花に言葉を
張り込み21日目。
山崎は窓の下に窪んだ目を向けた。
今回の張り込み対象は、移動販売車で花屋を営む中年の店主だ。
花屋のロゴが入った、空色のトラックを所定の位置へつけると、前掛けをした細身の男が降りてくる。
人好きのする笑顔で常連に挨拶をして、跳ね上げ扉を開ける。
屋根のついた荷台には、鮮やかな花がせめぎあう。
今の時期は、黄色いふわふわしたミモザや小さな白花が集まった小米桜、趣のある梅といった枝物が日替わりに並ぶ。
あとは、チューリップやヒヤシンス、小さな青紫色の房が生えるムスカリといった球根花が切り花に鉢にと売られている。
特に球根花は年中取り扱っており、ベーシックなものから珍しい種類のものまで多彩な上に、球根のままでの販売もしている。
花屋のロゴもチューリップがあしらわれているので、店主のこだわりなのだろう。
移動販売車でありながら、この場所でのみ販売をする花屋にはファンが付き、口伝てに噂が広まって、まあまあ繁盛している。
そんな店主が花卉市場で仕入れた花の情報は此方の内通者により筒抜けだが、球根で販売する物については出所が不明のままだ。
そして問題は、その球根だ。
店に並ぶ品の殆どは一般的なものだが、一部で禁制物の球根を扱い、反社会的な者達の資金にしている嫌疑がかかっている。
それというのも、近年天人の流入により、地球にはない毒性を含む植物が密輸され、高値で売買される事案が増加していた。
強い幻覚作用を持つ依存性の高い薬や極少量で致死させる薬物の原料となり、地球には無い物質の為すり抜け易く、足もつきにくいときているのだから厄介だ。
だが今回初めて尻尾を掴めそうな有力情報がこの花屋だった。
毎日同じ場所でのみ開店する花屋は、珍しい球根が買えるが、その中には禁制の物があり、大金を出せば誰でも手に入れられると。
禁制物を扱う男を押さえる事が出来れば、前後の繋がりも見えてくるだろうというのだ。
そこで真選組監察方・山崎退に与えられた任務は、車の全容が見える場所で張り込み、不審な物や人を見つける事だった。
張り込みの中で山崎は、雰囲気に合った優しい声音で話す穏やかな店主を、監察の勘で胡散臭いと思っている。
今日も、客とにこやかに会話をする男の手元を双眼鏡越しに観察する。
薄ピンクと赤色のチューリップを花束にして手渡している。
その場で束にする姿も見ているので、別の物を仕込んだり手渡しのどさくさに紛れた不審な動きもない。
山崎は、手元から笑い顔に視線をやった。
男のえくぼが、ちょうど黒子の位置なので余計に目立つ・・・と何十回あのえくぼを見て、思えば良いのかと、げんなりする。
なぜ男の花屋なのか、せめて美人な女店主が良かったが、美人は三日で飽きるとも云うし、これだけ義務で見続ければ結局はうんざりしていたかもしれない。
時折届く男の話し声だけでは十分ではなく、読唇するのも疲れる。
山崎は目をショボショボさせて、無精髭の顎を撫でた。
つくづく張り込みというのは、忍耐と集中力がいる仕事だと思う。
内偵も神経や頭を使うので疲れるが、自らが動いて情報を集める事が出来る分、手応えを感じられる。
だが、張り込みは逆だ。
毎日同じ景色と人物を眺めては、対象が隙を見せる、同じじゃない瞬間までひたすら待つ。
遠目から、微かでも怪しげな動作や不審な人物の接触を見極める観察力と判断力が求められるので、神経もすり減る。
任務をこなす度、ジリジリと焼け付くようなストレスに気が狂いそうだった。
そんな己を繋ぎ止める為に課したあんぱんのみ食すという縛りも、最近は張り込みのストレスか、あんぱんのせいなのか判らなくなる。
それでもやるしかない。
此度は昼の開店から日没の閉店までと随分楽な筈なのだが、その数時間が一時も気を緩められないせいで、神経がヒリヒリする。
原因は店に並ぶ植物だった。
店にある植物の種類を見分ける為、一般的な花と球根花、更に現在把握されている禁制の植物を猛勉強し、頭に叩き込んだ。
それでも開店から閉店までの間、行き交う植物を把握するのは大変な労力で、球根については特殊な物を扱うのだから、見覚えの無いものや類似したものが溢れている。
