恋しらず
立ち止まる銀時に土方も足を止める。
銀時は夕日を見ていた。
眩しそうに目を細める横顔に哀愁を感じて土方は瞬きをした。
「昔から思ってたんだけどさ。秋の夕日ってよ、眩しいんだけどあったかくてなんか寂しくなるよな」
「へぇ・・・お前でもそんなん思うんだな」
似合わねーけど、と視線を下げて笑うと銀時が、ああ?と睨んでくる。
本当は本人から聞いて少し驚いていたし、似合っていると思った。
ただ土方が夕日に染まる銀時に感じた哀愁が、彼本人のものだと思うと少し切なくなって茶化さないとセンチメンタルな雰囲気に呑まれてしまいそうだった。
「お前でもって何だ。銀さんこんなん似合い過ぎだろ、颯爽と着こなしてランウェイ爆走だよ」
「すでに着こなせてないから、爆走したらランウェイの意味ないから」
「お前にランウェイの何がわかんの?偉っそうに」
ふん、と鼻を鳴らすと夕日に戻る銀時の顔はさっきと違って、いつもの締まりのない顔だった。
その顔に土方の張っていた心が弛む。
年下のくせによ、と呟く男の斜陽に透ける銀髪が目に沁みて土方は目を細めた。
お前はいくつになったんだ?と思うが過去や歳に興味は無いので訊かない。
今ここにいるという事以外どうでもいいじゃねーかと土方は思った。
そしてこの男と夕日を眺める時間も存外悪くないと思いながら煙草をふかしていた。
夕日も殆ど沈んで一番星が光り出した頃、銀時がニタァと笑いながら土方を覗き込んだ。
「やっぱ、秋の夜は冷えるねェ土方君」
「そうだな、その顔にも冷えてるけどな」
確かに肌寒く、土方は煙草を銜えたまま鼻を鳴らした。
銀時の笑顔が大きくなる。
土方は覗き込んでくる顔を不審げに見下ろした。
「そんなに警戒すんなよ、あそこで温まらねえ?」
銀時が指差した先はおでんと暖簾の掛かった屋台だった。
正直、身体も冷えてきたし丁度いいとは思ったが、わかりきった事を一応訊いてみる。
「俺の奢りでか?」
「もはやそれ以外になにが?」
ホワッツ?とわざとらしく肩を竦めて見せる男に悪態をつきながらも暖簾をくぐり席に座る。
らっしゃい、とにこやかに迎える店主に熱燗を注文する。
「親父、がんもと大根と玉子な」
「俺も同じので」
ゆっくりと食べながら他愛もない話をしつつ、徳利を空にしていく二人は、六本目の酒をお猪口に注いだ。
ひじがらはさァ~、と声を出す銀時はだいぶ酔っているのか呂律が回っていない。
それに比べて土方の頭は醒めていた。
お猪口を傾けながら銀時を見る。
「どおして、きょお、いぢにじ俺に付き合ったわけえ?なんかよてえあったんじゃねえのォ?」
「いや・・・別になかった」
「ふぅん、じゃあねェ、なんで俺んちの前にいたのお?」
七本目の徳利を直接呑みながら銀時がフラフラと揺れる指で差してくる。
辺りは暗くなりいつの間にかおでん屋の豆電球が煌々とついていた。
「だから、それはたまたまだっ」
「ふぅんそお、ならそぉゆこと、にしてェやらあ」
「お前こそなんか予定あったんじゃねーの・・・誕生日だろ」
「別にィ?」
ニィっと口を歪ませながら温い徳利を頬に当てる銀時を奇妙な生き物を見るように土方は見下ろす。
だらしない姿なのに、体の奥に妙なざわめきを覚える。
徳利を当てていた所が仄かに赤い。
というか全体的に肌が桃色に染まっている。
「にぃちゃん、もう止めときな」
店主が困ったように笑うと銀時はにへらと笑いながら手をぶらぶらと振った。
「あー、ダイジョーブよお、おらァ。ほら」
そう言うとよっ、と銀時は立ち上がって見せるが、フラフラとしてかなり危なっかしい。
土方が大丈夫か、と手を伸ばすと同時に銀時の身体が傾いた。
ぐっ、とギリギリの所で倒れかかった銀時を支えた土方は重みに眉を寄せる。
店主が散乱した徳利を片付けながら笑う。
「そっちはもうダメだねぇ」
「あぁ、そうみてえだ」
