しろくろ


正月が過ぎて一体何日経つ?
もう周りは新しい年を日常にしているってのに寒々しい曇り空の下、俺は近くの神社で遅い初詣中。
でも実際は二回目になるから初詣じゃない。
一回目の初詣は万事屋ファミリーとして行った。
二回目のこれは・・・、まぁ、照れずに云えば恋人としてだ。
正月にまで仕事をしていた俺のバカな恋人―――土方との初詣。

そもそも正月三が日は休みだって聞いてたから、俺としては一緒にお屠蘇呑んで気分良く姫初め、みたいなコトを考えていた訳よ?
家に来るっつーから準備もしてた。
なのに来ねーし!
そのうち年越しテロ事件のニュースが流れてきて、真選組が駆り出されたのはわかったから仕方ねーとは思ったよ。
でもさ、なんで明けましておめでとうって電話の一つもしねーの。
そればかりか何日放置プレイ?
新年早々の放置プレイに萎えたおかげでもう、責めるのも諦めちまった。
この仕打ち、おかしくね?
私と仕事どっちが大事なの、みたいな事を訊く女はうざがられるっつーし、そんな奴はアッパーカットだぜ、とか俺自身思ってたんだけどさ、今はその気持ちが判る。
そもそも正月早々にテロだなんだ騒いでドンパチやらかした馬鹿な奴らが腹立つ。
萌える闘魂だかなんだか知らねーけどよ。
テロの前に紅白を観ろ。
テロの前に年越し蕎麦を喰え。
テロの前に除夜の鐘聴いて煩悩を消せ。
煩悩抱えといて国変えるとか出来ると思ってんのかバカヤロー。
ヅラだって、あのお祭りヤローだって動かねーんだぞ。
あいつらでさえ煩悩一秒位は消してんだよ、多分。
俺は消す気なんてなかったけど煩悩叶わずだし。
とにかく、空気読めない奴らの爆弾だガスだのせいで俺の心もテロにあった。
三が日位テロから離れてペロの散歩に行きゃよかったんだ。

石段を上がりながら心の中でぶちぶちと文句を言い続ける。
なのに土方といえば俺を置いてさっさと上がって行く。
振り向きもしない。
そこは並んであるこーぜ、土方くん。
黒い縞模様の背中に呟いた。

******

じゃらんじゃらんと鈴が鳴る音が杉に囲まれた境内に響くと、鴉が鳴いて鉛色の空に吸い込まれる。
俺たち以外の参拝客はいない。
正直、不気味な雰囲気で背筋が冷える。
土方が小銭を投げ入れ、礼をする姿に便乗して手だけ合わせる。
隣の、声も出さないで目を閉じる姿は何を祈っているのかはわからない。
コイツに願う事なんてあんの?
ただ手を合わせてるだけにも見える土方の、俺の好きな端正な顔には疲労の色が濃く見える。
神様、見てよこの顔。
可哀想に、今年は土方くんの仕事を減らしてやって下さい、俺のためにも!
お祈りして綿入れの袖に両腕を突っ込み辺りを見回す。
境内の外の道に小屋みたいな建物を見つけた。
土方に声をかけて、厠へ向かう。
神社の厠は汚くて不快だが尿意には代えられない。
ぶるりと震えて小便器の前に立つ。
自然と溜め息が出た。
だって俺達、付き合い出す前の方が会っていた気がする。
待ち合わせなんかしないのに街中や店でばったり出会ってはお互いに憎まれ口を叩き、喧嘩をしていた。
でも最近は会いたくても会えない。
裸の付き合いより刀の突き合いしてた時の方が近い距離にいた気がする。
何でだろーな、男同士だからかな。
今年はたくさん会いてーな。
考えるのを止めて手洗い場に向かう。
冷たい水道水が手に痛いけど、ハンケチなんて持ってないから手を振って自然乾燥させる。
外気が冷えた手を刺して余計痛い。
赤くなっちまったと悪態をつきながら降りてきた道を戻っていると途中で土方と合流した。


