春のから騒ぎ


 眠っていた高杉は、気配に目を覚ました。
春雷が轟く深夜。
黒い影がベッドの傍らに立っている。
真っ先、恋人の桂だろうと見当はついたが、無言でじっとしているので不思議に思った。
何をしているのかと問おうとしたところで、窓の外、ピカッと閃光が走る。
高杉は目を見張った。

一瞬浮き上がった姿は、やはり桂だったが、無表情で見下ろしているその手には、長くてギラリと光る物が握られていた。

ドォオォオン!!!ゴロゴロゴロオォ・・・
ガラス戸が揺れるほどの雷鳴が轟く。
その音を遠くに感じる程、高杉の意識は目の前の恋人に向けられていた。
―――俺ァ、殺されるのか。
恐怖よりも冷静な心持ちで、抵抗や逃げる気は全く起こらず、このまま凶刃を受けて死ぬ事が当然のように臥したまま微動だにしなかった。

「寝ている間に終わらせてやろうと思ったんだが・・・仕方あるまい」

暗闇の中、濃い影となった桂が低い声で囁く。
ベッド脇のスタンドライトがパッと灯り、高杉は眩しさに思わず目を瞑った。

「高杉、赦せよ!」

鋭く発した桂が高杉のパジャマを引き上げると、手の物を左胸へ真っ直ぐに突き立てた。

「うっ、くっ・・・」

身を固くして呻く胸に僅かな痛みを感じる。
正確には左乳首だった。
刃物でグサリというには想像した痛みもなく、違和感に瞼を上げる。
胸元で、乳首にプラスチック定規を押し当てた桂が目をすがめていた。

「2・・・いや、3か・・・?」

目盛りを読む事に集中しているこめかみに、高杉は静かに拳骨を押し当てると、グリグリとねじ込みながら圧迫した。

「ぐぉあぁぁあっ!?」

痛みに叫び、身を捩る桂がベッドへ倒れこむ。

「なにしてんだ、ヅラ」

問う高杉の顔は、どこぞの冷徹な総督のソレだ。

「ヅラじゃないかつっ・・・待って、ちょっと待って!?痛い!痛いってぇ!」
「嗚呼、痛くしてんだよ俺ァ」

高杉総督は手を緩めない。
こめかみをグリグリされ続ける桂はしばらく高杉の足の上でのたうっていたが、力尽きてぐったりとした。
ベッドから垂れる尻をパンッと平手で打つ。
弾かれたように顔を上げた桂が乱れ髪の隙間から涙目で「頭蓋骨が凹んだらどうする!」と文句を云った。

妙な事をしておいて逆ギレする姿が可笑しい。
ハッと短く笑い「俺ァてっきりお前に殺されんのかと思ったぜ」と云いながら、桂の首筋に定規を当てて、ツウと横に引いてみせた。
反射的に喉仏を震わせた桂は「定規で殺害など出来るわけがない。なぜ俺がお前を殺すと思う?貴様、心当たりでもあるのか?」と彼らしい生真面目さで問いただした。
高杉は定規の角を撫でながら、呆れて答える。

「ねェよ。けどよォ、ヅラ。心当たりのねェ刺殺の方がまだマシってもんだぜ。夜中にひとの乳首を測るなんて事よりゃァなァ?」

ヤクザな口調で桂のほっそりした顎をぺちぺちと定規で叩く。
それから定規の先端を使い、服の上から胸の突起を擦った。
硬いプラスチックに粒を擦られて「あっ」と声をあげた桂は慌てて高杉を乗り越えるとマットレスの定位置へ逃れる。
向き直ると、女子のように両手を胸に当てて云った。

「高杉。これから先、ここはお触り禁止だ」

云っている意味がわからず、高杉は首をかしげると「なんでだ?」ととりあえず訊いてみる。
桂はムキになり、口をへの字にして「なんででもだ」とますます胸のガードを強くした。

ムキになるということは、理由が自尊心から云いたくない内容か、高杉には云えない内容かのどちらかだ。
彼は一度言い出したら、なかなか曲げない。
こうなると高杉も理由を聞き出さないと気が済まなくなる。