「ンァ?バーロー俺は平気だっての」
「人に凭れたままなに抜かしてんだ、てめェ」
「ん?あれァ」
土方の肩に凭れていた事に今気がついたような声をあげる銀時にため息が出る。
「親父、勘定頼む」
「はいよ」
「まだ呑めるっつの」
「チャイナとメガネのガキが待ってるだろ」
「あ・・・あいつ等ね。あーそうだったわァ・・・」
頭を掻きながら何やら呟く銀時は未練がましく徳利の口や中を舐めている。
きたねーな、と今日何回目かの呟きを発しながら土方は勘定を済ませた。
蛸のように吸いつく口から徳利を引き抜くと親父に返し暖簾をくぐる。
千鳥足の銀時の片腕を肩にかけ、夜の町を歩いていく。
******
いくら身体を鍛えていても同じ体格の男にフラフラと動かれては、酒を呑んでいる土方ではよろけてしまう。
二人は右へ左へ蛇行しながら進む。
「万事屋っ、てめ、ちょっとはマトモに歩こうって気はねーのか・・・!」
「う゛ぅ・・・ぎぼびばぶ・・・」
「オイ!」
「う゛ぁぁぁぁ?」
「どうわっ!?」
塀に手をついて進んでいた土方の手が空を掴む。
塀の間の裏路地に続く隙間、そこに積んであった空段ボールの山に倒れこむ。
「ってェな・・・くそっ、おもてぇ!」
「う、お"あ・・・」
「早く降りろや!」
「ちょ、待って。今のはヤバい・・・ぐ」
「え?おまっ、吐くなよ!?頼むから吐くなや!」
「お、ごおおっ」
今にも吐きそうな声に青ざめる土方は上に倒れていた銀時を横に転がす。
転がされた銀時は身体を起こすと壁に手をついて震えている。
「・・・よし・・・だいじょ、ぶ」
「おま、吐くなよ・・・?」
「はぁ、ダイジョーブだって・・・戻したから、胃に」
「きたねーな・・・」
土方は立ち上がり、服についた土埃を払うとはだけた着物を直す。
銀時はというと、口を半開きにしたまま壁に凭れ、肩で深く息をして悪酔い状態だ。
土方は銀時の前にしゃがみこむ。
「おい、万事屋」
「んおお・・・」
「ったく、しっかりしろよ」
土方は、手際よく銀時の土を払うと、捻れた着物を直しベルトを締め直して、大きな埃のような頭を叩く。
ヨロヨロとした銀時の手が防ぐようにかざされる。
「ちょ、痛いんですけど」
「土埃払ってやってんだ、文句言うなや」
それでも少し丁寧な手付きで髪をすいてやると、悪くないというように銀時が目を閉じる。
震える瞼に薄く開いた唇のその無防備な顔を見て、瞬間土方は閃いた。
「んあ、なに?」
銀時は視線を感じたのか薄目を開くと紅緋色のとろっとした瞳で訊ねてくるが、土方の雰囲気が変わったことに気付いて僅かに眉を寄せる。
内心ほくそ笑む土方は、頭に乗せた手を滑らせ耳朶を摘まむと、ピクッと目の端を動かした銀時の唇に食いついた。
銀時から驚きの声が漏れるが土方の口がそれも飲み込み、引こうとする頭を壁に押し付ける。
じゃり、じゃりと地面を脚で擦る銀時の手は土方の胸を押すがその力は弱すぎて、酔いのせいなのか抵抗する気がないのか。
構わずに下唇を強く吸って耳朶を揉むと、はあと銀時の口が開いて、土方は舌を捩じ込む。
ぎゅっと目を瞑る銀時だが、舌は土方を受け入れて反応を返してくる。
「っ・・・はふっ、ンン・・・っ!」
「っ・・・ン、」
そんな銀時に土方も止め時がわからず、ただ夢中で口づけ合う形になり、徐々に刺激を感じ始める。
刺激を求め音を立てて奪い合うように口を合わせる二人の息遣いは荒くなっていく。
土方が舌先を吸うとブルッと震える銀時の喉元に触れれば、ゴクッと喉仏が上下した。
急所に触れたからか、ハッとしたように目を見開いた銀時に手首を掴まれる。
先程とは違ういつもの強い握りに静かに土方は唇を離した。
唇を合わせていた証のように二人の間を透明な糸が繋ぐ。
土方は手で口を拭うと、口角を上げて銀時を見下ろす。
目を見開いてポカンと見上げてくる顔は桃色で呼吸が早くなっている。
