踊る阿呆に見る阿呆
「あークソ・・・」
悪態をつく土方は、机の上にあるラッピングされた箱を睨んだ。
中身は、カカオの実を煎ってすりつぶし、砂糖・カカオバター・ミルク・香料などを加えて練り固めた菓子。
簡単に云うとチョコレートだ。
包装越しにも漂うチョコレートの匂いが鼻につく。
それでも連想する相手を思うと頬が熱くなる。
こんなものを持っている自分が恥ずかしい。
俺はアホかと、部屋で一人、頭を抱えた。
******
遡ること数時間前。
学校からの帰り道、いつものコンビニに寄った土方は顔をしかめる。
二月になると現れる、ラッピングされた箱が大量に並んでいた。
暖房を効かせた店内に甘い匂いが籠り、気持ち悪くなってくる。
おにぎりを選びながら早く出ようと急いだ。
土方は甘味が好きではない。
かといって酸味や辛味が好きかというとそうでもない。
ただマヨネーズが好きな、重度のマヨラーだ。
手に持っているおにぎりの具もシーチキンマヨやエビマヨ、とにかくマヨネーズ類一択。
だからチョコレートなんて普段は見向きもせず、特定の時期になるとむしろ鬱陶しい存在だった。
レジに並び順番を待つが、レジの前にも箱の山があって、げんなりする匂いを発している。
何故、女が男に想いを伝えるのにチョコレートなんてものを贈る必要があるのか、毎年大量に渡される土方だがさっぱりわからない。
その昔、どこかの国では妻と夜を共にする男が強壮剤としてカカオを飲用していたというが、関係があるのだろうか。
有るにしろ無いにしろ、世間はチョコレート業界にまんまと踊らされている、と鼻で笑うと、ちらりと箱の山に目をやって、ギョッと目を見開いた。
ピンク色の箱を取る手が見えたのだが、えらく筋張って大きくて、その手の持ち主が―――男だった。
二十歳前後のどこにでも居そうな男がラッピングされた箱を手に持っている。
土方の無遠慮な視線に気づき、見つめ返してくる。
すっきりとした目元がまともな男だと証明していて、土方は余計この男がわからなかった。
棚の死角から大柄な男が現れる。
それ、彼氏にあげるやつ?―――うん。
そんなやり取りの後、二人して目の前に立つ土方を見てくる。
ギクッとしたところで、次の方どうぞ、と店員に声をかけられ、さっさと支払いを済ませると店を出た。
******
「なんなんだ、あれ・・・男がチョコ?っつーか・・・彼氏て・・・」
歩きながら呟く。
実は、土方も同性の同級生、近藤と付き合っている。
それなのに、バレンタインチョコを男が買う事、そもそも男が男にバレンタインチョコを贈るなどという事が信じられないと首を振る。
一方、なぜか胸がソワソワとし、落ち着きたくてベンチに座るとエビマヨおにぎりにかじりつく。
あの後、店員の目はどうだったのだろうかと考えながら土方は米を飲み込んだ。
――でさ、俺の彼女、バレンタインくれねーんだってェ。
は?なんで?
そうゆうのガラじゃないって云われた・・・。
え、こないだの子だろ?ガラじゃないってそうゆう問題じゃなくね?
だろォ、ああゆうのってさ、そうゆう問題じゃねぇだろ。あんなん彼女に云われるとなんか愛されてねぇ気がするじゃんかァー・・・。
お前それさ、実際愛されてねぇんじゃねぇの?ははっ.......
耳に入った会話に土方は雷に打たれたように固まる。
「・・・いやいや、ねぇよな・・・」
手元のおにぎりに目を落とし、呟く。
胸のソワソワがザワザワに変わる。
・・・俺達は男同士だ、あんなモンあげなくたって俺と近藤さんは平気だよな?
バレンタインチョコがないと愛されてないなんて馬鹿か?俺は思わねえ。
んな恥ずかしいモン、やらなくても・・・でも近藤さん、ああいうの結構気にするタイプか・・・?
