ある夜の銀時
リーリーリー
「虫がよく鳴きますねえ」
「・・・・・・」
「これは、鈴虫でしょうか」
「・・・しらね・・・・・・」
ジージージー
「あ、これ、なんだったかな」
「・・・・・・」
「知ってるんですよ、私。えーと、ほら、ねえ、銀時、あれですよ、あれ。ここまできてるのに」
「・・・・・・」
「あっ、キリギリスですよっ。わー、思い出せて良かった。もうボケてしまったのかと思っちゃいました」
「うるさい!」
銀時は、堪忍できず布団から起き上がる。
松陽先生が、くりくりした瞳で見上げる。
「まあまあ、虫に怒っても仕方ないでしょう」
「ちがう!しょーよーが!」
「あ、私ですか?銀時、キリギリス答えたかったんですね」
「なんでだよ!ちがう、いつになったら寝んの!」
ふたりは布団を並べて寝るところ。
蚊帳も吊って、明かりも消して、かれこれ半刻は経つ。
なのに松陽先生は、おしゃべりをやめないのである。
そのおしゃべりに、短い相槌をしていた銀時だって、本当は眠たいわけじゃない。
ただ、先生はいつになったら寝るのかとやきもきしていた。
だって、先に寝てしまったら、先生はさみしいかもしれない、なんて思ってしまったのだから。
「銀時こそ、いつになったら寝るんです?」
「お、おれ?もう、とっくに寝れるけど!しょーよーが、うるせーもん!」
「そうだったんですか?私、あなたが寝るの待ってたのに」
「っ!」
松陽先生の言葉に驚いてしまった。
先生も、銀時が寝るのを待っていたなんて。
それじゃあ、どちらもいつまでも寝れないわけだった。
銀時は布団に転がると、ちぇっと口を尖らせる。
隣の松陽先生が、深い息をつく。
「・・・・・・だってね、こうして誰かと一緒に寝るのは初めてなんです。どうしていいか、わからないんですよ。同じ部屋にいるのに、相手にかまわない、寝てもいいなんてのは」
「!・・・・・・おれもだけど」
「それじゃあ、ふたりともわからないわけですね」
松陽先生が笑う。
銀時は、先生もはじめてなんだなあとこっそり思う。
銀時がここに身を寄せてから幾月か経っていたけれど、今まで一緒に寝たことはなく。
それが、銀時の蚊帳が破れてしまったので、先生の蚊帳で寝ることになったのだった。
虫の声より、月明かりより、先生の息遣いが気になってしまう。
先生も、そうなのだろうか。
「でも、こうやってふたりで寝転がっているだけ、なんてのも悪くないですね」
「・・・・・・そーなの?」
「今はひとりじゃないんだなあって思えませんか」
「ふたりだもん、あたりまえじゃん」
「・・・そうか、あたりまえじゃんですね、ふふふ」
松陽先生が嬉しそうに笑うので、銀時もよくわからないけれど、嬉しくなる。
この夜が、ずっと続くといいなと思った。
「では、寝物語をしましょうか」
「ねものがたり?」
「昔話を知っていますか?」
「しらない。いつの昔?」
「もういつかわからない昔のことです。あるところに―――」
銀時は、その話を聴いたはずなのに思い出せなかった。
早朝、山鳩の鳴き声に起こされて目を擦ると、夜の出来事は幻のように感じた。
ただ、隣で微笑みを浮かべて眠る松陽先生にホッとする。
「・・・・・・しっこ」
そろりと抜けて、便所に立つと、朝日がじんわりにじみ出て、なんだかホワホワとした気持ちになる。
それを、今なら幸せな気持ちといえる。
ホワホワしたまま排尿すれば、解放感でより気持ちがいい。
懐かしい―――
「ハッ!?」
銀時は、そろりと股間に手を当てる。
「・・・嘘だろ?嘘だよね・・・・・・?」
咄嗟に松陽に見つかってしまう、なんて思ってしまう。
まだ暗い天井が、どうしてもあの日の天井に見えて頭が混乱する。
今、自分はどこにいて、何歳なのか?
「・・・・・・しっこ」
フラフラと起き上がれば、段々わかってくる。
トイレに座る頃には、自分が万事屋の坂田銀時だとハッキリした。
「三十路まえにして、お漏らしとか笑えねぇぞ・・・・・・」
染みのついたパンツに、頭を掻く。
危なかった、これくらいならば、お漏らしとはいわない。
チビった程度だ。
「・・・パンツ履き替えねーと」
呟きながら、夢で見た幼少を思い出していた。
心にまだ、先程のホワホワが残っている。
あれが、自分がはじめて感じた幸せってものだったのだと今になってわかる。
「つーか、寝物語って、間違ってんじゃん・・・・・・」
銀時は、パンツを手洗いするまで、しばらくホワホワに浸っていた。
了