煙草を一本、マダオと。
歩きながら注意は背後の男に向けていた。
先程から一定の距離を保ちつつ
上裸に半纏を纏い、てろてろの七分丈のズボンに下駄、帯刀はしていない。
殺気や剣呑な雰囲気はなく、野良犬のように地面を見ながらふらふら歩いているが、間違いなく自分を尾けている。
今日は非番で着流し姿だが、世間には真選組副長としてそれなりに顔も知られていて、攘夷浪士やテロリストに単身のところを狙われることもある。
だから常に帯刀し、警戒して生活している。
男も懐に、銃やドスを忍ばせているかもしれない。
見た目で侮り、油断することはしない。
公園のベンチに腰掛けて一服する。
近頃は喫煙に対する規制が厳しく、気軽に吸える場所も少なくなった。
ヘビースモーカーの自分には生きにくい世の中だと嘆きつつ、こうして街中で喫煙できる場所を見つけてはマッピングして外食や買い物をする行動範囲の基準としている。
予想通り、男もベンチからほど近い自動販売機にうろうろと留まっている。
釣り銭受けに手を入れたり、自販機の横や裏を覗いたりしながら、サングラスの奥からこちらの様子を窺っている。
尾行にしろ奇襲にしろ不自然極まりないド下手くそだが、何かを狙っている事は間違いない。
たまの休日に変な男にまとわりつかれる苛立ちと面倒臭さを溜め息にして、煙と共に吐き出す。
早く終わらせたくて誘いをかけることにした。
抜けるような青空に漂い消えてゆく紫煙を眺めながら、脱力した体を背凭れに預けてみる。
動く気配がないので目蓋まで閉じてみせた。
「・・・いや、来ねーのかよ。」
ここまで無防備に見せているのに、まだぐずぐずしている男に、しびれを切らす。
男に顔を向けて「おい」と呼びかければ自分と思わなかったのか、サングラスは後ろを向いて左右を見てから「お、俺?」と己を指差してみせた。
「白々しいぜ。俺になんの用だ。」
「あ、あ~・・・。いやぁ、別に用はねぇさ・・・・・・」
睨み付ければ、観念したように後ろ頭を掻きながらベンチに寄ってきた。
片方の口角をひきつらせ顎髭を震わせる男は丸腰だが、牽制のつもりで鯉口を切ってみせる。
男はギョッとして半歩下がった。
「俺をつけてたろ。何者だ?」
「わ、悪かったよ!おっ、俺ァあんたに何かしようとかそんなつもりはねェ!シケモク拾いたいだけの無職のおっさんだ!!」
「・・・・・・。」
「嘘じゃないからね!煙草買う金がなくてさぁ!!」
刀から手を離すと、男は安堵の表情をみせた。
確かに、刺客よりは無職のおっさんの方がしっくりくる風体ではあるが。
「それがなんで俺をつけ回す理由になんだよ。」
「え?あぁほら、最近は喫煙所も少ないし、シケモクも落ちてねェだろ?喫煙者も減ってるしさ。そこに煙草臭プンプンさせたあんたがいたからついていけば拾えるかな~って・・・ははは。」
「拾えるかな~って、俺がポイ捨てする奴に見えたってのか?」
「ギクッ!いやいや、アンタみたいな立派なお侍さんがポイ捨てなんかするわけないよなー!」
無意味に笑う男を無視して、終わりかけの煙草をいれようと袂から携帯灰皿を出す。
「あ、あのさぁ。それ貰っていい?」
「あ?」
「吸い殻。話したついでに、くれない?」
図々しい野郎だ。
白い目を向ければ、恥ずかしそうに首をすくめて小さく笑うものの、立ち去る気配はない。
捨てるだけの吸い殻だが、自分の吸ったものをこの男がばらして吸うのかと思うと気持ちが悪いし、このまま携帯灰皿に入れてしまえば諦めるだろうか。
しかし、ニコチン切れの辛さは良くわかる。
「・・・しょーがねぇな。喫煙者のよしみで一本やるよ。」
「えっ!マジ?お兄さん優し~っ!」
パアッと破顔する顔に向けて紙箱から一本差し出す。
今日日愛煙家の肩身は狭くなるばかり。