どうしてもわからないときは写真に残し、データを専門家に回しているが、解像度はそれほど良くないので正確性に欠ける。
加えて客を覚える事もしなければならない。
これまで怪しいと思う客は数名いたが、証拠に成り得るものはなく、調査をしても不審な点はなかった。
確かに胡散臭いのに証拠を掴めない苛立ちで、いっそ自分があの男から禁制植物を購入して証拠にしてやろうかと思い始めている。
「・・・ん?」
日没間近、今日も手応えの無い張り込みが終了するかと思われた頃、山崎は眉を上げて注目する。
黒い着流しの男が車に近付き声をかけている。
双眼鏡を掴み覗くが、此方の存在を知っているかのように顔を見せない絶妙な角度を保っている。
「あ、怪しい・・・!」
山崎の心は、曲者の気配にワクワクとする。
男は何やら話をしながら、数個の球根と白梅の枝を買っている。
対面する店主は妙な高揚感を見せて、唇は"お目が高い"と云っている。
ますます怪しい二人に、窓にへばりつく勢いで観察していると、ふいに着流しの男が振り向いた。
「・・・はっ?」
間抜けな声を出した山崎は、ポロッと双眼鏡を取り落とした。
運悪く窓の隙間から落ちて、運良く落下防止柵に引っ掛かった双眼鏡に、慌てて腕を伸ばす。
窓の桟を掴む手に力を込めると、ツキンッと痛みが走った。
ガチャと背後で音がして、振り向くと、さっきの着流しの男が入ってくる。
窓から身を乗り出した山崎を見て、怪訝な顔をする。
「・・・ザキ、なにしてんだ」
「それ・・・こっちの台詞ですよ副長・・・」
真選組副長で上司の土方が、紙袋と白梅の枝を手に立っていた。
ドスドスと六畳間に上がり込む土方は、山崎の隣に立つと窓から外を覗く。
花屋の店主が店仕舞いをして、車のエンジンをかけるところだった。
「あの野郎、興奮してたな」
「ええ。してましたね。俺もしましたけどね」
「は?」
何でもないですよと呟く山崎は、双眼鏡を仕舞うと走り去る車を見送って、隣に立つ土方を見上げた。
鋭い紺青の瞳が、じろじろと山崎の顔を眺めながら、白梅の枝で下顎を擽ってくる。
シャワシャワと揺れる枝から、白い花弁が胡座の上に落ちて、甘い香りが上がってくる。
「髭。今回もひでー面してやがるな」
「はい、どうもありがとうございます」
「オイ、めんどくさがんなや」
顎をボリボリ掻きながら答える部下の荒み具合に、土方は溜め息をつくと対面に胡座をかいて、進展あったか?と訊ねてくる。
その手元は子供のように白梅の枝を弄くっている。
「報告の通り、イマイチですよ。副長が買い物してる時が一番不審でしたねアイツ」
「・・・ふーん、そうか」
「もしや何か掴んでます?」
「いや・・・まだだな」
「まだって、アンタは意味もなく対象からお買い物するんですか」
陰険に云えば、誰に口利いてんだ、と梅で鼻を擦られる。
鼻腔に入った花粉に、へぶしっ!とくしゃみをする山崎へ白梅の枝を押し付けると、土方は楽しそうに少しだけ笑った。
「何しに来たんです?まさか、俺をいじめに来た訳じゃないでしょう」
「身を削って働く部下をいじめる鬼上司がどこにいンだよ、そこまで暇じゃねーよ」
「一連の流れからだと説得力薄いんですがっ」
「誕生日だろ、山崎」
ポカンとすると、やっぱり忘れてたのかと云われる。
山崎の誕生日は2月6日だ。
「今日は2月6日です?」
「そうだ」
「えーあー、そう、そうかあ・・・副長、よく誕生日知ってましたね」
「は?毎年云ってやってるだろ」
そういえば、屯所内で毎年山崎の誕生日を認識しているのは土方だけのような気がする。
逆に何故なのか不思議だ。
「そういやそうでした、で?」
「山崎、今回もあんぱんやってんだろ。今日位、良いもの食わせてやる」
そういって持参の袋をガサゴソとする土方に、山崎はえっ、えっ?と慌てる。
誕生日の良いもの・・・まさかケーキか!?内心でドキドキとする。
まだ任務の途中で、あんぱん縛りをしている身に、ケーキは魅力的すぎる、もしフライドチキンとかだったら抗えない。
溢れる唾液に喉を鳴らしながら、山崎の頭の中には、カリカリジューシーなフライドチキンがショートケーキとチークダンスを踊っている。
それでもあんぱん縛りは俺の、俺にとって・・・!