ゴロロロロォォ・・・・・・
遠雷となった雷鳴が不穏に響く中、高杉の声音も低くなる。

「そりゃ随分一方的だな?禁止したきゃ俺が納得する理由を述べるのが筋ってもんだろ」

桂はフンと鼻をならす。

「嗚呼、一方的だよ。そもそも俺のビーチクなんだから当然じゃないか」

ビーチク・・・語彙の古臭さに一瞬毒気を抜かれた高杉だが、ニヤリと唇を歪める。

「そりゃあそうだが。俺ァそもそもお前が、ソコを触らねェでコトに満足出来るのかって疑問があるぜ」

胸を指差すと、桂の耳は赤くなって眉をつりあげた。

「なんだとっ!俺を淫乱みたいに云うな!そもそもな、男の胸を女子おなごのように弄る必要はないんだよ」
「でも好きだろ」
「好きじゃない!ちょっと敏感なだけだっ」

真剣な顔で自白する桂に、高杉はクククッと笑ってしまい枕に顔を埋めた。

夜中にこっそりひとの乳首を測ろうとした彼が何を気にしているのかなんとなく解ってきたが、きっかけはなんであるのか。

顔を上げて優しい声で「理由わけを云いな」と目を細めれば、桂はまた口をへの字にしたが、話し始めた。

* * *

 桜がほころび、多くの人が新たな扉を開く季節。
二人の先輩である朧もまた、新たな門出を迎えようとしていた。
脱サラして鍼灸師になった彼は、この春〈鍼灸治療院 YATAGARASU〉を開院するのである。
駅近で、黒を基調とした壁面に金文字で店名が刻印されただけのシンプルな外観は、鍼灸院というより何かのサロンにみえた。

昼間、桂は開院前の準備を手伝うために赴いた。
特に懇意にしている高杉は仕事絡みで来られなかったので、名代も兼ねている。

「朧先輩、お久しぶりです。ずいぶん洒落た外観なんですね。ドアを開けるとき緊張して・・・これは俺と高杉からです」

御祝いにと持たされたワインを手渡せば、好みの銘柄なのか表情の乏しい朧が微かに口角をあげる。

「わざわざすまない。高杉にも礼を伝えておいてくれ。外観に悩む位ならシンプルにと思ったが・・・これでは入りにくいだろうか?」

不安げに眉を寄せてぎょろりと見おろされた桂は「いい意味の緊張です!」と勢いよく首を横に振った。

朧という男は、彫りは深く、目の下に濃い隈がある、いかにも不健康そうな人相をしている。
が、不健康な訳ではなく、鍼灸師としての腕は確かなものだ。
消えない隈はサラリーマン時代の社畜極まれりの名残だった。
左額から右頬にかけて大きな傷痕もあるが、ヤンチャだったわけではなく、幼少期の事故で出来たもので、至って真面目で繊細な男だ。
やや繊細すぎて思い詰めるところがある。
他者の何気ない言動も、機微に聡い彼には意味深めいて見える。
そんな朧の背後で、カウンターから男が顔を覗かせる。

「なに、おまえも来たの?ヅラ」
「ヅラじゃない桂だ・・・あっ、銀時か」

反射的に答えた桂は、銀色の天パに目をパチクリさせた。
ふたりと同じく、通っていた剣道教室で朧の後輩にあたる銀時が来ていた。
ただし彼は万事屋としてここにいた。
朧が振り返って「ああ、手伝いを頼んだ。施術台やら重いものが多いからな」と云うと店の奥へ案内してくれる。
桂はカウンターへ近付くと眉をひそめて囁いた。

「お前な、先輩の手伝いに報酬を求めるんじゃない」

銀時も身を乗り出すと「あぁん?」とガンを飛ばす。

「うるせーよ、こっちはちゃんと仕事でやってんの。生活かかってんの。おまえみたいにお付き合いボランティアでチンタラ手伝いに来たわけじゃねーんだよ。冷やかしなら帰れオラ」

捲し立て、手で払う仕草をすると再びカウンターの下へ潜っていった。
桂は、アイシングクッキー大丈夫だった?と訊こうとしたが、先輩の手伝いに来て迷惑をかけてはまずいと思いとどまる。
催淫剤混入など話せば、銀時は怒り暴れて、朧の開院は遠のくかもしれない。

それ以上銀時には構わずに、大人しく小物を並べたり、掃除をしていた。
そのうちに銀時が「この台運んで」と施術台を指して云うので「俺はお付き合いボランティアだからな、金で雇われたおまえが運ぶのが道理じゃないか」と返して小競り合いになる。

