君は俺の○○。
「いい加減起きて下さい!」
イライラした大声と共に掛け布団をはぎ取られる。
万事屋銀ちゃんの雑用係・・・助手である新八によって露わにされた体は、冷たい空気に身を縮こませる。
「ちょ・・・さみぃ!何すんだ、このダメガネェェ・・・!」
万事屋銀ちゃんの主である銀時は、寝転がったまま膝を抱えて薄いせんべい布団の上で睨み上げた。
しかし仁王立ちの新八には、なんら効果はなく。
「万年金欠駄目人間にダメガネなんて云われたくねーよ!今何時だと思ってんですか!?平日だってのにこんな時間まで寝て!緊急の仕事の依頼が来たらどーするつもりなんだよ!?世の中の人間はとっくに活動開始してんだよォォ!!」
火に油を注いでしまった。
「ほら、早く起きて下さいって!朝ご飯食べてくれないと片付けられないですから!」
急かされて、半ば転がるように布団から退き、欠伸混じりに悪態をつく。
「今日は特にうるせーな、なんだ、生理か?それでイライラして」
「誰が生理だボケェェ!僕にあったらあんたにもあるわ!」
「あでぇっ!!」
暴言は、頭に降ってきた鉄拳によって悲鳴にかわる。
痛ぇな、と頭を押さえて、新八のくせに・・・と唇を尖らせる。
そんな自分を無視してテキパキと布団を運ぶ新八が面白くない、なんだか負けた気がする。
「ったく、おまえは俺のかーちゃんですか、コノヤロー。おまえみたいなの、炒飯作れてもいらねーよ」
勢いで云い放った。
直後、ガタァンッと大きな音が物干し台から響いた。
******
何事?と物干し台へ向かうと、新八が座り込んでいた。
新八の前には音の原因らしい物干し竿と敷き布団が落ちている。
座り込んだままの後ろ姿を見下ろす。
「おい、ぱっつぁん」
呼びかけるも返事はなく。
銀時は頭を掻くと、落ちている布団を拾い上げ、埃を払いながらちらりと新八を見る。
どうしちまったの、この子。
ようやく新八が物干し竿を掴んで立ち上がる。
その表情は見えない。
「なんだよ、人にはあーだこーだ云っておきながらおまえ。自分はもの落としてぼーっとして、何なのォ」
反応がイマイチな新八がいつものように反論してくる事を期待して、からかう。
しかし新八は、背伸びをして物干し竿をかけ直すと、銀時の手から布団を抱えとり。
「スンマセン・・・・・・、あの、もういいんで、ご飯食べちゃって下さい・・・・・・」
ぼそぼそと呟いただけだった。
黙々と布団を干す姿に、かける言葉も思いつかず、曖昧な返事をして銀時は応接間へ向かった。
******
助手二番手の神楽がソファーに座り、酢昆布をしゃぶりながらテレビを見ていた。
その横で、定春が大きな頭を撫でられて気持ち良さそうにしている。
机の上には最早冷めてしまっているであろう朝食が用意されていた。
「銀ちゃん、今日もオソヨーネ」
飯と味噌汁と薄ーい卵焼きを前に座れば、神楽が碧い瞳を向けてくる。
「いただきますっ」
それを受け流して箸を持つと味噌汁を啜り、テレビに目を向ける。
予想に反して味噌汁は温かかった。
一個の卵をギリギリまで伸ばした薄ーい卵焼きを口に入れる。
実家の貧乏にプラスして、万事屋の万年金欠状態に携わっている今、新八の貧乏テクは料理にまで及んでいる。
「新八、最近銀ちゃんが怠けすぎって怒ってるヨ。銀ちゃんがマダオなのは今更なのにピリピリカリカリ様子がおかしいネ」
マダオには触れずに、ピリピリカリカリの部分にだけ同意をする。
「アレだよ、アイツぜってーカルシウムが足りてないよ。めしに卵の殻でも混ぜてみるか?」
「卵の殻入れるの私得意だヨ!」
神楽が自慢気に鼻を鳴らす。
いやいや、そんなん自慢になんねーから、と手を振りながら飯を咀嚼する。
「でも、ほんとにピリピリし過ぎアル。銀ちゃんのご飯食べてやろうと思ったらごっさ怒られたヨ、さっき」
ねぇーっと定春に同意を求めて笑う姿に、それは俺も怒るから、と呟く。
神楽は聞こえていないのか、聞こえないふりをしているのか、何食わぬ顔でテレビのチャンネルを変えている。
「そういえばさっき・・・、おっきい音したネ」
ちらりと視線を寄越してくる。
何があったのか尋ねていると感じたが、答える気にならず言葉を濁す。
「・・・あー、さぁな。物干し竿と布団落としたまんまボーとしてたぜ。その前はキャンキャン喚いてたのに・・・なんか最近訳わかんねぇわアイツ」
「銀ちゃん何したネ?」
当たり前のように訊いてくる。
銀時が悪いと決めつけているのだ。
「何って、何もすりゃしねーよ俺は。ただ、あんまり口うるさいからお前みたいなかーちゃんは要らねーって、からかっただけよ?」
「それネ!」
勢い良く指でさされ、食べ終わった食器を重ねていた銀時は顔を上げる。
「それって、何だよ」
「銀ちゃんのマミーって云われた事がショックだったんだヨ、きっと」
神楽は指を顎に添え、目を瞑って、したり顔で頷いている。
はぁ?と銀時が眉根を寄せれば、
「わからないアルか!」
神楽がまた指差してくる。
「銀ちゃんのマミーなんて誰でも嫌ネ!新八は傷付いたんだヨ!頼まれてもお断りなのに要らないって、銀ちゃん何様ネ!」
この失礼な人差し指を折ってやりたい。
行動に移る前に引っ込んだ指は顎に移り、揺れる頭に合わせて上下に動く。
「私だって銀ちゃんのマミー扱いされたら怒るアル。彼女扱いされたらもうドメスティックバイオレンスヨ」
銀時は腕組みをした指を小刻みに叩きながら青筋を立てる。
こっちだってこんな毒舌怪力胃拡張娘なんてお断りだ、論外だ。
それにしても、ここまで云われる俺の尊厳はどうなっているのか。
「俺だって御免―――」
ガタガタッ
襖が揺れる音に振り向くと、壁に張り付くように歩く新八がいた。