でも俺からチョコって・・・あんなん人前で買えねぇし・・・・・・。
******
「いらっしゃいませ・・・」
チャリンッ
店員の対応を待たずレジに金を置くと、商品を掴んで飛び出す。
店が見えなくなるまで走った土方は、バクバクする胸を押さえて息を吐いた。
さっきの会話を聞いたあと、目についた店の宣伝文句。
『今年は男性もチョコで気持ちを伝えよう』
これなら、男が買っても不審には思われないのかもしれないと土方は、胸のザワめきに後押しされ買うことにした。
しかし、女だらけのチョコ売り場に男子高校生が現れると好奇の視線を集めてしまい、土方は羞恥と後悔で身体が爆散する思いだった。
最早選ぶどころではなく、目の前にあったモノを掴んで脱兎のごとく逃げ出していた。
しゃがみこんだ土方は、手元の青と黒のストライプ柄の包装紙で包まれた箱を改めて見下ろす。
な、なな何やってんだ俺はァァア!なんつーモン買っちまってんだ・・・。
己への驚きと恥ずかしさに顔を赤らめ、急いで鞄に仕舞うと飛ぶように家に帰った。
そして、冒頭へ至る。
******
朝の校門で近藤と出くわす。
「おぉ、トシおはよう」
「おっ、おはよう、近藤さん」
満面の笑みで挨拶をする近藤にひきつった笑顔を返す土方は、隣を歩くその顔をチラチラと見る。
近藤さん、期待・・・している?
そうじゃないだろうがそんな風に見えてしまう、今日はバレンタインだ。
鞄の中には土方を苦しめたチョコが入っているが、思えばいつどんな顔で、どんな言葉で渡せばいいのかわからない。
どうすりゃいいんだと内心で頭を抱え、下駄箱を開けた。
バラバラバラッ
カラフルな箱が床に散らばる。
土方は立ち尽くしそれを見つめた。
「へぇ、相変わらず人気者ですねィ、土方さん」
いつの間にか合流し、茶化す沖田を睨む。
「んなこと云って、お前も貰って」
「ませんぜィ。俺にはそんな人気ねえもんで」
わかる嘘をつくなと土方は呟く。
毎年貰っている筈の沖田は今年、処理を面倒に思ったのか何かしら先手を打っていたようだ。
土方にしても、この床のチョコは担任の銀八へ流すのでそれほど困らない。
問題は・・・と、二人は同じく下駄箱で立ち尽くしている近藤を見た。
「え?なんだ二人とも。違うから、別にチョコがなくて悲しい訳じゃないからね。今年は総悟も無かったんだし、違うぞ、この涙は。目にゴミ入っただけだから」
「いや・・・近藤さん・・・」
近藤は毎年同じ台詞を云う。
土方と沖田が何十個と貰うのに対して近藤はゼロということを気にしている。
今年は土方と付き合ってはいるが、やはり女から貰うのは別モノなのか、男としての魅力をはかる物差しにしているのか、今年も涙が光っていた。
「ゴリラに好意向けてくれる子なんていないよな、そりゃあさぁ、ケツ毛にまみれてる男にさ・・・」
完全にいじけモードの近藤に、じゃあ本気のチョコを貰ったらアンタはどうするんだと訊きたい土方だが、場が凍り付きそうなので黙っていた。
ろくでもないイベントだとげんなりしながら床のチョコを入れるために鞄を開けた。
「あれ、土方さん。それなんですかィ」
「なっ、なんでもねぇ」
鞄を覗き込んだ沖田が不思議そうに声をあげる。
土方は急いでチョコを詰めると鞄の口を閉じた。
しかし目ざとい沖田が訊ねてくる。
「今の箱でしたね?チョコですかィ?」
「いや、これは」
「個人的に貰ったんで?受け取るなんて珍しいじゃないですかィ」
「いや、だから・・・あぁ、そうだよ」
面倒になって適当に返事をした土方は早足で教室へ向かった。
******
「はい、チョコ。クラスの女子からみんなに配ってる義理チョコやけど」
休憩時間、土方が山崎と話をしているとクラスメイトの花子が大きな箱を持って近づいてきた。
差し出された箱の中には粉をまぶした球体のチョコが入っている。