「お前、そんな中途半端な心づもりで手伝いに来てるわけ?あっそう。所詮高杉の代打だもんな、てめーは朧と大して仲良くねーもんな。やるだけ損ってか。朧サーン!ヅラくんほんとは手伝いなんかしたくないそうですぅ」
「あっ!?なにを言い出すんだ馬鹿!」

銀時の法螺に慌てて振り向いた桂は、ぎょんっとした目で青ざめている朧へ激しく首を振った。
結局、銀時の仕事の筈だった重量物を運ぶ手伝いをした。

終わりに朧はふたりにハーブティーを淹れて労う。

「今日は助かった。ふたりとも良かったら鍼灸を受けていかないか?」

桂が「開院前ですし、改めて客として受けに来ます」と後輩として遠慮すれば、銀時はマドレーヌを頬張りながら「マジ?やるやる。体バキバキなんだよ」と喜んだ。
朧が再び「桂は・・・嫌なら無理にとは云わないが・・・」と云いつつ、じっと見つめてくるので、ありがたく受けることにした。

 施術のために服を脱ぐと、先に受け終えた銀時がじろじろ見てきたので「なんだ」と首をひねる。
銀時は少し間を置いてから小声で「ヅラ、ソコでかくなってね?」と云った。
「なにを云ってるんだ?」と聞き返せば、銀時は声を潜めて再び「だからおまえ、乳首がでかくなってるって」と云った。
ようやく理解した桂は頭に血が上り「そんなわけがあるか!」と叫んだ。
それから自分の乳首を見下ろしてみた。
横から「どっかの小さな恋人に吸い回されてるからじゃね。気を付けろよ、日頃服の下から勃ってるかもしれねーぞ」などと茶々を入れられる。
確かに昨夜、そういう行為をしたので突起は赤く腫れていた。
それでも拳骨で銀時を殴ると「お前と変わらないだろう!?見せてみろ!」と乱暴に腕を掴んだ。

「いででで!ちょ、やめろ!」
「貴様が言い出したんだっ・・・・・・」

並び立つ桂は、自分の乳首が友人のものより赤く突出していることを認めざるを得なかった。
桂は衝立から飛び出すと「朧先輩、ビーチクを小さくする経絡はありますか!」と必死になって訊ねた。
向こうで話だけ聞いていた朧は慌て、仄かに赤面してゴホンゴホンと無闇な咳払いをした。

* * *

「それでな。朧先輩の施術で腫れと赤みを取ることは出来たんだが、小さくするには手術しかないそうなんだ。銀時の云うことも一理ある。俺はもうこれ以上大きくなったら困るからな」

仰向けのまま腕組み、渋い顔で語る。
その隣、肘をついて聞いていた高杉はメラメラと殺意を滾らせていた。

馬鹿真面目な桂に適当な事を云って煽った銀時へ。
高杉が慕う唯一の先輩である朧に気まずい思いをさせた、やはり銀時へ。
なにより戯れ言で、恋人の奇行で夜中に起こされ、プライベートな行為に間接的に干渉された事が許せない。

そんな高杉を置いて、眠くなった桂は欠伸をすると「だから、もう触っちゃダメなんだ」と言い残して、早々に寝息をたて始めた。
高杉はそっと身を起こして、スマホを手にとると『ぶっ殺す』とメッセージを入れ、怒りに眠れないまま朝を迎えた。
昼過ぎになって、『粘着彼氏キモ』とクソ失礼な一言と、小さな宇宙人が両腕を捕まれ宙に浮いたスタンプが送られてきて、危うくスマホを叩き割るところだった。

 桂は触らせないだけでなく、銀時の言葉を受けて絆創膏まで貼り始めた。
寒い日も暖かな日も貼っている。
「無意味だ」と高杉は不機嫌になってみせたが、桂は「薄着の日は勿論だが、例えば寒い日でも室内では上着を脱ぐだろう。その時にツンツンしてたら恥ずかしくて困る」なんて持論を展開してはねのけた。
成人男性の胸に絆創膏が二枚貼られている方が恥ずかしいだろうと説得してみるも、肌を見せる相手は高杉しかいないので彼には通用しなかった。

