Silver 925
(あ、)
夏休みのショッピングモールで担任を見かける。
いつもと同じ、銀色の天然パーマヘアに縁なし眼鏡をかけた彼の、私服が珍しくて目で追う。
黒のVネックTシャツに同色のパンツとショートブーツ。
シンプルゆえに筋肉質な体はシルエットがキマっている。
その耳に、小さなシルバーが光ってみえた。
(え、マジでか...そのギャップは反則だぜィ)
私服も然ることながら、ピアスをするタイプには見えない彼の、意外な姿に衝撃と興奮でゾクゾクする。
教壇で見せるだらしない姿とは別人のようで、他の生徒は知らないに違いなく、自分だけの彼を得た気分になった。
(........欲しい)
胸が高鳴って、己の耳たぶに触れる。
そうしてから、そっと近付き、スマホの無音カメラで写真を撮った。
モールのベンチで、写真を拡大してみる。
画鋲のようなスタッドピアスは、平たい丸の形だが、表面とエッジが削るようにカットされ、中央が窪んで曲線になっている。
下側に、筆記体の黒文字が刻まれている。
画像検索すれば、すぐにブランドサイトに行き着いた。
高校生には少し高いが、手の届かない値段ではない。
その場で同じものを購入する。
そうしてから、ピアッサーを買いにいく。
(安定するのに1ヶ月...なら余裕だぜィ)
今から開ければ、二学期には間に合う。
休み明けの楽しみが出来た。
*****
風呂上がり、洗面所に立ち、保冷剤で耳を冷やす。
スマホの画面には、昼間隠し撮りした彼の横顔。
(...お揃いにしたいとか、子どもっぽい...でも、会えねェ夏の間、気が紛れていいし...秘密のお揃いってのが、特別な気になれらァ)
密かな片思い、一方的でも小さな事でも、彼との繋がりを得たい。
キンキンに冷えた耳たぶを消毒して、ピアッサーを当てる。
もう一度、画面で確認する。
彼と同じ、左耳たぶ下側。
(痛ぇかな)
バチンッ
一瞬、衝撃がきた。
(......お、いい感じ)
彼の名前に準えて選んだ、小さな銀の玉が耳についた。
*****
夏休み明け。
相変わらず、着崩したワイシャツとネクタイ、スラックスに無意味な白衣を纏う彼は、便所サンダルをカラコロいわせて教室に現れる。
(この姿じゃ、体バキバキなのわからねぇわけだ)
それがなんだか嬉しくて、頬杖をついて口許の笑みを隠す。
気だるげな喋り方も相変わらずで、甘党は咥えた飴を隠しもしない。
「はい、じゃあホームルームはここまで。遊び呆けたヤツも、夏のアバンチュールで浮かれたヤツもいるかと思いますが、受験生であることを思い出してもらうために、今から小テストをします」
「センセイッ、あばばちゅ~るってなんですか!あのドロドロのおやつに新作でたアルか!あれ、生臭いネ」
「先生ェ!俺にはなにもありませんでした!毎日セミの脱け殻拾ってました!悲しいのでテスト受けなくていいですかっ」
「なに?食ったの?ドロドロなのはお前の頭だし、その悲しみをテストにぶつけて下さい。プリント回せ~」
ガヤガヤ騒ぎの代わりに、カリカリとペンの走る音、ため息。
(すげー全然わかんねぇ)
当てずっぽうに記入していると、机の横を彼が歩く。
その耳を見るも、当然シルバーの輝きはない。
不意に振り向いた彼に、顔を覗き込まれる。
「沖田、先生の顔見ても答えは書いてないぞ。あと放課後に指導室へ来ること」
いろんな意味でドキリとする。
(...思い当たる節が多すぎらァ)
半分しかやらなかった宿題、学校に申請しなかったバイト、禁止区での遊泳に花火、路上飲酒にエトセトラ。
*****
放課後、指導室で待っていると彼が現れて、「待たせたな」と、パイプ椅子を引き摺り向かい合う。
「なんで呼ばれたでしょうか」
「さあ、わかんねーです」
「みみ、ピアス」
(えっ?)