「副長っ、まずいです、それは、アーッ!」
「どんだけ興奮してんだ。ほら」
「ひえーっ・・・え・・・」
目の前に置かれた物に興奮と欲望の波はスンッ・・・と凪ぐ。
ドヤ顔で腕組みをする土方と紙皿に載せられた物を見比べる。
紙皿の上には、いつものあんぱんがあった。
何かの冗談かと思うが、自信満々の上司にそんな冗談のセンスはない、というかこれが冗談だとしたら本当にセンスがない。
「いや、あの、ふくちょう・・・?」
「待て、これからだ」
そういって懐から出したマヨネーズを、生クリームの様にあんぱんへ絞り始めた土方に、いよいよ山崎は戦慄く。
「よし、いつものあんぱんがマヨネーズで至高の食い物になっただろが」
「え・・・?いや、いや、うん?は・・・?」
「で、こうして」
ブス、とあんぱんの真ん中に、細く赤い蝋燭を挿した土方が愛用のライターで火を灯す。
目の前で生まれたゲテモノに山崎は、何かの罰ゲームなのだと思ったが、土方から意地悪な雰囲気は微塵もない。
クリームのように盛り付けられたマヨネーズが火にあぶられ、脂が溶け始めて、余計に不気味だ。
「ザキ、おめでと」
残酷なあんぱんケーキを見ていた山崎が顔をあげると、蝋燭に照らされた土方の顔は、マヨネーズも溶けそうな色男だった。
そんな顔でお祝いされたら怒れないじゃないかと、困った顔で山崎は、にへらと笑うと頭を掻く。
「副長お~、やだなあ、照れちゃうじゃないですか」
「なんでだよ。いいから、蝋燭消して早く食べろ」
「食べ・・・食べろ?いや、その気持ちで腹一杯で」
きろりと睨まれて、言葉を飲み込む。
やっぱり罰ゲームじゃねーかあ!と思いながら、恐る恐る蝋燭を吹く。
この火が消えたら、残酷なあんぱんケーキを食べなくてはならないと思うと、己が命の灯火に見えてしまい、息が震える。
しっかり吹けや、と頭を叩かれた勢いで、山崎はフッ!と消した。
蝋の溶けた臭いの中、部屋が真っ暗になる。
すぐに慣れてきた目が、外からの明かりで、ぼわりと浮かぶ土方の顔を捉える。
この明るさなら土方にも見えているだろうな、と仕方なく山崎は、かわいそうなあんぱんケーキを紙皿ごと口に近付けると噛った。
マヨネーズの酸味こってりが口に広がった後、馴染みのある甘味が追いかけてくるが、ふたつは混ざり合い、見知らぬ物になっている。
ドロリとしたマヨネーズがパンを滑り、紙皿に落ちたのがわかる。
「うまいだろ」
「や、あー、震えますねこれは」
曖昧に答えた山崎は二口目をかじりながら、それでも誕生日を祝おうとしてくれた上司の優しさを感じていた。
少し元気が出たな、とドロリとした塊を飲み込む。
風がふわりと入ってきて、股の間に溜まっていた白梅の花弁が、畳の上を舞う。
「そういえば、梅の花言葉は忍耐なんですよ。知ってました?」
「花言葉?知るかよ」
「あー、ですよね。俺もこの任務がなきゃ知りませんでした。てっきり俺にもっと忍耐しろって事かと思いましたよ」
張り込みは忍耐力が大事なんて、はははと笑う山崎の手首を、土方が荒々しく掴んだ。
勢いであんぱんが紙皿ごと畳に落ちる。
「・・・そんな下らねえ意味なんぞ俺は込めてねえ」
「ええ、わかってますよ」
雰囲気を察して山崎は静かに答える。
手首を掴まれている辺りがジンと痺れてくる気がした。
「まぁ花言葉なんて大した意味無いんですから」
手を引っ込めようとしたが、強引に引き寄せられる。
紙皿を避けようと、よろめいた身体を抱き止めた、その勢いのまま土方の唇が山崎のものと重なる。
事故ではない、意図して触れる唇に、反射的に目を閉じた山崎だったが、すぐに瞼をあげると畳を舞う花弁に視線を落とす。