 そんなこんなで高杉が恋人の乳首を拝めなくなって、一週間ほど経った夜。

「てめぇ、何か隠してるな」
「んっ!?い、いや別に何もっ!あーれーッ!」

風呂上がりの桂が頻りに服の上から胸を触るので、訝しんだ高杉が無理やり服を捲ると、突起周囲の皮膚は赤くかぶれていた。

「かぶれてんじゃねェか」

呆れ声の高杉に、ばつの悪い桂は曖昧な表情で「ああ、痒くてたまらんな」と返した。

テープ負けした肌を隠す必要もなくなった桂は、エリザベスを模した保冷剤を2つ胸に当てて、ヘッドボードに背を預けていた。
眉間に皺を寄せて唸る。
冷たさで痒みが軽減するのはいいが、冷た過ぎて乳首は痛くなっていた。
そこへ高杉が軟膏を持ってきて「塗ってやる」とベッドに腰かける。
保冷剤を取ってパジャマを捲ると、小さな粒と周囲の皮膚は赤く腫れ上がって痛々しい有り様だ。

「ヅラは頭は良いのに馬鹿だよなァ」

言葉に反して優しい仕草で、患部に軟膏を塗り伸ばす。
その刺激が痒いところへ強烈に気持ち良く、桂は思わず肩をすくめた。

「もう絆創膏なんざやめとけ。腫れ続けりゃ色素沈着もするし、余計でかくなっちまうんじゃねぇか」

諭す声も入ってこない。
たっぷり軟膏を塗られた粒はすっかり勃ってしまい、ジンジンしたむず痒さに悩まされていた。
一度痒みを解放する快感を知ってしまった体は欲張りになる。
もっとやってくれの心情だが、とても云えない。

桂が険しい表情かおで黙ってしまったので、高杉は気遣い「しみていてェか?」と軟膏をつけた指でそっと乳頭を挟んだ。

「あっ、んぃっ・・・」

思わず喜悦の声を発した桂は、下半身に血が集まる感覚を得て、しまったと高杉を見上げた。
高杉も彼が気持ちよくなっていることに気づいたが、「薬が足りねェならもっと塗ってやるよ」と嘯いて、今度は愛撫の手つきで粒を擦る。
くりゅくりゅと指の腹で転がし、乳輪ごとつまみ上げて引っ張ることを繰り返せば、間も無く桂の背は反り上がり胸を突きだした。
胸の性感を会得している体は、本人も自覚しないうちに高杉へ性慾を剥き出しにする。
桂は誤魔化せていると信じて堪えるも、あまりの気持ち良さに、みるみるうちに蕩けてしまった。
ひくんひくんと震える姿に、これでは患部に逆効果だと自制する高杉は、それでも保冷剤のエリザベスを操り「桂さんてば、ココで感じてんだなぁ」とからかった。
すかさず険しい表情かおは「やめろ!エリザベスはそんな下品なこと云わないし、喋らないし、俺は感じてない!」と否定した。
高杉は、どの口がと思いながら、保冷剤を胸に乗せると、桂の両手に保持させる。
そうして彼の下腹を撫でながら云った。

「そうかよ。なら、お前は精々そいつでソコを冷やしてな。俺ァ別のところの腫れを取る」

熱い口内に迎えられた桂は小さく声を漏らすと、腰を浮かせて感じ入った。
それでも手は律儀に保冷剤を保持している。
上は冷たくて下は熱い。
ふたつの刺激に責められ、すらりとした足は幾度もシーツを蹴って、ぬいぐるみのエリー達はベッドから転がり落ちる。
ふうふうと忙しない息が「あっ、もうイッてしまうから離せ」と云っても高杉は離さなかった。
端から口に受けるつもりで、余計にすすり上げたので、桂は保冷剤が破裂しそうなほど握りしめなければならなかった。

「くっ・・・ぅっ・・・!はぁっ・・・・・・ぁ、あっ・・・たかすぎっ」

高杉は飲み込まずにおいてから、口を開けて白濁を舌に絡めて回して見せる。
あまりに卑猥な様に赤面した桂は、いつまでも白濁を口内で弄ぶ恋人に「この痴れ者!早く飲め!」と保冷剤を投げつけた。
さりげに精飲命令する恋人を面白がり、満足した喉仏はごくりと音を立てた。