「はは・・・呆けた面しやがって。驚いたかよ」
「は・・・?おま・・・そりゃ驚くわ。突然あんなことされりゃ」
「だよな、あースッキリした・・・あ、一応云っといてやる」
土方は満足げに目を細めると、誕生日おめでとさん、と爽やかに告げた。
そんな土方を見上げる銀時の顔は、まさに土方が見たかった顔をしていた。
*******
「お帰りなさい、銀さん」
銀時が玄関に入るとツッコミ担当の眼鏡、新八がにこやかに出迎えてきた。
「おう」
「神楽ちゃんもう寝ちゃいましたよ」
「あー・・・そう」
「明日はちゃんと僕達に祝わせて下さいよ」
「わーってるよ」
「今日はどうでした、土方さん。何か貰えました?」
銀時はやっとでブーツを脱ぐと四つん這いでノロノロと動く。
その前を新八が行き、水を持って戻ってきた。
水を受け取り一気に飲む。
「はあ・・・えっと、団子食って、寿司食って、映画行って、おでん屋で呑んだ」
「え、食べ物ばっかですね。まぁ、羨ましいですけど、お寿司」
「新ちゃん、銀さん寝たい」
「お風呂入ってからにして下さい!」
新八に風呂へ追いやられる。
脱衣しながら銀時は今日の事を考える。
9月辺りからジミーがこそこそと自分の周りを調べだして、ひっつかまえて問いただしたのが9月の半ば。
日頃の仕返しに何か企んでいて有給まで取っていると聞き、それなら受けて立つしむしろ誕生日に奢って貰おうと考えた。
土方を自分のペースに巻き込んで転がすのは簡単だとわかっていた。
助手二人にも伝えておいて今日は頑張って早起きしていたのだ。
甘味処に行って、調べておいた高い寿司屋にも行って、映画観て、おでん屋で呑む。
銀時の計画通りだった。
でも、そのせいで油断していた。
酔いも醒めてしまうほど驚いた。
まだ少しドキドキしている胸が煩い。
銀時は湯船に浸かり顔を擦りながら呟く。
「やられた・・・まさかキス、かまされるなんて想定外だわ・・・」
******
屯所に帰った土方は機嫌が良かった。
真選組監察方、山崎 退は歪んではいるが土方が銀時に惚の字なのは知っていて、半ば強引に今回の誕生日も加担させられたのだ。
朝は何も思いついた様子が無かったため帰ってきてからの八つ当たりを覚悟していた。
だが、機嫌がいい。
監察としてコレは気になるぞ!
山崎は監察にあるまじき事だが直接聞くことにした。
「副長~。どうでした?」
「お、山崎か。勝った」
「マジですかッ!?」
「あの憎たらしい顔をポカーンとさせてやがったぜ」
「え、え?どうやったんですか、副長」
「キスしてやったんだ」
「はあっ!?キッ、スゥウ!?」
「あぁ。あの顔、ざまあねえ。いつも人をナメてやがるアイツにはいいプレゼントになったろーよ」
山崎の驚きの声に返事を返すと土方は嬉しそうに去っていく。
「マジかよ・・・あんたって人は・・・」
遠ざかる背中に向かって山崎は呟いた。
なぜ、あの人はあんなに色恋に鈍いのか。
違う、鈍い訳じゃない。
あの顔だから女はほいほい寄ってくるし、フォローは上手いし、童貞なわけでもない。
あの行為の意味を知らない訳がないのに。
なぜ旦那のときだけあんなに歪み、自分の気持ちに鈍いのか。
「・・・そうか!」
山崎の中で一つの結論が出た。
あの人は、男が男を好きになるなんて事を思っても無い、そういう頭が端からないのだ。
だから自分の気持ちや行動が思い通りにならない事を嫌いだからという理由をつけているせいであんな矛盾したことになるんだ。
本当はただしたかったんだろうキスの意味も介さずあんなことが出来てしまう。
―――なんて人だよ。
山崎はゆるりと頭を振ると土方が消えた廊下の暗がりを見つめていた。
了
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