あ、どうも、といいながら山崎が手を伸ばし嬉しそうに食べる姿を眺める。
「あれ、土方さん食べないんですか?」
「俺甘いもん苦手だからいらね」
「え、せやけど毎年いっぱいもろうてるやん?アレどないしてんの?」
「銀八にやってる」
「えっ!信じられへん、そら酷すぎるで!」
声をあげる花子を見上げる。
近藤を少しでも喜ばせられる方法を見つけた。
「なぁ、俺の分、近藤さんにやってくんねぇか」
「え、近藤さん?別にええけど・・・」
首を傾げる花子に内緒で頼むと云って土方は席を立つと銀八の元へ向かった。
「ほんっと大収穫祭だよな毎年毎年。お前にチョコあげる女子は外見だけしか知らねーんだろうな。可哀想によ」
ぼやきながら銀八がチョコを食べる。
「ま、そのお陰で俺は毎年チョコ食えてんだけどさ」
「そっスよ、だから黙って食って下さい」
こんな事を云われながら渡すのは癪だが自分が食べないんだから仕方ないと、土方は苛々しながら鞄のチョコを銀八に渡していたが、最後に渡そうとした箱にハッとして素早く戻した。
「え、今のは?チョコだろ、なんで引っ込めんだよ」
指を嘗める銀八が驚いたように訊ねてくる。
近藤に渡すものを銀八に渡すところだった。
黙っているとニヤッとした顔で、好きな奴から貰ったわけ?と訊かれたが、戻らねえとと告げて国語資料室を後にした。
******
「珍しいなぁ、トシが屋上行くなんて」
「たまにはいいだろ」
昼休み、近藤を誘い弁当を持って屋上へ上がる。
極力人が居ないところで渡したくて、2月の風が容赦なく吹き付ける屋上を選んだ。
寒さに身を震わせながら座る二人を、青空にある太陽がやっとで温めていた。
マヨネーズを弁当に掛けてかき込む土方は、この後の緊張からついつい食べるスピードが速くなってしまう。
トシ聞いてくれよと、近藤が箸を動かしながら嬉しそうに話しだす。
「今日女子がチョコを配ってただろ?それ、俺だけ二個貰ったんだ」
「へぇ」
土方は頼んだものと知りながら、驚いた声をあげる。
「他の奴は一個なのに俺だけ二個!なんでだろうなぁトシィ!」
「さぁな」
薄く笑いを乗せて相槌を打つ。
バレンタインに嬉しそうな近藤を見るのは珍しくて、土方の気持ちも仄かに軽くなった。
他愛もない話をしながら食べ終わり、近藤がそろそろ戻るかと声をかけてくる。
「あ、いや、ちょっと」
引き留めた土方は、顔がカッと熱くなり、どんな反応を見せるか不安で汗が滲む。
女からのチョコは欲しがる近藤だが、男からチョコを渡されて驚くかもしれない、笑うかもしれない。
そわそわとした土方の様子に近藤が眉を寄せる。
「・・・大丈夫か?」
「え、あいや、その、近藤さん」
「ん?」
「こっ・・・・・・これやる」
土方は隠していた箱を取り出すと、半ば押しつけるように渡した。
受け取った近藤は目をしばたたかせ、箱を眺めている。
渡しただけじゃ伝わらないと土方は顔を逸らして、あわあわと口を開いた。
「いや、いつも世話になってっから礼ってか、あの、アレのアレだからっ・・・」
「まさかトシ・・・バレンタイン、チョコ?」
穴があったら入りたい、土方は真っ赤にした顔で頷きながら瞼をきつく閉じる。
今更だがこんなことをする自分はどうかしていると内心で悶える。
どこかに頭を打って意識を飛ばしたい、手汗がハンパない量出ているし、このまま溶けて消えたい、心臓のスピードが速すぎて吐きそうだ・・・。
「トシィィィィ!」
「のぁあっ!?」
涙声と共にガバッと抱き締められて土方は心臓が飛び出すかと思った。
近藤の力強いハグに、どぎまぎして息が苦しい。
「こっ、んどうさんっ・・・」
近藤がうぅ、と呻き声を出すと肩口に顔を擦り付けてくる。
土方は何が何やらと困惑する。
「どうしたんだよっ、」
近藤は鼻を啜りウルウルと見上げてくる。