* * *

 剣道場で銀時と高杉は対峙した。
互いに防具も付けず、竹刀だけを握っている。
とにかく相手をぶちのめしてやろうという全く剣道あるまじき喧嘩根性なのだ。
わざわざ市営の剣道場を借りてチャンバラごっことは・・・桂は馬鹿馬鹿しいという表情で、めちゃめちゃに打ち合う二人へスマホを構えていた。
公式非公式合わせて、259勝257敗で高杉が勝ち越した。
ルール無用の勝敗基準は、脇腹を打たれた銀時が動けなくなったから、だ。

「貴様等一応社会人だろうが。無茶苦茶やって痣では済まんぞ。体が使い物にならなくなったらどうする」
「銀時は無職だから構わねェとよ」
「仕事してますぅ、万事屋キリキリやってますぅ・・・ゴホッ」

打たれた脇腹に湿布を貼る銀時は、捻ると酷くなる痛みに顔を歪めていた。
打たれた衝撃で頻りに咳がでて、余計に痛む。
桂に湿布を貼ってもらっている高杉がその様子を見て「ざまぁねェな」と狂喜じみた笑みをした。
桂に叱られるので黙っているが、銀時の肋骨にひびが入っていることに気づいている。

高杉の粘着性質は、桂絡みでは余計に酷く、なりふり構わず全て振り切る勢いである。
スカして常人ぶっている高杉が、実は節度もへったくれもない男だと銀時は知っている。
それなのについ、ちょっかいを出してしまう己の性格にも呆れる。
銀時は丈夫な性質たちだが、高杉の全力打ちで桂の言う通り痣では済まなかった体に、明日の仕事をどうするか内心で頭を抱えた。
よりによって引っ越し作業なのだ。
 粘着ヤバめな恋人の隣で、能天気とも思える桂が「そう言えばな、銀時」と声をかける。

「以前アイシングクッキーを作った時、俺のアイシングで別のものを作っていただろう?食べて無事だったか?」
「・・・・・・え。無事ってなに?」

銀時が訊ねると、桂は「何もないならいいんだ」と濁し、高杉はそっぽを向いていた。

「いやいや、良くねーよ。あの時おまえが頻りにアイシング別にしたがって変だとは思ったんだよ。なに?なんかしたわけ?」

桂は言いにくそうに「あのアイシングは催淫剤が入っていてだな・・・」とゴニョゴニョ答えた。
さいいんざい????
銀時は数秒考えてから「ああっ!?」と声をあげ、脇腹の痛みに悶えた。

「はっ?おま、なに考えて・・・・・・あ、それでアイツ・・・・・・え、マジか」
「アイツ?ヘェ、食わせた誰兵衛に思い当たる事があったみてェだな」

高杉がニヤニヤすれば、銀時の声は裏返った。

「は?高杉おまえ、は?なにいってんの?は?お前らどうなってんの!?嘘だろ!?頭おかしいってェ!」
ちげェ、おかしいのはヅラと辰馬だけだ」
「辰馬ァ!?」
「さ、そろそろ移動しよう。朧先輩の開院祝いだぞ!」
「待て待てヅラァ!説明しろ!」
「オイ、ヅラに触んな」
「いでででで!!!」
「ヅラじゃない桂だ!お前達ふざけているのか!?はしゃいでるのか!?同窓会気分か!」

桂の肩を掴んだ銀時の脇腹を掴む高杉はしばらく膠着した。
その後も三人は学生の頃のようにギャーギャー云いながら店へ向かった。

* * *

「「「開院おめでとう」」」

四人は、それぞれ違う飲み物のグラスを合わせる。
朧はいつもの顔だが少し照れて「皆ありがとう」と礼を述べた。
鍼灸院はまあまあ好調な滑り出しで、営業は軌道に乗りそうだと話した。
三人はうんうんと頷いて、兄弟子の好発進を素直に喜んだ。
改めて朧は高杉へ礼を述べる。

