このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

case1 日常的ブース

朝4時

重い瞼をゆっくりと開けると、そこにはうるさく存在を証明する端末があった。
何でもない平日の朝は、その端末の光から始まる。
ひたすらに閉じたい瞼、生暖かな体温が伝わる布団、
まだ自然的な光が見えていないというのに、
こんな暗がりを朝という冬が、私は嫌いであった。

面白くもない、何一つ面白くない。

朝食の卵焼きを箸でつつくのも、
湯気を揺らす白米を喉奥までかきこむのも、
熱い味噌汁の器を包み込むようにする冷たい指も、
生きるための本能でしている、という感覚がして。
たまらなく嫌いなのだ。

生きるという物は醜い、と思い始めたのは、もうすぐ桜が花開く季節だったのではないか。

目を閉じて、今も晴れない気持ちに手を合わせ、
「ごちそうさまでした。」
というと、この料理を作ったコックは口をとがらせる。

「はやく着替えちゃいなさい。今日は、テストでしょう。」

と。

そんな言葉を求める仕草にみえたのだろうか。
それとも、今日のテストへの祈りだとおもったのだろうか。
そんなバカげたことを聞くなんてしない。
第一、普段の生活のことで忙しい母親に、
そんな話題を振るのはだめだ、と思った。
忙しい人間は、考える脳が低迷していて、怒りに身を任せる可能性がある。怒りを覚えた人間は、憎悪を感じる。
そんな気持ちのままで母に行動をしてほしくない。

娘である私の小さな心配は届くことが無い。

顔を洗う、ぬるま湯が排水溝に流れるかのように、
すぐに流されていくのだ。

人の気持ちも、水も、すべて流されていく。

制服に身を包み、
紙の束と、支給された書物を詰め込んだカバンを片手に
寒い冬の朝へ歩みを進める。

朝焼けと夜の紫がまじりあう朝、バス停で、港を見つめながらバスを待つ。白い息が、浮かぶたびに、早く時間が過ぎてしまえ、と呪いを掛ける。
遠くの方を見ると、オレンジの行き先が近付いてきた、

「…」

無言のまま、バスは止まり、扉が開いて。
熱すぎるくらいの風にさらされる。
後ろの席に座り、静かにため息を吐く。
周りに座っている学生は、こっくりこっくり、とうたた寝している。日々の疲労がたまっているのだろう、手元には真っ白なプリントがあり、あぁ、今日がテストだったことを思い出した。

学校で過ごす時間は、ただのんびり流れていく、今日も先生に当てられることなどなく、先生のありがたくもない成績の話と、アスリートの努力の話を淡々とされるのであった。

午後4時、ようやく授業が全て終わり、教室が空になる。
自分は部活に所属はしているけれども、ほとんど行っていないため、顧問の先生との関係も険悪になっていることに気が付く。
将来使えない、センスや、走り込み、声出しをしている連中を横目に、学校を後にした。

街の歩道を歩き、だんだんと暮れていく陽だまりを橋の上で眺める。
時々、このまま、朝の排水溝に流れていった水の様に、流れるように線路に落ちてみたい、と考える。
けれど、この青空よりも美しい景色を見たい、と考えて、
後ろを通り過ぎていく子供の声に我に返る。

あぁ、帰らなければ。

そんな気持ちになり、なぜ帰る家があるのだ、とまた疑問を浮かばせてしまった。いけない癖がまた出てしまった。

またバスに乗り、真っ暗な外を見ながら、1時間揺られる。
紫、紺、群青、黒、なんとも言えない夜の色に目の奥が侵食されていくのが分かった。

バスを降りて、またため息を吐くと、きつね色の灯りが見える。
百鬼夜行を連想させる帰り道は、
私の心を少しだけ軽くしてくれた。

冷たい風が鼻の奥に沁みて、
今日の疑問がすう、と消えていくのが分かった。

あぁ、私って、なんて単純なんだろうな。

そんなことを思いながら、
灯篭の行列のような帰り道を歩いて帰る。

そんな日常ばかり繰り返す。
1/2ページ
スキ