「もういいの」

「あぁ」

「おみくじ引いた?」

「小吉、結んできた」

「あーはいはい。銀さんの大吉分けてやるから頑張れよ」

「なぞのマウントなに?いらねーよ」


二人してまた石段を降りるけど、今度は俺から裾を掴んで隣に並んでやったら歩きにくいと袖を振られた。
どこまで俺の気持ちがわかんねーのかこの男。


「なあ身も心も冷えちまったんだけど、あっためて」


氷のように冷えた手を土方の綿入れ半纏の中に突っ込んだ。
その手を二の腕あたりに巻きつけるとあったかくてほっこりする。
身震いした土方は眉を寄せて俺を見たけど、文句を云ったり、俺の手を剥がしたりしなかった。
暫く人気の無いところを歩いていると、土方が袂に手を突っ込んで何かを取り出した。


「ほら」

「あん?」


ちりん、と音を立てて出てきたのは小さな御守り。
土方が顔の前にぶら下げてくる。
ゆらゆらと揺れる其れを目で追いながら、だから?と思った。


「なに?」

「肌守り」

「ふぅん、買ったの」

「やる」


え、くれんの?
ちょっとビックリして土方を見る。
その反応が嫌だったのか眉を寄せる土方に早く取れといわれ、御守りを受け取った。


「あんがと。なんかご利益ありそうだな」

「一応あんだろ。色もお前に合ってるし」


俺に合うやつを選んでくれたってこと?
白地に金糸で鳥の刺繍がしてあるが、紐も白けりゃご丁寧に鈴まで白くしてある。
汚れが目立ちそうな、ここまで真っ白にされると皮肉を感じてしまう。
土方にそんなつもりはないとわかっているが、白夜叉と呼ばれ恐れられた時代を、この見た目で鬼子と呼ばれた幼少の頃を思い出してしまう。
良くも悪くも俺の人生には"白"が付きまとう。
まぁ、髪も白けりゃ今着ている綿入れ半纏だって白い訳で、自分にも白は似合うと思っているから何を今さらという話なんだけど。
土方にどうして白を選んだのか試しに訊いてみた。


「何で俺には白なの」

「え、気に入らないのか?」

「いや、ただなんで白かなと思って訊いただけ」

「・・・・・・綺麗だと思って」


土方を見ると中途半端なポーカーフェイス。
綺麗、だって。
いつも"白"は異端で周りから浮き、血に染まる色だった。
戦場では実際そうだった。
ヅラのさらさらした黒髪よりも、坂本の俺と似たクリクリの茶色い髪よりも、高杉の烏羽色よりも俺の髪に血は映えた。
なのに"綺麗"だと、俺の恋人は云った。
俺自身がそう云われた気がして不思議な気分だ。


「でも白って、すぐ他の色で汚れちまう」

「んなの洗えばいくらでも白く戻んだろ。それに見ろ。雪の白は景色を変えるし、修正液も誤字を白く塗り潰してくれる。どっちも綺麗になって俺は嫌いじゃねえけど」

「ふぅん?」


昨日から降った雪でどこも真っ白になった景色を土方が見回している。
それはわかるが修正液の話をするあたり、テロの始末書を書きすぎてノイローゼなのかもしれない。
正直云ってることはよくわかんねーけど悪い気はしなかった。
染まり汚れるだけじゃなく、綺麗に変える白もある。
そんな白が好きだと土方が感じてるならそれでいいか。
ちなみに俺はお前に似合う、何にも汚されず染まらない黒色が嫌いじゃないよ。
自分の袂に手を突っ込む。


「自分の買った?」

「いや、買ってねえ」

「はい、これ」

「?」


土方の手に握らせる。


「お前に買っといた肌守り」


土方が黒い御守りを見つめている。
黒地に金糸の鳥の刺繍。
黒色の鈴が挨拶のようにちりんと鳴る。
新年早々、テロの対応に奔走する土方を思って初詣に買ってみた。
それがお揃いになっちまうなんて思ってなかったけど、こういうのも悪くないよな。
ありがとな、と礼をいう土方の顔が少し元気になっている気がして、すぐにご利益があったみてーだ。
今年もいい一年になるといいな。
見上げた鉛色の雲から綿埃のような雪が降りだした。
土方の黒半纏の肩に白く落ちたそれは、しゅわりと溶けて消える。
俺は両腕を組んで先に歩き出す。
もう不満なんかは全部どっかいっちまって、気分がよくて笑ってしまう。
後ろから土方が追いついてくるのが、ちり、ちり、と小さく鳴る鈴でわかる。
俺の袂からもちり、ちり、と鈴が鳴る。
不規則に交わる鈴の音が胸にこそばゆく、呑みに行こーぜ!と俺は土方に笑いかけた。


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