汁粉の麩
スンスン、
これは
俺の好きな
あんこの匂いだ。
*汁粉の麩*
銀時はごろり、と転がると起き上がった。
畳の上でゴロゴロしていた頭の毛は、好き勝手な方向にはねている。
それに構わず欠伸をひとつする。
スンスン、スンスンと犬のように鼻を鳴らしながら、匂いの元へふらふらと足を進めた。
「・・・しょーよー」
竈の前に立つ長髪の背中に小さく呟く。
「ああ、お寝坊さんが起きましたね」
笑いながら松陽先生が鍋の中身をかき混ぜている。
中身はふつふつと甘い湯気を立てて、寝ぼけた銀時の鼻腔を刺激する。
椀を持った桂が眉をひそめる。
「寝すぎだぞ、銀時。朝もゴロゴロ、昼もゴロゴロ。なんだ、糞コロガシにでもなりたいのか」
「意味わかんない、ヅラ。糞コロガシは糞を転がすから糞コロガシってのよ」
銀時は土間に降りながら口をとがらせた。
桂もあだ名が不服だと肩を怒らせる。
「ほらほら、お二人さん。糞コロガシは忘れて」
もうできましたよ、と先生が桂の背中を押しながら笑う。
「銀時はお餅を見てきてくれますか」
あちらで晋助さんが焼いてますから、と指をさすと銀時の頭を撫でる。
うう、と唸る銀時は、頬を赤くしてそれを避けると背戸へ出た。
七輪の前でしゃがみ込んでいる丸い背中に声をかける。
「しょーよーがお餅持ってこいって。ちゃんと焼いた?」
高杉は、じっと網の上を見つめたまま黙っている。
「・・・なに、これ」
銀時は真横へ立つと訊ねた。
高杉が睨みあげてくる。
「なんにもしないくせに、おいしい時だけ出てくんな」
菜箸を握りしめる横には、ボロボロになった団扇が落ちている。
「おいしいって・・・これのどこがおいしそうなわけ?」
首を傾げながら訊ねると、きゅっと高杉の表情が固くなった。
顔を網に戻して頻りに目元をこすりだす。
「なぁ、焦げてるよ」
親切に教えてあげると、
「うるさい、バカタレ」
乱暴に返された。
銀時も隣にしゃがむ。
網の上では、どろりと破裂して焦げている餅が四つ、かなしそうに転がっていた。
「もう、食べれなくない?」
呟けば、隣からグズッと聞こえて。
「たかすぎーー」
頭を屈めて覗き込もうとすれば、団扇で顔を叩かれた。
「いたっ!なにすんだ、ばか!」
「どっかいけ、アホッ」
乱暴な口調は、声が震えている。
膝に顔を埋めた、その拳は固く握り締められている。
「俺、しょーよーに呼んで来いっていわれてるもの」
肩を震わせる高杉から、網に視線を向けた銀時は、口を尖らせると身体を揺する。
節を付けて口ずさんだ。
「食べれないね」
「は・・・」
「たかすぎ失敗しちゃったんだもんな」
「ンッ・・・」
「お餅なしのおしるこ」
「ぐっ・・・」
「だってたかすぎが焦がしちゃったもんね」
少しして、「餅・・・焦がした・・・」とつぶれた声がした。
素直に落ち込む姿に、銀時は手を伸ばすと、
「よしよし」
高杉の頭を撫でる。
「っ、なにっ・・・!」
ばっと顔をあげた高杉の目元は赤くなっていて、袴には斑模様ができていた。
銀時はよしよしと繰り返しながら、
「これ、好きだろ?」
たかすぎ、と顔を傾ける。
しょーよーにしてもらうと嬉しいだろ?
悲しくなくなるよね。
安心するでしょ?
