみたけど…)
(うまく…いった…!?)
志賀「いや…、なんでもない。行きつけのバーがあるんだ。行こう」
志賀さんが立ち上がって会計をすませ、
後からついていく。
一瞬、店の奥の席に、見覚えのある姿が、
見えたようや気がした。
(津軽さん…なわけないよね)
(もし見られていたら、)
(めっちゃ恥ずかしいんですけど…!!)
気恥ずかしさを抱えながら、
志賀さんとタクシーに乗って移動し、
昨日のホテル内にあるバーに到着した。
志賀さんに連れられるまま、
バーカウンターに座る。
店員「志賀様、ようこそ」
志賀「ああ。いつもの、同じものを」
店員「かしこまりました」
(昨日と同じホテルだし、)
(ここの常連なのかな…)
チラッと近くの席を見回すと、
上品そうな身なりをした人が会話している。
桃山「よく、来られるんですか?」
志賀「いや、最近は仕事で来れなかった。落ち着いて飲みたい時は、ここに来る」
桃山「そうなんですね」
まもなくドリンクが運ばれてきて、
グラスを手に取り、乾杯して口につける。
志賀「もし苦手だったら言ってくれ。他のものと取り替える」
桃山「いえ、すごく美味しいです」
志賀「そうか。よかった」
(それにしても…、)
(何から聞こう、いきなりっても変だし…)
志賀「……ちょもは、こういう店によく来るのか?」
桃山「えっと、私はあんまりバーには行ったことないです。正直、ちょっと緊張してます…」
正直に感想をのべると、
志賀さんは顔に手を当て、照れて言った。
志賀「……俺も、緊張する」
桃山「えっ」
志賀「君が隣にいると…、俺も、緊張する」
桃山「………!!」
(なんだか、ほんとうに、)
(恋愛をしてるみたいで、)
(心臓がもたない……!!!)
赤面して目が合わせられず、
座り直そうと思って身体を動かすと、
誤って後ろにバランスを崩してしまった。
桃山「あっ…」
志賀「危ない!」
咄嗟に志賀さんの腕がのびて、
そのまま身体を引き寄せられる。
さっきよりも身体が触れ合うように、
椅子に引き戻されてしまった。
(肩も、腕も…密着してて…!)
(ととと、というか腰に手が!手が!)
志賀「大丈夫か?水を頼もう」
志賀さんは、腰に手を当てたままで、
店員に水を頼んでいる。
桃山「……あ、あの!!」
志賀「?」
桃山「て、手が………」
志賀「……!!す、すまない…!無意識に、君を支えようと、手を伸ばしたままに…。悪気はなかったんだ、すまない」
志賀さんが、慌てて手を離した。
桃山「そ、そうですよね!すみません、引っ張っていただいたのに、ただちょっと恥ずかしくって…」
志賀「いや、それとこれとは別だ」
真面目な顔で、志賀さんは言った。
桃山「あの、颯太郎さんって…。どうしてそんなに、優しいんですか?」
志賀「え?」
桃山「いやっ、その、こんなに魅力的なのに、どうしてどなたともお付き合いしていないんだろうって…」
志賀「……それを言うなら」
桃山「?」
志賀「君だって…」
志賀さんの真剣な横顔を見ていると、
視線がぶつかった。
(君だって、って……、)
(ど、どうしよう…まさか…)
自問してると、志賀さんの手が
ゆっくり近づいてきて、そっと頬に触れた。
志賀「……君だって、魅力的だ」
桃山「…!!」
志賀さんは、目を細めて真剣な顔をしながら
触れた手で、そっと頬を撫でる。
くすぐったくて目を瞑ると、
志賀さんがふっと笑った。
志賀「急ぎすぎるのは、良くないな。…君のことを色々聞きたい」
桃山「私こそ、志賀さんの話を聞きたいです…!」
じゃあ今夜は語り合おうと、
志賀さんが改めてグラスを持ち、
乾杯したーーー
ーーーそして、志賀さんとの帰り道。
駅までの分かれ道で、
志賀さんがふと立ち止まった。
桃山「…颯太郎さん?」
志賀「ちょも…、今日は、その…」
桃山「?」
志賀さんがこちらに手を伸ばして、
何か言いかけたその時、
志賀さんのスマホが鳴った。
志賀さんがムッとした表情で電話に出る。
志賀「……ああ。わかった。すぐ行く」
桃山「どうかしたんですか…?」
志賀「病院だ。急患だそうだ。…すまない、戻るよ。ちょもは、気をつけて帰ってくれ」
志賀さんはそう言って、少し寂しそうな笑みを浮かべ、病院の方に去っていった。
ーーー念のため尾行したが、事実だった。
(空振り…)
(ううん、いいことだよ)
(罪のない人をでっちあげる必要はないし、)
(志賀さんは、…颯太郎さんは、)
(事件に関わっていてほしくない…)
身勝手な感情が渦巻く。
悶々とした気持ちで、
捜査で借りてる部屋に帰り、帰宅した。
スマホで、今日の報告を津軽さんに送ると、
電話がかかってきた。
津軽「ウサ、生きてる?」
桃山「津軽さん、お疲れ様です。はい、もちろん生きてます」
津軽「明日から、戻ってきて良いよ」
桃山「えっ?ええ?あっ…はい…」
(もう、捜査は終わりってこと?)
(必要な情報が、揃ったのかな…)
突然のことに、戸惑った反応をしてしまった。
反応を気にせず、淡々と津軽さんは話す。
津軽「ウサの儚い恋も、終わりだね」
桃山「…別に、恋してませんけど!」
津軽「大丈夫?好きになってない?」
本気なのか冗談なのか、しつこい。
(もちろん、好きにはなってないけど、)
(………違う出会いだったら、)
(なんて、考えずにはいられない…)
桃山「捜査ですから。感情は抜きです」
津軽「ふーん、そっか」
津軽さんは、興味がなさそうに言った。
(自分から言ってきたのに、)
(どっちなんだこの人…)
桃山「………」
津軽さん「…なになに、やっぱり寂しい?」
桃山「寂しくないです!いまから撤収して、帰ります」
津軽「わかった。…家に着いたら教えて」
桃山「え?はい。分かりました」
そう伝えると、電話が切れた。
アパートに荷物は残し、
私物だけ持って、駅に向かう。
明日の朝には、撤収専門のチームが来て、
綺麗な空き家になることだろう。
(この、スマホも…)
(役目が終わるんだね)
ポケットに入れていた、
捜査用のスマホを手に取る。
志賀さんから連絡がきており、
悩んだ末に、メッセージを開いた。
『今日はすまなかった。また明日話そう』と書いてある。
(明日は、もう来ないんだけどな…)
(志賀さん…)
やりきれない気持ちを抱いたまま、
そっとメッセージを閉じた。
電車に乗ってから家に着くまでの間、
やっと潜入捜査が終わったのに、
心は晴れずにいた。
数日ぶりの自宅に帰り、ソファで一息つく。
餃子のクッションを胸に抱き締めて、
身体を伸ばす。
(なんか、変な感じ…)
自分の家なのに、自分の家じゃない、
そんな錯覚が芽生えてくる。
(……あっ、津軽さんに連絡入れなきゃ)
自宅に着いたことを連絡すると、
また折り返し電話がかかってきた。
※続く
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