恋しらず


秋の気配を感じ始める10月10日。
真選組鬼の副長、土方十四郎は殺気立っていた。
原因は、土方自身が無自覚な片恋の相手―――万事屋なんていかがわしい商売をしている銀髪の侍、坂田銀時だ。
その飄々としながら人をおちょくるにやけ顔の男に、土方は出会うたび心を掻き乱される。
口を開けば人の神経を逆撫でする発言ばかりで、喧嘩に熱が入り冷静に物事を見れなくなって己を制御できない。
土方とは全く合わないちゃらんぽらんな男だが、苦手なものが似ていたり、抱く信念とその矜持は強靭で芯があり共感できる部分もある。
そこがまた腹立たしく、いけ好かない。
見目は悪くないのに奇妙な風体をしたあの姿を思い浮かべるだけで腹の底がモヤモヤとする土方は、日に日に銀時に抱く感情が煮詰まっていき、それが恋心であるとも知らずもて余している。
そして今日はその銀時の誕生日なのだが、土方は祝いたくて殺気立っているわけではない。
その逆、土方の心をざわつかせる迷惑で捉えどころのない銀時の誕生日という特別な日に彼を驚かせ、狼狽させてやりたいと9月から考えていたのだ。
しかし山崎を使っていろいろ調べたが、薄っぺらい情報が揃ったところでいい案が浮かばないままその日になってしまい、焦りで殺気立っていた。
早朝から興奮していた土方だったが朝の8時になり、焦りも興奮も落ち込みに変わる。
本日二箱目の煙草に火をつける。


「なんにも浮かばねえ・・・はぁ・・・」


取ってしまった有給を無駄に過ごすわけにもいかず、部屋の真ん中であぐらをかいていた土方は煙草を吸い終わると立ち上がった。


「ひとまず出てみるか」


******

モヤモヤした頭で雑踏の中を歩いていると、いつの間にか万事屋に着いていた。
約束はしていないがこの時間なら恐らく居るだろう、静かな万事屋の入り口を見上げて土方は煙草を取り出すと火を着ける。
だらしないあの男のことだ、平日なのにまだ寝ているかもしれない。
吐き出した紫煙の向こうに、子供のように口を開けふっくらした頬に涎を垂らし眠る銀時の寝顔を想像する。


「ふわああ・・・っと、ん?多串君じゃん!」

「うおっ・・・!?」


間抜けな欠伸と呼びかけに、煙草を落とした。
二階の万事屋の玄関から、いつもの妙な格好をした銀時がこちらを見ている。


「なにしてんの、こんなトコで」

「なっ、いちゃわりーのかよ」

「別に悪くねーけど、朝からお前は見たくないです。着流しってことはお休みなの?へぇー、お金巻き上げてる税金泥棒様は国民が汗水流して働いてる間にぷらぷらしてんだな。いいご身分だねえ」

「てめえはいつもぷらぷらしてんじゃねーか!」

「んだとォ!俺は家でジャンプ読みながら依頼くるの待ってるからぷらぷらじゃねえ!」

「それ動いてすらねえじゃねーか、なお悪いわ!つーかてめーは税金払ってるかも謎だっつの!」

「あんだとコラァ!なんだ、かまってほしいのか?かまってちゃんなのかコノヤロー。なんなら相手してやるけど?」

「それはてめえだろ!上等だ、相手してやるから降りてこいや!」


二階から身を乗り出す銀時に青筋を立てる土方が柄に手を添えたときだった。


「「うっせェェェェェッ!!」」

「「!?」」


パーーン!!
一階から引き戸が激しい音を立てて開く。
ガシャーーン!!
同時に二階からも引き戸を破壊する音が聞こえた。


「「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」」


二人の悲鳴が秋空に響いた。

*****

殴られたところが痛い。
お登勢に殴られた土方と神楽に殴られた銀時は一緒に逃げ出した勢いで何となく並んで歩いていた。
互いに無言でいたが、銀時が口を開いた。


「土方君さー」

「あ?」

「なんで朝からあんなとこにいたの?」

「・・・別に」

「お前がいなけりゃこんな目に遭わなかったのによお」

「俺だけのせいじゃねえだろうが」

「いや、あれはお前が悪いね。玄関弁償しろよ」

「誰がするか。お前とお前ンとこのガキが悪い」

「あーあ、今日は誕生日だってのになぁ~。こんなスタート切っちまうなんてさぁ~気分悪いなぁ~?」


頭の後ろで手を組み、わざとらしい声を出す銀時が立ち止まる。
少し進んだ土方が振り返ると、こちらと甘味処をチラチラと交互に見てくる。
その目に気付かないふりをして問いかける。


「なんだよ」

「俺、誕生日なんだけど」

「さっき聞いた」


銀時が唇を尖らせる。
この顔は嫌いじゃない、土方はつい緩みそうな頬を目を尖らせることで抑える。


「朝からお前のおかげで最悪の気分なんですけど?」

「俺だってそうだ」

「はあ・・・甘いもの奢ってよ」


土方が気付かないふりを崩さないとわかったのか遠回しな言い方を諦めた銀時の顔は少し不満そうだ。
その顔に土方の心はムズッとするが、まだ足りない。
この男にもう少しねだらせたいと思う。


