恋しらず


文句をこぼしつつ、腕を引かれ着いた寿司屋は如何にも高そうな店だった。
少し渋った後、他に食べたいものもなかったので仕方なくと言う体を装って銀時について店に入る。
席に着くや否や、銀時はウ二!トロ!と勝手に注文を始めてしまい、土方は財布の中身を確認して自分も適当に寿司を頼み始めた。
やっぱ回転寿司なんかとは訳が違うわ、いや回転寿司もなかなか食べらんないけどね?と喋りながらウニを食べる銀時を見て土方もヒラメを口へ運ぶ。
確かに旨いが、回転寿司にすら縁の無いこの男が何故こんな店を知っているんだろうか。
土方は疑問に思いながら茶を啜る。
握られた寿司を次から次へと頬張っていた銀時の手が止まった。
銀時の左に座る土方は何事かと目線を追うと、先にあったのは「キャビア」と書かれた札。


「多串くーん、キャビア食べたことある?」

「だから多串って誰だよ!・・・あるけど」

「ふーん、あっそー、へぇー」

「食べてェのか?」

「人生で一回くらい食べたいわ、何たって世界三大珍味だぜ」

「そんな大したもんでもねーぞ。ヒラメの方がうまい」

「はっ、味覚障害の人間の舌なんか信用出来ねーわ」

「誰が味覚障害だ、コラ。それはお前だろ。甘ったるいもんばっか食いやがって」

「黄色いドロドロ油過剰摂取してる奴に言われたくないんだけど」

「マヨネーズを黄色いドロドロとか言うな。あと油だけじゃねー卵だって入って」

「キャビア一つな!」

「はいよ!」

「オイ!頼んでいいって言ってねーけどォ!?」


ずずーーーっ
おしるこの時の様に音を立てて茶を啜る銀時は左耳に指を突っ込んで知らんふりを決め込んでいる。
土方の持っていた湯のみがビキッと音を立てた。


「へい、おまち」


キャビア寿司が銀時の前に置かれると、ウキウキとした様子で手を伸ばす。


「いただきまーす」

「大したもんじゃねぇっつってんのに・・・」


黒い粒の塊が乗った寿司を頬張ると、銀時の口がムチャムチャと咀嚼する。
その顔を眺めていると、細められていた目がキョロッと上を見て、手元を見て、眉根を寄せた。
寿司ひとつにコロコロと変わる表情が面白くて土方は上がる口角を手で隠す。


「んぐ、んー・・・こんなもん?正直微妙だわ、寿司にすんのが間違ってんじゃねェのコレ」

「だから言ったろアホ、店主に聞こえるからやめろ」

「てか三大珍味ってなに?コレ何の卵?見た目もグロいし。ある意味珍味の土方スペシャルよりは美味いけどよ」

「どーゆーことだコラァ!土方スペシャル馬鹿にすんなや!つか、お前食ってすらないよね!?鼻くそ入れてたよね!?」

「あんなもん想像するだけで吐きそうですう。スンマッセーン、玉子とトロとウニにサーモンくっださーい!」

「てめぇはガリでも食ってろ!・・・カツオくれ」


土方は釣られて興奮した己に溜め息をつくと掛け時計を見る。
13時40分を示す針に、カツオを口に運びながら内心で時間切れだと感じていた。
ここを出れば銀時は帰ってしまうだろう。
腹が満たされれば去ってゆく猫のような奴だし、土方も付きまとう為の理由がない。
結局今日もこの男のペースに乗せられて、目に物見せてやりたいという目的も果たせていない。
まあ、策も無いまま攻め込んだのだから自滅したようなものだと今回は諦めて、締めにかっぱ巻きでも食って出よう。
財布も軽くなったし、と土方はかっぱ巻きを注文する。