そう問いかけると、頬を赤くした高杉は、
「テメェは先生じゃないだろっ!」
と立ち上がった。
銀時は手をぶらぶらと揺らしながら、
「甘えん坊」
と口を尖らせた。
「なっ・・・ちげーし!!」
菜箸を突き付けてきた高杉を見上げる。
「一緒に、行ってあげようか?」
一瞬大きくなった目は視線を落とすと、菜箸を下げて呟いた。
「・・・いるか、ボケ」
******
「あれま、お餅焦げちゃいましたか」
皿に転がる黒い塊を見て松陽先生が声をあげる。
菜箸と団扇を持った高杉は頭を垂れた。
「・・・ごめんなさい」
高杉を見下ろしていた先生は屈んで、
「晋助さんは責任感がありますね」
とほめた。
先生がにこやかに云うのを、驚いたように見上げる。
「ほら、なみだまの跡が」
そう云うと、高杉の両頬を包んで親指で目元を擦りながら笑う。
高杉の顔がまた赤くなった。
「これは私がなんとかしておくので、晋助さんは七輪に薬缶をかけてきてくれますか」
頭を撫でながら笑う先生に頷くと、高杉は薬缶を持って外へ出てきた。
「何やってんだおまえ」
高杉の問いかけに銀時は、手に持った草の先を炙りながら、
「草炙ってる」
と答えた。
「アホなことやってないで退け。薬缶かけるんだから」
銀時の手を叩いて高杉が七輪に薬缶をのせる。
「あー、草落とした」
銀時は地面に落ちた草を足で擦り付けた。
見下ろしていた高杉が銀時の頭に手を置くと、少し乱暴に撫でてきた。
ほわほわの髪は四方に跳ねて、押し潰されて、銀時の視界を遮る。
「なぁに、これは」
銀時が見上げると、ぱっと手を引いた。
いたっ、と銀時は頭を押さえる。
引いた高杉の指の隙間に銀糸が数本絡まっている。
「ぜったい髪の毛抜けたじゃん!」
なにすんだ、と怒る銀時に、
「おまえの髪の毛がクリクリしすぎなんだ!このクルクルパー!どうだ、頭撫でられて嬉しいか!この甘ったれ!!」
と顔を赤くして高杉は叫んだ。
ふらりと立ち上がった銀時は、暫く考える。
そして、さらっと
「嬉しくない」
と答えた。
その答えに、顔を真赤にした高杉は、
「ど畜生っ!!!」
と叫んで走っていってしまった。
その背中に向かって、
「たかすぎの方が甘えん坊だもんね!さっきも撫でられて喜んでたのは誰ですかーー!!」
と叫び、銀時も追いかけた。
******
ぷかり
ぷかり、ぷかり。
お汁粉の中に丸いものが浮く。
銀時はそれを見つめて、ふんわりと笑った。
ああ、いい匂い。
隣で桂が怪訝な顔をして、
「先生これは麩ではありませんか?」
と訊ねた。
「そうですよ、お麩です」
笑いながら答える先生に、どうして麩なのですか、とまた訊ねる。
「おや、小太郎さんは嫌いですか、お麩」
驚いたように訊ね返す先生に、
「いえ・・・そうでは」
と答えると俯いた。
「たまには、お麩もいいでしょう。ぷかぷかと浮いて」
桂に笑いかけるとその頭を撫でる。
高杉はそわそわとしながらお麩を見ている。
銀時は早く食べたくて、
「しょーよー、食べていい?」
と椀を持って訊ねた。
「そうですね、お汁粉は熱くてなんぼです。どうぞ」
召し上がれ、と先生が笑った。
******
・・・なんて可愛い時代もあったもんだぜ。
銀時は鍋の中を見つめながら、思い出に唇を尖らせた。
あの後火傷はするわ、洗い物で喧嘩はするわで大変だったし。
皿洗い、高杉とヅラに押し付けられたし。
そういえばあの頃の高杉は甘えん坊だった。
結構すぐ泣いてたし、我儘おぼっちゃんだった気がする。
家事とかできなかったし。
手先不器用だし。
三味線とか俺の方が上達速かったもんな。
で、またすねてたし。
めんどくさい男だぜ、あいつはさ。
銀時はおたまで鍋の中をかき混ぜる。
なぁんて、昔の記憶を引っ張り出してみるとか、いやだな。
老けたみたいじゃん?
俺は常に前を見て進む心は少年さ!
って恥ずかし!俺!!
「おい、銀ちゃん。なんでお汁粉に麩が入ってるネ」
椀の中をのぞき込む神楽が訊ねてくる。
銀時はお手製の汁粉をよそいながら答えた。
「んーそれはなー、昔甘味を極めた甘味仙人に会ってさー、汁粉には麩も合うって教わった秘伝の・・・」
「嘘つくなヨ!!」
バキッ
「いってぇぇぇっ!!神楽ァ!てめ、汁粉振舞ってあげてる人間にこの仕打ちはないんじゃないの!?」
銀時は殴られた頬をおさえて叫んだ。
神楽が机を叩きながら、
「あからさまな嘘つくからネ!そんなんで騙されるほど最近のチルドレンは安くないノヨ!」
と鼻を鳴らした。
まあまあ、と後ろから新八が宥める。
「神楽ちゃん、そこはそっとしておいてあげようよ」
この人はね、お餅を買うお金もないんだから、と眼鏡を押し上げながら神楽を諭している。
「やめろォォォ!頼むからやめて!銀さん泣きそうだから!」
「はいはい」
溜息交じりの新八の返事に、反抗期と諦めと軽蔑を感じながら銀時は汁をよそう。
なんで振舞うのにこんな気分?
一同席について椀を持つ。
「銀さん、おいしいんですか?汁粉に麩って」
新八が訊ねてくる。
「美味いって」
そう答えると二人の子供は椀に口をつける。
「・・・うん。おいしいですね、やっぱり」
「ちょっと虚しさを感じるけど、おいしいアル」
「てめーら一言余計なんですけど?」
銀時の呟きは聞こえないのか、二人はテレビを見ながら啜っている。
人の料理食っといてテレビかコノヤロー。
時代の移り変わりに銀さん、ついていけません。
ちぇっ、と銀時は口を尖らせながら椀を覗く。
ぷかり、ぷかり。
とろみのある汁の中に、丸い麩が浮かんでいた。
了
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