初めてではない、きっかけも憶えていないが、たまにこんな事をする土方は何なのだろうか。
もったりコッテリ甘くなった口に煙草の風味を与えられて、あまりいい気分ではない。
少しの不満を感じつつ、大人しくまた瞼を閉じて、されるがままに土方の接吻を受ける。
目をかけられているには度が過ぎる。
かといって、この接吻の意味を伝えられたこともない。
初めてされた時も突然で驚きはしたが、知らぬ相手でもなく、さほど嫌ではなかったので拒絶しなかった。
幾度かされる内、彼の発作のようなものなのかもしれないと思うようになる。
多大なストレスのかかる職業で役職につく土方の発散方法なのだろう。
山崎もこうして己を追い込む任務では、無性にムラムラする時がある。
唇を合わせる程度のもので、これ以上は何もしないし、騒ぐのも自意識過剰な気がして、まあいいかとすっとぼけている。
「・・・マヨネーズ」
唇を寄せたまま土方が呟く。
「あれ、もしかして、こうしたくて食わせました?」
山崎は瞼を開いて訊ねながら、至近距離過ぎて彼の長い睫毛が顔に触れそうだな、と思う。
この距離で人と会話をする、しかも其処らにはない端正な顔の男だ。
山崎にも照れが無いわけではないので、最近は焦点を外す事にしている。
「そんな訳あるか」
「だから説得力ないんだよなあ・・・」
互いの吐息で顔周りが湿気ってきた、とあさっての事を考えながら返事をすると、また噛みつかれた。
角度を変えて吸い付いてくる唇はマヨネーズのせいか滑りが良く、いつもより長い。
マヨネーズ味の唇が気に入ったのか、土方がしきりに上唇を食んでくる。
山崎も日中の緊張による反動か、久しぶりの人肌に触れたせいか少しムラっとする。
だからといって土方の前でムラムラしても仕方ないので、そろそろ離れたかった。
ただ顔を引くのも感じが悪いような気がして、唇の隙間から囁いてみる。
「そんなに俺の口、美味いです?」
土方の頬に手を添えると、とても熱かった。
ビクッと揺れた土方が顔を離して、ペチッと頬を叩いてくる。
「は・・・何いってんだ山崎コラ、お前髭が痒いんだよ」
云いながら頬と顎を撫でられ、ゾワゾワとする。
屯所で土方の発作をのんびり構えて受け入れる平常とは違い、任務のストレスで余裕がない山崎は、ムラムラするから止めて欲しいと土方の手を掴むが逆に絡めとられる。
その掌に痛みが走り、イタッと声を出した。
掌を開いた土方が覗き込んでくる。
「掌が痛ェのか?」
「あーそういえば、さっき窓枠に手を付いた後から痛い気が」
山崎が反対の指の腹で掌を撫でると、チカチカと痛む場所がある。
土方が目を凝らしてそこを見てくる。
木製の桟だ、ささくれがたったのかもしれないと答えると、両手で掌を包んだ土方に両母指の爪でギッと挟まれた。
「い"ィっ!?」
突然の鋭い痛みに声と共に身体を跳ねさせた山崎は、痛みでドッと冷や汗が出る。
衝撃にぶるりと震え、ドコドコうるさい己の心音を聞きながら土方を見た。
事前に云ってからしてくれないかと文句を云おうとしたが、またギッと挟まれて、あ゛あっ、と声を上げて手を引いた。
「い、痛いでしょーがァ!」
「でも取れたぜ。ずっと痛ェよりいいだろが」
「いや、もっとなんか声かけをぉっ・・・」
涙声で痛みの余韻に掌を震わせて息をつく。
山崎の肩に頭を乗せる土方が耳裏に、悪かった、と囁いた。
その低音の震えと吐息の熱っぽさに背筋が痺れる。
たまらず瞼を閉じると、また口を吸われ、考えるより先に山崎の唇は土方の柔らかく薄い唇を食んでいた。
そのまま互いの唇は音を立てて食み合うが、これでは発作じゃなくてただの口吸いだと山崎は戸惑っていた。