「俺にもかっぱ巻き分けて」

「自分で頼めや」

「いいだろ?かっぱ巻きってそんないらねーんだよ、ただ最後の締めにちょっと食べてーの」

「ったく・・・ほら」


土方はかっぱ巻きを摘むと銀時の口元に差し出してみる。
先程、内心で猫に例えたせいか本当に猫のようだなと思う。
果たしてこの猫・・・化け猫は食いつくだろうか。
白毛の猫は口元のかっぱ巻きを見つめる。
赤いタレ目は何を考えているのか、無い頭で警戒でもしているのだろうか。
ホワホワの頭が動いた。


「・・・ん」


指先に触れる銀時の唇が、薄紅の舌を覗かせて小さなかっぱ巻きを挟み口内に含む。
咀嚼音の中に胡瓜と海苔のパリポリと砕かれる音がして、土方はひどく高揚するのを感じていた。
身体がブルッと震えそうになり、反対の手を強く握り、拳を作る。
飲み込んだ銀時がかっぱ巻きに視線を落とす。


「うん・・・やっぱ、かっぱ巻きはどう食ってもかっぱ巻きだわ」

「そりゃそうだろ。海苔と米と胡瓜で出来てんだ」

「・・・そーゆーことじゃ無くて・・・まあ、いいわ」


銀時は言葉を濁すと二個目を要求してくる。
まだ手から食べる気らしい。
何者にも靡かないこの男が、自分の与えた物を食べる姿に内心ほくそ笑んでしまう。
三個食べさせて、残りは土方が食べると手拭きで拭い立ち上がった。
銀時も伸びをすると腹をさすっているので、さすがに満腹のようだ。
勘定を済ませ外に出ると秋と云えどまだまだ陽光が眩しく土方は目をすがめる。
何すっかな・・・このまま帰るのもアレだ。
誰かに何をしていたのかと訊かれた時、スナックの女店主に殴られて万事屋の白髪男に甘味と寿司を奢った、などとは云いたくない。
・・・そうだ。となりのペドロの続編が今週から上映されている、それでも観よう。


「ごちそーさま」

「あ?ああ、じゃあな」


向きを変えようとした肩をガッ!と掴まれる。
砕く勢いの握力に、いででで!と土方は声をあげた。


「オイ待て待て、どうせ暇だろ?もうちょっと俺に付き合いなさいよ、ペドロの続編やってっだろ。それ観よーぜ」

「はっ?」

「ポップコーンと映画代奢ってくんね?」

「はぁあッ!?お前何処まで図々しいんだ!」

「誕生日だから、銀さん。殿様だから、今日一日」

「ざけんな、てめーが殿様だと?お前はせいぜい猫だろ。我が儘勝手な猫だっ」

「それでもいいけどさ、ペドロ観よーぜ、ペドロ!」


ペドロ、ペドロと繰り返す銀時を連れて映画館に向かう。
行動パターンが似ている事を忘れていた。
でも別にこいつと観るとかじゃなくて、自分が観ようと思っただけだから。
自分の方が先に思いついたし、この券だって別にこいつの為じゃなくて券無しで映画館に入って警察沙汰になられたら困るからで、このポップコーンだってお金を崩したかっただけで、別にこいつの要望に答えた訳じゃありません、ってアレ、作文?
土方は、うだうだと自分に言い訳をしている間にもう上映会場に入っていた。


「コラ、お前ひとりで食うなや、寄越せっ」

「やめ、ステイ!まだ俺が食べてるでしょーが!」


一つのポップコーンを取り合いながらペドロを観ていたが、途中から騒ぎ過ぎたせいで話がわからなくなってしまった。
今、どうなってんの?と訊いてくる銀時の質問に答えられず、知るかと返すしかない。
元は銀時がポップコーンを独占して音を立てながら食べるのがいけないんだ、ということにしておく。
仕方なく会場を出て二人はペドロのパンフレットを見る。


「へー、こうなってたんだな。え?こんなの出てきた?」

「全く見覚えねえな・・・なあこれ、映画観た意味あったか?」

「俺に聞く?」


互いの記憶を擦り合わせツッコミ合いながら映画館を出た頃には18時を回っていた。
とりあえず歩いていると、河原で銀時が立ち止まった。
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