「まさかトシがくれるとは思ってなくてなあ・・・いや、朝から仄めかしてみても反応なかったし、トシの事だから興味ねぇと思ってたんだよ。それがまさかくれるとか・・・勲感激っ!」
そういって再び抱き締められる。
こんなに喜ぶとは思わなかった。
朝の件も例年と変わらず、女子からのチョコが欲しいのだと思っていた。
やっぱり渡しといて正解だったんだな・・・。
土方は大きく息を吐いた。
「もったいないなぁ、これ。折角トシがくれたやつなのに。食べずにのけとくかなぁ神棚とか」
「いや速攻で食ってくれ・・・」
近藤がうっとりと箱を見つめ、おかしな事を口走る。
げんなりとした口調で返した土方は、銀八や沖田に目撃されてしまっているので、早く消してしまいたかった。
「でも、人生初めての本命チョコだしな?」
悪戯ぽく笑いかけられて、ぐっ・・・と唇を結んで目を逸らす。
その通りだが、自信満々な近藤に云われるとなんだか恥ずかしい。
チョコはやや丸みを帯びた四角形のシンプルなものだった。
土方は内心安堵する。
中身を見ずに買ったため、ハート型などだったらどうしようかと思っていたからだ。
近藤が一つをつまみ出し眺めると、土方を見てくる。
「トシ、ありがとうな」
満面の笑みで礼を云われ土方の顔にサッと赤みがさす。
土方は近藤の、太陽のようにスカッとした笑顔に弱い。
チョコを口に入れた近藤が、すごく美味い!と破顔させて口を動かしている。
美味しいなら良かったと、土方は後ろ手に突いて空を見上げると、前髪を乱した風が包装紙をさらっていく。
証拠隠滅になって丁度いいかと機嫌良く遠ざかっていく紙を見送った。
「一つどうだ?」
近藤が箱を差しだしてくるが、土方は首を振る。
「いや、いらね。近藤さん全部食っちまってくれ」
もうすぐ昼休みも終わる。
土方は目を閉じる。
次の授業は何だったか、昼からの授業は安心して受けられそうだ。
「まぁ、トシ。せっかくだし」
「へあっ?」
耳の後ろに添えられた手に、くい、と顔を傾けられると間近に目を細めた近藤の顔があった。
近いと思った矢先、ちゅく・・・、と音を立てて口が合わさる。
不意のキスに驚く土方の身体はガクリと崩れるが、その肩を近藤の太い腕が支える。
ちゅ、ちゅ、と挨拶のようなキスの後、薄い唇に少しかさついた厚い唇が擦り付けるようにしてきて、口を開けろと誘う。
学校でキスをされるのは初めてで、少し躊躇した土方だったが、震える唇を開いた。
「こっ・・・、ンっ・・・!」
熱い舌づてにトロリとしたチョコが送り込まれる。
土方の口内で割れたチョコは、中から独特な風味の液体が出てきて、香りがスウと鼻に抜ける。
舌にヒリッとする刺激、洋酒入りだったのかと驚きながら、土方は蕩けたチョコを飲み込んだ。
上唇をちゅうちゅうと吸われて再び開けば、ベロッと上顎を舐められる。
ンッと声を漏らす土方は近藤の制服を掴む。
近藤はふふ、と嬉しげな息を漏らすと角度を変え、厚い大きな舌で土方の口内いっぱいに広がるチョコを舐めとるように動く。
「ほあ、はっ・・・ン、んっ」
腰が痺れるほど舐め尽くされ、ちゅぽ、と音を立てて口が離れる。
もっとしてくれと、土方はその口を追いかけてチョコの風味がする赤い舌先を強く吸った。
肩を抱く手に力が入り、ぶるっと震えた後、キス以上の事がしたくなると困っちまうと笑う近藤が顔を離す。
その顔を見上げる土方は、前髪を乱し目尻を染めてトロリと、珍しく惚けた顔をしていた。
微笑む近藤が親指でツイ、と唇を撫でる。
「トシよ、」
呼び掛けられてハッとした土方は、口元を擦りながら身体を起こす。
伏し目がちに視線を彷徨わせる土方に近藤が笑いかける。
「美味しかったろう?」
土方は答えずスン、と鼻を鳴らす。
風が熱くなった身体の熱を冷ましていくが、顔だけは熱いままで。