組内の喫煙者も皆禁煙してしまい、自分だけが煙たがられて副長という立場で吸い続けている。
ちょっと寂しい。
だからたまには煙を分け合うのもいいかと思った。
二本目に火を付ける。
「アンタに俺の吸い殻を使われるのも気持ち悪いからな。」
隣に腰かけた男は「だよね~」と頷いて、煙草に火を着けようとするが、ホイールをいくら回しても火は出なかった。
「オイルねーじゃん。・・・お兄さん悪いんだけどさ」
「フー・・・・・・」
愛用のライターを点火して顔の近くに持ってやると、男は顔を傾けて煙草の先に火を点した。
サングラスの隙間から目蓋を閉じた目元が見えれば、そこまで老けてもいない。
シケモク拾いをするほど金欠なんて、リストラにあったか首が回らなくなった債務者か。
今なら自販機の小銭探しがふりではないとわかる。
どちらにしても、まさしく社会から脱落したおっさんに見えた。
「ふーー。あー、ヤニ補給できたぜ。ありがとなイケメンのお兄さん。」
「説教するわけじゃねーが、シケモク探すよりも職探したほうが賢明だと思うぜ。」
「ははっ・・・耳が痛ぇや。」
刹那の絆を結んだ男とは、反対の道へ別れた。
🚬
夕飯後の一服をしようと思ったら、袂のライターがなくなっていた。
部屋や食堂を探したが見つからなかった。
男に火を貸した後、どこかで落としたのかもしれないが、実はあの男がかなり腕の立つスリで気づかない内に盗られた可能性も無きにしもあらず?
それなら煙草も盗っているはずだからそうじゃない。
火がないのは死活問題だ。
急いでコンビニにライターを買いに行き、明日の見廻り時に探すことにした。
「ねぇな・・・。」
道を辿り昨日のベンチまで来たがライターは落ちていなかった。
薄曇りの空の下、立ち尽くす。
愛用のライターを失くすなんて、ついてない。
同じ物を買うにしても、珍しいライターだからすぐには手に入らないだろう。
コンビニライターの味気無い握り心地に、失くしたライターが余計恋しくなった。
諦めきれず、連日同じ道を探している。
またベンチまで辿り着くと、あの男がいた。
「よお。来たな、イケメンの兄ちゃん。」
親しげに片手を上げてきて、待っていた風な口振りをする。
「なんだ。また煙草たかろうってのか?」
「違う違う!そんな睨まないでくれよ。渡したいモンがあっただけだから。」
男が袂に入れていた手を開くと、愛用のライターが載っていた。
マヨネーズを模した特注品。
「おおっお、俺のマヨライター!」
「やっぱそうだろ!次の日ベンチの下で見つけたんだよ。火借りたときに珍しい形だな~と思ったから覚えててさ。」
ベンチに腰掛ける。
数日ぶりに手にしたマヨライターはやっぱり馴染みがいい。
横の男を見ればニッと笑って「渡せて良かったぜ。大事なモンだったんだな」と頷いて見せた。
悪い男じゃないなと見直す。
「感謝するぜ。ここ数日コイツを探し回ってたんだ。」
「俺も毎日ここに来てみたんだけどさ、タイミング合わなかったんだなー。」
「アンタにゃ、礼しねーとな。」
「礼?いーって、俺はこないだ煙草貰った借りがあるし。」
「―――ほら。コンビニのライターもいらなくなったからやるよ。」
「えへへー!なら遠慮なく頂くぜ。」
二人揃って秋空に向かってプカプカふかしながら、近頃の愛煙家差別について盛り上がる。
「俺等は高額なタバコ税を払ってんのに、喫煙所は一方的に減らされて、一体どこで吸えってんだ?」
「そうだ!そうだ!!俺なんて食事減らして煙草買ってんのにさぁー!」
「喫煙者ってだけで犯罪者みてーな扱われ方は不当だろ。」
「そうだ!そうだ!!昼間から路上で煙草吸ってるからってゴミを見るような目で見てくるんだもんな!」