「なんで俺が奢らねーとなんねんだ」

「誕生日プレゼント」

「なんで俺がプレゼントやるんだよ。そんな筋合いねーよ」

「ケチくせーこと云うなよ。じゃ、朝から俺の前に現れて気分を害した詫び兼殴られ見舞金兼玄関修理代」

「どんだけ兼ねてんだ。つか、俺からしたらてめーが俺の前に現れたんだけど」


同じ問答の繰り返しに銀時が黙り込む。
甘味処を恨めしそうに見つめる姿はガキみたいだ、と満足した土方は口角をあげると店の自動ドアに足を踏み入れた。


「おいどうした、いらねーのか」

「・・・いや、いりますけど・・・」


肩越しに振り向くと、首をかしげ怪訝な顔をした銀時がいた。
入店する土方の後ろに続く銀時が、え、なにツンデレなの?とブツブツ呟く。
席につくとメニューを携えた店員が近づいてきて、お絞りを置きながら興味ありげにチラリと二人の顔を見る。
平日の午前中から男二人で甘味処に来る客は珍しいのだろう。
銀時にメニューを託し、土方は見つけた灰皿に嬉々として煙草に火をつける。
古い店だからだろうか、今日日禁煙じゃない店は珍しく、土方は内心で数少ない憩いの場リストに追加した。
ああだこうだと注文する銀時を見つめながら煙を吐き出す。
注文を終えた銀時は不満げな顔で頬杖をついた。


「ちょっと土方クン。煙草やめてくんね」

「あ?てめぇ食わせて貰っといて人の楽しみに文句つけんのか」

「まだ食べてません~。お前の吐き出したそのきたねー煙が俺のピチピチな肺を汚しちゃうだろが。店の灰皿全部窓から投げ捨ててーわ」

「べらべらしゃべってねーで息でも止めてろや。つか、お前が選んだ店だぞ」


まーね!とそっぽを向くと手で煙を扇ぐ銀時の前に、団子が山積みになった皿がいくつも運ばれてきた。
おしるこやあんみつ、甘酒まで運ばれてきてテーブルはすっかり埋まってしまった。
途端に銀時の顔が輝き、わぉっ!と声をあげる姿が目に染みて土方は目を細めた。


「とっとと食えよ」

「うっせーな、もうちょっと幸せに浸らせろって。こんな大量の甘味見る機会なんてないんだから・・・よし、食うか」


串をとると団子にかじりつく銀時は幸せそうに目を細めている。
見ているだけで胃もたれしそうなほどの甘味に土方は眉を寄せながらも食べ進める銀時をじっと見つめる。
たまに唇を舐める薄紅の舌の動きに無意識に集中する。
三回目のそれを目で追ったとき銀時の動きが止まった。


「あのさぁ」

「なんだ」

「そんなにじろじろ見られると食べづらいんですけど」

「見てねぇ」

「見てたよね!?めっちゃ見てたよね、おまえ!」

「見てねーつってんだよ。つーか人にそんなこと言う前にてめーでてめーの顔見ろ」

「は?」

「こんなにつけやがって、きたねーな。気持ち悪くないのか」


口に煙草を銜えたまま土方はお絞りで銀時の口周りを拭く。
唇は舐めても口周りにはあんこやみたらし団子のタレがべっとり付いていた。
食べかけの串を持ったまま、されるがままになっている銀時は目をパチクリさせている。


「ほら、綺麗になったぞ」

「あぁ・・・うん。ドウモ」


拭いた手を引っ込めると銀時は口周りを手でさすり、何か云いたげな顔をしていたが溜め息をつくと再び大量の甘味を食べ始める。
土方が煙草を灰皿に潰して伝票を見ると、驚きの金額が記されていて僅かに目の下がヒクつく。
一生の内に甘味でこんなに金を使うなんて最初で最後だろう・・・いや、最後でもないかと思い直す。
もしかしたらまた奢ってやることがあるかもしれない、この店なら煙草も吸えるし極たまになら奢ってやってもいい。
銀時を眺めながら次はいつかなとぼんやり考えていると、眉を寄せた銀時に一本くらい食べろとみたらし団子を渡される。
受け取った土方は、ばかに甘い団子にマヨネーズを掛けたいと思いつつ大人しく咀嚼した。

ずずーーーっ・・・
銀時が最後のおしるこを飲みほすとゲップを一つして漆塗りの椀を置く。
きたねーな、呟いた土方に、満足げに笑ってみせる顔に胸がムズッとして土方は顔をしかめた。


「いや~食ったわ」

「食い過ぎだっつの」


レジで会計を済ませ外に出ると、昼時だからか人通りが多くなっている。
飯でも食うかと土方が考えていると肩に腕が乗ってきた。
そちらを見ると、顎に手を添えてニヤニヤとする銀時の意地汚い笑みがあった。


「おい、気持ちわりーな」

「は?キモくねーよ、むしろかわかっこいい?」

「そんな言葉はねー。あったとしてもお前にはあてはまんねー」

「んなこといいからよー。昼食わね?」

「はあっ!?お前今大量の団子食ったよねェ!?」

「いやいや、お寿司食べたいんだよね」

「知るか!」

「俺良い店知ってるからさ、な?」

「な?じゃねぇよ!」


いーから、と銀時の手が二の腕を掴んでくる。
ゾワッと鳥肌が立つ土方は、振りほどきたくなる思いとは裏腹に少し腕を揺らしただけだった。
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