れる、と唇を舐められて、びくりと揺れた手に白梅の枝が触れる。
咄嗟に握り、土方の顔面におし当てた。
もしゃっ、と音を立てて甘い匂いが散る。
土方は突然のことに驚いたのか、微動だにしない。
怒っているかもと恐る恐る枝を退けると、土方の髪と伏した睫毛に乗った白い花弁がはらりと落ちる。
パチッと目を開いたその顔は、どこか幼く見えた。
二人の間にもハラハラと花弁が落ちる。
束の間、土方は押し戻すように山崎を解放する。
「・・・花言葉なんざ下らねえ」
苛立たしげに云って立ち上がると、ポサッと山崎の頭に何かを載せてくる。
「帰る。引き続き張り込み頼んだぞ」
いつもの上司面で言い捨てると、袋を掴みドアへ向かう。
山崎は、曖昧な返事をして土方の背中を見つめるが、いつも通り行為への弁解はない。
首の後ろをさする袂には先程まで無かった筈の黄色い粉が付いていて、山崎は不審に思ったが、訊ねる前に春の嵐のような上司は帰ってしまった。
今迄とは違う明確な口吸いに、唇をなぞる。
一瞬あのまま舌を差し込まれるのかと思い、どきりとした。
その場合、自分は受け入れるのか流石に断るのか、山崎自身にもわからない。
そもそも今回のように、いたずらに与えた熱を土方がどうするつもりなのか見当もつかない。
土方は、山崎が不感症だとでも思っているのだろうか。
舐められた所は乾いている筈なのに、今も濡れている感覚がある。
ファサ、と頭から乾いたものが膝へ落ちてくる。
ふわふわとした鮮やかな黄色の、小さな花をたくさんつけた枝は黄色の花粉を溢している。
ほんのりと優しい香りがする。
「―――ミモザだ」
山崎は呟いて手に取ると眺める。
遠目から見ていた黄色の花は、この薄明かりの中でも綺麗だ。
ふわっと風が入り込み、畳に散らばった白梅の花弁と一緒に黄色の花粉が舞う。
それをぼんやり眺めながら、ミモザの花言葉が浮かんでくる。
どれも山崎には不釣り合いで、やはり土方は花言葉なんて下らないと思っているのだろうと、手の中の花を回す。
でも、もし仮に土方が花言葉を込めてミモザを渡してきたとしたら、「友情」「秘めやかな愛」「真実の愛」―――どれなんだろうか。
やはり意味など無いのかもしれないと山崎は目を閉じる。
掌に刺さったささくれ程度が自分には丁度良いのかもしれない。
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「違う!私はただ球根の魅力と可能性をこの江戸から世界に広めたかっただけなんだっ!純粋にっ!なのに誰が買ってどうするかまで私には関係ないことだろう!?」
「うるせェ。テメーの扱う球根がそもそも禁制物、違法なんだよ。テメーがしょっぴかれんのは当然だろが」
髪を乱して叫ぶ店主の姿を山崎は眺める。
対して、煙草片手で取り調べをする土方は苛々と足を揺すっている。
結局、花屋が禁制物を扱っていたのはタレコミ通りだった。
しかし店主は、ただ球根花を愛するあまり法律など意に介さない愚か者で、本人は反社会的な繋がりを否定している。
ただし、顧客の中にはそういった勢力に与する者が何名か居たのは間違いなく、ただ何人も介して購入していた事と店主が購入者の名前にも興味がない球根バカだったせいで、すぐには尻尾を掴めそうもない。
「球根を愛する人に、悪い人はいないっ!!」
「だからテメーが既に悪人だっつーの!いいからとっとと入手ルートを吐けや!植物ごときで死ぬほど苦しませてやろーかァ!?」
謎の私論を展開する店主は、ガシャアンッとパイプ椅子を蹴飛ばした土方に身をすくませながら、公僕はなんて野蛮なんだ!と叫んでいる。