好きではないはずのチョコレートを美味しいと感じた理由が恥ずかしかった。
******
「土方おまえ、アレ貰ったんじゃなくて、あげたのな」
放課後に黒板を消していると突然云われた言葉に土方は、教卓に頬杖をつく銀八を見る。
なんの話かわからないと訊ねると、メガネの奥の目が細められる。
「ほら、あの青と黒のストライプ柄のヤツ」
数秒間を置いて土方は、違うと裏返った声を上げた。
「沖田が云ってたぞ、近藤があの包装紙持ってたってよ」
「いや、嘘だろっ」
「綺麗に畳んで持ってるらしーぞ」
小さく畳んだ件の包装紙を鼻に当てて微笑んでいる近藤を見たという。
土方の本命チョコ疑惑に野次馬根性の沖田と銀八は、その様子からああなるほどと合点がいったわけだ。
「だって、あれ飛んでったはず・・・」
「へえ、ほんとだったか。おまえ可愛いことすんのね」
楽しそうに笑う銀八は、包装紙が同じだけで土方の持っていた物かどうか知りたくて鎌を掛けたのに、と続けた。
土方は顔から火が出るほど恥ずかしく、つり上げた目尻で銀八に詰め寄ると黒板消しを突き付ける。
「あれは、ちが、日頃のお礼的なチョコでッ」
「近藤さん、ああ云ってますぜ」
「・・・あっ?」
声に振り向くと教室の入口に近藤と沖田が立っていた。
ドSコンビに嵌められたァアッ!
土方は瞬間悟る。
咄嗟の言い訳を近藤に聞かれてしまった、最悪のタイミングだ。
「トシ・・・」
「こっ、近藤さ・・・」
違うと云いたかったが、外野二人の前で云える程土方はおおっぴらな性格でもなく、歯噛みする。
それを見て近藤が、ふ、と微笑んだ。
「わかってるよ、ちゃんとわかってるから・・・総悟も先生も意地悪だなあ。あのトシが日頃の感謝だけでバレンタインにあんなチョコくれると思うか?」
訊かれて銀八も沖田も首を振る。
多分買いに行くだけでも、死ぬほど恥ずかしかったに違いないと二人もわかっていた。
近藤はそうだろと笑ってから、ごめんなと謝ってきた。
「嬉しくてオレ、あの紙拾っちまったんだよ。総悟たちにバレるなんて思わなくてごめんな、トシ」
「え、いや・・・俺もコイツらに見られちまったから・・・」
「にしても二人とも、今回は悪戯が過ぎるんじゃないか」
銀八と沖田を睨む近藤に、俺は真相が知りたかっただけよと銀八は笑うが、近藤を連れてきた沖田は土方であろうとも純な男の心を弄ぶのは些か良くなかったと、サーセンと首をすくめた。
帰ろうと誘われて学校を出る土方は、先程の近藤の優しさが嬉しいような気まずいような気持ちに視線を落としていた。
そんな土方に、ホワイトデーは何がいいかと明るい声で近藤が訊ねてくる。
「・・・ホワイトデー?」
「バレンタインときたらお返しのホワイトデーだろ・・・て、トシはいつも返さねえもんなあ」
はは、と笑う近藤がそっと指を絡めてくる。
いつもなら、見られたらどうすんだと振りほどく土方だが今日ばかりはそうしなかった。
そっと身を寄せて互いの身体で握る手を隠す。
「別に・・・なんでもいい」
「俺もホワイトデーなんて縁がなかったからなあ・・・でも」
トシが欲しそうなもの考えとくよ、とニカッと笑い掛けてくる近藤に土方は頷く。
近藤を好きな気持ちがじわりと胸に沁みて、握る手を親指でさすった。
そんな土方に近藤は同じ様に応えると、えへんと咳払いをする。
「来年は――俺がトシにバレンタインチョコあげよっかな」
「――え」
土方が見ると、鼻の横を掻きながら斜め上に目を向ける近藤の顔は少し赤くなっていた。
土方の視線に照れ隠しのように、先生には食べさせるなよと冗談を云ってくる。
土方は声を出して笑うと、そんなことするかよと一番星を見上げた。
その鼻先に冷たい空気の中で、昼間のチョコの香りがした。
了
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