手が伸びてきて、顔の横に流れる髪を梳かれる。
彼の指が掠めた左耳はスースーして、勝手にお揃いにしたピアスも露になった。
(うわ、こんなことで、騒ぐな心臓)
ドキドキとうるさい胸に言い聞かせる。
(つけて初日でバレちまうなんて...でも気持ちまでバレたわけじゃねーんだから)
表情管理は得意な方だ。
「校則違反だろーが」
「あー、はい」
「おまえね、まがりなりにも受験生だろ。浮かれてる場合か?小テストもひどかったぞ」
「呼び出されて、集中力が削げちまいました」
「うそつけ」
彼が背凭れに上体を預けて伸びをすると、腕をおろすついでにうなじを撫で上げたら、ワイシャツの襟から鎖骨が覗く。
(...ネックレスもつけんのかなぁ)
サイトでみた、シルバーネックレスを浮かべる。
(あの私服ならどれも似合うのに、この姿だとちぐはぐだ)
「まあ、趣味は悪くねーけどな」
腕組む彼がニヤリとしてみせる。
悪い遊び仲間をからかうような、教師らしからぬ表情と仕草に、胸がこそばゆい。
(...そんな先生が好きだから、お揃いに...したんでさァ)
そう、云ってみたい。
「だからって、学校につけてきていいわけじゃねーから。せめて樹脂ポストにしろ。開けたモンを塞げとはいわねェよ」
「ハア。先生もつけてねーですもんね」
なに?と彼が片眉をあげる。
(あ、やべ)
失言に、手の中のスマホを握りしめる。
「耳たぶに穴、あいてるから」
取って付けた言葉を言い添える。
彼は、自分の耳たぶに触れて少し驚いた様子だ。
「目、良すぎか?・・・ま、お前よく俺のこと見てくるもんな」
「・・・よくは見てません。たまにでさぁ」
「うそつけ」
(なんでィ...また嘘つき呼ばわりされたし...見てんの気付かれてたし...恥ずィ......)
誤魔化しに、痒くもない目頭を擦って下を向く。
「そのブランド好きなの?」
「・・・・・・たまたま見かけて気に入ったんで」
「それ、俺も持ってるよ」
(知ってらぁ~、だからつけたんだ)
口のなかで、へぇ、とだけ呟く。
こちらの薄い反応に構わず彼は、頬杖をついて冊子を捲っている。
(深く突っ込まれたくねェけど、どうでも良さそうなのはつまんねェ...ってのは、わがまま)
「おまえ、志望校の偏差値まだ足りてないな」
「先生。ピアス選んで下せぇよ」
「え?」
彼が向ける目に、顔を見られたくなくて下を向いてスマホを触る。
シルバーアクセサリーのブランドサイトを開く。
「もうひとつ欲しいんですが、悩んでて」
咄嗟の思いつきだったが、選んでもらえたらラッキーだ。
(嫌な話は聞きたくねぇし、先生の好みのものつけれたら気分アガる)
スマホを差し出せば、「おまえね」と云いつつも彼は受け取り、画面をスワイプする。
(どんなの選んでくれんだろ)
期待で前のめりになれば、ちらりと彼が見上げてくる。
それからまた画面を見ていた。
「・・・・・・うん、選んだ。けど、まだ教えない。沖田がちゃんと志望校受かったら、教えてやる」
「え?そりゃねーや」
「知りたかったら、ちゃんと勉強しろ。字はきたねーけど、やればできっから。おまえなら」
そういって返されたスマホ画面には、あの日隠し撮りした彼の横顔が。
(どどどぅわァ!?なんでェエエエエ!?)
喉から心臓が飛び出しそうになって、があっと顔が赤くなる。
今更にスマホのホーム画像に設定していたのを思い出す。
咄嗟の思い付きなんて、ろくなものじゃない。
「そのときは買ってやるよ。なんならお揃いにする?盗撮されたくねーし」
「はっ?あっ、えっ・・・」
「他のやつには、ナイショな」
またニヤリと笑う顔は、「集られると困っから」と付け加えてくる。
さすがに、平常を保てない。
耳まで顔が熱い。
(盗撮バレちまったし、お揃い買ってくれるっていうし、ナイショだって?なに?冗談?マジに?感情ごちゃごちゃなんだけど)
「はは、沖田でもそんな顔すんだな。やる気出たか?」
「あ、でっ・・・、でた、かも・・・・・・」
「かも?ワガママなやつ」
言葉と裏腹に優しく笑う彼を見つめながら、己のシャツの裾をモジモジといじる。
(これって、勉強させたいから?ただ言葉の通り?それとも、もしかして、脈あり?)
「じゃあ、頑張れよ。あ、学校にそのピアスはダメだぞ」
彼は立ち上がるとドアを開けて、退室を促してくる。
(一か八か、聞いてみるか?でも、はぐらかされちまいそう)
施錠した鍵を鳴らしながら「気を付けて帰れよ」と手を振ってくる。
あまりにいつも通り、あっさりしていて、先ほどの会話が無かったことになりそうな気がして、本気を伝えたくて、彼の顔を熱心に見つめてみた。
「先生、銀八先生」
「ん、なに」
「俺、期待してまさぁ」
彼は意表を突かれたのか、少し止まってから、首の後ろを擦って、見たことのない表情をする。
その顔に、彼の私服を見た時を思い出す。
(ああコレ、"銀八先生"じゃなくて、"坂田銀八"って感じなのかも)
「そう、まあ・・・・・・、していいと思うぜ」
そんな彼との主語のない遣り取りは、買ってくれるというピアスのことか?それとも、もしかして?もしかすると?
(どっちにしろ、とんでもねぇや!)
「やりィ!」
なんだかもう、受かったつもりの気分になる。
ワンチャンスのときめきに、たまらず、ぴょんっとその場で跳ねると、西日に照る廊下を駆け出した。
了
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