相変わらず黒子とえくぼが・・・と思いかけて、山崎は止めた。
結局、禁制物を見つけたのは山崎ではなかった。
山崎が判断出来ない球根の写真データを送った先の専門家が、その奥に写る何てことない見た目の鱗茎が気になると言い出して土方が購入したものを調べた所、禁制物だと判明したのだ。
山崎には普通にチューリップの球根にしか見えてなかったので、思いもしなかった。
専門家でないのだから仕方ないが、ぼやーと見ていた訳ではないし勉強したのに見極められなかった事が悔しかった。
久しぶりに戻ってきた屯所の庭をぼんやり眺めていると、廊下の先から土方が歩いてくる。
山崎は、お疲れ様ですと声をかけた。
「あの店主、吐きました?」
「ギャーギャー喚いてたが、その合間でポロポロゲロってやがる。しかし保護してやらねーとヤベエ所まで突っ込んでるからな、消されちまうかもしれねぇ」
「それは、とんだ大捕物になっちまいますね」
「まあ今回はお手柄だったな、山崎」
「・・・何いってんですか、副長。俺はなにもしとらんですよ」
謙遜か?と訊かれて、首を振る。
撮った写真に偶々写っていた物を、専門家が見つけてくれただけだ。
そう云うと、ドンッと足蹴にされて山崎はよろめいた。
隣にドカリと座ってくる土方は苛ついているのか眉を寄せている。
「なにするんですか副長~、さっき褒めてくれたばっかなのに!」
「褒められたと思ってんなら喜びやがれ、甲斐がねぇ」
「いや~そこは殊勝な監察と思いませんか!」
「じゃあ山崎、テメーが張り込んだ期間は無駄だと思ってんのか?」
「・・・いや、そこまでは云いませんがね」
ちょっと悔しかったんですよ、と呟いた。
土方が懐から煙草を出すと、監察のプライドか?と笑う。
「・・・お前が撮った写真で俺達は動いた。実はお前が怪しいと目星つけてた奴らも洗い直せばひげ根の末端みてーな奴等だったよ」
「ひげ根じゃ主根は退化しちゃってますね」
「よくわかんねーけど、うるせえ。どう思おうと勝手だが、テメーの仕事にテメーが納得できねェなら、次はもっと頑張れや」
忍耐っての好きなんだろ?と口角を上げて意地悪く笑いかけてくる。
山崎は黒目が小さい蒲鉾型の目を細めると、懐に手を入れる。
「そうですね~俺、副長よりは忍耐力あると思いますよ」
「は?」
「こうやって回りくどいことされても、平気ですからね」
カサ、と出した懐紙の中から、黄色のポワポワとしたミモザを取り出す。
土方はあれから二週間以上経っているのに色褪せず枯れない花に驚いたようだ。
「はっ?あの時のまだ枯れてねーのか?」
「はは、副長これはドライフラワーていうんですよ」
「ドライ・・・あ、乾燥してんのか。ミイラ?ちょっと気持ちワリーな」
「いや気持ち悪いのアンタのせい!」
懐紙に挟んでまた内ポケットに仕舞う山崎を土方が見てくる。
「副長は、花言葉なんて下らねーんですもんね」
「え・・・」
「だから俺もこのミモザに意味はないと思ってるんですよ。ただ、元気でるから持ってるだけで」
苦い顔をする土方は、双眼鏡を落とした数分の空白に、あの男とどんな話をしてミモザを手に入れたのだろうか。
山崎は、土方の耳の上に千切っていた一房のミモザを挿すと立ち上がる。
黄色の花が、鋭さを持った端正な顔と黒髪に映えて眩しい。
「眩しい」
そう告げると、いつものポーカーフェイスがキョトンとしているから、花と相まって幼く見えて可愛い。
山崎は、自分よりよっぽど似合っていると目を細め微笑んだ。
了
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