「祝花をありがとう。綺麗な胡蝶蘭で店が華やいで助かっている」
「そォだろ。写真で見た店の雰囲気に合わせて選んだからな」

気取ってみせる高杉に、すかさず銀時は「胡蝶蘭ン~?」と顔を歪めた。

「ケッ、気障ったらしいヤツ。つかベタじゃない?胡蝶蘭ってベタ杉くんじゃない?」
「ハッ。身内に仕事貰って食い繋いでるヤツがなんか云ったか?」

火花が出そうな睨み合いに、朧も桂も構わずサラダを取り分けて食べていた。
肉料理が出て漸く二人が食べ始めた頃、桂は朧に昼の喧嘩動画を見せて彼を呆れさせた。

「相変わらずだな。だがこの具合だと坂田は肋にひびが入っているんじゃないか?」
「まさか・・・そうだ、先生にも送ったんです。ほら、拳骨スタンプが2つ返ってきましたよ」
「「えっ!?」」

銀時と高杉が慌てて画面を覗きこめば、松陽先生から拳骨が2つ、送られていた。
松陽先生は四人が敬慕する剣道講師であり、人生の師である。
現在は帰郷して遠く離れた場所にいる。
剣道の指南も人柄も、気さくでにこやかだが剛力の持ち主で、悪さをすれば落ちる拳骨は体が床にめり込みそうなほど重い。
高杉も銀時も幾度となく食らった拳骨の痛みを思い出してしまった。

「・・・・・・チッ」
「ヅ~ラ~くぅ~ん?なに勝手に送ってんだ、このチクりヤローがっ!お前の催淫クッキーも松陽にチクるか!?」
「銀時。んなことしたら、ぶっ殺すぞ」
「チクりじゃなく近況報告だ。・・・あっ、そうだった。これを見ろ銀時」

桂はスマホの画面を見せた。
それは整形美容外科のサイトで、〈男性の平均の乳首の大きさ・高さは5mm程度である〉という部分に網掛けがされている。

「平常時に測ってみたら俺は大きさも高さも5ミリなんだよ。つまり至って平均的ということだ。わかったか?」

云ってから、ふんぞり返ってフンと鼻をならす。
こんな所でわざわざ訂正してくるとは・・・銀時は呆れかえって口が半開きになる。
もはやどうでもいいのだが、それでも告げ口の件があったので食い下がった。

「いやでも腫れてたよね、明らか勃ってたよね。乳離れ出来ねーヤツがいる限り、でかい事に変わりなっ・・・ごふぉっ!」

机の下で銀時の脇腹を蹴りあげた高杉が地を這うような声で「足が当たっちまったかァ?」と睨みあげた。
脇腹を庇いながら銀時も睨み返す。

「ゴホッ、高杉おまえっ・・・故意じゃなきゃ、どうやってその短足が当たるってんだ!ヅラの乳吸ったってな、背は伸びねーぞっ」

ガァン!
今度は机が揺れる程の蹴りに、銀時は声も出せず悶えた。
桂が「よせ高杉。気持ちはわかるが、飲み物が倒れるだろうが」と嗜めて太ももに手を置けば、「てめぇもてめぇだ。銀時の戯れ言を真面まともにしやがって。今もわざわざ蒸し返す必要はねぇだろが」と文句をつけた。
桂は首を振って「愚弄されたままでおれるか」と真面目な顔で返すと、腕を組んだ。

「当然、触らないのが一番だろうよ。しかしたま~に・・・その、ニャンニャンして腫れたとしてもな、朧先輩の鍼灸院へ行けば良いわけだから。それほど気にすることもないと俺は考え至ったわけだ」
「・・・・・・んっ?」

弟弟子達のとんでもない話題に意図的に気配を消していた朧は、急に名前を出されて食べかけたピザを皿に落とした。
高杉は「朧を巻き込むな」と不貞腐れて皿をつつき、銀時は「もうどうでもいいんだけど。それよりそのカビの生えた語彙力をどうにかした方がいいぞ」と助言して、デザートメニューに興味を変えていた。
桂は朧に「その時はお世話になります」とぺこりと頭を下げたので、彼も「あ、ああ・・・わかった」と頷くしかなかった。
それでも心のなかは穏やかでない。

これから本当に桂は、情事による乳頭の腫れと赤みを取るために鍼灸治療院へ通ってくるのだろうか?

新米院長は、桂の来院時に抱くだろう気まずさへの不安と、思わぬ顧客獲得に複雑な気持ちであった。

お前たちはそれでいいのか?俺はもっと話し合って欲しいんだが?

次の注文について話題を変えてしまった三人に、彼は眉間を寄せたが、いつでもしかめっ面に見えるので、誰も気付いてはくれなかった。



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