「・・・・・・アンタの場合、税金納めてねーだろーし、ゴミを見るような目は違う意味な気がする。まるで堕落したおっさんだからな気がする。」
「ええー!なんだよ、土方っち!急に辛辣じゃん!仲良くしよーよ!また暇なとき来てよ!昼間は大体ここにいるからさっ。」
いつの間にか変なあだ名をつけられていたが、全く違う人生を送る真選組以外の年上の男との会話は新鮮で、嫌ではなかった。
煙草一本吸いきる、数分間の絆が生まれていた。
何度か会い、話せば話すほど長谷川という男がリストラ、別居、ホームレスと順調に人生を転がり落ちた事がわかる。
ああはなりたくないものだと思いながらも、聞くに耐えない惨めな話というわけでもない。
自虐的に話す長谷川だが、どこか楽観的で、復縁も再就職も諦めておらず、めげない心と気のよさが、この境遇にあって余裕すら感じさせる。
聞く限り、それに見合う努力をしている気配はない。
それから結局は、町のどこで喫煙できるかや銘柄の話になる。
まるでだらしないおっさんでも、煙草の話ができる相手がいるというのは楽しいものだ。
🚬
夜勤中、長谷川が万事屋の男と居酒屋から出てくるところを見た。
肩を組んで楽しそうに笑っている。
「銀さん、もう一軒行こうよ!奢るからさ~」
「ヒューッ。さすが勝った人はちげーなぁ~。いよっ、長谷川さん!今夜はとことん付き合うぜ!!」
「任せろって!女神が微笑んだ今夜は呑み明かすぞぉー!」
拳を突き上げて楽しげに連れ立って歩く背中を見てモヤッとしたのは、長谷川に呑み明かすほど親しい友人がいて、それがよりによって万事屋の男だったからだ。
仲良くしてる近所の兄貴分を取られたみたいな気分、というのだろうか。
愛煙家の純粋な繋がりに、共通の知り合いがいるという無粋な事実が付加されて気に食わない、というか。
自分よりあの男の方が長谷川と長い付き合いで、長谷川が時々話に出す『俺と同じ死んだ目をした奴』『ギャンブル仲間』『アイツに巻き込まれた』の奴だったことをこんな風に知ってしまったこと、だろう。
自分でも意外なくらい、やきもちをやいてしまった。
🚬
枯れ葉が風に舞う中、わざと制服でベンチにいたら驚かれた。
長谷川はニット帽というニューアイテムを身に付けている。
「いや驚いたぜ。土方っち、真選組だったんなら言ってくれよなー。だから帯刀してんのかぁ。俺はてっきり浪人かヤクザかと・・・。アレ・・・?真選組の副長って、たしか土方って・・・」
ちょっともったいぶって「俺が副長だ」と答える。
長谷川が「うわ~~」と声を出した。
「イケメンで、その年で副長なんて、どんな人生だよ。モテモテだろ、俺には想像できねーよ。」
「大した人生じゃねーさ。顔で寄ってきた女はヘビスモでマヨラーと知ればどっかいっちまうし、仕事じゃ上と下の尻拭いばっかやってるしな。ここで煙草ふかしてんのが落ち着く程度のモンだ。」
ちびていく煙草を見ながら、話しすぎたと思う。
知ってほしいとか親しくなりたいとかじゃなく、万事屋の男と張り合った、という感じだ。
別に、ギャンブルをしたり呑み歩いたりしたいわけじゃない。
長谷川の中で『愛煙家仲間の土方っち』という存在が濃くなればそれでいい。
このベンチで吸う、紫煙のくゆる間だけの絆。
火のついてない煙草を口にくわえて、ちびた煙草の先端をくっつけて火をつける。
「俺とアンタ、たまたま同じ銘柄で良かったよな。」
つけたての煙草を指先で摘まんで差し出す。
長谷川が煙草を取って、スーッパッと音を立ててふかすと「ああ。これからもよろしくな」と歯を見せて笑った。
自分と同じ、ヤニに黄ばんだどうしようもない笑顔だった。
了
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